肉の焦げた匂いが、へばりつくように鼻を擽る。男は覚束ない足取りで、なにも考えられずここではないどこかへと向かう。極寒に意識が途切れそうになるが、切られた背中の熱と痛みがそれを許さない。

だが、それも限界だった。やがて力なく倒れ、だが、両腕で抱えた「ソレ」は絶対に離さないと言わんばかりに抱き締めるが、その感覚も無くなっていく。

───いつだってそうだ、目に写るもの全てが牙を向いてきた。この世の何もかもが敵だった。たった一人の妹を除いて
許さない許さない許さない。全部殺してやる。神だろうが仏だろうが関係ない。全てが俺たちから奪うなら、俺たちもお前らから取り立ててやる。

ああ、どこだ、俺の妹。もう感覚がない、行くな、逝くな。やめろ、俺から取り立てるな。お前が居なくなったら俺は、俺は

俺は───



「……ああ、そこにいたのか、梅」






「お嬢ちゃん、こんな時間になにしてんの?」
「ここ最近物騒だからよお、お兄さんたちが送ってあげようか?」
「いや……あの……」

夜の都会の道端で、中身が入っているビニール袋を持った買い物を終えたばかりであろうの少女に、いかにもチンピラですと言わんばかりのガラの悪い二人の男が絡んでいた。疎らに道行く人々に少女は目線をさ迷わすが、関わり合いになりたくないと顔を反らして通りすぎる。

「可愛い服着てるねー、和ロリってえの?原宿辺りで見たことあるわ」
「顔もスッゲエ好み。どっかでモデルやってる?」

少女が逡巡している間にもチンピラはジリジリと少女に詰め寄る。少女はチンピラ二人を睨み返し、荒げた声で怒鳴った。

「め……迷惑よ!あんた達みたいな人に付き合ってる暇ないの!わたし、もう行かせてもらうから!」
「おいおいおい、随分ひでぇこと言ってくれるじゃねぇか」
「綺麗な顔してっから下手に出てやりゃあ調子乗りやがってよ!」

チンピラの一人が少女の腕を乱暴に掴む。だがその瞬間、突然の突風がチンピラ二人を襲い、狙い済ましたかのように砂や塵が目に直撃した。

「いっ……!?」
「があ!?なんなんだよクソッ!!」
「わ……わたしに酷いことするとそうなるの!もう関わらない方が身のためよ!」
「て……めぇ!!」

チンピラの一人が逆上し、少女に腕を大きく振りかぶる。少女目掛けて振り下ろされたその腕は


───ザン

ボトッ


「………ああぁ?」

少女に届く前に、割って入るように落ちてきた人影によって切り落とされた。

「……人の妹によおお」

ぬらり、と人影は立ち上がる。ボロボロの衣服を身に付け、身体はガリガリという表現さえ生易しい、枯れ木に皮が張り付いているかと思うほど痩せ細り、髪はフケとノミにまみれ、顔はひどく爛れた、醜い男の姿がそこにあった。

「汚え手で触ってんじゃねえええ!!」
「ひいいいい!」
「ば、化け物!化け物お!」
「お兄ちゃん駄目!こっち!」

今にも殺さんと、先程チンピラの腕を切り落とした鎌を振りかぶった腕は、しかし少女の手によって阻まれそのまま引っ張られる。

「こっち!あいつらに構っちゃ駄目!」
「梅、駄目だあ、あいつらお前を襲いやがったあ!奪え!取り立てろ!そう言ったろお!?」
「いいから!逃げよう!」

少女は男を連れ道路を横切る。疎らにあった人混みは人の腕を切った闖入者に悲鳴をあげ逃げるように道をあけた。腕を切られてない方のチンピラが頭に血を上らせその後を追い始める。

「待ちやがれこの───うわ!?」

道路のど真ん中、そのタイミングでチンピラの草臥れた靴ひもがブチりと音を立てて千切れ、勢い良く弧を描いて靴が脱げた。

「なん……なんだよさっきから!こんな───」

激しいクラクションが鳴り響く。眩しいフラッシュがチンピラの目を眩ませる。気づいた時には、ソレは目の前まで迫っていた。


「え───」





ドンッ、と大きな何かがぶつかる音と人々の悲鳴を背後に、二人はひたすら走る。少女が引っ張っていたはずがいつの間にか男が少女を連れていくように手を引いていた。

「こ……ここまで来れば大丈夫だよね。お兄ちゃん、怪我は……」
「馬鹿野郎!!!」

どこかの河原にたどり着き、少女は安堵の表情を浮かべたのも束の間、男……妓夫太郎は怒りの剣幕で怒鳴り、少女はビクリと身体を跳ねさせた。

「目ぇ離した隙にどっか行きやがってよお、勝手なことすんじゃねえ!何してたあ!」
「だって、マ……お、お兄ちゃん昨日も今日も何も食べてないから、なんか食べ物買って来なきゃって……ほ、ほら!さっき拾った財布にちょっとだけどお金入ってたの!それで買ってきたの、ほら!」

少女は持っていたビニール袋の中身を妓夫太郎に見せるように広げる。中には様々な食べ物が入っていたが、妓夫太郎は良く分からなさそうに首を傾げる。

「……この白い皮は、び、びにる……とかなんとかいったかあ?。中身もなんだあ?握り飯に……茶色くて丸っこいのはパン?てやつだったかあ?」
「ああ、うんそう、ビニール袋よ。中身はおにぎりにあんパンね。パンは中にあんこが入ってるの。お弁当は大きかったからやめたけど、他にはお菓子とか買ってきたしお金もまだあるから暫く食べ物に困らないはず……」
「……梅、お前いつの間にそんなに頭良くなったんだあ?やたら詳しいじゃあねえかあ」
「え……えっとそれは……」

少女は言いにくそうに言葉を詰まらせるが、意を決したように妓夫太郎と顔を合わせる。

「べ、勉強!勉強したの!お兄ちゃんに守られてばっかなのは嫌だったからそれで、あの、その……」
「………」

じー……と音が聞こえるかと錯覚するほど、妓夫太郎は少女を見つめる。少女は手に汗を握り、だが目線だけは妓夫太郎から離すまいと見つめ返す。

「……まあ……いいやあ、お前が無事なら、それで……」

先に折れたのは妓夫太郎だった。少女は安堵に胸を撫で下ろす。そんな様子を見ることなく背を向けた妓夫太郎は、河原にあるなにかを指差し声を弾ませ少女に語りかけた。

「それより見ろ、ついに出来たんだ、新しい俺たち二人の家だあ!前のは二人で住むにゃあ狭かったから作り直したんだぜえ」

指差したその先には、段ボールとビニールシートとその他諸々でできた小さな家、のようなものがあった。
少女は一瞬頬をひきつらせるが、きゅっと口を引き絞り妓夫太郎に顔を向ける。

「す、すごいよお兄ちゃん。あれ完成させたんだ」
「そうだぜえ、なのに俺一人で作ってる間にお前は勝手にどっか行っちまいやがってよお」
「それは……ごめんなさい」
「……まあもういいさ、もう今日は遅えからそれ食って寝んぞお」
「うん、分かった」

そうして二人は妓夫太郎お手製の「家」へと入り、少女はコンビニで買ってきた食べ物をビニール袋の上へと広げた。妓夫太郎は何気なく選んだおにぎりの梱包に手こずり、失敗してべとりと下へと落としてしまった。

「あ!お兄ちゃん何やってるのもう、ちゃんとそれ食べてよね。わたしがせっかく買ってきたんだから」
「……なあ、梅。やっぱりおかしいよなあ」
「何が?」
「だってよお、俺たちは遊郭にいたはずなのによお。いつの間にかこんなごちゃごちゃうるせえ町に住んでたことになっててよお、しかも俺はお前を思い出すまでお前が居なかったことに気付けなかったんだ」

妓夫太郎は落としたおにぎりを拾うでもなくぼんやりと見つめる。少女は静かに妓夫太郎の話に耳を傾けた。

「何がなんだか分かんねえよ……ここはどこなんだ?俺たちは何でここにいる?この記憶は何なんだ?なあ梅」


妓夫太郎は目の前にいる「梅」へと顔をあげる。白い髪に氷のように鋭く透き通った青い瞳、その顔立ちは大人さえたじろぐ程の美貌を備えていた。
ずっと見てきた顔だ、間違えるはずがない。ずっと自慢だった妹だった。いつの間にか着ていたと言う奇天烈な服を除いて。


「聖杯戦争って、なんだ?」
「………」


少女はしばらく妓夫太郎の目を見つめたあと顔を伏せる。その様子を妓夫太郎もまた黙って見ていた。
静寂。長い間か、あるいは長く感じるだけか、遠くの喧騒は切り離され、二人の吐息だけが耳に届く。

「……大丈夫だよ、『お兄ちゃん』」

ややあってようやく少女が口を開く。しかしその内容は妓夫太郎の違和感を拭うものではなかった。

「何が……?」
「大丈夫。お兄ちゃんは……マスターはわたしを守っている限り無敵なの。だって」

少女は……サーヴァント・アーチャーは『兄』であるマスターに笑いかける。その笑顔は誰もが見惚れるだろう、哀しみと愛おしみの籠った、美しい微笑みだった。

「わたしは守るものに幸運を運び、害成すものには不幸を運ぶ綿毛───ケサランパサランなんだから」
「?……けさ……?」
「だから、大丈夫だよ。お兄ちゃん」

妓夫太郎が理解しない内に少女は妓夫太郎に近づき、その痩せ細った身体を抱き締める。優しい包容に妓夫太郎は身じろぎもできずに呆けた。
しばらくそうした後、少女は包容を解き立ち上がる。

「わたし、もう寝るね。お兄ちゃんも早くそれ食べて寝なよ」

少女は妓夫太郎のこさえた寝床へと向かい、薄い布切れに身体を潜り込ませ、寝た。
静かに、だが一方的に流れるように起こった出来事に妓夫太郎はついていくことができなかった。が、もう考えても意味はないと思い、落としたおにぎりを拾い黙々と食べ、自分も眠るために少女の隣へと寝転がり、そのまま目を閉じた。
何も考えず済むように、ただ微睡みに身を委ね、妓夫太郎は眠りにつく。


深く、深く。暗闇に意識を手放し、何も考えないように

何も
……何も




───嗚呼、本当は




【真名】
ケサランパサラン@日本の民間伝承


【クラス】
アーチャー


【ステータス】
筋力:E 耐久:E 敏捷:C 魔力:E 幸運:A 宝具:D



【属性】
中立・中庸


【クラススキル】


対魔力:E
 魔術に対する守り。
無効化は出来ず、ダメージ数値を多少削減する。
クラス補正による申し訳程度のランク


単独行動:B
 マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクBならば、マスターを失っても二日間現界可能。
ふわふわふらふら、当て所なく漂う綿毛は常に自由に舞う


【保有スキル】


自己保存:C
 マスターが無事なかぎり、ある程度の危機から逃れられる。


探すべからず:B
 「ケサランパサランを自分から捕まえにいくと不幸になる」という逸話から昇華したスキル。アーチャーを意識して追跡しようとすると妨害するかのように次々と不幸が訪れる。
ただし、アーチャーを意識していない場合や追跡の対象がアーチャーでない場合は適応されない。

魔力放出(風):E
武器・自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させるスキル。
風に乗る綿毛のようにふわふわ浮くことができる。


【宝具】
吉凶運ぶ綿毛(ケ・セランパサラン)
ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1

 アーチャーの伝承が昇華した常時発動型の宝具
アーチャーを保護し、世話をするものには幸運をもたらす。単純に幸運値が上昇するときもあれば、危機的状況であれば打破する手段を引き寄せる
 逆に危害を加えたり、幸運目当ての下心を持って接するものには不幸をもたらす。具体的には幸運値が下がる。
 そしてアーチャーを消滅に追いやった対象は永続的に幸運値がE-となり、死に至らしめるような不幸が次々と襲う。この状態は対象が死亡・消滅するまで続き、それまで対象の周囲の存在にさえ不幸をもたらす。



【人物背景】
 日本に伝わる見つけると幸運をもたらすといわれる謎の生物。タンポポの綿毛のような見た目をしているという。
見つけた場合、あまり人には言いふらさないほうがよいと言われる。1年に2回見ると効果を失うとも。
 穴の空いた桐の箱に入れ、おしろいを与えると飼育できる。
飼育し続けているとある日突然居なくなってしまうが、このとき探しに行ってはならない。「ケサランパサランを自分から捕まえに行くと不幸になる」からである。

 ある話によると、とある男がケサランパサランを偶然見つけ飼育していたところ、不注意でケサランパサランを逃してしまう。
ケサランパサランを見つけた頃から幸運が続いていた男はその日々が忘れられず、ケサランパサランを探しに行ってしまう。
男はもう一度ケサランパサランを捕まえるが、そのケサランパサランは何故か茶色くくすんでいた。
その後、以前と一転して男や男の周囲の人間は次々と不幸に見舞われ、最後は交通事故で亡くなってしまったという。

召喚されたケサランパサランは、特定の姿を持たないが故にマスターの妓夫太郎の影響を受け、彼の妹である「梅」とそっくりな顔立ちになっている。
ちなみにアーチャークラスの理由は「ほら綿毛って飛ぶじゃん?」とのこと。綿毛は飛び道具。



【外見】
妓夫太郎の妹「梅」にそっくりな顔と、全身真っ白の和風ロリータ少女


【サーヴァントとしての願い】
マスターを守る




【マスター】
妓夫太郎@鬼滅の刃



【聖杯にかける願い】
妹を守る。現状を把握していない


【能力・技能】
なし。強いて言うなら強い腕っぷしと鎌を扱える程度の技量


【人物背景】
遊郭に住む掛け金回収の取り立て屋。妹思いの、ただの兄。
最終更新:2022年05月05日 16:29