「見事な演奏だったな、マスター」
ピアノ教室の帰り、私のサーヴァント、アヴェンジャーはそう呟いた。
「光栄です、アヴェンジャーさん」
見滝原市のコンクールが近く、今日のピアノ教室は皆熱が入っていた。
当然、その中で努力を褒められることは嬉しいが、なによりこのアヴェンジャーに認められる、ということは今までで最高の名誉だと感じる。
しかし、心にわずかに引っかかっている部分がある。
「アヴェンジャーさん」
「ん?」
「あのピアノ教室の演奏で、誰が一番上手でした?」
「…それを聞くかね」
アヴェンジャーほどの人物にたかだか市のピアノ教室のレベルについて問う。
無粋な質問だ、ボクもそう思う。
しかし、何より好奇心には勝てない。
「お願いします」
アヴェンジャーはその温和な瞳を閉じ、逡巡していたように見え、しばらく沈黙していたが
やがて口を開いた。
「………ノエル・チェルクェッティ、彼女の演奏が一番見事だった」
「じゃあ、あの話は、やっぱり本当だったんですね」
「おそらくは」
あの話、元の世界ラプラス市のピアノコンクールでノエルを押し退け優勝できた理由は、市長がノエルを煽り悪魔と契約させるためだったという話、そしてあのノエルが悪魔にそそのかされて復讐の道を歩まされているという話。
その話を聞き、ノエルを止めるために悪魔と契約を結ぼうとしたところ、
この場に招かれたのだ、忘れられるはずがない。
「アヴェンジャーさん、ノエルは復讐なんてしてはいけないんです」
「………」
「ノエルがそんなことするなんて、そんなの絶対に間違ってる」
「………なぜ、そこまで彼女に拘るんだ?
己の命を懸けて戦うこの戦争で、願いまで自分以外のために…?」
「そんなの、決まってるじゃないですか」
私は微笑む、とても簡単な理由なのだ。
「友達だからですよ」
アヴェンジャーは何故だかその答えを聞いて、茫然としたように見えた。
「友達だから…?」
「アヴェンジャーさんにはいなかったですか?」
「友達………ア、ア、ア、」
アヴェンジャーの整った顔が歪む。
上品な笑みを浮かべていた口元は下品に歪み。
温和だった赤い瞳が憎悪に燃える。
まるで別人、いや違う。本当に別人となったのだ。
彼の内側に眠っていた悪魔―否、外側で眠っていた悪魔が吠えた。
「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトォ!!!神に愛された男めが!!殺してやる!!」
真紅に染まった異形の礼装がアヴェンジャーの身を包む。
もはや元の温和な面影を全く残していないアヴェンジャーだが、
見る人が見ればわかるに違いない。
顔につけたその仮面の主の名を。
「サリエリさん…」
アヴェンジャーの名前が口をついて出る。
アントニオ・サリエリ、モーツァルトを殺したと言う謂れの無いスキャンダルの中心に立たされた男。
この聖杯戦争の場においても、復讐者であることを望まれた彼の突然の絶叫。
私はそれが何を意味するのか察した。
「あなたにとってモーツァルトさんが友人だったんですか…?」
「アマデウスゥゥゥゥ!」
「それなのに…そんなに苦しんで…」
謂れの無い風評により友人を憎まざるを得ない男。
どれほど辛いのだろうか、私には想像もつかない。
「ノエル…やっぱり君はこうなっちゃいけないよ」
ノエルは、こんな道を歩むべきではない。
もしもこの地獄にノエルが進むことを止められなかったら、
自分はノエルもなく、一生後悔したまま生きることになるだろう。
聖杯戦争に勝ち抜けるかは、わからない。
しかし、ノエルのため、そして自分が後悔しないためにも全力で戦おう。
悪魔の遠吠えが響く夕暮れ、私はそう決意を新たにした。
【クラス】
アヴェンジャー
【属性】
混沌・悪
【ステータス】
筋力:B 耐久:C 敏捷:A 魔力:C 幸運:B 宝具:C
【クラス別スキル】
復讐者:C
復讐者として、人の怨みと怨念を一身に集める在り方がスキルとなったもの。怨み・怨念が貯まりやすい。
周囲から敵意を向けられやすくなるが、向けられた負の感情はただちにアヴェンジャーの力へと変わる。
忘却補正:B
人は忘れる生き物だが、復讐者は決して忘れない。
時がどれほど流れようとも、その憎悪は決して晴れない。たとえ、憎悪より素晴らしいものを知ったとしても。
自己回復(魔力):C
復讐が果たされるまでその魔力は延々と湧き続ける。魔力を微量ながら毎ターン回復する。
【保有スキル】
無辜の怪物:EX
生前のサリエリは誰をも殺してはいない。
だが、後年に流布された暗殺伝説が世界へと浸透するにつれ、
アントニオ・サリエリは無辜の怪物と化す他になかった。
本来は別個のスキルである『自己否定』が融合し、一種の複合スキルとなっている。
サリエリは反英雄としての外殻・外装を纏う。
これは、モーツァルトについての記録にしばしば登場する『灰色の男』―――1791年7月に現れて「レクイエム・ニ単調」の作曲を依頼したという死神の如き存在と混ざり合い、習合したが故の能力である。
戦闘時、サリエリは自動的にこれを身に纏い、殺戮の戦闘装置として稼動する。
燎原の火:B
呪わしいほどに広まっていった風聞、モーツァルト暗殺伝説の流布はまさしく、燎原の火の如くであったという。アヴェンジャー・サリエリは、自らを生み出したに等しい人々の悪意、中傷、流言飛語、デマゴーグ、おぞましき囁きを自らの力とする。
対象とした集団の精神をたちまち弱体化させる他、強烈な精神攻撃としても機能する。
対象が魔術的防御手段を有していなければ、自死させる事も可能。
【宝具】
至高の神よ、我を憐れみたまえ
ランク:C 種別:対軍宝具
レンジ:1~20 最大捕捉:50人
ディオ・サンティシモ・ミゼルコディア・ディ・ミ。
一箇の生物にとっては制御不能なまでに巨大な殺意を圧縮し、凝固させ、更には魔力と混ぜ込む事で、精神と肉体の双方を蝕む破滅の曲を奏でてみせる。
生前の
アントニオ・サリエリが決して持ち得る筈のなかった、無辜の怪物たるサーヴァント───アヴェンジャー・サリエリだけが有する、絶技にして音楽宝具である。
……だが悲しきかな。
アマデウスに匹敵するほどのその『音楽』を、
アヴェンジャーと化したサリエリは永遠に『音』として認識できない。
【人物背景】
アントニオ・サリエリとは18~19世紀の間、宮廷楽長としてヨーロッパ楽壇の頂点に立った男である。
名教育家としての才能も評価されており、ベートーヴェン、シューベルト、リストなどの音楽家を育てた。
しかし、彼について最も有名な要素と言えば、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトとのスキャンダルであろう。
幸いにも生前の真の己を知るマスターに召喚された影響か、この聖杯戦争では若干の理性は残っている。
【聖杯にかける願い】
マスターに捧げる…つもりではあるが、それを目の当たりにした瞬間、『灰色の男』に意識を乗っ取られるであろうことは察している。
【マスターとしての願い】
ノエルの復讐を止める
最終更新:2018年04月29日 15:25