地面を這いずる虫に、イーグルの思考は理解できない。
平安時代に活躍した稀代の哲学者、ミヤモト・マサシのコトワザである。
東京二十三区に存在する生きとし生けるもの全てを睨むようにそびえ立つスカイツリーの最上階で、巨躯の男が一人、フローリングの上に据え置かれた畳に座り、葉巻を燻らせていた。
全身から只者ではないオーラを漲らせながら、男は手元に寿司のぎっしりと詰まった桶を取り寄せ、マグロの大トロ握りを同時に二貫食べた。
男の名は、ラオモト・カン。
非合法金融会社「ネコソギ・ファンド社」のCEOにして、暗黒経済組織「ソウカイヤ」の首魁の座にあるネオサイタマの裏社会の王……だった男だ。
そう、「だった」。ラオモトは敗け、そして死んだのだ。己が崇拝するミヤモト・マサシの像の剣に心臓を貫かれて。
だが、彼は生き返った。そして、こうして再び王へと返り咲いた。
なぜ、誰が、どうやって生き返らせたのか? そんなことはどうでもいい。
ここにいま、ラオモトという絶対の存在が君臨していることこそが重要なのだ。
――聖杯戦争。
歴史上の英雄、偉人をサーヴァントとして「従え」、他の魔術師を蹂躙する。
弱者の蹂躙などということは生前からやっていたラオモトにとってのチャメシ・インシデントだ。
そしてそれだけではなく、勝ち抜き、聖杯を手にすればありとあらゆる願いを叶えることも可能だという。
「ムッハッハッハ! ムッハッハッハッハッハッハッハッハ!」
ラオモトは湧き上がる笑いを堪えきれず、高らかに哄笑した。
左手で金箔がふんだんにあしらわれた扇を広げ、そして空いた方の手で今度はマグロの大トロ握りを同時に三貫食べた。
「ニンジャスレイヤー=サン! よくもワシを殺したな……と言いたいところだが、サイオー・ホース! どう転んでもワシは成功する運命にあるらしい」
ラオモトは自身を惨たらしく殺した仇敵のことすら意に介せず、ひたすら前だけを見ていた。
「裏で何やらワシのことを嗅ぎ回っているネズミや、『天国への回数券』などという薬をばら撒いているドブガメがおるようだが、ワシの勝ちは揺るがん!」
弱者風情が群れたところで、裏社会の王にしてデモリッション・ニンジャたる自身に対抗できるものが果たして幾人いるだろうか?
ラオモトは自身の勝利を確信していた。
……たった一点の懸念事項を除いて。
「……おい、『ライダー』。そういえば、一昨日、貴様に命じておいたミッションは全て終わったのか?」
ラオモトは誰もいない部屋の隅の暗がりに向かって言葉を放つ。
その言葉の調子は、先程の上機嫌とは打って変わって酷く冷酷だった。
「へえ、旦那様。もちろんですだ」
慌てて霊体化を解いて現れたのは、いかにも田舎者の格好をした小太りの農夫だった。
この頼りなさそうな男が、ラオモトが今回の聖杯戦争で引き当てたサーヴァント「サンチョ・パンサ」だ。
クラスは「ライダー」。だが、パラメーターは酷いものだった。
耐久が「A+」なだけで、それ以外は殆どがライダーにあるまじき最低レベルなのだ。しかもスキルも宝具も大したことがない。
聖杯戦争の情報を手に入れた時、崇拝するミヤモト・マサシをサーヴァントにできれば、と密かに思っていた自分が惨めになるほどだった。
「ふん、では報告するがよい」
ラオモトはサンチョの方を見ようとすらせず、冷たく言い放った。
「へえ。まず結論から言わしてもらいますけども」
彼のサーヴァントは酷い訛りのある田舎言葉で答えた。
「結論から言うと、何もわかりませんでしただ」
サンチョは申し訳無さそうに頭を掻いた。
「旦那様のお申し付け通り、他のマスターの情報を探るために霊体化して色んなところに潜り込んだんですけども、おらのこの身体じゃ動き回るにも限界があるだよ。
それで、疲れたおらは、まあさっきまでぶどう酒飲んで夢の世界に散歩しに行ってたわけだけども、おらの見立てによると旦那様はえらく旨そうなもの食ってるじゃねえですか。
『早起きすると神様の助けがある』とはよく言ったものですだが、それをひとつかふたつ、この哀れなサーヴァントにちょっくら恵んではくれませんでしょうかね?」
己の失態を棚に上げるどころか、図々しくもマグロの大トロ握りを欲しがるサンチョに、ラオモトは怒りを通り越して呆れ果てた。
いま、このサーヴァントを粛清することは令呪を使わずとも容易い。だが、それをやってしまうと聖杯戦争に参加することが難しくなる。
ラオモトはため息をつくと、腕組みをして考え始めた。
すなわち、ここでライダーを切るか、否か。
暫し熟考した後、ラオモトは結局ライダーをこのまま使うことに決めた。
焼いたスシに水をかけても戻らない、つまり一度主従関係を切ると二度と戻らないのだ。
再契約は他に手頃なサーヴァントが見つかってからでもいいだろう、とラオモトは考えた。
ライダーの弱さとまぬけさ以外は何も問題はない、全て順調だ。そう心に刻み、ラオモトは顔を上げた。
見ると、桶の中の寿司が全てサンチョに食い尽くされていた。
「ヌウウウウウーッ! 貴様!」
怒りに我を忘れたラオモトがサンチョのふくよかな肉体にカラテを叩き込む。デモリッション・ニンジャによる、必殺の一撃だ。
拳はサンチョのみぞおちに命中したが、妙なことに彼の身体に一切のダメージは見られない。
「……フン、『ブッダも怒る』だ。肝に銘じておけ」
ラオモトはそう言い残すと、サンチョを捨て置いてスカイツリーの最上階を後にした。
これからネコソギ・ファンド社の役員会議が行われるのだ。
サンチョが残りの寿司桶を上機嫌で平らげる中、スカイツリー最上階の更に上に存在する最頂部では奇妙な事態が起きていた。
電波を発信するための塔の鉄骨の一部が、ミサイルの直撃でも受けたかのようにポッキリと折れてしまっていた。
地面を這いずる虫に、イーグルの思考は理解できない。
平安時代に活躍した稀代の哲学者、ミヤモト・マサシのコトワザである。
――だが、それと同じように、空高く飛ぶイーグルに、虫の思考は理解できないのだ。
【真名】
サンチョ・パンサ@ドン・キホーテ
【クラス】
ライダー
【属性】
秩序・善
【パラメーター】
筋力:D 耐久:A+ 敏捷:E 魔力:E 幸運:E 宝具:D
【クラススキル】
対魔力:E
魔術に対する守り。
無効化は出来ず、ダメージ数値を多少削減する。
騎乗:E
騎乗の才能。
大抵の乗り物なら何とか乗りこなせる。
ライダーはロバに騎乗する。
【保有スキル】
対毒:B
毒に対する耐性。
特に口から摂取したものに対して、麻痺や混乱等の効果を軽減する。
ライダーは生前、芽の生えたジャガイモを食べても腹を下さなかった。
話術:E
言論によって他者を動かす才能、技術。
舌はよく回るが、やたらとことわざが多い上に訛りが酷いためあまり通じない。
【宝具】
『約束された苦痛の鞭(ディシパ・ラ・マギア)』
ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:1~99 最大補足:1
ライダーが3300回の鞭打ちを自身の尻で行うように命じられた際に、周囲の倒木に鞭を打って数を誤魔化した逸話が昇華された宝具。
自身が受けたダメージを、3300回まで周囲の物体に押し付ける。
押し付けることのできるダメージ量に限界はないが、呪いや精神攻撃等の直接攻撃ではないダメージとは相性が悪い。
【人物背景】
スペインの作家であるセルバンテスの小説「ドン・キホーテ」に登場する人物。
将来島を手に入れたあかつきには統治を任せる、という約束に魅かれ、自称「遍歴の騎士」の従士として旅に同行する。
奇行を繰り返す主人に何度も現実的な忠告をするが、大抵は聞き入れられず、ひどい災難に見舞われる。
無学ではあるが、様々な諺をひいたり機智に富んだ言い回しをする。
【外見】
短身で太鼓腹の、いかにも中世の農夫といった格好をした中年男性。
息がニンニク臭い。
【サーヴァントとしての願い】
出世したい。
もし叶うのならば、島の統治を任されたい。
【マスター】
ラオモト・カン@ニンジャスレイヤー
【聖杯にかける願い】
全てを支配する。
【能力・技能】
ニンジャ
古代~平安時代をカラテによって支配した半神的存在。
身体能力は常人を凌駕する上、スリケンや装束を生成したり、「ジツ」と呼ばれる特殊能力を持つニンジャも多くいる。
七つのニンジャソウル
元々の憑依ソウルである「ブケ・ニンジャ」に加えて六つのニンジャソウルを宿すことに成功した特異体質である。
それらの切り替えによる多彩な戦術は実際ツヨイが、七つのソウルのジツを全て使い切ると、休眠状態に入ってしまう弱点がある。
【人物背景】
のっぴきならぬ非合法的な金融会社「ネコソギ・ファンド社」のCEOにして、暗黒経済組織「ソウカイヤ」の首魁の座にあるネオサイタマの裏社会の王。
性格は傲慢不遜にして冷酷非道。正しく「暴君」と呼ぶに相応しく、「弱者が苦しむ姿が何より好き」という生粋のサディスト。
身長193センチ、白い髪に黒い瞳。アルマーニのスーツに黄金メンポという派手な出で立ち。
【ロール】
ネコソギ・ファンド社のCEO。
ただし聖杯戦争が行われているこの東京は、ネオサイタマとは異なり、ニンジャやクローンヤクザは存在しないようだ。
【捕捉】
参戦時期はニンジャスレイヤーと戦い、死亡した後。
最終更新:2022年04月23日 13:20