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前項でおたくの歴史、定義を簡単にまとめたが、なじみのない方にとっては、実際の「おたく」の姿を想像しがたいだろう。そこで本項では「おたく」の実例を挙げる。先ほども登場した本田透である。彼に「おたく」のすべてを代表させることはできないが、自ら「おたく」活動をしながら「おたく」について論じているので資料が豊富にあり、適切であると判断した。彼の主著である『電波男』は「おたく」からの評判もよい[*20]。
 彼の略歴は次の通りである。『電波大戦』の著者略歴から引用する。

1969年神戸生まれ。「女はおっかねえ」という理由で高校を中退後、ひきこもって自宅で受験勉強。大検から早稲田大学第一文学部に進むがやはり「女はおっかねぇ」という理由で中退。その後、いろいろなイベントを経た末に、Webサイト「しろはた」の更新に夢中になって約10年を浪費。アントニオ猪木信者、DVDレコーダー評論家を経て現在はライトノベル[まんがやアニメ風のイラストや世界観が見られる小説]作家。(本田透 2005b)

 『電波男』のあとがきには彼の家庭環境が描かれている。それによると彼の母親は家を守るために強要されて見合い結婚をしたが、この夫は母と息子に暴力をふるい、出て行った挙句、養育費を払わなかった。本田透は母親に部屋に閉じ込められずっと監視された。その絶望の中でいろいろなアニメを見、「二次元[*21]」世界を妄想[*22]し始めた。母親の死後、大学へ進学する。しかし現実の女性にはひどい扱いを受けた。そして阪神大震災で家を失い、仕事もなくした。そのときも恋愛ゲームと『エヴァ』とに救われた。「おたく」としておとなしく暮らしていたのに、「おたく」をやめろと言われて、それに反論するために『電波男』を書いた(本田透 2005a: 394-401)。
 彼の現在の生活は次のようである。

朝目覚めると、まずレコーダーを起動してアニメの番組予約をセットする。そして朝食を食べながら、昨夜録画したアニメをDVDやBDなどのディスクメディアにダビングする。……レコーダーで録画した作品の中で気に入ったものは、後日パッケージ版のDVDを購入する。……昼間は原稿書きの仕事をして、夜は打ち合わせ。運よく自由時間ができた時にはすかさず溜め込んでいるアニメやゲームの消化活動に入る。(本田透 2005c: 14-5)

僕は仕事(オタク)が趣味という状態なので一日中仕事をしているわけだが、着ている服はユニクロで買った無個性なシャツとジーンズだったりする。なぜこうなるかというと、まず萌えアイテムにお金を使うので、ファッションにお金をかける余裕がない。(本田透 2005c: 19)

 彼の恋愛遍歴を辿ろう。幼少期には母親によって女の子として育てられた。

俺が女の子と親しくすると、母は気が狂ったようにヒステリー[*23]を起こして、その女の子が二度と俺に近寄らないように様々な邪魔をした。母は、俺が貰ってきたラブレターを取り上げて、その子の前で引き裂いて捨てた。俺が連れてきたガールフレンドをカルト宗教に勧誘して逃亡させた。(本田透 2005a: 395)

高校ではひどい目にあったために中退している。

僕、そんな[いたずらでラブレターをもらう]目に遭ってたら高校中退してますよ!まあ実際にそんな目に遭って中退したんですけどorz[落胆した様子を表すアスキーアート(コンピュータで用いられているアスキーコードに含まれる文字や記号を使った表現)] で、そんな目に遭って中退したら、また元いた高校から女の子が来て、ノコノコ出て行ったらまた騙されて。中退した後もまた酷い目に遭ったという。……本当、悲惨でした。ボロボロになってひきこもってるのに、それをまた引きずり出して痛めつけるという、本当に酷いですよ。僕、高校は3ヶ月しか行ってないのに、すごく酷い目に遭って。(本田透 2005b: 172)

大学でも似たような状況である。

現実世界の女は、顔の良い男、金を持っている男、車を持っている男、そんな男だけを漁っていた。……結局、俺は三次元の女とは恋愛できなかった。女は、誰も彼も一様に、しゃっつらだけ綺麗にしていても、心が冷たかった。平然と人を傷つけ、踏みにじる言葉ばかりを、俺は聞かされ続けた。……大学時代、遊べるだけの金が残っていて、ゴテゴテと着飾ってグラムロックのバンドなんかをやってフラフラしていた頃には、ちょろちょろと近寄ってきたり、酷いのになるとストーカーになる女もいたが、大学院の面接で教授と大喧嘩して追い出され、ストレス食いで太り、地震で家が潰れ、仕事もなくし、一文無しになったとたん、俺の周りにいた女は蜘蛛の子を散らすように一人残らず逃げ去った。(本田透 2005a: 398-9)

そして現在では次のような状態である。

たまたま仕事絡みで30歳独身女性編集者と、なんとなく飯を食ったりメールのやりとりをするようになっていた。……たいてい、喫茶店で2時間ほど喋っているうちに、突然相手の顔色が変わり、「ドン引き」の表情になっていくのだ。……しかし、しつこいようだが俺ももう35歳、いい加減に過去の経験から学習は済ませている。……だからその日、俺は慎重を期して、ほぼ完璧に喫茶店のトラップを潜り抜けた……ような気がした。だが、最後の最後に、虎の尾を踏んでしまったっ……。罠っ……罠っ……!もう大丈夫だろうと油断した俺は、うっかり、「お互い30過ぎて独身って寂しいですね~」と愛想笑いを浮かべて口を滑らせてしまったのだ。その瞬間、さっきまで笑っていた彼女は、まなじりを吊り上げ、怒髪天を突く勢いで叫んだ。「あなたと一緒にしないで!」(本田透 2005a: 12-4)

これらをまとめると次のようになる。

キモメン[異性から見て容姿や雰囲気などが気持ち悪い人。イケメンの対義語。主に男性に対して用いられる]・オタク・ニート・貧乏の「モテない喪男[モテない男性を意味する。インターネット掲示板でよく用いられる]要素のグランドスラム」を16歳にして達成し、あまりにも女子に迫害されるので高校を2回中退、大学を1回中退という、生きているのが不思議なぐらいのダメダメぶり。はっきり言って、モテないことには自信があります!(`·ω·´)シャキーン 女の子にフラれたどころか晒し者にされてm9(^ロ^)プギャーッ とみんなに嗤われたりして学校が恐ろしくなって登校拒否になってひきこもったら、今度はイケメンの気をひくために俺を色仕掛けで学校に呼び戻そうとするさらにおそろしい女に騙され……とか、とにかくオリの生きていた世界では女は悪魔そのものでした。
 10年前、仕事をやめて田舎の公務員になろうとしたその日に地震で田舎の実家が全壊して何もかもを失って心神喪失状態のひきこもりになったときにも、Ageのエロゲー[「ギャルゲー」などとも呼ばれる、恋愛シュミレーションゲーム]『君が望む永遠』の水月ちゃんのように落ち込むオリを励ましてくれたり飯を作ってくれたり抱きついてくれたりするような女など現実に存在するはずがなく、女はみんな蜘蛛の子を散らすように逃げていきました。その後に続いたニート・フリーター状態の10年間、オリは女と口をきく機会すらございませんでしたよ。いやもう「モテない」ことなら簡単ですよ。(本田透 2005b: 9-10)

このように本田透は普通の恋愛を否定するが、「二次元」の純愛は肯定する。

純愛を突き詰めたら、2次元のみさき先輩(PCゲーム『ONE』に登場する川名みさき先輩というキャラクター。主人公の高校の先輩。盲目の大食いチャンピオン。特技は悪質な冗談。設定だけみてると『餓狼伝』のクライ・ベイビー・サクラに似ている。現在、本田の脳内奥さん)に行き着いてしまいました(·ω·)。(本田透 2005b: 17)

 このように、本田透は「やむを得ず型」の「おたく」だと推測される。「三次元」の女性にひどいことをされたために、「二次元」へと進んだことが明らかに見て取れるからである。しかし現在では、「萌え」という「二次元」での純愛を理想に掲げ、「三次元」の女性から遠ざかろうとしているので、「夢追い型」のようにも見える。ここに、実際のやむを得ない状況を覆い隠すために夢を追うという、就業問題と同じ構図が現れている。



[*20]
参考までにAmazon.co.jpでの『電波男』のカスタマーレビューからいくつか抜粋する(丸カッコ内はレビュアー名)。レビュー全体の中には批判もあったが、自らを「おたく」と規定した上での批判はなかった。
  • オタクの魂の叫びがここにある!(the_drill )
  • 「オタク、そしてキモメンから見た現代社会」と言うものを、見事に書き切っていると思います。(しがない1オタク)
  • うれしい。このような本に出会えて本当にうれしい。……いまこそ、この本を手に取り真実の愛を探しに行こう。2次元へ!(aias )
  • 悪い事は言わない。恋愛に悩む毒男(おたく)のみなさん。この本「電波男」を買ってみてください。今の世界がどんな残酷な物かがわかります。(907@にゃも)
  • この本が著者の、そしてオタクと括られた者達の現実を見据えた上での悲痛なまでの、リアルな叫びを収めた書であることは間違いないのです。(字数制限反対!)
  • これまで、「自分は間違っているのか?」そう自問自答を繰り返してきたオタクたちにとってまさに救いの一冊となる良書である。……まさに今まで虐げられてきた我々オタクが言いたかったことを全て言い切ってくれた、今後の著者の活躍を期待したい。(会社クビになった真性負け組オタク)
  • ともかく「おたく」文化の当事者として、正面からこれを論じた大部の評論として、同時代的価値は高いし、歴史的価値はさらに高い一冊である。(薄皮あんぱん)
  • オタクの優しい反抗であり、血の叫びでもある(もりすえしんや)
[*21]
アニメ等の世界を俗に「二次元」と呼ぶ。その用法に従って、アニメ等の女性キャラクターのことを「二次元女性」と言ったりする。「二次元」に対して「三次元」は、現実の世界を意味する。
[*22]
統合失調症などで見られる、精神医学で言うところの「妄想」とは異なる。単に空想することを自嘲して、しばしばこのように用いられる。
[*23]
ここでの「ヒステリー」は、必ずしも精神分析や精神医学での「ヒステリー」ではなく、「感情的な状態」程度の意味であると思われる。
最終更新:2007年05月02日 19:14