アットウィキロゴ
 現代若者については、「フリーター」、「ニート」、「おたく」といった言葉とともに、様々なことが語られている。本論文ではそれらの概念を、背後の状況も含めて注意深く検討し、現代若者に関する一つの特徴を取り出す。その特徴とは、何でも自己決定できる「強い主体」の想定と、そこに収まりきらない現象の噴出である。というのも、精神分析理論が示すように、実際には「強い主体」で全てを覆い尽くすことはできないのである。
 具体的には、現代若者の生活を、職業生活と愛情生活に分けて考える。職業生活では、制度上の問題が大きいにもかかわらず、「フリーター」や「ニート」の人たちは自ら進んでそのような状態にあるとされ、それゆえ自己責任に帰着されがちであることを暴く。愛情生活でも同様に考える。「おたく」には、恋愛ができないから「おたく」になるという側面があるのだが、そのことは無視されることが多い。「親密性パラダイム」という語で示されるように、現代若者の愛情生活では親密性が行動の基準とされ、親密性が獲得できないことは本人の努力不足に帰される。両方の生活において、努力すれば成功するという「強い主体」のモデルが想定されているのである。
 「強い主体」の想定は現代若者の間でのみ問題となっているわけではない。自己決定をめぐってはいくつかの問題が指摘されているが、それは「強い主体」を想定していることによる。人間は独立した「強い主体」ではなく、他者性が埋め込まれた主体であると考えればこれらの問題は解決する。
 精神分析はこうした主体のあり方を詳細に論じている。それによると、人間主体には小文字の他者と大文字の他者という二種類の他者が深く関わっているのである。その中でも大文字の他者との関係性が現代では変化し、大文字の他者が見えづらくなっているのではないかと結論づける。
最終更新:2007年05月02日 18:13