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まず「フリーター」という言葉から始めよう。小杉礼子によれば、この言葉は1980年代後半に作られ、何らかの夢や目標を実現するためなどの理由であえて正社員にならずにアルバイトをする人を指していた(小杉 2003: 1)。確かに当時はバブル景気真っ只中で正社員になりやすく、それでもアルバイトをする人たちの多くは自ら進んでそのような道を選んだのだろう。
 しかし、バブル崩壊に伴い雇用環境が劇的に悪化した後も「フリーター」という言葉は広まった。現在でも「フリーター」といえば「適当にアルバイトをしながら好きなことをしているお気楽な人たち」といったイメージが根強い。
 ようやく2000年あたりから、小杉により、「フリーター」を「モラトリアム型」、「夢追求型」、「やむを得ず型」と分類することが始められた(小杉 2003: 13)。それでも当人の言をそのまま信じて分類がされており、本来は「やむを得ず型」に分類されるような人が、「モラトリアム型」や、とってつけたような夢を持ち出して「夢追求型」に含まれている可能性がある。「夢追求型」での夢はミュージシャンになることなど、しばしば過大に見える夢であるのはそのためかもしれない。「夢追い型」と「やむを得ず型」とを完全に区別することはできなく、論理的には逆に「夢追い型」と分類すべきところを「やむを得ず型」と分類している可能性もある。しかしその数は圧倒的に少ないと思われる。本人も過大な夢だと認識しつつそれを追求しているのだろう。というのも、夢を追求していると掲げると周りからの評判もよくなるのである。小杉はそのことを示す、次のようなインタビューを載せている。「私のような、何かするためにフリーターをしているというのは周りにはあまりいないかもしれない。最近よく「すごい、夢のために頑張ってて偉いよね」とか「輝いているよね」とか言われます」(小杉 2003: 82)。
 現在では「フリーター」の定義が錯綜しており、その人数推計にも差がある。佐藤洋作・平塚眞樹はその定義の混乱を整理している[*3](佐藤・平塚編 2005: 58)。それによると、「フリーター」の人数は、内閣府の集計では417万人(2002年)、厚生労働省の集計では213万人(2004年)と大きな開きがある。本論文では「フリーター」のみに着目せず、就業問題を大きな視野で捉えようとしているので、こういった定義の差異にはあまりこだわらず、「フリーター」を「正規雇用ではなくパートやアルバイトという形態で働いている人」と漠然と捉えておく。
 次に「ニート」に注目しよう。本田由紀によると、この言葉が日本においてよく見られるようになったのは2004年あたりからである(本田由紀ほか 2006: 16)。「ニート(NEET)」は、イギリスの本来の定義では、学校に行っておらず、働かず、職業訓練も受けていない人を指しており、失業者も含まれていた。日本での用いられ方は論者によって微妙な差異があるが、失業者と区別するために、求職活動をしてないという要素が必要となる。「ニート」の人数も定義により差はあるが、佐藤・平塚によると、およそ50万人~80万人と推計されている[*4](佐藤・平塚編 2005: 58)。玄田有史と曲沼美恵によれば、「ニート」の生活をまかなう主な収入は家族に頼ることが多く(玄田・曲沼 2004: 37)、求職活動をしたことがない理由は人付き合いの不安が最も多い(玄田・曲沼 2004: 41)。こうした点がよく批判される。
 求職活動をせず、アルバイトもしていないことから、当初「フリーター」という言葉にまとわりついていた「お気楽な人たち」といった非難の意味合いが「ニート」に向けられた。しかしそういったイメージに合致する人はむしろ少数で、本人は悩んでいることが多い。就職をあきらめている人など、やむを得ず求職活動をしていない人が多数いると推測されるのに、求職活動をしていないという理由で本人の自己責任に回収されがちである。しかし、本田由紀が指摘しているように、ここ十数年で、「ニート」の中でも、働きたいという気持ちを表明していない「非希望型」は増えておらず、働きたいという希望がありながらも具体的な求職行動をとっていない「非求職型」が増えていることを覚えておかなければならない(本田由紀ほか 2006: 24-7)。続けて本田由紀は失業者と「フリーター」が「ニート」よりも増えていることに注意を促している(本田由紀ほか 2006: 28-30)。



[*3]
巻末資料の図1「「フリーター」、「ニート」概念の錯綜」を参照。
[*4]
前出の図1「「フリーター」、「ニート」概念の錯綜」を参照。
最終更新:2007年05月02日 18:35