「絆」という字は、犬吠埼珠にとって比較的馴染みのある漢字であった。
 左側に糸。右側に半分の半、のような字。画数もそれほど多くないため、書き易い。
 意味は、簡単に言えば仲の良いこと。一般的に考えても良いものであることがわかるため、覚えることに抵抗も無い。
 そして、無才さと愚鈍さのせいで触れ合う人々の悉くに疎まれるだけの人間である珠が、仲の良いこと、好ましい人間関係というものを身近に感じられている事実自体が、数奇な運命の賜物であった。

 犬吠埼珠が『魔法少女』に変身したことを機に、彼女はある小さなグループの一員となった。
 グループ内での珠の立場は相変わらず弱いし、人目を気にして怯える性分が都合よく変わったわけではない。
 でも、別に良かった。
 連れられる形で遠くへ出かけたり、生産性があるわけでもないお喋りに勤しんだりするだけの、社会に生きる誰もが享受するような何気ない時間の中にいる、友達と一緒の自分。好きな人達に見放されない自分。
 それこそが、噛み締めたかった幸せな姿、夢見た自分自身だったのだ。

 しかし、手にした幸福は永遠などではなかったのだと知らされる時は、あまりに早く訪れた。
 『魔法少女』同士の、命の奪い合いが始まった。
 グループの面々が、他の誰かを積極的に死に追いやるための戦いを仕掛けた。
 今後も一緒に過ごすはずだった友達の一人が、グループの友達全員に嵌められて死んだ。
 グループでまた同じように殺し合いに臨み、殺されて殺して殺された。
 あんなにいた珠の友達が、気付けば残り一人だけ。
 こんなことになるに至るまで、珠は何をしていたのだろうか。
 いや、何もしていなかった。
 状況にただ流されては使い走りにされ、友達が死に向かおうとするのを知りながら止めもしなかった。
 人殺しの片棒を担ぎながら、気持ちの上では傍観者。集団に辛うじてしがみつくだけの臆病者。
 そんな、惨めで卑しい自分を変えようと決断したためか。もしくは単純に友達を助けたかったのか、ただの無我夢中か。
 自分自身すら理解しきれないまま、その瞬間に珠は身体を突き動かし、今度こそ確実に自らの手で人を殺した。
 罪に手を染め、ようやく珠は友達を守ることに成功したのだ。
 そして、達成感にも罪悪感にも満足に浸ることすらないままに、珠は守った友達の手で命を絶たれた。
 大事な友達だと思っていたはずなのに、その真意を最期まで全く理解できず珠は終わったのだった。

 絆という字は簡単だ。手と手を取り合い、互いが互いを好きであることを指す。
 それなのにどうして、現実には絆を体現することが困難なのだろうか。
 世界がどうとか、平和がどうとかなんて大層な話はしていない。
 ただ、好きな人達に付き添っていたかっただけなのに。






 彼は、絆の力を信じる者だ。
 共に笑い合える誰かと歩んでこそ、光輝く未来は切り開かれるのだと。
 恐れ、奪われ、脅かされるだけの人民に胸を痛め、故に彼は立ち上がった。
 絆の力で未来を掴むために、国中へ暴威を振るい圧政を強いる覇王を討ち取った彼は、さながら覇王に代わり正しく国を治める裁定者(ルーラー)としての姿を表明するかのようで。

――貴様は昔からそういう奴だった……己の野望を、夢という言葉で飾り立て、秀吉様の天下を穢したのだ!
――それがワシの決意だ。三成、お前にも秀吉にも、天下は譲らない!

 しかしある者にとって、彼は憎悪以外の感情を抱きようの無い仇敵であった。
 覇王を慕っていたその者は、即ち覇王との間に築いていた至高の絆を、絆という大義名分の下に破壊された。
 この事実は、絆を信じる彼にとっては紛れもなく友であったその者との絆もまた破綻した、他ならぬ彼に破綻させられてしまったことを意味していた。

――屈するものか。貴様にだけは、決して……!
――たとえ一人になろうとも、死にゆくその寸前まで、貴様を許さない!

 友は、彼の犯した罪を許さない。
 絆の素晴らしさを説きながら絆を脅かす、彼の理想の矛盾を見逃さない。

――宣言しろッ! 掲げた絆は嘘八百と! そして秀吉様に侘びを入れろ!
――それだけはならない! ワシは決して絆を捨てない!

 友の発する言葉は、既に彼との対話ではなく糾弾のための手段でしかない。
 彼の発する言葉は、既に友との和解など目的としてはいない。
 拗れて歪んだ絆は、もう二度と元には戻らない。

――情けのつもりか! 哀惜のつもりか!
――ならば初めから秀吉様を奪うなぁあッ!

 過去の一点で決別した二人が、互いに譲れぬ激情を刃に、拳に乗せて叩きつけ合う。
 親愛する者との未来を奪った仇が、その報いを受けて生命を停止させる瞬間を目指して。
 絶望に堕ちた友に残された生命すら踏み躙った先にある、希望に溢れる未来を目指して。

――消滅しろ家康……徳川家康ーーッ!
――お別れだ三成……石田三成ーーッ!

 その日、戦乱の時代が終わりの時を迎え。
 また一つ、かけがえのない絆が砕け散った。



 彼は、絆の力の可能性を今も変わらず信じている。
 真っ直ぐに、頑なに、狂おしいまでに。
 バーサーカーは、信じている。






 犬吠埼珠は、学の無い少女である。
 しかし曲がりなりにも日本で十数年の人生を送った人間として、日本史上の偉人の中でも著しく有名な部類であるなら、何人かの名前くらいは知っている。
 そして、そんな数少ない「私でも知っている偉い人」の名前の中には、「徳川家康」も含まれている。

「成程。お前達のよく知るワシも、一つの時代を築いたという意味ではワシと同じなのだな」

 珠の通う中学校の図書室から借りてきた中高生向けの伝記本を読みながら、ふむふむと感心する青年は、バーサーカーの名を冠して珠のサーヴァントとなった男だった。
 歴史の授業に使う資料集に掲載されていた人物図の顔を思い起こし、目の前のバーサーカーと見比べる。年齢の違いや画風の問題があるとはいえ、やはり実物の方が随分と端正な顔付きだというのが正直な感想だった。
 そう思うから、尚更分からなくなる。珠にとっての既知である「徳川家康」は、本当に目の前の彼と同一人物なのだろうか。
 どういうわけか、バーサーカーの姿を初めて見たその瞬間、彼の真名が何であるか感覚的に察しが付いた。勘の鈍い珠にしては信じがたいことではあるが、事実であった。だからこそ、余計に不可思議さが募るばかりであった。
 そして、仮にバーサーカーが本当に珠の知る偉人であったとして、果たしてどのように向き合えばよいというのか。
 時代も国も背負えないし、背負う気も無い。バーサーカーの成した功績と比べるとあまりにも些細なことしか考えられない、いつでも下っ端扱いだった珠が、バーサーカーを手駒として使うなどと。
 血で血を洗う戦国の時代を生き抜いたバーサーカーの上に、これから向き合わねばならない罪を背負う覚悟すら持たない珠が立てるわけがない。

「あの、私……」
「そうか。お前は、まだ迷いを抱えているのだな」
「だって。他の人に酷いことして、ころ、殺しちゃうかもしれないのに、できないです。もうあんなこと……」
「もう、か。そうだったな、お前は既に」

 事実として、珠は既に人殺しの経験を済ませている。
 奇しくも死の運命を免れたことを機に、自らの行いを振り返ってようやく自覚を持てた珠がまず抱いたのは、自身への言い知れぬ悍ましさだった。
 夢も希望も欠片すら無い蛮行に、珠は手を染めたのだ。言い訳を並べ立てることはいくらでも出来ても、そもそも言い訳しようという考えに及んだ事実自体が既に非道を認める何よりの証拠であった。
 そして珠は、その非道を次々と重ねなければならない状況にある。
 生きるため、守るため、勝ち取るため。理由が何であれ、珠は過程で命を奪わなければならない。
 争いの中に身を落としたら最後、もう無傷で逃れる術は無いのだと、珠は嫌というほど知っているのだ。

「大切なことだ。今は好きなだけ、そうして迷えばよい。いつまで迷おうとも、ワシはお前を見放さない」
「バーサーカーさん……ごめんなさい」
「ははは、何を謝る」

 もしも、どう足掻いても奪う側の人間になることを変えられないのだとしたら。
 それはせめて、納得のいく理由であってほしかった。
 そう、たとえば。夢に見た『魔法少女』の時間を、友達との絆を、もう一度。

「バーサーカーさん」
「何だ?」
「バーサーカーさんも、その、大事な友達を、」
「ああ、ワシが死なせた。守るべき絆のためにな」
「……それって、その友達よりもっと大切な人がいたから」
「いいや。ワシは今でも思っているさ。三成は最も深い絆を結んだ、ワシの一番の友だったと」
「は」

 思わず口から吐き出される、呆けた声。
 それ以上、珠の口はバーサーカーへの問いを投げ掛けられなかった。混乱する珠の頭は、質問を構築することすら不可能となっていた。
 バーサーカーは、世の中をより良くするのは人と人の絆だと言った。そう言いながら、バーサーカーは自身にとって最も大切だという絆を取り除いてしまった。
 絆が報われる世界を夢見ながら、誰かの絆を、そして己の絆さえを無下にして、尚もその両目を強い光で輝かせる。
 珠には、バーサーカーの思いが分からない。どうして表情一つ変えずに喪ったものへと想いを馳せられるのか、理解出来ない。
 いや、そもそも彼の生きた戦国の時代にも、彼のことを真に理解出来た人は果たして本当にいたのだろうか。

「哀しいな。こんな世界にしないために、ワシらは戦ったはずだったのに。絆の世は……」

 両目を閉じ、物思いに耽るような表情と共に発せられたのは、バーサーカーの独り言。
 聞き届けて尚、珠は何も聞けなかった。

 貴方にとっての「絆」とは一体何なのか、なんて。聞けるわけが無かった。



【クラス】
バーサーカー

【真名】
徳川家康@戦国BASARA3

【パラメーター】
筋力B+ 耐久B+ 敏捷B 魔力D 幸運B 宝具EX

【属性】
秩序・善

【クラススキル】
狂化:EX
 本来の意味での理性の喪失や能力向上の効果とは全く別種の、彼の生き方を示すだけのスキル。
 世を治めるは絆の力。バーサーカーの信じる理想は、決して彼の中で潰えることは無い。
 己の理想が、戦国の世で誰からの理解も得られていなかった事実を前にしても。
 己の理想のために他者の絆を粉々に壊し、無二の友をも絶望の底へ叩き落とした挙句に討滅した現実を前にしても。
 決して、潰えることは無い。

【保有スキル】
東照権現:EX
 天下人として名を馳せる、日本一の戦国武将。
 戦乱の地が日ノ本であるならば、彼は己の名への信仰による恩恵を常に受けられる。
 主な効果は「護国の鬼将」とほぼ同様であるが、この場合の領土は「日本国内全土」を指すため、常にその効果が発動する。
 そしてこのスキルの存在故に、日本出身の人物はバーサーカーの姿を目撃した際、高確率でその真名を直感的に悟ることとなる。

渾身:A
 彼が得意とする戦闘技術。
 攻撃の際に力を溜めることで威力を増幅する。

カリスマ:A+
 大軍団を指揮・統率する才能。
 このスキルはAランクで人として獲得し得る最高峰の人望とされている。
 ならばそれを超えるランクを持つ彼は、もはや人ではないのかもしれない。

単独行動:D
 マスターを失っても半日間は現界可能。
 天我独尊の悪辣漢・松永久秀は、徳川家康を指して評したという。
 「卿には『犠牲』を贈り、『孤高』を貰おう」

【宝具】
『昇れ、葵の絆』
ランク:EX 種別:対軍宝具 レンジ:1~99 最大補足:1000人
 家康の率いた東軍の武将・兵達をサーヴァントとして現界させ、関ヶ原の戦いを固有結界として再現する。
 召喚されるのはいずれもマスター不在のサーヴァントだが、それぞれがE-ランク相当の単独行動スキルを保有し、最大30ターンに及ぶ現界が可能。
 ただし、発動の際には令呪一画以上の消費による魔力の補助が必須となる。

【weapon】
手甲、或いは拳。
バーサーカーは既に兜を脱ぎ、槍を捨てている。

【人物背景】
人々が力で争うばかりの乱世を憂えた徳川家康は、絆の力こそ未来を開くと信じ、己の旗を掲げた。
彼の下には、日ノ本を二分した片方と言うにも等しい大軍勢を為すほどの、数多の武将が集った。
家康個人への忠義、或いは契約関係、或いは打算。彼等が徳川の軍門に下った理由は様々であり。
しかし、家康の理想に心酔したために馳せ参じた者など、一人としていなかった。
当然ながら、敵対関係にあった武将もまた、家康の理想に耳を傾けることはなかった。
こうして家康は遂に賛同者と巡り会えないまま、その武力で天下統一を成し遂げたのだった。
その後、戦国の終わりと共に迎えた太平の世で輝かしい生涯を遂げたという天下人の心中は、果たして。

【サーヴァントとしての願い】
不明。



【マスター】
たま(犬吠埼珠)@魔法少女育成計画

【マスターとしての願い】
もう一度、夢見た『魔法少女』の日々を……?

【weapon】
コスチュームの爪

【能力・技能】
魔法少女
 魔法少女(正確には魔法少女候補生)としての力。
 変身することで常人を凌駕する身体能力と肉体強度を獲得し、更にそれぞれ固有の能力となる魔法を使える。
 また魔力を扱う存在であるため魔術師と同等以上の魔力量を備える。

『いろんなものに素早く穴を開けられるよ』
 魔法少女たまの持つ魔法。
 視界内にある自分で掘り起こした穴や傷などを一瞬で、直径1メートルまでの穴に広げられる。
 たとえどれだけわずかな傷であっても、傷つけることさえできれば広げることができる。

【人物背景】
誰からも蔑まれた少女が、ある日『魔法少女』となったことで友人に恵まれた。
その友人達を、突然に始まった殺し合いの中で次々と失った。
最後には、残されたたった一人の友人の手で殺された。
少女の夢見た『魔法少女』とは、結局何だったのだろうか。

【方針】
未定。
最終更新:2018年05月30日 11:40