放課後の教室で、スマホで最近起きた殺人事件についてのニュースを見ながら、物思いに耽る。
 此処に来てから思う事は、あまり無い。
 ここでもクラスメートである森野夜は本物なのだろうか。
 次の観光は何処にしようか。
 他のマスターやサーヴァントはなぜ戦うのか。
 考える事はそれくらいだ。
 森野夜は僕の知る彼女なのだろうか。僕が彼女の手首を欲しいと思ったきっかけとなった、彼女の手首に走る赤い線は確かに有ったが、それで彼女が本物かどうかは分からない。
 まぁ、僕の知る森野夜は、こんな事態に巻き込まれて平然としていられるタイプでは無いので本人では無いのだろう。残念ながら。
 もし彼女が僕の知る森野夜だったなら、僕は─── 。

 「おいマスター。あの女、やっぱりマスターだったぞ」

 僕の取り留めのない思考は、唐突に脳裏に響いた声によって中断された。

 「ここの資料で住所も調べておいた。今から行くか」

 「住所を調べる際、誰にも見つかっては居ませんね」

 「この俺がそんな不始末をすると思うか」

 僕は苦笑した。声の主はその様な間の抜けた人物では有り得ないのだから。

 「僕は貴方の事を知っていますよ。アーチャー」

 さて、彼女が最初に出会うマスターか。学校にサーヴァントを連れて来ているおかげで見つけられたが、如何やって話をしようか。

 「取り敢えず、夜を待ちましょう。あまり目立ちたくは無いですし」

 僕はそうアーチャーに言うと、『観光』に行こうと椅子から立ち上がり─── 。

 「これは貴方の仕業ですか」

 ふと思いついて訊いてみる。スマホに映し出されているのは、台東区で起きた殺人事件だ。完全に破壊され尽くした公園で、解体された男性の死体が見つかったらしい。
 公園の惨状と合わせて、ただの殺人事件とは到底思われず、SNSには様々な憶測や与太話が乱れ飛んでいた。

 「俺じゃあ無ぇよ。俺にこんな破壊行為は出来無ぇ。サーヴァント同士の戦闘の余波だろ。俺にはサーヴァントと正面から殺し合う戦力も根性も無ぇぞ」

 「そうですか、訊いてみらだけです。気を悪くしないで下さい」

 今日の観光は此処にしよう。僕はそう思いながら教室を後にした。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

短かく浅い呼吸が断続的に繰り返される。
 深夜の街中を、一人の十代半ば程の少女が必死という言葉を体現したかの様な表情で駆けていた。

 『どうしてこんな事になったのだろう』

 脳裏を過るのはただそれだけ。


 少女は魔術師である。万能の願望機である聖杯や、その争奪戦である聖杯戦争については、知識だけはあったが、自分が関わるとは思ってもみなかった。
 訳もわからずこの東京に引き摺り込まれ、訳もわからないままセイバーのサーヴァントを召喚した時に、自身の記憶を思い出し、聖杯を獲得するべく共に戦う事を決めた。願いは無く、有るとすれば只帰りたいというだけだが、魔道に生きる身として聖杯を手に入れる機会は逃すことなど出来はしない。
 魔術師として覚悟を決めた少女の決意に、黙って頷きを返した女騎士は、少女と共に生活し、学校に付き添い、閉鎖された二十三区を探索し、ある時は戦い、ある時は交渉して、聖杯獲得の為の努力を続けていた。
 主人の信頼に応えるその姿は、正しく騎士道物語の騎士そのもので、英雄とは如何なるものかを主人に言葉に依らず示していた。
 その女騎士は、最早居ない。いきなり攻撃されて致命傷を受け、その場に踏みとどまって主人だけでも生かすべく抗戦している。
 ひょっとすれば、まだ生きているかも知れない。
 ひょっとすれば、敵を撃退して此方に向かっているかも知れない。
 そんな甘美な幻想は、しかし、少女には認識すらできなかった攻撃で鎧ごと腹を裂かれ、傷口から溢れた臓物を腹に押し込んでいた、凄惨無惨な姿が否定する。
共に夜の街を探索していた時に抱いていた安心感は恐怖に変わり、信頼は悲嘆を際限無く生産し続ける。
 自身のうちより無限に湧き上がる、不安と恐怖を振り払うかの様に少女は走り続け、住んでいるアパートに帰り着いた。
 住民から翌日苦情が来るであろう事必至の音を立ててで階段を駆け上がり、扉を蹴破らんばかりの勢いで開けて、室内に入る。
 家族は居ない、一人暮らしの部屋の灯りをつけようとした矢先、強い力で肩を掴まれた。

 「………ッ!?」

 後ろを振り向くことも出来ない。恐慌して暴れ出そうとした少女を、肩を掴んだ誰かは乱雑に振り回して床に放り出した。
 短い悲鳴をあげて床に転がった少女の背が足で踏まれ、顔が強い光で照らされる。頭の所に、明かりで少女の顔を照らしたまま、誰かが座り込んだ。

 「そんなに怯えないでください。貴女には僕の質問に答えて欲しいだけです」

 まだ10代の少年の声。何の抑揚も感情も無い声は、何処までも無機質で乾いていた。

 「同盟相手の事なら…居ないわ。私達は二人で戦ってきたの」

 「私『達』ねぇ。もうじき複数形じゃ無くなるんだよなぁ」

 第三の声。声の主の粗野で粗暴な精神性がそのまま音になったかの様な声。暴力を好み、人を虐げる事を悦ぶ声だ。誇りや気高さなど微粒子程もないと。声を聞いただけで分かる声だ。

 「『他』の連中なら苦労しただろうなぁ。何しろ彼奴らは『殺人鬼』だ。俺と違ってな。コレを殺さない様にするのは難しいだろうしな。まぁイイわ。マスター、こっち照らしてくれや」

 「良いですよ。アーチャー」

 粗野粗暴な蛮声に,無機無情な声が応じ、『ソレ』を照らし出した。

 「セイバー………ッ」

 僅かな時間で変わり果てた女騎士の姿に、覚悟を既に決めていた少女が短い悲鳴を漏らす。少女の記憶にある勇壮な騎士の姿は何処にも無い。
 膝のところで両脚を、付け根から右腕を断たれ、残った左腕も骨まで斬られて皮一枚で残っている有様。
 胴にもどれをとっても深傷とわかる複数の裂傷が走り、最初に裂かれた傷からは腸がだらしなく溢れている。
 背中を踏むサーヴァントが手に持つ、鳩尾に刺さった道路標識で、セイバーの身体は宙に吊り下げられていた。
 だが何よりも無惨なのは、顔だ。
 左右の口の端から耳まで、道化の化粧の如く走る傷は、騎士の顔を視るも無惨なものと変えていた。

 「いやまぁ、最優の名に恥じない頑張りで愉しかったよ。
 何しろこっちきてから初めての『斬』でしかも剣の英雄様だったんでついついはしゃいじまってなぁ」

 背中を踏みつけるサーヴァントの言葉に反応を返す暇もなく。

 「まぁ此奴はもうイラネ。だろ、マスター」

 「ええ、もう彼女からは『聞かせて』貰いましたから」

 少年の許可を得るなり、アーチャーは手にした道路標識─────セイバーの身体を貫き宙に吊るしているソレ─────を縦に振ると、セイバーの鳩尾から頭まで、道路標識が走り抜け、セイバーの身体を斬断した。

 あまりにも無惨なその最後に感傷を抱くよりも早く。

 「質問しますが、貴女は何の為に戦うのですか」

 少女の顔を灯で照らす少年から、そんなふざけた質問が為された。

 「…………………え?」

 あまりにも予想外過ぎて間の抜けた反応をしてしまう。
 態々訊く事か?此れが?

 「僕は知りたいんですよ。この聖杯戦争をマスターやサーヴァントが何故戦うのか」

 「そんな事を知って……」

 「ただの好奇心です。あぁ、セイバーさんの願いは聴かせて貰いました。濡れ衣を着せられて死んだ主君の名誉を回復する事だそうですね。御立派な事です。貴女は如何なんですか?」

 少年の声は何処までも無機質で、冷たく、乾いていた。

 「め、名誉よ!魔術師ならば、誰だって、願いなんてなくとも聖杯は手に入れたいわ!」

 少女の応えに少年は無言。やがて。

 「用は済みました。帰りましょう。アーチャー」

 そう言うと立ち上がり、少女の顔を照らしたまま後ずさって行く。

 「殺さないのかよ?マスター」

 「その必要は無いでしょう」

 扉へと後ずさって行くマスターに、不満気に鼻を鳴らしてアーチャーが続く。
 此方が完全に無力化した─────そう思い込んで油断しきった二人を少女は表情に出さず嘲笑った。
 魔術師である少女には、この状態からでも人を殺す手段がある。
 マスターの少年を殺し、アーチャーと契約して、再度聖杯を目指す。
 セイバーの事は悲しいし残念だがこうなっては仕方が無い。せめてこのアーチャーは勝ち抜いた時点で自害させ、彼女の願いを叶える事で、セイバーに対する報いとしよう。
 そう算段して、狙いをつけるも、少女の眼には灯りでアーチャーのマスターの姿は見えないが、灯に向かって魔術を放てばそれで済む。
 密やかに、そして速やかに魔術行使の準備を終えると、少女は少年への殺意を形にしようとして─────。その行為は永遠に実行に移される事は無かった。

 鈍い音と共に首から離れた少女の頭が床を転がった。

 「殺したのですか」

 「マスターを殺そうとすりゃあ、殺さざるを得ないさ」

 アーチャーが手を振ると、赤黒い糸の様なものが躍り、アーチャーの握った指の中に吸い込まれていった。
 何処かから万引きしてきた釣り用のテグスが、サーヴァントを斃す程の凶器となったと、信じるものは希少だろう。

 そうですか。と少年は返すと、首のない死体を指差して。

 「解体しないのですか」

 無表情かつ無機質に少年がそう訊ねると。

 「死んだ奴斬ったって愉しく無ぇ。生きている奴を斬り刻んだ時の反応が愉しいんだよ。大体俺は解体(バラ)すのが苦手でな」

 「そうですか。では次に期待しましょう」

 少年は無言で少女の部屋を出て、振り返ることもなく帰路に着いた。


 以前に二人の殺人者がそれぞれ作った「作品」を見た事があるが、彼等の「作品」を伝説の殺人者のものと比べてみたかっけれども仕方がない。
 そんな事を考えながら。




【CLASS】 
アーチャー

【真名】
ジャック・ザ・リッパー@19世紀英国

【性別】

【身長・体重】
1m90cm 93kg

【属性】
混沌・悪

【ステータス】
筋力: C 耐久:D 敏捷: C 魔力:C 幸運: B 宝具;C


【クラス別スキル】

単独行動:A
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクAならば、マスターを失っても一週間現界可能。


対魔力:D
一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
魔力避けのアミュレット程度の対魔力。


【固有スキル】


無辜の怪物;A
生前の行いからのイメージによって、後に過去や在り方を捻じ曲げられ能力・姿が変貌してしまった怪物。本人の意思に関係なく、風評によって真相を捻じ曲げられたものの深度を指す。このスキルを外すことは出来ない。
アーチャーはジャック・ザ・リッパーという存在の、『斬断者』としての側面が強調された存在である。


姿無き斬断者;A
アサシンクラスで限界した時の『霧夜の殺人』が変化したもの。昼間にのみ気配遮断の効力を得る。ジャック・ザ・リッパーは昼間は一人の倫敦市民として生活していた。
昼間は如何なるスキル、宝具を用いても、隠れ潜むアーチャーを発見する事は不可能となる。代わりに、攻撃体勢に入った瞬間、効果が消滅する。
夜間に於いてはCランクの仕切り直しの効果を発揮するが、サーヴァントとしての気配が、他のサーヴァントの探知領域外からかなり離れた場所に居ても認識されやすくなるデメリットを持つ。


無窮の武練(斬断):A
後世の伝承で斬殺殺人の象徴を誇るまでに到達した斬断の伝説。
凡そ素手であれ道具を用いた行為であれ、『人体を斬り裂く』という行為にのみ冠絶した手練を発揮する。つまりはサーヴァントと真っ向から斬り合うと、受けに回った瞬間に殺されかねない。
宝具の影響下に有る物でしかこのスキルの効果は発揮されない


【宝具】

白霧より来る斬刃(ジャック・ザ・リッパー)
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:ー最大捕捉:ー

魔力放出に似て非なる宝具。肉体若しくは手にしたものを媒介として、ジャック・ザ・リッパーの名に纏わる斬断の概念を放つ。
ジャックが手にした物体を乾いた血の様な赤黒い斬断の呪いで冒し浸し、木の枝や石塊でさえも妖刀の如き切れ味を発揮させ、その手に刃を握れば万物を断ち切る魔刃と化す。
この効果は斬断の呪いを帯びる己の肉体でも発揮される。
あくまでも『斬る』のみであり、強度はそのままの為、サーヴァントの振るう武具や宝具と撃ち合えば容易く粉砕されてしまう。
手にした物体に斬断の呪いを込めて投擲する事で飛び道具とすることも可能。
人体への特攻。夜間時の威力上昇効果を持ち、女性であれば更に威力が増すが、非生物には無力である。

ジャック・ザ・リッパーの使った凶器が後世の後付けで数多無数のものになった為に獲得した宝具。



赤い夜の殺人者(ジャック・ザ・リッパー)
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:ー最大捕捉:ー

上述の宝具の本質解放。アーチャーのクラスで顕現した所以。
真名解放と共に吐息や視線、刃風に至るまでに『斬断』の概念が乗り、視線を浴びる、息を吹きかけられる、それだけで肉体が切断される。
人体への特攻。夜間時の威力上昇効果を持ち、女性であれば更に威力が増すが、非生物には無力。例外として生物が身につけている服や装甲には効果がある。
対象が女性で尚且つ夜間であれば、自身の肉体で直接触れることにより、効果が『斬断』ではなく『解体』となり、対象を八つ裂きにする。
対象の装甲や物理的な強度を無視して肉体を切り裂くが、対象の魔力、対魔力、加護によって軽減され、Bランク以上では無力化される。

切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)という名前の持つ概念が宝具と化したもの。


【Weapon】
万引きしてきたテグス。

【聖杯への願い】
無い。聖杯戦争では歴史に名を残した英雄様と『斬断』の業を競いたい。


【解説】
19世紀英国に出現し、5人の娼婦を惨殺した正体不明の殺人鬼。
存在そのものが概念化している為に、クラスにより性格も能力も姿も異なる。
アーチャークラスでは『殺人鬼』よりも『斬断者』の部分が強調される。
この為に、ジャック・ザ・リッパーは人体や刃物に精通している。という推察がされていたが、斬断者として現界したアーチャーは人体への知識が無い。
人を効率よく殺したり解体したりするのは苦手。多分他のどのクラスのジャック・ザ・リッパーよりも下手。
但し人体を斬断することに関しては他のどのジャック・ザ・リッパーをも上手だと自負している。
性格は粗野で下品で卑劣。只々人体を斬り裂きたい。人体を斬り裂く業前を人理に名を刻んだ英霊様と競いたい。
それだけの為に現界した下劣な斬断者。

外見はがっしりした感じの、革のエプロンつけた青年。


【マスター】
神山樹

【出典】
GOTH

【能力・技能】
推理小説の探偵役に該当する為、洞察力と推理力が高い。クラスに自然に溶け込む演技力も相当のもの。だが、これは意識して行なっているわけではない

【weapon】
ある連続殺人事件の犯人から譲り受けたナイフ

【ロール】
大田区在住の大田区の高校に通う高校生

【人物背景】
 勉強は出来ないが周囲を明るくする雰囲気を持った。人懐っこい子犬の様と評される事もある男子高校生。
 実態は人の暗黒面に強く惹きつけられる性質を持ち、何故か矢鱈と周囲で起きる事件の犯人を突き止めても、警察に通報する事なくそのままにしている。これは事件にかかわる動機が『好奇心』による為。もしくは執着している森野夜を他人に殺させない為であり、事件の解決には関心が無いため。
 他社の前で演じているときは『俺』。素の時は『僕』と第一人称が変わる。
 作中で事件を解決した後に自殺幇助で1人生き埋めにし、別の事件では犯人とナイフで殺し合って殺害している。


趣味は観光だが、世間一般のものとは違い、人が死んだ場所に立ち、感触を靴底に感じる事。

【聖杯にかける願い】
 アーチャーの正体を知りたい。無論興味でしかないが。

 【方針】
 取り敢えず他のマスターやサーヴァントに何故戦うのかを聞きたい。

【参戦時期】
原作終了後

【把握媒体】
手っ取り早いのは漫画版。詳しく知りたいのなら小説版。映画版は出来は良いのですが把握媒体としてはあまりお勧め出来ません。
最終更新:2022年05月04日 08:56