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 美しい空が広がっていた。
 見果てぬ青空だった。
 雲一つない快晴とはまさにこのことだろう。
 爽やかな風が吹き抜け、湿気はなく。
 遥かな地平線の果てまでもこうして澄み渡っているのだろうと、無垢にそう信じさせる清らかさがあった。
 小難しい詩歌や理屈に縋り薀蓄を垂れる行為など必要ない。
 ただこの景色を見せてやるそれだけのことで、世界が美しいことの証明になる。
 そんな絶景の下。
 高層ビルの屋上で並んで座り、空を見上げる二人の少年少女が居た。

「オレはさ、生きるのが下手糞だったんだ」

 口を開いたのは少年の方だった。
 浅黒い褐色の肌に色素の薄い頭髪。
 顔立ちの中性的な美形さも合わさって日本人離れした印象を見る者へ与える。
 その耳から垂れるピアスには、沈む太陽にも陰陽の図式にも見える模様が描かれている。
 彼が憎悪と怒りのままに作り上げたチームの象徴だ。
 歪んだ絆を寄る辺に肩を並べた極悪集団。
 …歪んでいても。
 それでも確かに絆だったが。

「何処かで素直になっていれば良かったんだろうなきっと。
 なのにオレにはそうすることができなかった。
 それをしたら終わりだと思ってた。
 オレの中で積み上げてきた何もかもが…全部影も形も無くなっちまうんだって怯えてた」

 情けない話だろ。
 笑う少年にしかし少女は無言を貫いている。
 彼は強かった。
 だから彼の元には多くの仲間達が集まり。
 所業は極悪でも、彼という一個人に確かな信頼を寄せる者も少なからずいた。
 しかし彼が強かったのはきっと体だけ。
 その心は赤子のように拙く不器用で。
 その癖他の誰より多くの傷にまみれていた。
 傷からは膿が滲み出て、そのせいで息もできなくなって。
 気付いた時にはもう何もかも遅かった。
 黒川イザナは…まだ残っていたものさえその手から取りこぼしてしまっていた。

「そんなヘタレた根性のせいで…一番の親友(ダチ)すら死出の道に付き合わせちまったしな」

 天竺は敗北した。
 黒川イザナは敗北した。
 そして敗北の暁に鳴り響く応報は一発の銃声で。
 自分のせいで銃弾に貫かれたあの親友は、果たしてちゃんと助かっただろうか。
 空を見上げて思い出す。
 あの日は雪が降っていた。
 自分の人生を象徴するみたいな涙空だった。
 なのに今自分の上で広がる空は底抜けに晴れ渡っていて。

「分かったか? アーチャー。オマエのマスターはそんなどうしようもないヘタレのクソ野郎なのさ」

 それでもとイザナは続ける。
 醜いなと自分でもそう思うが。
 心の傷がじゅくじゅくと膿を吐きながら疼くのだ。
 もう自分の人生は終わった筈なのに。
 心底自業自得の幕切れであの世界から叩き出された筈なのに。
 今になって夢見てしまう。
 今になっても夢見てしまう。

「それでも…なりたいんだよなぁ」
「…何に?」

 初めてアーチャーが口を開いた。
 それにイザナは自嘲するように笑って返す。

「幸せにだよ」

 許されないことをした自覚はある。
 不退転の覚悟で暴れて死人すら出してその上負けて。
 それで今更こんなことをほざくなんてとんだ恥知らずだ。
 そう、自覚はある。
 呆れ返る程の無慙無愧を自覚しながら黒川イザナは乞い願うのだ。
 因果も応報も一切超えた、聖杯というご都合主義の奇跡に。

「真一郎が居て…万次郎が居て。
 鶴蝶の奴も居て、……そんでそこにオレも居る。
 貧乏でもいいし弱くたっていい。喧嘩の腕っ節くらいなら幾らだってくれてやるさ」

 ――それは。
 黒川イザナが決して辿り着けない光景だった。
 何故なら彼が望む"兄弟"の幸せな景色に、彼が加わる余地はないからだ。

「聖杯ってのはどんな願いでも叶えてくれんだろ?
 ならこんな無茶言ったってさ…バチは当たらねぇよな。
 誰とも血の繋がってねぇ独りきりのオレが、アイツらと本当の家族になれるとか。そういうバカげた願いを持っちまっても――」

「物事には責任が伴うものだ。マスター」

 アーチャーは空を見上げた格好のまま淡々とそう呟いた。
 彼女の見てくれはイザナとそう変わらない少女のものに見える。
 しかし実年齢は二十歳を超えている。
 纏っているのも軍服だ。
 今回の聖杯戦争の舞台となる時代にはもう崩壊しているとある国家。
 ソビエト社会主義共和国連邦という古の大国に身命を懸けて奉仕したソ連軍人の装束。
 だからか。見た目とは裏腹に恐ろしく静まり返った声で彼女は言った。

「たとえ一度死んだからと言って犯した罪が全て放免になるわけじゃない。
 君が傷つけた全ての人の人生は、君の居た世界で今も続いているし。
 奪った命があるのなら君が死んだとて蘇ることはない。
 君は今も罪を背負っていて、罪に汚れている。君の言い分はひどく勝手だ、マスター」
「…ハハ。まぁぐうの音も出ないな」
「だが」

 アーチャーは空を見ているが。
 しかし今頭上に広がる空を見ているわけではなかった。
 彼女が見ているのは、彼女の記憶の中の空。
 戦場に広がる快晴の青空。雲一つない澄み渡る青空。世界の美しさの全てが詰まったような空。
 そして、人類史の何処にも存在しない"あの日"の空。

「わたしは君を見過ごせない」
「そりゃまたどうしてだ」
「…君のような子を知っているんだ」

 女は軍人であり狙撃手だった。
 幾多の兵士を養成し鍛え上げてきた紛うことなき英雄。
 国内外にその名を轟かせ、ソ連にその人ありと恐れられた男装の麗人。それが彼女だ。
 その真名をヴァシリ・ザイツェフ。
 スターリングラード攻防戦にて輝かしい戦果を挙げ祖国へ凱旋した、華々しい戦勝者である。

「その子も独りだった。誰とも繋がっていないし、誰にも記憶されていない。
 最初から最後までわたしの頭の中にしかいない。
 そういう風に造られてしまった子をわたしは知ってる」
「…アンタの妄想じゃなくてか? アーチャー」
「否定はできないな。
 何しろ彼女は本当にこの世界の何処にもいないんだ。
 わたしをより輝かしい存在にするために親切な誰かが作ってくれた、空想の産物だよ」

 ザイツェフの生涯における最大の戦い。
 スターリングラードにて彼女はとある狙撃手と数日にも渡る死闘を演じた。
 身も心も、そして魂までもを削る文字通りの死闘だった。

 怨敵ナチスドイツが戦場に投入してきた最強の狙撃手、その名はエルヴィン・ケーニッヒ。
 ザイツェフは何度となく死神の気配が喉元に迫ってくるのを感じながらも戦い、戦い、戦い、戦い…そして勝利した。
 自分と全く瓜二つの姿をした男装の狙撃手の胸に弾丸を撃ち込んだ瞬間の記憶は。
 こうして語らっている今も色褪せることなくザイツェフの脳裏に残っている。

「彼らを恨むつもりはない。
 そうした方が合理的だったんだろうし、実際英霊の座に刻まれるくらいには良いプロパガンダになったようだしね」

 …しかしドイツ国防軍にエルヴィン・ケーニッヒなどという狙撃手が存在した事実はなく。
 スターリングラードにおけるザイツェフとケーニッヒの決闘は、ソ連側が英雄ザイツェフの物語を華々しく彩るため流したプロパガンダに過ぎない。
 存在しないのだ。ケーニッヒなどという強敵は。
 だがしかしどうしたことか。
 英霊となった今、ザイツェフの中にははっきりと彼女と戦いを演じた記憶が刻まれていた。
 無辜の怪物という事象が存在する。
 社会の風評や伝聞、または与えられた汚名が大元の英霊に変質を引き起こすという事象だ。
 ヴラド三世、エリザベート・バートリー、ハンス・クリスチャン・アンデルセンなど枚挙に暇がない。

 そして恐らく。
 狙撃手ザイツェフの身に起こっているのはそれと限りなく似通った現象なのだろう。
 彼女を英雄たらしめるためのプロパガンダはあまりに上手く行きすぎた。
 ヴァシリ・ザイツェフはスターリングラードの決闘にてエルヴィン・ケーニッヒを打ち破った英雄であると。
 英霊の座に登録された彼女の霊基に伝聞ありきのノイズが刻まれる程度には、上手く行った。
 それこそがザイツェフの脳内にある"存在しない記憶"の正体。
 無辜の怪物と呼ぶにも値しないような些細な些細なバグである。

「…でもね」

 彼女もまた、それでもと。
 空を見ながらそう続けた。

「忘れられないんだ、あの子の顔が。
 あらゆる技術と戦術を駆使して殺し合ったことが。
 わたしに撃たれた時に浮かべた笑顔が」

 それは英雄にあるまじき不合理。
 民の幸せでも祖国崩壊の回避でもない。
 過去にも未来にも通じない願い。
 聖杯を手にしてまでやりたいことが、悠久の人類史の中に一行の記述を付け足すことなどと聞けば。
 きっと誰もが正気を疑うだろう。

「勝ったのはいいんだけどね、わたしも疲れててすぐに倒れてしまったんだ。
 それからは…」
「…それからは?」
「あの子が死ぬまで、二人で手を繋いで…空を見てた」

 それでも仕方ないじゃないかとザイツェフは思っていた。
 覚えているのだから。
 忘れられないのだから。
 殺し合う焦燥も勝利の切なさも、戦友二人で空を見上げた思い出も。
 全部忘れられないから。
 だから。

「わたしはあの思い出を嘘にしたくない…いや、違うな。
 わたしはね、イザナ。
 …あの子に行き場をあげたいんだ。笑うかい?」
「…いいや」

 ヴァシリ・ザイツェフはほんの一行を、あるいは一つの墓標を願う。
 エルヴィン・ケーニッヒが眠れるように。
 あの子があの子になれるようにと。
 祈るその気持ちは、…正直なところイザナには理解しきれなかったが。
 しかし否定する気にはなれなかった。

「――気持ちいいもんなぁ。親友(マブ)と二人で眺める空って」

 雪の降り積もる涙空。
 人生の終わりの景色。
 あぁだけど。糞みたいな人生の終わるその時。
 自分の傍らに気心知れた親友が居てくれたことは…悪くなかったから。

「救済(すく)ってやれよアーチャー。その子を」

 イザナはハハ、と笑った。
 いつ以来か分からない清々しい笑顔だった。

「独りぼっちってのは――辛ぇからさ」

 自分が誰とも繋がれていないということは。
 存在の行き場が何処にもないというのは。
 とても寂しくて悲しくて辛いことだから。
 イザナは柄にもなく思った。
 この狙撃手の手が、記憶の彼方で眠る"彼女"に届くことを。
 そしてその思いに応えるように。
 ソ連の英雄にして、空想を葬った狙撃手は頷く。

「あぁ。助けるよ。そして――」

 そして。

「わたしに機会をくれた礼だ。
 君のこともわたしが助けてあげよう、黒川イザナ」

 どちらともなく差し出した手が触れ合い、握り合った。
 イザナは雪の日の親友の手を。
 ザイツェフは別れの時の戦友の手を。
 それぞれ、思い出すのであった。



【クラス】
アーチャー

【真名】
ヴァシリ・ザイツェフ

【出展】
史実(WW2)

【性別】
女性

【身長・体重】
154cm・48kg

【属性】
秩序・中庸

【ステータス】
筋力E 耐久D 敏捷B 魔力D 幸運A+ 宝具C+

【クラス別スキル】
対魔力:E
魔術に対する守り。
無効化は出来ず、ダメージ数値を多少削減する。

単独行動:B
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立出来る能力。
ランクBならばマスターを失っても二日間現界可能。
ザイツェフの場合、現界日数に制限はあるものの宝具の使用まで可能である。

【固有スキル】
希望の銃身:A
多数の狙撃手を育成し三千人以上もの敵兵を死に至らしめた手腕。
彼女の存在は疲弊し飢餓に苦しむ兵士達に大きな希望と勇気を与えたという。
こと「射撃」に関するほぼ全てのスキルをB~Aランクの習熟度で発揮可能。
また、自分が認めた任意の相手に対してD~Bランクの習熟度でそれを授けることも可能である。

一意専心:B+
一つの物事に没頭し超人的な集中力を見せる。
ザイツェフの場合、狙撃行為に対して発揮される。
命中判定に対するプラス補正として働き、同ランクまでの精神ダメージを軽減する。

千里眼:B+
視力の良さ。遠方の標的の捕捉、動体視力の向上。
また透視を可能とする。B+ランクでは限定的な状況に限り、数秒先までの未来視さえ可能。

気配遮断:C
サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。
完全に気配を断てば発見する事は難しい。


【宝具】
『空想へ贈る葬送の花(ダスビダーニャ・タヴァーリシシ)』
ランク:C+ 種別:対人宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1人
空想の敵兵と決闘し勝利した逸話が宝具に昇華された代物。
ザイツェフが使用する弾丸全てに自動で宿る概念宝具であり、普段は何ら特殊な効力を発揮しない。
だが、宿敵エルヴィン・ケーニッヒ少佐のような「実在しない、空想上の存在」に対して放った時、この宝具は真の威力を発揮する。
宝具攻撃である以上平時でも十分に強力ではあるのだが、上の条件を満たした敵に対しては銃弾の速度・与えるダメージが数倍~数十倍に増幅される。
真名解放を行って狙撃した場合は更に威力が増し、自分より遥かに優れた霊格を持つサーヴァントであろうと即死させ得る魔弾と化す。

敵が何者であれ生きているのならばザイツェフにとっては全て同じ。
「撃てば死ぬ」――狙撃手の原則が狂うことはない。
またこの宝具は概念や加護といった形のないものを射抜くことにも特化しており、こうした防御を貫通することにも長けている。

【Weapon】
狙撃銃モシン・ナガンM1891。
『空想へ贈る葬送の花』をこれに込めて使用する。
宝具という性質上、銃には付き物である弾切れの概念が存在しない。

【人物背景】
ソビエト連邦の狙撃兵。終戦時の階級は大尉。
WW2におけるスターリングラード攻防戦で活躍。
257人もの敵兵を殺害した伝説的狙撃手である。
ウラル山脈で鹿を撃ち射撃技術を磨いたザイツェフは数多の狙撃手を育成し祖国の勝利に貢献した。
彼の脅威はドイツ国防軍の耳にも届き、ドイツはザイツェフを討つべく最優の狙撃手「エルヴィン・ケーニッヒ」をスターリングラードへ送った。
ケーニッヒとの戦いは丸数日にも渡り。
熾烈な追跡劇の果て、ザイツェフは遂に彼を討ち取ることに成功した…――と、いうことになっている。

が。
このケーニッヒとの一連の戦いは全て英雄ザイツェフを引き立てる為にソ連当局が流したプロパガンダ、つまりは創作である。
ドイツ軍にエルヴィン・ケーニッヒ少佐などという人物は存在せず、当時の日誌や報告書にも記載は一切確認出来ない。
彼女が数多の敵を屠ったのは事実だがそれはどこまでも淡々とした抹殺であり、追走劇の果ての激戦など人類史のどこにも刻まれていない。
しかし混乱の只中に流布されたこの英雄譚は人々の心を強く打ち…結果『無辜の怪物』に近い現象を引き起こすに至った。

ザイツェフは間違いなくケーニッヒと戦ってはいない。
しかし召喚された彼女は「エルヴィン・ケーニッヒとの戦い」に纏わる記憶を所持している。
少しでも気を抜けば此方の頭蓋を射抜かれる。一瞬の気の緩みも許されない、"最大の戦い"のことを覚えている。
ありもしない嘘っぱちなのに、昨日のことのように思い出せる。

教官が女では下が締まらないと言われ男装をしていた己。
それと瓜二つの姿をした彼ならぬ"彼女"。
壮絶な激戦の末に自分の弾丸を浴びて斃れた彼女。
勝ちはしたものの疲れ切って倒れ込み。
生きていく者と死にゆく者の二人で並んで見上げた青空を覚えている。
言葉はなかった。けれど繋いだ手には無言の友情があって。
その"存在しない記憶"を覚えているからこそ――ザイツェフは願う。

わたし達は死力を尽くして戦った。
たとえそれが空想でも後付けでも、誰がどう嘲笑おうともあの時あの戦場に自分達は居たのだ。
ならせめて。友人として手を取り合うことはできなくてもせめて。

あの子を――認めてあげてほしい。
あの子があそこにいたこと。
あの戦場で生きていたこと。
あの日の空の下で語った記憶を嘘にしないでほしいから。
ヴァシリ・ザイツェフはそのちっぽけな理由のために聖杯を求める。
モシン・ナガンは今日も鳴る。

【特徴】
銀髪のショートカットにソ連軍服を纏った男装の麗人。
一応成人済みの筈だが肉体年齢は十六歳程度で停滞している。

【サーヴァントとしての願い】
この空の下に、どうかあの子の生きた証を


【マスター】
黒川イザナ@東京卍リベンジャーズ

【マスターとしての願い】
自分達兄弟が居て"アイツ"が居る、そんな幸せな世界がほしい

【Weapon】

【能力・技能】
無敵のマイキーとすら張り合う身体能力と頑強さ。
そんじょそこらの一般人ではイザナに遠く及べないだろう。

【特徴】
褐色の肌と色素の薄い髪色が特徴の少年。

【人物背景】
「天竺」総長にして元「黒龍(ブラックドラゴン)」八代目総長。
歪んだ憎悪の果てにチームを築き、そして敗れ。
たった一人の親友(マブ)以外は何も得られなかった男。
最終更新:2022年05月16日 21:25