「んで、どうするんだ?」

悪魔を彷彿させる嫌味を含んだ英霊・無精髭のアサシンが、聖女のライダーに尋ねた。
ベンチに横たわった状態のマスター。
ソウルジェムが離れ、魂が抜かれ『死亡』状態に陥った佐倉杏子
ライダーは、死体と化したマルターの目を伏せてから、静かに答える。

「マスターの体をこのまま運び、敵サーヴァントを補足する予定です。
 敵がマスターの『魂』を所持している状態であれば、近づいただけでもマスターの肉体に反応があるでしょう」

「随分、荒いやり方で俺もびっくりだぜ。理にかなっているとは思うけどな?」

「荒っ……今回ばかりは仕方ありません」

申し訳なさを顔に出すライダー。
彼女から、恐竜使いのサーヴァントの一件や杏子の魂が収められたソウルジェムの事情を一通り聞いた少女・卯月。
しばしの間を破るよう、卯月は重々しく口を開く。

「ライダーさん……私……………ごめんなさい」

いきない謝罪を述べた卯月の表情は、気まずさ以上に
聖杯戦争という未知の戦場に導かれたが故、途方に暮れる少女らしさがある。
次に卯月が出した内容から、謝罪の意味合いを読みとれた。

「戦うのが、怖いです」

「………」

「た、戦わなきゃいけないって事も分かってます! 本当はライダーさんや杏子ちゃんを、助けたい……でも」

「いえ。構いません」

聖女は少女の言葉を否定せず、逃走という愚かな行為を蔑まなかった。
むしろ。
卯月が戦う発想に向かわなかった事こそが、正解である。

「貴方の拒絶は至極正常です。時代が異なれば、価値感や生死の捉え方も異なります。
 ならばこそ、貴方はどうか最後まで罪を背負わずにあるべきです。
 命を奪う行為を『当たり前』と受け入れてはなりません」

例えそれが『必要な事』だとしても。
否、必要だからと無為に人を殺めれば、それこそ人を止めたような有りようである。
一呼吸置いてライダーは言う。

「――恐らく、貴方と同様の形で聖杯戦争を強制された者がいるでしょう。
 彼らと協力し合う事から始めるべきです。貴方の苦悩は、貴方ただ一人が抱えるものではありません」

聖女は清らかに卯月を導こうと助言した。
英霊たる彼女の行為こそ善性の極み。覆しようのない、卯月が歩むべき正しき道の一つ。
卯月も、ライダーの言葉は正しいと感じる。

が。
彼女の傍らで悪魔が笑うように、卯月自身それは無理だった。
ライダーに従えば、凛を助けられない。


事実として、卯月はライダーの言葉に相槌すらかけなかったのだから。






卯月たちはライダーを残し、移動した。ある意味、聖女から逃げる悪を彷彿させる。
一度休息したコンビニに近い繁華街へ差し掛かったところで
漸く、卯月は足を止めた。

「今回は赤点じゃないが、最適解でもない『40点』ってところかねぇ」

呑気にアサシンが語る。
悪魔めいた雰囲気と風貌をそのままに、卯月の傍らに存在する英霊は、聖女との別れを過去のように扱い。
違和感あるほど客観的に述べる有りようは、観客席の評論家だ。

「ライダーと同盟を組むんじゃないかって心配したけど、そこんところの判断は最善だと思うぜ?」

一応褒められているのだろう。
しかし、卯月の表情は浮かなかった。彼女自身、自らが下した行動に後ろめたさを覚えている。
彼女を余所に、アサシンは続ける。

「説明された通りの情報なら、マスターの命であるソウルジェムは敵の手中。
 この宝石程度、サーヴァントの筋力で簡単に砕けちまうもんな。要するにライダーはチェックメイト状態!
 放っておいても何時、敵に消滅させられるかどうか怪しい奴と同盟を組んでも利益なし!! てな」

アサシンの手元にあるソウルジェムは、
卯月がかつて手にした、聖杯戦争に導かれる切っ掛けの無色透明の宝石。
その宝石と、杏子のソウルジェムが同一ならば、まさにその通り。
だけど、卯月は自分がライダーを、杏子を見殺しにするような卑劣な手段を取ったと罪悪感を抱えた。
一つ。消沈気味の卯月にアサシンは告げた。

「向こうも、そんくらいは分かってたんじゃないかね」

「ライダーさんも……?」

「んひひ。善良だからこそって奴? 卯月ちゃんが割としっかり意志を伝えたから妥協したかも」

ライダーは変に卯月を言及もせず、運命に卯月を委ねたのだ。
何より―――ライダー自身にこの先があるか不明確な状況であったから。
理解しても卯月の中で、ライダーに対する申し訳なさは失われない。

「お、忘れてたぜ。定期チェックしてみようか―――凛ちゃんの」

「凛ちゃん?」

「こんな時間だし、凛ちゃんの寝顔見られるぜ?」

「アサシンさんっ。覗き見みたいじゃないですかっ!」

「実質覗き見だけど?」

サラッと流してるが、指摘されれば確かに覗き見である。
出現した球体状の映像に映し出された光景は――
凛は生きていた。
加えて、この見滝原で名を轟かせている一人、アヤ・エイジアと会話する姿。

「おっと? へーこいつは予想外だなぁ」

「え……どうして……?」

「凛ちゃんのサーヴァントが情報収集に長けてるんだろうなぁ。じゃなきゃ、アヤ・エイジアの居場所を特定できねぇよ」

「そうじゃなくてッ! どうして凛ちゃんが……」

「んなこと聞かれてもねぇ。俺より卯月ちゃんの方が詳しいだろ? 凛ちゃんに関してはさ」

困惑する卯月。
映像の様子から想像できるのは、凛とアヤが同盟のような関係を結んだ可能性。
だが、どうして凛が『そのような行動』を?
アヤは『怪盗X』なる悪意ある存在から命を狙われており、彼女を助けたい善意は分からなくもない。

一方で危険な行為だ。
凛自身も『怪盗X』に命を狙われる。
あわよくば、予告状が火種となって集結する他の主従から狙われる事も。

まさか凛に限って。
願いの為、聖杯を手にしようとしたり。
生き残る為、他のマスターたちを『殺す』真似は犯さない筈だ。
未来では――凛は何者かに殺されてしまった。だから、ありえない……筈………

(凛ちゃんは違う! アヤさんを助けようとしているんだよ!! だったら――)

卯月が悩み悩んだ末、一つの結論に至る。

「これ……もしかしたら、アヤさんが――凛ちゃんを殺すかもしれないんですよね」

悪意の一滴より始まった疑心感が段々と少女の心を蝕んでいる。
普通であれば真っ先に、他人を疑う前提を卯月は組み込まないだろう。

卯月も自らの決断を下す前に、落ち着いて思案し続けていた。
単純に、シンプルに考えれば『だったら凛以外全員殺せば良い』で集結する。凛の脅威となる存在の排除。
そこでアサシンが一つ告げた。

「ふーん。問題は『どう』殺すかだよなぁ」

「どう?」

「凛ちゃんと一緒にいるから、逆に難しいんだよねぇ。それとも、凛ちゃんの前でアヤ・エイジアを殺しちゃう?」

「あっ!? そっ……それは、その」

無理だ。
凛の為であっても、彼女の前で人を殺すのは……でも、凛とアヤを引き離す術とは?
流石の卯月も、妙案が湧きあがる事が無い。自然と頼みの綱たるアサシンに問う。

「アサシンさん。どうしたらいいんでしょう……」

「俺の個人的な意見でいい?」

「はい。私じゃ全然なので……」

「アヤ・エイジアの立場で考えてみたら――まず、直ぐに凛ちゃんは殺せないぜ」

シニカルに嗤い道化のような仕草をし、アサシンは語った。

「そもそも凛ちゃんと仲良くなったのは『怪盗X』対策しかない。ちょっとでも味方が欲しいんだよ。
 踏まえて考慮する最低制限時間は『怪盗X襲撃後』まで、だな」

アヤは凛と戦力補充の為に同盟を組んだ。
『怪盗X』の予告。あの予告は他の主従達を引き寄せる餌の一つ。
そして、予告で発生するだろう戦火で、アヤから凛を引き離す事も叶う。

「――となれば二つ。『怪盗X』が襲撃するまでに
 凛ちゃんの警備兼近づいた敵の排除か、もしくは凛ちゃんは放置しておいて他の敵を倒すか、だな」

どちらも悪くない。
どちらでも良い気さえする。
しかし、どちらを選択するかは島村卯月に委ねられている。

彼女の下した決断は……



【C-6 繁華街/月曜日 未明】

【島村卯月アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]精神的ショック(大)、罪悪感
[令呪]残り3画
[ソウルジェム]無
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]女子高生の小遣い程度
[思考・状況]
基本行動方針:友達(渋谷凛)を死なせないため、聖杯戦争に勝ち残る。
1.私は――
2.ライダーさん。杏子ちゃん……ごめんなさい……
[備考]
※ライダー(マルタ)のステータスを把握しました。
※杏子のソウルジェムに関する情報と教会で起きた戦闘を把握しました。
※凛がアヤと同盟を組んだのを把握しました。


【アサシン(杳馬)@聖闘士星矢 THE LOST CANVAS 冥王神話】
[状態]無傷
[ソウルジェム]有
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争をかき回す
1.マスターを誘導しつつ暗躍する
2.機会があれば聖杯を入手する
[備考]
※杏子のソウルジェムに関する情報と教会で起きた戦闘を把握しました。
※凛がアヤと同盟を組んだのを把握しました。






「これで良し……っと」

杏子の体を抱えながらライダー・マルタが到着したのは―――下水道。
やはり、死体であり少女の肉体を抱えながら『外で』移動するには無理のある話。
人目につかず、更にソウルジェムの位置を把握するには最適な道。

他サーヴァントがここを利用しないとも限らず。
最悪、敵と遭遇する可能性すらある。
幾つか他にもマルタ自身が心残りにしている点はあった。


島村卯月の事。
彼女と共に居る悪魔を彷彿させる嫌味あるサーヴァント。
だが、マルタも卯月の本心が争いを好まない善良さのある少女だと理解していた。
不安を感じるが……可能な限りの助言は施した。

杏子の家族の事。
本来ならば、杏子の遺体を教会へ運ぶべきなのだろう。
ソウルジェムとの繋がりで、再び魂を取り戻せる希望がある限りは、やはり杏子の体を抱える他ない。
マルタ自身。
彼女と家族と交流があった以上。再度、顔を出すべきだった。


しかし――


「時間の問題ね。マスターのソウルジェム『だけ』をわざわざ奪った以上、それを使って何かしでかす魂胆ね」

聖女らしい清らかな表情とは一変。
荒々しい気が雰囲気に纏うマルタの姿がそこにはある。

ソウルジェムを産み出したキュゥべえの如く。
そのソウルジェムを利用する為に、あるいは『調べる』為に。
丁重に扱われる保証は無い。安易にソウルジェムの破壊を行わないにしろ『何を』施すかは不明だ。


『恐竜使い』は紛れもなく杏子を利用するだけの道具として扱っている。


だからこそ、マルタは駆けた。
マスターの為であり、残された佐倉一家の為でもあり。聖杯戦争に抗う一歩の為に。



【D-8 下水道/月曜日 未明】

【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]肉体死亡
[令呪]残り3画
[ソウルジェム]有
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に乗り気は無いが……
0.―――
[備考]
※ソウルジェムが再び肉体に近付けば意識を取り戻し、肉体は生き返ります。


【ライダー(マルタ)@Fate/Grand Order】
[状態]魔力消費(小)
[ソウルジェム]無
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争への反抗
1.杏子のソウルジェムを取り戻す。恐竜使いのサーヴァントはシメ……説伏する。
2.アサシン(杳馬)は何か気に食わない。
[備考]
※杏子のソウルジェムが破壊されない限り、現界等に支障はありません。
※警察署でXの犯行があったのを把握しました。
※卯月とアサシン(杳馬)の主従を把握しました。
※ディエゴの宝具による恐竜化の感染を知りません。ただディエゴの宝具に『神性』があるのを感じ取っています。
最終更新:2018年10月04日 23:24