.
とても美しい靴だった。
煌びやかな光沢を放ち、洗練された形状で、それでいて――恐ろしい程に『頑丈』で『強い』靴だった。
その靴を作った女性は娘にそれを渡した。
いつか、この靴をはいて、女性として輝ける日が来るのよ。
と。
娘は分かっていた。そんな日は来る事が無いのを。
だけど、女性は是非はいて見せて欲しいと娘に言うのだ。
娘が美しい靴をはくと、女性は大層喜んだ。とても似合っている。素敵だわと。
所詮、ただの誉め言葉だ。
確かに美しい靴だが、これはきっとお洒落で使う道具ではなく『武器』として使う道具だと分かっていた。
普通、こんな靴は作らないだろう。一応の体裁で綺麗な装飾をつけて、女性の靴らしく仕立てただけ。
しかし……どうしてなのか。
靴をはいて、女性に褒められた娘は女性としての喜びを得た。
女性――母から授かった。母が愛を込めて作った靴が、どんな宝よりも価値ある誇りに思えた。
この靴をはいて、どこかの町を歩いてゆきたい。
この靴をはいて、舞踏会にでも赴きたい。
この靴をはいて……誰かと、一緒に。
悲しいかな。
娘がこの靴をはいて成し遂げたのは――――魔狼を踏み潰すことだった。
☆
東京二十三区の大通り。
カツカツとハイヒールの音が響き渡る。
女性のハイヒールなどありふれた音色だろう。だが、不思議な事にハイヒールの音色だけが異様に響くのである。
それは、誰もが耳について、振り向かざる負えないほどだった。
人々が視線を注ぐのは、赤のベリーショートヘア、赤の燕尾服を着て、深紅のパゴダ傘を差し、鋭いハイヒールをはいた女性。
だが、彼女の顔立ちは男性的……女性なのにイケメンという誉め言葉が似合う。
御伽話に居そうな、異様で幻想的な存在に人々が口々に語る。
「うおっ。ありゃコスプレかぁ?」
「女だよな??」
「なんか宝塚とかにいそう!」
「きっとそうよ! どっかの劇団の人だわ!!」
「やっばぁ、ちょーイケメン」
燕尾服の女性は一息つく。
彼女はある目的の為、一帯を歩いて巡っているのだが……やはり分からない。
彼女・ランサーを一言で説明するには難しい。何故なら、彼女には真名がある意味、二つある。
一つは『ヴァーマナ』。
最高神ヴィシュヌの化身(アヴァターラ)が一つ。
三界を掌握していた王から世界を奪う為に送られ、宇宙を跨ぎ、天と地を踏んだもの。
一つは『ヴィーザル』。
最高神オーディンの息子。
ラグナロクにて強き靴を用いて、魔狼フェンリルを踏みつぶすもの。
不可思議な話だが、どちらも正しく、どちらも同一で、どちらも彼女なのだ。
二度の転生を行い。
二度の使命を果たした。
そして、今回も。
化身の彼女がサーヴァントとして召喚されたのは、間違いなく聖杯戦争にて彼女の使命があるからだ。
……ランサーはそう信じてやまない。
二回の使命の時とは違い、漠然としたまま、何を為すべきかフッと浮かぶ事が無い。
異様だと理解しつつも、これはヴィシュヌの采配なのだから、使命を全うするのみ……
ランサーは再び溜息をついた。
ついに靴をはいて、優雅に町を歩いているというのに心が湧き上がらない。
聖杯戦争など、使命などなければ、きっと楽しい事だろう。……否、化身である以上、彼女の願いは永遠に夢なのだ。
女性としての喜びも、美しい靴をはいて自由になる事も。
全て叶わぬ夢……
> ランサー!
浮世離れした存在のランサーに声かける少年が現れる。
彼こそ、彼女のマスターだった。
☆
藤丸立香はある宇宙にて『人類最後のマスター』と呼ばれ、人類史の為、獣と死闘を繰り広げた。
それが終わった後も、特異点の解決を続け……
そして――気づけば、この東京二十三区におり。
記憶を取り戻した時には、ランサー・ヴァーマナを召喚していた。
どうやってここに来たのか。マシュや、カルデアの仲間たちは? そもそも、この東京二十三区は謎が多かった。
くっきり、二十三区から外に出られない。
立香も自らの足で、東京二十三区内を探索を続けたが、脱出は愚か、二十三区より先の景色すら拝めなかった。
何より、ランサーも二十三区からの脱出ができないのだ。
ここは異様である。
ランサー……ヴァーマナは逸話にある通り、あらゆる時空を跨ぎ超える力を有している。
だが、彼女の力を以てしても、二十三区より外へ往く事ができない。
ここからの脱出も重要だが、ヴァーマナは自らが召喚された以上、ここで果たすべき使命があると意思を立香に感じさせた。
彼女の存在は、奇妙なことに理解できる立香。
というのも。
人理修復の旅にて彼女と同じ、アヴァターラの化身『ラーマ』と関わった事があるからだ。
ヴァーマナとラーマの顔立ちと雰囲気は非常に似通っている。
ただ……
彼女とラーマでは事情が異なる。
経験したものも、使命も。
立香は周辺の調査をヴァーマナに伝え終えてから、彼女に尋ねた。
> ランサーにも願いはある?
聖杯を使って、己の願いを果たそうとするサーヴァントを多く見てきた立香。
ヴァーマナは深い溜息をつく。
彼女は喋る事が出来ない。そういう加護が、呪いがあるのだ。しかし、その溜息から彼女の意思が伝わってくるのだ。
使命を全うする以外の自由はない、と。
夢があっても、夢を叶える希望などないのだと。
立香は「そうじゃなくて」と気さくに言う。
本当の意味で、もしもの願い、叶わぬ夢でもランサーが願っている事はないのか。
マスターとしてランサーの事を知りたいから。
ヴァーマナは宝具である美しい靴に視線を向けながら、息を吐く。
この靴をはいて、どこかへ自由に駆けてゆきたい。
山だって登れるし、海にもいける、空や宇宙にもいける。ただ、町を歩くだけでもいい。
そこまで想い、ヴァーマナがふと気づく。
一人ではなく誰かと共に。たとえばマスターとでも。
> わかった。
藤丸立香は自然と頷いたのに、ヴァーマナは目を見開いた。
ただ単にお人好しで返事をしてしまっただけかもしれないが、彼は躊躇なく答えられる。
きっと、この先。聖杯戦争で何が起きようとも。果たして、無事に戻れるかも分からずとも。彼女の想いに応える。
藤丸立香はそうして前を駆けきた
どんな世界でも、彼の姿勢は変わることは無いのである。
【真名】
ヴァーマナ(ヴィーザル)@インド神話+北欧神話
【クラス】
ランサー
【属性】
秩序・善
【パラメーター】
筋力:D++ 耐久:D 敏捷:A++ 魔力:D 幸運:E 宝具:B
【クラススキル】
対魔力:A
Aランク以下の魔術は全てキャンセル。事実上、現代の魔術師では傷をつけられない
【保有スキル】
神性:A
神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。
最高神ヴィシュヌの化身・アヴァターラの一つ。
そして、最高神オーディンの息子。
沈黙の加護:A
オーディンがヴィーザル、もといヴァーマナに設けた制約であり呪いであり加護。
ヴァーマナは沈黙を強制されている為、会話どころか念話や筆談などの意思疎通行為ができない。
ただ、彼女の溜息から、不思議となんとなく意思を感じ取ることはできる。
代わりに彼女に対する敵意や警戒心を解き、印象を薄くさせる。
蹂躙者:EX
獣を、王を、天を、地を、世界を踏みつける者。
彼女が蹂躙する場所が泥沼だろうが、煉獄だろうが、物ともせず踏み鳴らす。
踏みつけた事により発生するあらゆる妨害を無効化させる。
変形:D
ある時は小人に、ある時は巨人となり、王を踏み、魔狼を踏みつけた。
文字通り、自身の大きさを自在に変化させる能力。
体と共に宝具の靴と傘も大きさが変動する。
あくまで大きさだけであって、パラメーターやスキルに変動はない。
【宝具】
『母より与えられし獣殺しの靴(シンデレラ)』
ランク:B 種別:対獣宝具 レンジ:1 最大補足:1
母とされるグリーズより与えられた特別な靴。
形状としてはガラスのような七色に輝く美しさ、恐ろしい程の強度を誇る最強のハイヒール。
この靴でラグナロクにてフェンリルの顎を踏みつぶしたとされる。
『世界の巡回せし異邦の傘』
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:- 最大補足:-
ヴァーマナの象徴の一つ。中棒が長めのパゴダ傘。
天と地はおろか、宇宙の境目すら乗り越える力を有するもの。
また、ヴァーマナが縦横無人に蹂躙する為、重力の法則を無視し、陣地も固有結界も、空も大地も海も
三百六十度に傾いて、あらゆる場所へ往ける。あらゆる場所を跨げる。宇宙だってそう。
ちなみに、ランサーとしての象徴なので、これを武器に戦う事もできなくないが
ヴァーマナは手より先に、足が出てしまうので期待しない方が良い。
【人物背景】
最高神ヴィシュヌが送り込んだアヴァターラの一つ。
女神アディティとカシュヤパの息子として転生したヴァーマナは、
乞食の少年に化け、マハーバリを讃える祭にて、自分が歩いた三歩分の土地をマハーバリに求めた。
ヴァーマナは巨大化し、一歩で地上全て、二歩で空と天を、宇宙全てを跨ぎ、三歩でマハーバリを踏みつけ地底へ押し付けた。
……神話はこれにて終わらず、ヴァーマナは北欧の最高神オーディンの息子としても転生する。
ヴァーマナの正体を理解した彼は彼女を『ヴィーザル』と名をつけ、沈黙の加護を与え、自身の子として匿った。
全てはラグナロクにてヴァーマナが役割を果たす為。
しかし、その時まで『ヴィーザル』は母から美しい靴を授かった。
きっとこの靴をはいて、女性として輝ける日が来ることを願って。
悲しいかな。彼女が靴をはいた時は、オーディンを食らった獣を踏みつぶした時だった。
ヴィーザル/ヴァーマナは役割を果たし、消え去ったが、思い出の靴への想いは残されている。
約束が果たされるその日まで。
どちらの神話でも男性扱いされているがボーイッシュで中性的どころか女性のイケメンだった為、そう見られたらしい。
ちなみに北欧神話の関係者は、沈黙の加護の影響により彼女の顔立ちがラーマに似通っているどころか。
あんまり印象なく済ましている。
【外見】
深紅の燕尾服に、深紅のパゴダ傘(宝具の『世界の巡回を導き傘』)を持つイケメンな女性。
赤のベリーショートヘア。顔立ちは非常にFGOのラーマに似ている。
【サーヴァントとしての願い】
使命を全うする。
【マスター】
藤丸立香(男)@Fate/Grand Order
【聖杯にかける願い】
マシュたちのところへ帰還
聖杯戦争の解決
【能力・技能】
経歴としては魔術とは縁が一切ない一般人。
レイシフトの適正が高く、夢を介した転移も不意に起きる。
何故か毒物への耐性がある。
【人物背景】
よくも悪くも平凡で、善性があり、お人好しで、ちょっと無茶をする
多くの人々の助けで前進する『人類最後のマスター』。
【捕捉】
第1部、第1.5部完結後の参戦
最終更新:2022年04月26日 23:00