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アラもう聞いた? 誰から聞いた?
時間泥棒のそのウワサ

折角、料理を作ってたら、一体どうして? 全部丸焦げ!
楽しみにしていた映画を見てたら、肝心なシーンがいつの間にか終わってる!

それは全部、時間泥棒の仕業!
人の都合なんて気にしない。自分勝手に『結果』だけを残しちゃう。

だけど誰もその正体を知る事は叶わないって
見滝原の住人の間ではもっぱらのウワサ

チョーメイワク!



○   ○   ○   ○



―――とおるるるるるる…………


見滝原の一角で『電話』が鳴り響いた。ハッとしたのは一人の少年、ドッピオと呼ばれる彼だけだった。
これはきっとボスからの『電話』だと周囲を見回す。
だが、公衆電話ボックスは一切無い。このご時世。どこの誰も携帯電話もといスマートフォンを所持している。
ドッピオはスマートフォンを所持していなかったのだ。
当然ながらソレは、彼が英霊だと云うやむを得ない事情があってのこと。


「どこから電話が鳴ってるんだ?」


―――とおるるるるるるるるるるるるるる


実際『電話』の音を鳴らしているのは、ドッピオ本人だった。
奇声じみた電話音を言葉で鳴らす有りようは、一見すれば異常者でしかない。
いくら実体化しているとはいえ、目立ち過ぎる奇行。しかし英霊として『気配遮断』のスキルを保有する為
ドッピオが少なくとも、一般人に怪しまれる心配は無い。
おっ、と。ドッピオが(彼が認識する)電話を発見する。


「この時代じゃ電話は板チョコみたいに平べったいんだよな。最新機種を用意してくれるなんて、流石はボスだ」


ドッピオは、路上にポイ捨てされていたお菓子の空き箱を『ガチャリ』と取って、耳に当てた。


「もしもし、ドッピオです」


『わたしのドッピオ……首尾はどうだ。サーヴァントか、マスターの手掛かりは掴めたか』


「ボス! それが『奇妙』なんです……何かおかしな事が起きているんです」


ドッピオは彼なりに『ボス』の役に立とうと奔走した。
『ボス』から貸して貰っている『気配遮断』や『宝具』を駆使し、情報収集に徹している。
だからこそ。
この見滝原で奇妙な現象が起きていると判断できた。
平静ながら困惑を交えた口調でドッピオは話を続ける。


「近頃よく聞く『ウワサ』……間違いなくサーヴァントの情報だ。でも魔力を感知できない!
 オレだから分からないんですか。僅かな魔力すら掴めないなんて………」


『落ち着くのだ、ドッピオよ……サーヴァントの情報だけでいい。「ウワサ」を一つでも多く得るのだ』


電話ごしに居る邪悪は、一番に警戒するべき存在を知っている………!


『ドッピオよ。前に伝えた筈だ――「時を止める能力を持ったサーヴァント」!
 奴だけは迅速に始末しなければならない。奴は必ず私にとっての脅威となるからだ!!』


時間。全ては『時間』という世界を支配する能力である!
彼らの持つ宝具には『時間停止』の効果は無い。だが『時間の支配』に分類されたサーヴァントとしての影響だろう。
『時間』に関する能力を認知する事が叶った。
……むしろ、先に気づけたのは一つの幸運。
ひょっとすれば逆。彼らの――『深紅の王の宮殿(キング・クリムゾン)』 が認知されていた方が不味い。
手の内を知っているか否かで、大きな差が生じる……


『お前にも時の停止を認知できるようスタンドの一部を貸している……
 そして、サーヴァントであってもお前を即座に攻撃できないよう気配遮断もある。
 お前の任務は「時を止めるサーヴァントに近づく事」だ……私が奴を殺る。いいな、わたしのドッピオ』


「はい。わかりました、ボス」


時の停止。
手掛かりは僅かだが、どうもニュースで報道される『赤い箱』の猟奇殺人犯とは無縁に感じる。
注視するべきは……『悪の救世主』のウワサだ。
悪を先導し、悪に崇拝されている。新手の新興宗教じみたものに発展していると影では話が絶えないのだ。
まずはここから………



○   ●   ○   ●   ○   ●   ○   ●



            underground



●   ●   ●   ●   ●   ●   ●   ●




時は少し遡る―――


ドッピオの影にいる本体とも呼べるサーヴァント・アサシンの人格。
ディアボロ』は聖杯戦争に召喚されて以降。いいや……召喚された直後からドッピオの状態のまま。
現在進行形で表舞台に顔を、姿をあらわにした事は無かった。

ディアボロは、その『魂』の波長。感覚でマスターのアイルには、もう一つの人格があると理解している。
恐らく、アイルも知っている。
なのに……アイル本人がドッピオに対し、ディアボロの存在を言及したりせず。
アイル自身も、内に秘めている人格を表に出す事は無かった。


最初は『保護』だと疑った。
二重人格の在りようは様々な要因、過程がある。
本来あるべき主人格を保護している。聖杯戦争に怯える臆病者であれば逆にそのまま『保護』を継続して欲しい。
しかし……
後の、アイルの態度を考慮するに『保護』ではないと察せる。
ならばディアボロと同じく、人格を支配下に置いているのか?
違う。しっくりこない。


「あー……やっと見つけた」


驚いた事に、ディアボロだけがいる深淵に一つの声が響き渡る。
金髪碧眼のガタイの良い男。容姿だけでは誰とも分からない。少なくともディアボロが認知していない存在。
だが。
この領域に侵入できるならば一人しか心当たりはなかった。
警戒するディアボロに対し、男は気さくな態度だった。


「おいおい。そう怖い顔すんなよ。お前が表に出てこねぇんだから、こっちから顔出すしかねぇだろ」


「どうやってここまで来た」


「何となく? 適当に? ハハハ、冗談じゃねぇって! サーヴァントとの契約?繋がりってのが影響してるんだろ」


へらへらした男にディアボロは舌打ちを漏らす。
アイル当人とは性格が大分ズレている。
態度が気に入らないのではない。ディアボロは接触したことで確信を得た。
悪魔の囁きのように、男が言うのだった。


「なあ。アイルの奴を警戒してるんだろ? 令呪で命令されるとか、余計な真似をされるのを」


「…………」


「俺と『取引』しねぇか? 別に悪い話じゃあないと思うぜ」


わざわざ顔を出して来たのだから、必ず――それこそ『面倒』な要求をする筈だ。
ディアボロの疑念が的中し、彼は不敵に笑いながら告げる。


「戦わせてくれねぇか? マスターでもサーヴァントでも」


嗚呼。こういう奴か。
典型的な凶悪で暴力思考の、単純だからこそ面倒な部類の戦闘狂だ。
よりにもよって『時間』を支配するサーヴァント……ソイツがいなければ問題無い方だったが。

アイルの支配が保証されるともディアボロは考えていない。
意気揚々な態度の男に対して、帝王は威圧した。


「断る。どこに貴様を信用する要素がある? どこの誰かも分からない、そんな奴を頼るオレではない」


「なんだよ。そんな顔して神経質か? どうせ俺と同じなんだろ? お前もさあ。表にいる奴を利用して――」


「―――消えろ」


心底不愉快なアイルの別人格は、幻覚のように消失していた。

同じだと? このディアボロと貴様が『対等』だと?
私は違う……私『達』は違う。
『片方いればどうでもいい』……お前『達』と私『達』は全くの別物だ。私はドッピオと共に帝王の座に戻るのだ!

帝王の叫びは誰にも聞かれずに、深淵で響き渡っていた。
最終更新:2018年04月28日 11:43