この世の全ては水銀の流動に過ぎない。
あらゆる事柄は既知であり、新鮮味などない。
張り合いという言葉など生涯一度も経験したことがなく、ゆえに男は願っていた。
──どうか私に未知を見せてほしいと。
とはいえ、何もせずに得られるはずもなし。男はあらゆる事柄を試し、試し、試し抜いて、それでも既知が抜けずに絶望し、発狂し、試し続ける。
この聖杯戦争もその一端にすぎない。
「つまりマスター。お前はこう言いたいわけだ。聖杯に掲げる願いなどないし、そもそも勝つつもりは毛頭ない。戦闘に参加もしないが観覧だけはしたい」
呼び出されたランサーは怒りを隠さずに己を召喚した魔術師、カール・クラフト=メルクリウスを睨んだ。
メルクリウスを睨む、これは本来ありえない事である。
なぜなら枯れは見た傍から輪郭がぼやけ、次の瞬間には容姿を忘れそうなほど曖昧な存在だった。ランサーが正しく認識できるのは単に魔術的な経路が繋がっているがゆえで同じ英霊であろうとメルクリウスを認識するのは難しい。
その本人は朗々と言い訳じみた言葉を吐き出した。
「左様。魔力は供給するし、求められれば助言もしよう。
だが私自身が直接手を下すことは期待してほしくない。何せ私自身が関わるとろくなことにならない、ということを身を以て経験している。
御身は英霊なれば誉ある戦いを求めているのだろう? ならばそれが茶番に堕すなど到底許しがたいだろう。誉れ高きエインヘリヤルたちの王よ」
将来的にも多くの人をうんざりさせる長口上を垂れながら自らの召喚した英霊をじろりと蛇のように見る。
その瞳にはランサーに全く期待していないという諦観とあるいは実験動物を見るような好奇が宿っていた。
「貴様……!」
ランサーは激怒した。
目の前の存在が自分など及びもつかない階梯の化物であることは百も承知だ。恐らく英霊よりも遥かに強く、にも拘らず死にかけた老人という印象を与えてくることにイライラしてくる。
なぜなら生前、似たような者を知っているからだ。
北欧の大神、死をもたらす片目の男を。あの詐欺師然とした雰囲気が魔術師とそっくりである。しかしランサーは切り替わりが早い男だった。思い切りがよいともいう。
「まあいい。元より魔術師の助力など期待せん。我が名誉と略奪は“我ら”の手によって行われるのだから」
「ああ、知っている。御身が誇り高く、また配下の名誉を重んじ、他者の忠誠と献身に黄金を払うことに微塵も躊躇しない御人であることも。
デンマークにおいて御身の名を知らぬ者などおるまい。北欧の伝承(サーガ)において最高の王と謳われる一人。勇猛なる十二人のベルセルクたちを引き連れ、ロアールの玉座を取り返し、黄金の種を蒔く御方。イングヤルド王を打ち倒し、ハルバルド族の繁栄に幕を引いたレイレの王……ロアール王の甥、フロールヴ……いやロルブ・クラキ殿」
「おべっかはいい……」
そう言ってランサーは王の外套を翻すと背後には円卓を組むように十二人のベルセルクたちが立っていた。
生前、ロルブに仕えた者たちでイギリスのアーサー王伝説に登場する円卓の騎士に匹敵する。無論、ランサーの宝具によって召喚されたために性能はガタ落ちだろうが迸る忠誠心は色あせることはない。
ランサーが黄金をマスターの足元へ投げ棄てた。
「おや、これは?」
「召喚の礼だ」
それ以上の会話すらしたくないのかロルブは去っていく。
魔術師は黄金を拾い、フムと興味深そうに見た。
全てが既知である。
ロルブの態度も、この黄金も、自分が拾う事さえも魔術師にとっては知っていることで退屈でつまらない。
にも拘らず彼が黄金をマジマジと見つめるのは何か拭いがたい因縁があるように感じたからだ。黄金など自分で作れるし、王など見飽きている。
黄金。ランサー。北欧。円卓。
その属性に何かがあるような気がしてならない。
【CLASS】
ランサー
【真名】
ロルブ・クラキ(フロールヴとも呼ぶ)@ビャルキの歌(6世紀とされる)
【性別】
男
【身長・体重】
169cm 68kg
【属性】
秩序・中庸
【ステータス】
筋力:C 耐久: A+ 敏捷:C 魔力:D 幸運:B 宝具:C+
【クラス別スキル】
騎乗:B
騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。
対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法等を以てしても、傷つけるのは難しい。
【固有スキル】
ベルセルク:C
威圧・混乱・幻惑といった精神干渉を無効化、格闘ダメージを向上させる勇猛スキルと、狂化スキルの複合。
ロルブ・クラキもベルセルクの一人として保有するが、
戦士ではなく王としての側面が強いためランクが抑えられている。
黄金律:A
身体の黄金比ではなく、人生において金銭がどれほどついて回るかの宿命。
「黄金はクラキの種」、「黄金はクラキの輝く麦」というケニングがあるほど彼は黄金を所有する。
そしてロルブ・クラキはそれを配下や友人に惜しみなく配る。
カリスマ:A
大軍団を指揮・統率する才能。
北欧の古代の王の中でも最高と謳われるロルブのカリスマはトップクラス。
己が死した後も配下たちが死ぬまで戦ってくれるほどである。
ベルセルクの中では珍しく自身の勇猛さよりも配下の働きが凄まじいことで有名。
【宝具】
死をもたらす王剣(スコフヌング)
ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:1~5 最大捕捉:一人
ロルブ・クラキの佩刀する名剣。アイルランド人のサガにも登場し、傷つけば傷が治らないとされている。
我が黄金に値する戦士たち(フロルヴ・クラカ・サガ)
ランク:C+ 種別:対軍宝具 レンジ:- 最大捕捉:12人
生前に仕えたベルセルクを最大十二人まで召喚する宝具。
それぞれが最上位の戦士とされ、特に<熊>のベスワル、<剛気>のヒャルテが最強とされている。
彼らは召喚されてから消滅するまで、ロルブ・クラキに限りなく忠実で全員がAランク相当の『ベルセルク』スキルを保有する。宝具はない。
この宝具の真に恐るべきところはロルブ王が消滅した際に、残っているベルセルクたちのステータスがワンランクアップし、消滅するまで戦い続ける点にある。
彼らは両手の黄金の腕輪を掲げ、戦い続けるのだ。己こそロルブ王の配下に相応しい戦士であったと。
我が英雄に値する者へ(スヴェアグリス)
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人
ロルブ王が送る黄金の腕輪。
彼の伝承において黄金の腕輪を与えられたものは皆すべからく最上の英雄となった。
ゆえにこの腕輪を贈られた人間は一時的に英霊の階梯へと昇華され、ロルブ王のカリスマを得て無双の働きをすることができる。
【Weapon】
スコフヌング。
【解説】
デンマークの古代の王の中でも最高とされる英雄王。
甥であるレーリク王とのすれ違いからレイレの地を追放されるも、追放先で因縁のあったイングヤルド王とそのベルセルクたちを滅ぼして領主となった。
ベルセルクたちに惜しみない賞賛と金銀財宝を与え、人のよい王であったとされる。
しかし温厚な王かというと否である。
縁者のレーリク王が彼と彼の軍勢を怖れて城中の黄金を携えていき、これを貢ぐから軍を退いてくれといった。
その時ロルブ王はこう言った。
「戦いとは黄金ではなく武器で行う者だ。貴公も武器で身を守るか、逃げて恥をさらすかを選ぶがよい」
呪いの域にまで達するロルブ王のカリスマは敵にすら及ぶのか。レーリク王は戦士が不足する中、恥よりも戦いを選び、そして順当に滅ぼされた。
その後、ロルブ王はレーリク王の黄金を配下たちに惜しみなく与えたという。
その栄光の最後はだまし討ちに等しい城攻めを受け、ロルブ王は死ぬと分かってて戦った。
客人をもてなすのが礼儀であるとして。
王の戦士たちは不満を漏らすどころか極限まで高揚し、彼らが王の贈り物に値する戦士だったことを証明するために戦った。
そして王の死後は楯を捨て傍で死ぬために戦った。墓の彼方、エインヘリヤルとして死後も共にあるために。
性格は豪気。敵であろうと褒めちぎりその上で殺す。
味方であればだれであろうと価値を認め、黄金を贈り、自身も戦場で戦う英雄たちの王。
【把握媒体】
講談社学術文庫 北欧神話と伝説
【マスター】
カール・クラフト=メルクリウス@Dies irae
【Weapon】
なし
【能力・技能】
不老不死。どれだけ攻撃を受けても影を殴るようなもので殺すことは不可能。この聖杯戦争ではサーヴァントを失った時点で自分から退場することにしている。(理由は性格にて)
物事の本質から因果までを見抜き、それに応じて華々しい台本になるように行動する。
魔術に関しては魔術と呼ぶかどうかも怪しい全能性を有しているが、特にこれを振るうことは作中にもほとんどない。
サーヴァントへはほぼ無尽蔵の魔力を提供する。
【解説】
那由他の年月を繰り返した水銀の王。
あらゆる事柄に既知感を感じてしまうため総てに飽いている。
そのため狂おしいほどの未知を求めており、色々なことを試さずにはいられない。
魔術師は基本的に秘匿することを是とするが、カール・クラフトは様々な名前・身分に変えて世を騒がしており、そういった縛りを設けていない。
ただし性格が極めて一途なためロルブ王が退場した場合、他のサーヴァントとは契約せず自ら舞台から消える。
【聖杯にかける願い】
期待していないためない。
【ロール】
各地に神出鬼没に現れる詐欺師
【把握媒体】
Dies irae ~Amantes Amentes~
最終更新:2022年05月11日 21:00