男は、気づくと草原に寝転がり青空を眺めていた。
風に揺られた草が金色の髪をくすぐり、晴天の下温められた大地の温もりが懐かしい。
このまま眠りについてしまいそうな心地よさの中、男はなぜ自分がここに居るのかとおぼろげな意識で考えていた。
風の中、誼譟が微かに男の耳に届いた。
獣の唸り声とは違う、祭りに浮かれた人間の声だ。そうだ、男は故郷に帰ってきたのだ。
女神と契り神の国へ赴いて以来戻っていない、久しい故郷だ。寝ている場合ではない。
立ち上がろう。そうした時男は己の異変に気付いた。
脚が、動かない。かつて獲物を追ってこの地を駆けた脚はこの地を踏みしめた感覚が無い。
せめて重い瞼を擦ろうとしたが、腕も指先一つ動かなかった。
諦めて力を抜き、頭をゴロンと横に倒すとその理由はすぐに分かった。
青々しい草原の上、真っ赤な血を下らせる腕が転がっている。
その向こうには腰から下が木の幹に引っ掛かっていた。
男は全てを思い出した。
神の国は、一度足を踏み入れれば二度と地上に戻ることは許されないことを。
そこで地上へ戻りたいと訴えた己は、女神に八つ裂きにされた上で地上に戻されたことを。
薄れゆく意識の中、男は再び空を見上げた。
青空を映す視界は、夜でもないのに暗くなっていた。
男は鋭い眼光で空を睨むと、己の最期の力を振り絞り唾を吐き捨てる。
宙に飛んだ唾液は、当然空に届くことなく男の顔を汚し、男はそれでも空を睨んだまま、意識は闇に沈む。
最期に、懐かしい女と子どもの笑い声が風に乗って聞こえた気がした。
「最悪ですわ…」
目覚めた金髪の少女は窓ガラスから東京の眩い夜景を左目に焼きつけながら、その体を起こした。
変な夢を見たせいか、その長い金の髪は寝汗でべとべとになっている。
髪を払うためにその右腕を上げようとしたところで、少女は己の右腕を見下ろした。
そこにはあるべき腕が無く、結ばれた袖だけがブラリと垂れ下がっていた。
足を揺らすとその両足の義足はギシギシと音を立てる。
少女の両腕と両足は、事故や病気のために失われたわけではない。
彼女の故郷、『ラプラス市』に置いて固く禁じられている悪魔との契約の代償として失われたのだ。
やむを得なく左腕で前髪をかき上げると、右目の眼帯がその髪の下から伺える。
この左腕に至ってはその後の契約により右目を対価として取り戻したのだ。
既にこの体となってから結構な時が経つが、変な夢を見たせいか己の手足の有無を忘れてしまっていた。
己の現状に肩を落としていたその時、ドタバタと階段を駆け上がる音が聞こえる。
ピアニストであった彼女の繊細な耳に堪えないその騒がしい足音から誰が帰ってきたのかを察し、ノエルはため息をついた
ドン、と少女の寝室が蹴り開けられ、部屋にレジ袋が投げ入れられた。
「もう少し静かに帰ってこれませんの?」
「んだよクソガキ、しけたツラしてるじゃねえか。」
少女はしたためるように鋭いまなざしで男を睨んだが、男はへらへらとした笑いで返した。
このサーヴァント、アサシンは召喚されて以降ずっとこの調子だ。
およそ英雄と呼ぶには似つかわしくない態度に口の悪さ。スキル上では高ランクの神性まで持っているはずだが、ノエルは彼から神聖さなど感じたことは一度も無かった。
「変な夢を見たから、今気分が悪いんですの」
「んだよ、テメエも馬が出遅れる夢でも見たか?」
アサシンはそう述べて手に持った缶の中身をグビグビと飲んだ。
少女はどんな夢だと呆れたが、袖の下から見える男の傷を見て気を取り直した。
斬られた腕を何とかくっ付けたような巨大な古傷だ。
夢で見たバラバラ死体の切断箇所と、全く同じ位置についている。
「ねえアサシン」
「んだよクソガキ」
「アサシンは、この聖杯戦争で何を望みますの?」
アサシンの逸話は調べた。
女神と契り天上へ至り、約束を破り故郷へ戻ろうとして八つ裂きにされた男。
あの夢は間違いなくアサシンの最期だろう。
神との契約に殺された男が戦う理由、それが悪魔との契約で四肢を奪われた少女には気になっていた。
「んなこと決まってんだろ」
アサシンはそう言って、手に持った空き缶を投げ捨てる。
「受肉だよ受肉。この“カミサマ”の体でシャバに出てパーっとやんだよ。」
「…ええ?」
「何驚いてんだよ。」
「いや、神への復讐かとか過去の故郷へ戻る事かと思ってましたわ…。私がさっき見た夢は一体…?」
「はあ?なんでわざわざそんなこと願わなきゃならねえんだよ。」
ま、あいつらが来るってんなら遠慮無くぶちのめしてやるけどな、男はそう言いながら缶の中身を飲み干した。
その平然とした様を見て、少女の脳裏にはある疑念が浮かんだ。
「もしや、神から神性貰った時から願いは変わってない…?」
「当然だろ?カミサマの力なんてもんくれるって言うなら、好き放題生きるに決まってるじゃねえか。
力貰ったら龍退治なんぞに付き合わないで速攻でバックレとけばよかったぜ。」
いや、それはダメだろう。
そんな野蛮人の思考で、神由来の力を奮っていいはずが無いことは少女にもわかる。
「そんなこと言ってたら、罰されて当然ですわ…」
呆れて何も言えない、そんな様子を見せる少女に対し、男は気を悪くするとこう返した。
「うっせえな、それよりもテメエはどうなんだよ。」
「私?」
「テメエの願いは何なんだよ。」
「あー…」
少女は空を仰いだ。
囚われたカロンのこと、己の言葉を聞いてくれないジリアンのこと。己の手足。式典奏者。今まで願ってきたことが一瞬駆け巡る。
「復讐ですわ。」
やがて少女は、ポツリとそう呟いた。
「私を騙して己の都合のために願いを使わせた、あのバロウズ市長に復讐することで対価を取り戻しますわ」
「クソくだらねえな」
ギャハハと笑って男は柿ピーを摘んだ。
少女は、男に返す言葉がなかった。
善意に付け込まれたというのならば、いくらでも胸を張ろう。
だがしかし、そもそもの発端は(バロウズの仕込みとはいえ)家柄のための見栄と、親友ジリアンへの嫉妬だ。
「…まあ、そんなわけで、この聖杯戦争からは離脱を目指しますわ。」
「はあ?なんでだよ」
「聖杯とやらに願って、またバラバラにされたら今度こそカロンに呆れ返られますわ。」
「そんときゃクソ聖杯ぶちのめしゃいいだろ。」
「いちいちそんなことしていたら、キリがありませんわ…」
少女ははあ、と大きなため息をつく。
最初からこの決心があったわけではないが、頭は冷えた。
七面倒なことを考えるくらいなら、己の願いに己の最短コースで向かおう。
その決心がついたのは、己のサーヴァントの身勝手で、単純で、そして己に正直な願いを聞いた故ではある。
「俺の願いはどうなんだよ。」
「元の世界の仲間に、願いを叶える悪魔がいますわ。ついて来て手を貸してくれるのなら紹介してあげますわ。」
少女がそう言って腕のない左袖をぷらぷらと揺らす。
それを見た男は、合点の行ったように言った。
「クソガキのそれも対価かよ。」
「今気づきましたの?」
驚いたのはむしろ少女だった。
察していたから今まで触れてこないものだとばかり思っていたが、男はわからない上で触れてこなかったのだ。
少女に対するささやかな気遣い。なんてことがこのサーヴァントに関してあるわけもなく、単に他人の事情に首を突っ込まないだけだろうか。
「それで、どうしますの?一方的に通告してくる聖杯に従うか、それとも私の戦いに加わるのか。」
いたずらっぽく見つめて少女は言う。
男は感を捨てると、かがんで少女と目線を合わせて言った。
「わかったよ、今は乗ってやるぜクソガキ。」
「契約成立ですわね」
男の両目と少女の両目が合う。
神代と現代、神と悪魔、我欲と復讐、交わらないようで地続きのそれが、今まさに互いを見つめ合っていた。
ジリアンとも、こうして向かい合うことはできるだろうか。
「それはそれとして…」
「なんだよ」
少女は床に捨てられた空き缶を男に投げつける。
缶の表面には、有名なビールラベルが照明の光を受けて輝いた。
「なんで食料買ってきてと頼んだのに、袋の中身が酒とおつまみばっかりですの!?しかも渡したお金に対して安物ばっかりですし」
少女はそう言って柿ピーとガンビールの詰まった袋を指差すが、男は悪びれもせずに言った。
「メシっちゃメシだろ。あのクソ馬が負けたのに買ってきてやった俺に感謝しろよ。」
「私はまだ未成年ですわ!しかも馬?また競馬しましたわねアサシン!バカなんですの!?」
そこまで言うと、男はようやくムッとして言った。
「んだと?クソガキ。バカって言ったほうがバカに決まってんだろ。」
仮にも妻子がいた歳の人間の言葉とは思えぬ低レベルな言葉に、さらに少女は癇癪を起こして返した。
「バカって言ったほうがバカって言ったほうがバカですわ!」
「やんのかクソガキ!」
「受けて立ってやりますわ!」
夜が明けるたびに聖杯戦争の不穏さがましていく中、
更にヒートアップしていく一組の主従の子どもじみた争いに付き合えるものは、誰もいなかった。
【CLASS】
アサシン
【真名】
プパシヤシュ@ヒッタイト神話
【性別】
男
【ステータス】
筋力:C 耐久:A 敏捷:B 魔力:C 幸運:A++ 宝具:B
【属性】
混沌・中庸
【クラス別能力】
気配遮断:C
サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。
完全に気配を断てば発見する事は難しい。
【保有スキル】
勇猛:A
威圧・混乱・幻惑といった精神干渉を無効化する能力。
また、格闘ダメージを向上させる効果もある。
千里眼:C
視力の良さ。遠方の標的の捕捉、動体視力の向上。
ランクが高くなると、透視、未来視さえ可能になるが、Cランクではその域には達しない。
竜殺し:B
竜種を仕留めた者に備わる特殊スキルの一つ。竜種に対する攻撃力、防御力の向上。
神性:B
その体に神霊適性を持つかどうか、神性属性があるかないかの判定。ランクが高いほど、より物質的な神霊との混血とされる。
【宝具】
倒竜祭・第二幕(プルリヤシュ・フェスティバル)
ランク:B 種別:対竜宝具 レンジ:30 最大補足:1
アサシンの持つ大剣のような武器。ジャンルとしては蛇腹剣であり、数多の刃を繋ぐ鎖を縮めれば大剣、伸ばせば鞭のように伸びる遠距離武器として機能するが、その本質は「鱗剥ぎの付いた捕縛鎖」であり、刃は本来龍の鱗を削ぎ落とすためのものである。
真名開放により縛った対象の防御宝具・スキルの類を無力化できる他、対象が精神状態異常にかかっている場合は龍属性を付与する。
【weapon】
神から授かった上記の宝具
【人物背景】
ヒッタイト神話に描かれた竜殺しの一人。
元々はただの狩人であったが、その勇猛さを買われ龍を縛り上げる人間として選ばれ、その役を果たした。
対価として女神と一夜を共にし、神の力を得て神の居城で暮らすことになったが、ある時女神に故郷に帰りたい旨を伝えると、神の掟のため八つ裂きにされたという。
【サーヴァントとしての願い】
受肉して気ままに暮らす。
【マスター】
ノエル・チェルクェッティ@被虐のノエル
【聖杯にかける願い】
バロウズ市長への復讐(聖杯に頼る気はない)
【参戦時期】
シーズン4~5の間
最終更新:2022年05月09日 21:09