まず「おたく」の歴史から始めよう。「おたく」という言葉は1983年に中森明夫が命名したのが最初であると言われている。とはいえその前から「おたく」が生まれる土壌があったはずなので、1983年以前の状況から入る。
大塚英志によると、全共闘文化の後に「おたく」が生まれた(大塚 2004: 23-9)。全共闘では、若者は政治といった公的な事柄に関わっていたが、その後の1980年頃からは恋愛などの私的な事柄が関心の中心となる。ササキバラ・ゴウは1970年代には少年まんがの中で女性の存在がどんどん大きくなり、1980年に「美少女」が誕生したとしている(ササキバラ 2004: 70)。そして、1980年代に入ると、それまでの作品とは異なり、「女のために野球をやる」ということを自覚的に描いた『タッチ』[*14]のような作品が登場するようになるとササキバラは指摘している(ササキバラ 2004: 90-1)。
それでは「おたく」という語を作ったとされる中森の記述を見よう。中森は「あのスタイルでしょ、あの喋りでしょ、あのセーカクでしょ、女なんか出来るわきゃないんだよね」(中森 1983)とか、「実物の女とは話しも出来ないわけ」(中森 1983)のように恋愛と関連させて否定的に記述している。この語は、1988年に起こった宮崎勤の幼女連続誘拐事件をきっかけとしてさらに否定的な意味合いで広まった。
ところが1990年代中ごろから岡田斗司夫などによって「おたく」が肯定的に語られ始める。岡田は大塚英志の『仮想現実批評』を引用しつつ次のように描写している。
例えば<オタク>は一般の人々に比べて異性の友人の数が多い。十代及び二十代の平均では2.8人であるのに対し、<オタク>は6.9人と実に2倍以上である。また男女を問わず、友人そのものの数も多く、社交的である。……
また<オタク>は総じて金持ちである。二十代の<オタク>の月収が平均22万7千円であるのに対し、一般の二十代の平均月収は16万6千円である。……
エンジニアとか医師などが結構目に付く。またその高収入の中から相当に高い割合で思い切りよく遊びに使うのも<オタク>の特徴だといえる。その他にも<オタク>は一般の人々に比べてテレビの視聴時間が異常に短い、<オタク>は趣味の数が多い、<オタク>はなぜか「堕落」という言葉が嫌いである、といったこれまでの<オタク>像とは相反するデータがいくつもある>
いかがだろうか?彼らは決して「大人になれないかわいそうな奴等」ではないのだ。(岡田 1996: 37)
今度は「おたく」が恋愛との関連でも肯定的に描かれている。
岡田による過剰なまでのイメージアップ戦略や『新世紀エヴァンゲリオン』[*15]のヒットなどもあり「おたく」的な文化が一般に浸透し、2000年以降は広い分野で肯定的に語られ始める。
斎藤環はおたくの特徴として以下の四点を挙げている。①虚構コンテクストに親和性が高い人、②愛の対象を「所有」するために、虚構化という手段に訴える人、③二重見当識ならぬ多重見当識を生きる人、④虚構それ自体に性的対象を見い出すことができる人、の四点である(斎藤 2000: 30)。そこでは「虚構」が強調されており、「端的で下世話な表現をするなら、アニメキャラで「抜く」ことが出来るか否か、それがおたく-非おたくの一つの分岐点ではないだろうか。不案内な方のために注釈しておくと、「アニメで抜けるか」とは、「アニメに描かれた女性キャラクターのイメージを利用して、マスターベーションが可能であるか」というほどの意味である。」(斎藤 2000: 53)という基準を示している[*16]。そして日本ではおたくと関連して戦闘美少女というモチーフが発展してきたと斎藤は主張している。東浩紀は哲学や思想の方面からアプローチし、「おたく」を「コミック、アニメ、ゲーム、パーソナル・コンピュータ、SF、特撮、フィギュアそのほか、たがいに深く結びついた一群のサブカルチャーに耽溺する人々の総称である」(東 2001: 8)と暫定的に定義している。そして東は、「おたく」の間では、冷戦構造の解体がその最たるものである、「大きな物語」の失墜が進んでおり、データベース的な消費が優勢であるとしている(東 2001)。上記の斎藤、東らの対談では、二人の相違点が、おたくを「人格」として見るか「表象」として見るかの違いであると整理されている(東編 2003)。斎藤は「おたく」を人格として見た結果、現実の異性との恋愛を望みながらも、そこからは遠い人であると思っているようである[*17]。東は表象の観点から論じるので「おたく」と恋愛とは関係づけられない。
2005年あたりから、「おたく」を題材にした『電車男』という作品がヒットしたことなどもあり、「おたく」は「萌え」といった言葉ともにさらに市民権を得ることになる。「おたく」は経済の観点から論じられたり、表象に注目されたりするのだが、ここではそれらは置いておいて、自らを「おたく」と規定して語る本田透に注目したい。彼は「おたく」について、「この八〇年代という時代に、ナンパや「軽薄短小」と呼ばれる一連の「恋愛資本主義文化」の裏側で密かに誕生し、徐々に拡大していった勢力が、「オタク」なのだ。オタクは一言で言うと「恋愛資本主義に組み込まれなかった人々」と定義できるだろう。」(本田透 2005a: 22)としている。建築の観点から「おたく」を論じている森川嘉一郎も「オタクは半ばモテない人間の共同体と化して」(森川 2006: 54)いると言っている。
「おたく」の代表的な定義と歴史は以上の通りである。本論文では「おたく」を「虚構のキャラクターを愛する人々」と定義する。精神医学的に分類するなら性対象倒錯である。そこで、同性愛など他の性対象倒錯をも考慮しながら既存の分類を参照しよう。フロイトは絶対的な倒錯と機会的な倒錯とを分けている(Freud 1905=1966: 8-9)。「おたく」もそれと同じように考えられるのではないだろうか。つまり、絶対的な「おたく」と、「モテない」ためになる「おたく」とに分類できるのである。
これは、「フリーター」を分類する際に用いられた「夢追い型」と「やむを得ず型」というカテゴリーと同型である。岡田や東が描いているような、異性から好かれないこともないが、「おたく」に肯定的な意味合いを見出し、自ら進んで「おたく」になったような人たちが「夢追い型」で、斎藤や本田透が描いているような、異性から好かれないためにやむを得ずおたくになった人たちが「やむを得ず型」に当たる。「フリーター」の部分でも述べたように、もちろんこの両類型は、はっきりと分類できない。しかし、現在ではおたくたちは自分から進んで選び取ったものであると描写されることが多いので、就業問題と同じように、「やむを得ず型」の存在をもっと強調してよいだろう[*18]。
[*14]
あだち充原作の野球漫画。『週刊少年サンデー』(小学館)に1981年~1986年まで連載。アニメ化もされ、実写映画化もされた。
物語の中心人物は上杉達也、上杉和也、浅倉南の三人。達也と和也は一卵性双生児だが、性格は異なるタイプである。南は二人の隣に住んでいる。この三人は同じ高校に行き、「甲子園に連れて行って」という南の夢を叶えようと和也は野球部で活躍するが、地区予選決勝の朝に事故で亡くなる。そして達也が和也の意志を引き継ぐ。高校野球と恋愛の二本を軸にしたストーリー展開である。
[*15]
1995年10月4日から1996年3月27日まで全26話にわたりテレビ東京系列で放送された連続アニメ作品。監督は庵野秀明。1990年代を代表するアニメ作品で、新聞などで取り上げられるほどの社会現象となった。
物語の舞台は2015年の日本で、人類は使徒という謎の敵の脅威にさらされており、国連の下部組織であるネルフはその使徒と戦うために「エヴァンゲリオン」というロボット型の戦闘兵器を開発していた。主人公の碇シンジ、綾波レイ、惣流・アスカ・ラングレーを中心とした14歳の少年少女がエヴァンゲリオンに乗り込んで使徒と戦う。碇シンジの内面が多く描かれている。
この作品については後でも触れる。しばしば『エヴァ』と略され、本論文でもそれに従う。
[*16]
斎藤はわかりやすさを重視してこのような基準を示している。しかし、より正確には、「アニメキャラで抜く」ことができなくても、そのキャラクターに性的な愛情を持っている場合がある。「性的」と「性器的」は必ずしも一致しない。こうした観点から、フロイトは、子供にも性欲があると主張している(Freud 1905=1966)。
[*17]
斎藤の著作中には「個人的な印象では、おたく人生の「上がり」とは、異性のおたくパートナーとの結婚とみなされているふしがある。」(斎藤 2000: 53)や「男性おたく達は、美少女アニメやフィギュアにうつつを抜かしながらも、「現実」において恋人を持つことを切望している。」(斎藤 2006: 49)という記述が見られる。
[*18]
「おたく」たちの姿を描いた『げんしけん』という作品がある。そこでは、女性に好かれ、恋人もいるのに「おたく」活動をする「夢追い型」の高坂真琴と、「やむを得ず型」と言えそうな、笹原完士、斑目晴信などその他の人々との対照的な構図がしばしば見られる。その作品中では「おたくはなろうとしてなるもんじゃない」といったことが言われる。
最終更新:2007年05月02日 18:56