オフィス街の中心に設けられた小さな公園。
多くのビルが灯を消した深夜、夜闇の中に二つの影が並んでいた。

抜き身の日本刀を携えた着流しの男に、西洋甲冑を着込んだ槍兵。
近代的なオフィス街には似つかわしくない風貌の彼らは殺気を発して睨み合う。
それは空気の中に緊張感を徐々に溶かし、一気に爆発させる。

猛烈な剣戟の末、刃と刃が火花を散らしてぶつかり合っては消える。
かつて英雄と呼ばれた者たちの戦いはひどく洗練され、文学的な美しさすら感じさせた。
刃の上に誇りが乗っている、と錯覚させるようなそれを見れば、英雄に憧れる凡夫が絶えないのも無理からんことだ。

――だからこそ、英雄は醜い。
雑居ビルの屋上からWA2000のスコープ越しにその戦闘を眺め、衛宮切嗣は唾棄するように溜息を吐いた。
戦闘のスペシャリストでありながら戦いを忌避する彼にとって、その光景は直視に耐えない代物といえる。薄く瞬きをして、視線を背けるように銃口をゆっくりと動かした。
小さく震えた十字の先で捉えたのは、公園の物陰に身を隠した女だ。銀色の髪に神経質そうな瞳、いかにも魔術師然とした風貌。今回の獲物は彼女だ。
トリガーに掛けた指が僅かに緊張するのと同時に、声が流れ込んでくる。

「……標的は確認できたか?」
「ああ、問題ない」

その主に返答し、切嗣は標的との距離を目算した。およそ400m、充分にヘッドショットを狙える間合いだ。
小さく息を吸い込み、一拍呼吸を止める。己の鼓動を全身で感じ、凪のように極限まで平坦化した精神を指の先に乗せる。
そして、そのまま――衛宮切嗣は、ごく自然な動きでトリガーを引いた。

「7.62㎜弾が脳幹を貫通……即死だな。良い腕だ」

吐き出された薬莢がコンクリートを叩くのに混じって、再び声が聞こえてくる。
切嗣は黙ったまま、地面に倒れ伏した魔術師の死体と狼狽する槍兵のサーヴァントをスコープ越しに見比べていた。
マスターを失った以上、あの槍兵もそう長くは現界できないだろう。今回の仕事はここまでだ。

「……次の標的は?」
「そう焦るな、まずは現場から離れた方がいい。銃声を聞いた人間が付近に3人ほどいる」

小さく鼻を鳴らして、WA2000を肩に担ぐ。ここからは誰かが気付いたようには見えないが、“彼”が言うのであればそうなのだろう。

「了解した。ルートの指示を頼む」

靴底でコンクリートの屋上を叩きながら、切嗣は声の主との邂逅を思い返していた。




「誤解を解くために、最初に言っておくとしよう。――マスター、君が引き当てたサーヴァントは“英雄”などではない」

アサシンのサーヴァント、ウィリアム・ドノヴァンが召喚に応じた直後に切嗣へ投げかけたのはそんな言葉だった。
上等なスーツを着こなし、人の良い笑みを讃える彼は武人というよりも政治家のような雰囲気を漂わせている。多くの人間は彼のことを単なる老紳士としか認識しないだろう。
だが、切嗣は彼の瞳に渦巻く冷徹な合理性を見抜いていた。自分のそれと全く同じ色をしたそれは、アサシンの辿ってきた道がどのようなものであったか雄弁に物語っている。

「そもそも、私は英雄という存在に懐疑的でね。如何なる優れた人物であれ、徹底的に合理化された戦略には敵わない……そうは思わんかね?」

そう言って、アサシンは東京の夜景を眺める。二度三度瞬きをして、ゆっくりと全てを叩き込むように。切嗣はそんな彼の姿に、小さく鼻を鳴らした。

「……サーヴァントの君が、そんな台詞を言うとはな」
「自分が英霊となったことについては、私も困惑しているよ。実際、私が挙げた功績の大半はおよそ誇れるようなものではないからな。民間人を焚きつけて反乱を誘発し、生産を遅延させて戦力を削ぎ、輸送網を破壊し将兵を飢えさせる――およそ英雄の戦い方とは程遠い代物だ」

自嘲するように溜息を吐き、アサシンは切嗣を見やる。黒のロングコートに隠されたトンプソン・コンテンダー……その膨らみは「異端の魔術師」たる衛宮切嗣の象徴だ。
その重量と剣呑さを見透かしたような視線を寄せて、さらに言葉が紡がれた。

「だが、私はそれを恥じたことはない。……君であれば理解できるだろう?マスター。勝利のためであれば、あらゆる手段を用いるのがプロフェッショナルというものだ」
「……ああ」

切嗣は目を伏せて、小さく頷く。このごく短期間に交わした言葉だけで、眼前の英霊は己の中に渦巻く本質を見抜いていた。それはおそらく宝具や聖杯の知識によるものではなく、彼が生前から持ち合わせていた洞察力によるものだろう。
期待を込めるように小さく鼻を鳴らした切嗣の前でネクタイを締め直し、アサシンは怜悧な瞳を向けて言った。

「よろしい。ではマスター、まずは君の戦略を聞かせてもらうとしようか?」




「ビルを降りて西に……いや、一旦戻ってくれ。警官が近づいている。東にある路地を抜けた方が良いな」

そして、現在。アサシンがいるのは赤坂にある高級ホテルの一室だ。当然、マスターである切嗣とは別行動である。
互いの会話は念話で行い、接触は必要最低限とする――それが今回の聖杯戦争において彼らが導き出した戦略の一つだった。
並外れた戦略眼と洞察力を有しているとはいえ、アサシンのステータスは他の英霊のそれに比べれば劣っている。戦闘を得手とする英霊と直接打ち合うような戦い方は不向きだ。
ならば、どうするべきか?

「……良い知らせがあるぞ、マスター。またサーヴァントがやられた。先程のサムライのようだな」

そう言って、アサシンは壁一面に張り出された巨大な地図を見据えた。東京23区の建物や道路が細々と描き出されたそれには印の付けられたピンが数十本、何かの場所を示すように刺されている。そのうちの一本を引き抜いて床に捨てると、切嗣からの念話が戻ってくる。

「了解した。アサシン、他に動きのある主従はいるか?」
「今のところは特に。現時点では同盟を結んだ者もいないな」

そして、地図の横には週刊誌や新聞から切り抜かれた写真、手書きの似顔絵がびっしりと張り付けられたホワイトボード。それぞれの似顔絵の下には人名や所属、現在の状況といった情報が事細かに記されていた。
この無機質な地図とホワイトボードこそが、アサシン――ウィリアム・ドノヴァンの戦場だ。かつて世界一の超大国で諜報機関を率いていた彼にとって、戦いの本質はここにある。
アサシンの保有する宝具『かくて汝は真実を知り、真実こそが汝を自由にする(ザ・カンパニー)』は、一切の攻撃能力を持たない代わりに指定範囲の「全て」を監視するという代物だ。
即ち。

裏路地で行われている魂喰いも。
廃墟で行われた召喚も。
深夜の公園で交わされた戦闘も。

この地に足を踏み入れた人々が秘匿してきたあらゆる情報は、全てが彼の手の内にある。
そうして得られた情報は、緻密な分析によってアサシンと切嗣の戦略の一翼を担う存在へと昇華させられていた。サーヴァントが展開している場所やマスターが潜伏する工房は地図上のピンとして現れ、個々の能力や経歴、戦いの方針は全てホワイトボードの上に描かれている。情報戦という限りなく限定されたフィールドにおいて、アサシンは無類の強さを発揮できるサーヴァントだ。
もちろん、通常の魔術師であれば“神秘の秘匿”を真っ向から剥ぎ取るような宝具など唾棄するだろう。しかし、彼のマスターである衛宮切嗣は「異端の魔術師」であった。

異端の魔術師である衛宮切嗣と、英雄とはかけ離れた戦いを得意とするアサシン。互いの長短を正確に把握した彼らが導きだした戦略は至極明快だ。
「アサシンが観測した情報を元に、切嗣がマスターを狩る」。
情報戦のプロであるアサシンの指示で「魔術師殺し」が動く――その戦略は「聖杯戦争」における戦いの誇りや魔術的な美意識を悉く踏み躙るような代物だったが、彼らは躊躇することなどなかった。
合理的に手段を選ばず勝利を手にすることを誓う切嗣とアサシンにとって、戦いの定石や英雄の誇りなど唾棄すべき代物でしかない。必要であり、効果があるのならどんな方法であろうと受け入れるだけだ。

「マスター、次の標的だが……」
「ああ。準備はできている。座標を指示してくれ」

真新しい煙草を咥え、切嗣はアサシンの声に耳を傾ける。
ありとあらゆる英雄幻想のひしめくこの東京で、“英雄”から最もかけ離れた主従がどれだけの戦果を挙げるのか――。
それはまだ、観測されていない。



【サーヴァント】
【CLASS】
 アサシン

【真名】
 ウィリアム・ドノヴァン

【出典】
 20世紀・アメリカ合衆国

【性別】
 男

【ステータス】
 筋力:E 耐久:D 敏捷:E 魔力:E 幸運:C 宝具:D

【属性】
 秩序・悪

【クラス別能力】
 気配遮断:C
 サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。
 完全に気配を断てば発見する事は難しい。

【保有スキル】
 情報分析:A++
 得られた情報を分析・整理し、有用なものを見つけ出して活用する能力。
 ランクA++ともなれば、複数のデータを駆使して疑似的な未来予知すら行うことが可能。
 また、アサシンはこのスキルによって宝具で得られる莫大な情報を処理している。

 プロパガンダ:A
 偽装や情報工作を駆使して相手を騙し、思考や行動をコントロールする能力。
 ランクAならば、NPCやマスターはもとより一部のサーヴァントも騙すことが可能。
 魔術的な催眠とは異なる思考誘導に類するスキルであるため、対魔力で防ぐことはできない。
 また、人外の存在や精神汚染スキルの保有者など通常の思考体系が通用しない相手に対しては効果を発揮できない。

 破壊工作:A
 戦闘を行う前、戦闘の準備段階で相手の戦力を削ぎ落とす才能。情報戦のプロフェッショナル。
 アサシンが事前に得ている対象の情報が多ければ多いほど、相手の攻撃力を低下させる。
 ただし、このスキルが高ければ高いほど、英雄としての霊格は低下していく。

 諜報:B
 このスキルは気配を遮断するのではなく、気配そのものを敵対者だと感じさせない。
 Bランクであれば、全く無害な別人に成りすますことができる。

【宝具】
 『かくて汝は真実を知り、真実こそが汝を自由にする(ザ・カンパニー)』
 ランク:D 種別:対人・対界宝具 レンジ:0~∞ 最大捕捉:∞

 アサシンが生涯をかけて作り上げた諜報機関・CIAを再現する宝具。
 アサシンが指定したエリア内で起こったあらゆる出来事を自動的に監視・収集する。
 気配遮断や情報抹消等のスキルは全て無効化されるため、物理的・魔術的な方法でキャスターの監視から逃れることは不可能。
 監視されていることを察知するにはBランク以上の心眼(偽)、またはそれに類するスキルが必要。
 現在は東京23区の全域を範囲として監視中。


【weapon】
 地図:東京23区の地図。アサシンが発見したサーヴァントやマスターの位置が記されている。
 ホワイトボード:ごく普通のホワイトボード。これまでに収集したサーヴァントやマスターの情報が書き込まれている。

【人物背景】
 「アメリカ情報機関の父」、「CIAの父」と称されるアメリカの伝説的スパイマスター。
元々は一介の弁護士であったが、法務官僚として働く傍らで欧州各国を巡り、各国の要人と交流を重ねる中で独自の人脈を築き上げた。
 その情報網から第二次世界大戦の開戦を予期してアメリカ国内で諜報活動の重要性を訴え、その意見が政府に認められたことでCIAの前身となる諜報機関・OSSの長官に就任。
 彼の予想通りに戦争が始まった後は敵国であるドイツや日本を相手に諜報戦を繰り広げ、レジスタンスの創設や特殊部隊の指揮、プロパガンダ作戦の主導など数々の極秘任務に携わる。
 アメリカを勝利に導いた後は現役を退くが、その後も諜報活動の専門家として外交や内政・軍事など多方面に尽力し、世界最強の諜報機関・CIAの設立を実現させた。
 活動の多くが秘密裏に行われたこともあって彼の功績のほとんどは表に出ていないが、その活躍は時の大統領からも讃えられたほど。

 性格は理知的で物腰柔らかな雰囲気を漂わせた好人物。
 話が上手く人好きのする自然な包容力の持ち主だが、目的のためには手段を選ばない冷徹さを備えている。
 なお、FBIの初代長官であるジョン・エドガー・フーヴァーとは長年に渡る確執があり、大変に仲が悪い。

【外見】
 高級スーツを上品に着こなし、洗練された立ち振る舞いを見せるアメリカ人の老紳士。
 政治家、あるいは富裕層のように見える外見を生かし、現在は赤坂の高級ホテルに滞在中。

【サーヴァントとしての願い】
 アメリカ合衆国の恒久的な繁栄。


【マスター】
 衛宮切嗣@Fate/Zero

【Weapon】
 WA2000:セミオートマチック式の狙撃銃。高い精度を備えるが非常に高価。
 キャリコM950:50発もの装弾数を誇るマシンピストル。長期間にわたり大量の弾丸をばら撒ける。
 トンプソン・コンテンダー:単発式のハンドガン。.30-06スプリングフィールド弾仕様に改造されており、起源弾はこの銃から放たれる。
 その他、各種銃火器

【能力・技能】

 『固有時制御』
 自らの時間流を加速・減速させることで、通常の数倍の運動能力や時間遅延による状況の先延ばしを得る。
 但し、肉体への負担も大きく濫用すれば死に到る。

 『起源弾』
 魔術礼装として改造された銃トンプソン・コンテンダーから放たれる弾丸。
 これは彼の第12肋骨をすり潰した粉を霊的工程を以って凝縮し30-06スプリングフィールド弾の芯材とした概念武装としての側面も持つ魔弾で、
 この魔弾で撃ち抜かれた者には切嗣の起源である「切断と結合」の二重属性が発現し、
 不可逆の変質(作中で「切れたロープをつなぐとロープとしての用は成すが、その結び目の部分だけ太さが変わる」と喩えられている)がもたらされる。
 特に魔術師にとって致命的な特性であり、魔術的手段をもって防御しようとすれば循環していた魔力が暴走し、肉体と魔術回路に深刻な破壊が引き起こされる。

【人物背景】
 かつて「魔術師殺し」と徒名された殺し屋。
 六代を数える魔道の血筋ではあるものの、魔術を目的を遂行するための手段としてしか見なしておらず、
 本来なら忌避される近代兵器も使用する外道の魔術師。聖杯戦争の切り札としてアインツベルン家の婿養子に迎えられた。
 少年期に父親の研究が引き金となって起きた惨劇を繰り返さぬため、自らの手で父親を殺害。
 以後、そのとき行った多数を救う為に少数を切り捨てることを絶対の信条として徹し続けている。
 愛情や友情を尊び、他者の喜びや悲嘆に共感するという人間としてごく当たり前の感性を備えながらも、
 心を切り離すことで躊躇なく相手に手を下すことが出来る天性を持ち合わせたために、己の信条に従って人を救う度に罪の意識と喪失の痛みに苛まれていた。
 戦いの醜さ、悪性をずっと目の当たりにしてきたため、戦争を始めとするあらゆる闘争行為を心から軽蔑しており、
 戦いを肯定し人々を戦場に駆り立てる「英雄」という概念を激しく憎悪している。
 ワルサーWA2000とキャリコM950といった銃器、ナイフに爆発物などを用いた戦闘術のほか、魔術も使いこなす。

【マスターとしての願い】
 恒久的な平和の実現。

【方針】
 聖杯狙い。アサシンの宝具を駆使してマスターを優先的に始末しつつ、同盟や直接対決も含めたあらゆる戦略を使用する。

【参戦時期】
 アインツベルンとの契約以前、フリーランスの魔術師時代からの参戦。
最終更新:2022年05月02日 21:34