夢を見た。
深い、深い、絶望の水底。
誰も助けてくれることなく。
夢見て、願った結末へと至ることなく。
ついに魂は砕け、泡へと消えていく。
◆ ◆ ◆
美樹さやかが目を覚ませばそこは水の底ではなく見慣れた天井。自室のベッドの上だった。
「……嫌な夢だ」
酷く不快に呟いた。ベッドに立て掛けた刀が同意するようにカタカタと揺れた気がした。
◆ ◆ ◆
起きて顔を洗い、タオルで顔を拭くと目の前の鏡に映る自分と目があった。何度も見ているはずなのにひどく不自然なものに見えた。
「本当に人間に戻ったんだなぁ」
さやかの記憶では手の中にあった自分のソウルジェムは砕けてグリーフシードになり、自分は異形の存在『魔女』になった。
覚えている。確かに覚えている。だが、その時、握っていたのはグリーフシードだけではなかった。
砕けたソウルジェムの中からもう一つのソウルジェム。聖杯戦争参加者が持つソウルジェムが生まれていた。
その瞬間、消滅する意識が鮮明に蘇り、そして記憶を失ってこの街にいた。
「なんていうか、都合がいいっていうか。実は全部夢でしたって言われても信じちゃいそうだ」
独り言をつぶやきながら蛇口を閉めて、リビングに戻る。
両親はいない。代わりにあるのは場違いな刀。
この刀を手に入れたのは街に来てから数日経った昨晩のことである。
◆ ◆ ◆
美樹さやかはいきなり思い出した。自分のこと。魔法少女のこと。友達のこと。そして────魔女になったこと。
なぜ、どうして自分は生きているのかと混乱するさやかに追い討ちをかけるように聖杯戦争の知識が直接脳へ叩き込まれる。
何が何だかわからない。どうしてこんなになっちゃうんだよと狼狽えた。
拒否権はない。逃げる術など有り得ない。いや、そもそも自分に帰れる場所などどこにもない。
再びソウルジェムを持たされて、また戦場へ送られる。なんて理不尽なんだ────でも。
それはある種の緩和作用というか。
一度極限の絶望を味わった身であるからこそ、大したことがないと思ってしまうのか。
────二回目の人生が来たっていうのは幸せなのかな
一度魔女になった影響で吹っ切れたのか。さやかは前向きに現実を受け止めたのだった。
ガタン。
カタン。
カタ。
カタ。
その時、背後で何かが地面に落ちた音がした。
振り向けばそこに落ちていたのは刀。
勿論さやかのものではない。
なんだコレと刀を拾い、無用心に鞘から剣を抜くと目眩がした。
そして───
《問おう。おまえがオレのマスターか?》
脳に直接、声が届いた。
後で聞けば念話というらしい。魔法少女のテレパシーとは少し違うらしいが、その時のさやかには分からなかった。
魔法少女以外で初めてテレパシーを送られたのだ。当然、驚いた。しかし、真に驚くのはその後だった。
《誰!? どこにいるの?》
《今、おまえが握っているのがオレだ》
今握っているものって────この刀!?
《オレはサーヴァント・セイバー。此度の聖杯戦争の召喚に応じ参上した》
剣士(セイバー)というか剣(ソード)じゃんと心の中で突っ込みながら冷静に考えて答えた。
聖杯戦争の知識によるとサーヴァントという奴が現れて自分と一緒に戦うらしい。
《ここにはあたし以外いないし、サーヴァントもあんたしかいない。じゃああんたがあたしのサーヴァントなんだと思うよ》
《良し。ではこれにて契約は果たされた》
《ところで刀があんたってことでいいんだよね? 実は恥ずかしがり屋の剣士が隠れているっていうのじゃないんだよね》
《────本当ならば全盛期のオレ、つまりオレを使う剣士と一緒に召喚されますはずだったのだ。
なのに奴めェ! 二度と私に触りたくないだの、元々敵同士だの言いおって現界を拒否したのだッ!!》
セイバーの怒りに答えるように刀身が震えて鞘とぶつかりカタカタと音が鳴る。
美樹さやかは察した。なんというかこいつは偉そうにしているから嫌われたんだろうなと。
《そういえばセイバーっていうのはあんたのクラス名でしょ。あんたの名前は?》
《オレの名は
アヌビス神。かつて
DIO様に忠誠を誓い、憎きジョースターどもと戦った誉れ高き剣よ》
名前の後については何も分からなかったが、とりあえず真名はわかった。
《ふーん。じゃあよろしくね》
《ああ。ところでマスター。おまえは研ぎができるか?》
《できないよ。あたしまだ中学生だし》
《ちっ、使えん》
あ、こいつ舌打ちした。しかも使えんって……あたしマスターなのに。
《ではせめて大事に使え。汚れたり濡れたりしたらすぐに拭け》
《んなの霊体化すればいいんじゃん。あるんでしょそういうの》
《いいや、オレは霊体化できん》
は? 今こいつ何て言った?
霊体化出来ない?
じゃああたしがこいつをずっと持つのかよ。
当たり前だが日本には銃刀法というものが存在する。
女子中学生がこんな刀を持ち歩けば一発で警察の御世話になることくらいさやかでも知っている。
《分かるなマスター。おまえの重要性が》
ああ分かったよ。あんたの頼りなさが。
半分抜いた刀を鞘に戻してベッドに立て掛け、何かゴチャゴチャ言うセイバーを無視して布団へと潜った。
◆ ◆ ◆
そして今日。
オレを連れてゆけだの、手入れしろだの、他のマスターを微塵切りにしろだの物騒なことを言う刀を放置してあたしは学校に登校した。
見滝原中学二年。それが
美樹さやかの身分だ。朝教室に来て、授業を受けて、ご飯を食べて、帰る。
帰りにCD屋寄ったり(この街で作っていた)友達とファーストフード店行っておしゃべりしたりしたらあっという間に時間が過ぎる。
(こんな当たり前のことが幸せになるなんてなぁ)
失われたはずの日常を取り戻して初めて、この日々が素晴らしいと月並みだが実感する。
魔法少女になる前、願い事が見つからない自分を幸せな人間と考えていたがその実感はなかったと思う。
不幸にあった幼馴染みや家族を喪った先輩と比べれば比較的に幸せだと思っていただけだ。
実際に不幸な側に立てば誰であれ失いたくないと思うだろう。
だからこそ、聖杯戦争という殺伐とした催しが気に入らないし、かといってどうすればいいのか分からない。
正直に言えば────あたしはこんな日々が一生続いても悪くない。
親友たちはいないけど。
■■■■もいないけど。
取り戻したものと失ったものを天秤にかけて果たして釣り合うのか。
まだこの手に残るものを失ってまで戦う必要はあるのか。
帰ってきた時は赤かった空が今は暗い。だが結論は出ない。
《どうしたマスター》
《セイバー。あんたは戦ってまで叶えたい願いってある?》
《無論ある。我が身の復活だ》
《生き返りたいってこと?》
《ああ、その通り》
《でも刀なんでしょ? 生き返っても辛いだけじゃないの》
《だからこそ、オレを無限の無聊から救ってくださった方に恩を返すまでは死に切れんのだッ!
あの無限に続くような闇から救ってくださったあの方のために! 何よりも強いあの方のためにッ!!》
《その人ってまだ生きてんの?》
《あの御方は不死だ。まだ生きておられるに決まっている》
《不死か……その人って魔法少女だった?》
《魔法少女……とはなんだ? 極めて嫌な予感しかしないが》
《魔法少女っていうのはね──こうよ!》
さやかは
アヌビス神の前で変身した。
アヌビス神の驚く息遣いが聞こえる。してやったりとイタズラが成功したような笑顔でさやかは魔法少女について説明する。
生前(で多分合ってると思う)じゃあ親友にも言い出せなかったことをこんなに簡単に打ち明けられるのは同じ人じゃないという共通点があったからかもしれない。
何だ、簡単だったじゃん。簡単にできたじゃん私。
未練なんだろう。少しだけ過去の自分に後悔した。
◆ ◆ ◆
ソウルジェムなる物質に魂を移動させ、精神や肉体の死によって生命が失われるのを阻止する。
なるほどとアヌビスは心の中で納得した。
召喚されてすぐのことである。
“いつものように”刀を抜いたマスターの精神を支配した。
アヌビス神にとってマスターは戦うために一時的に体とするだけのもの。忠誠は
DIO様だけに捧げたものでマスターに対してはない。
精神支配は成功した。成功したのだが────肉体が指一本動かせなかったのだ。それまで二本の脚で立っていた体が崩れ落ち、瞬き一つできない。まるで死人のよう───
《ち、仕方ない。ひとまず契約するしかないか》
精神支配を解除し、そしてマスター契約を持ちかけるしかなかった。
アヌビス神の『透過』スキルは物理・精神の壁を透して我が意に従わせるスキル。
だが、この魔法少女とやらは肉体と精神の繋がりを断ち、魂のみで肉体を動かしている。
魂の物質化。それを為す願望器。さしずめインキュベーターとやらは意思を持つ聖杯ということか。
ともあれ
DIO様が魔法少女などという疑いは晴らしておかねばなるまい。
《結論だけ教えてやろう。
DIO様は魔法少女などという不思議なものではない。この世に呪いを撒くという魔女でもない。そもそも女ではない》
《へえ、魔法少女でもないのに不死身の人なんているんだ。まぁ、魔法少女は不死身というよりゾンビだけど》
マスターのニュアンスに自虐的なモノが含まれていると
アヌビス神は嗅ぎ取った。
そしてフンと鼻を鳴らし言ってやる。
《ゾンビ……生ける屍、死後も妄念によって動き続ける者。結構ではないか。オレもまさにソレだ。
オレからも質問させてもらうぞマスター。叶えた願いのために戦った感想はどうだ?
おまえはゾンビとやらに自虐的だが、その体になってまで叶えた願いとやらはそんなに意味のないものだったのか?
叶えたことが間違いだったと思うのか?》
《違う! 私の願いは間違いじゃないッ!!》
《ならば何も問題がないのだマスターよ。
既に願いは叶った。その代価に敵を切る。単純ではないか》
《そう簡単に割り切れるものじゃないんだけど……》
────甘たれめ。だが、そこに付け入る隙がある。
アヌビスは更に笑みを浮かべて言う。
《おまえは報われたかったからだ。
そして報われる形を知らなかっただけだ。
ならばこの聖杯戦争でおまえの望む『報われた日常』とやらを手にすればいい》
DIO様が自分にしてくださった時のように
アヌビス神は優しく諭す。
そうすると青臭い激昂が帰ってきた。
《ッ! ふざけるんな。私は自分のために戦ったりなんかしない!》
《ならば、聖杯戦争からおまえの言う守るべき人々を守ればよい。
そして結果的に聖杯を手に入れ、おまえの望みを手に入れるのだ》
《だけど私は、もう魔女に……──────ごめん、ちょっと考えさせて》
◆ ◆ ◆
そう言ってさやかは一方的に念話を切った。
頭では理解しているのだ。
戦わないといけないことも。戦わないと守れないことも。
戦わないと────自分にはそれしか価値がないことも。
じゃあ、自分が目指した『正義の魔法少女』とは?
マミさんはいない。
■■もいない。
まどかもいない。
何一つ、味方となる者はいない。
────あたしは本当にやれるのか。
────一度魔女になっちゃった私は、本当に正義の側でいていいのか
答えはまだ出ない。
◆ ◆ ◆
あの魔法少女とやらの生態は未知数だ。
おそらくは本人すらどうして自分が考え、活動しているのかを理解していないだろう。
つまり、小癪なことにカーンやポルナレフのように精神を丸ごと奪う方法ではマスターの肉体を扱うことはできない。
チャカのように唆かしながらある種の方向性を与えるしかあるまい。
少し囁けばあの小娘は間違いなく戦うことになるだろう。
何やら戦いに躊躇っているようだが、ああいう輩は戦う理由を与えるに限る。
《
DIO様! 今しばらくお待ちを! この
アヌビス神、今度こそはお役に立ってます》
戦いの日は近い。
だが、
アヌビス神はこの時気付いていなかった。ソウルジェムの奥に潜むものを。
【サーヴァント】
【クラス】
セイバー
【出典】
ジョジョの奇妙な冒険 第三部
【属性】
中庸・悪
【パラメーター】
筋力:E 耐久:E 敏捷:A+ 魔力:A 幸運:C 宝具:A
【クラススキル】
対魔力:C
詠唱が二節以下の魔術を無効化する。大魔術・儀礼呪法のような大掛かりなものは防げない
また
アヌビス神は所持されている場合、所持者にも対魔力が及ぶ。
単独行動:A
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。マスターを失って一週間は現界可能。ただし、その間霊体化はできない。
【保有スキル】
黄金律(品):A+
美術品としての完成度を指す。
アヌビス神は博物館に飾られていたほどの芸術品であり、自身の正体を知らないあらゆる者を魅了し刀に触れさせる。
動物会話:C-
動物と会話可能。ただし傲慢な態度であるため、純粋な動物達からは嫌われやすい
透過:B
障害を突破するスキル。
魔力の籠っていない任意の物体を透過することができ、あらゆる盾・障壁を突破する。
加えて
アヌビス神の場合は鞘から抜かれた自身に触れた者の精神に徐々に溶け込み同化することで、精神支配して肉体の主導権を握る。
これに抗うには精神力の強さより、狂化や心が無いことが必要とされる。
自己保存:A
自身はまるで戦闘力がない代わりに、マスターが無事な限りは殆どの危機から逃れることができる。
まさに
アヌビス神はその究極系である。
【宝具】
『無減の剣聖』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:自分
アヌビス神を所有した者(刀身の一部でもよい)を疑似サーヴァント化させる宝具。
疑似サーヴァント化している間は戦闘を経るごとに筋力・敏捷のステータス及び攻撃性が上昇する。この上昇分は所有者が変わっても持ち越される。
また
アヌビス神の刀身がダメージを受けると精神的ダメージとしてフィードバックされ、刀身の半分以上の損傷ならば確実に気絶する。
文字通り誰もが剣聖となる宝具である。だがステータスと攻撃性が極まればたとえ主であろうと切りかかる狂犬と化す。
『無限の剣征』
ランク:D 種別:対人魔剣 レンジ:- 最大捕捉:自分
一度見た相手の宝具・スキルを記憶し、二度目以降は無効化・カウンターを放つ。
スパルタクスと同じく一度攻撃を受けねばならないが、それさえ凌ぎ切れば戦闘で遅れを取ることはない。
ただし、攻撃や性能として記憶(認識)できないものには対応できない。
『銀の戦車』(シルバー・チャリオッツ)
ランク:??? 種別:??? レンジ:- 最大捕捉:自分
サーヴァントが全盛期で召喚される以上、
アヌビス神を操る最強の剣士も共に召喚されるはずだった。しかし────
【weapon】
この身が武器である。
【人物背景】
ジョジョの奇妙な冒険三部より登場。
刀を持った者の精神を操って主人公たちに襲い掛かった。
刀剣の魅惑もあるが、それ以上に一度受けた技は二度と通じないという能力によって承太郎、ポルナレフを苦戦させた。
元はキャラバン・サライという刀鍛冶によって打たれた名剣にスタンドが宿ったもの。
博物館に飾られていたところを
DIOによって解放されたため、
DIOの強さも合わさって狂信する。
【サーヴァントとしての願い】
既に失われた自身を復元させる。
【出典】
魔法少女まどか☆マギカ
【マスターとしての願い】
???
【weapon】
魔剣:
魔力で大量の剣を生成し、投擲する。
また蛇腹剣になったり刀身を飛ばすギミックも存在する。
【能力・技能】
リヴァイヴ:
さやかの特性である癒しの魔法。自動で肉体を治癒し、生半可な攻撃では彼女を戦闘不能にできない。
魔法:
基本的に万能だが、
美樹さやかに素養がないためできることは少ない。
魔女少女:
地球外知的生命体であるインキュベーターと契約し魔女と戦う(よりも残酷な)運命を背負った少女を指す。
魂をソウルジェムと呼ばれる器に封じ込めることで肉体の損傷による死亡や痛覚による信号を軽減している。
ただしソウルジェムが破壊もしくは一定以上の距離に隔離されれば肉体は魂無き肉の器として腐敗していく。
【人物背景】
見滝原市の中学二年。
地球外知的生命体であるインキュベーターと契約し魔法少女となる。
様々な要因が絡み、世界や人に絶望したさやかは魂が穢れきって魔女となってしまった。(同時に
美樹さやかは死亡した)
本作の
美樹さやかは円環の理に導かれていない。
魔女化した直後までの記憶で登場。ソウルジェムは浄化されている。
【方針】
平和を乱す奴をやっつける
最終更新:2018年04月15日 23:56