本田透は自分が「三次元」では恋愛できないことを強調し、「二次元」での純愛を称賛する。「おたく」とは関わりはないが、小谷野敦も恋愛できない人たちの存在を強調し、片思いを推奨する(小谷野 1999)。どちらも愛されることはできないが、愛することはできるということである。小谷野が強調するように、愛することなら誰にでも可能かもしれないが、愛されることはそうではない(小谷野 1999)。容姿や話術といった属性(能力)が必要になる。恋愛ができないことは人によっては大きな悩みになるが、それはいつの時代にも見られた問題である。
愛されないことは仕方ないという、このような当たり前のことを強調しなければならないのは、現在では、恋愛といえば双方の思いが調和するものだという暗黙の想定があるだろうからである。その証拠に、広辞苑の「恋愛」の項目を参照すると、「(loveの訳語)男女が互いに相手をこいしたうこと。また、その感情。こい。[傍点は引用者]」(新村編 1998)となっている。そこでは端から片思いという状態は排除されているのである。しかし、実際の経験に照らし合わせれば、そのように双方の思いが調和しないこともあることに多くの人が気づくだろう。双方の思いが調和するという前提に合わせるためには、いかに愛されるかが重要になる。愛されてこそ、双方の思いが調和するという恋愛になるのである。
そのことをはっきりさせるために、「恋愛」という語の歴史を参照しよう。
柳父章によると「恋愛」という語は英語のラブ(love)の訳語として作り出されて明治期に浸透し、万葉の歌に見られるような日本古来の心と肉体とを切り離さない「恋」、「愛」、「情」、「色」などとは違い、ロマンス(romance)とも通じる「深く魂より愛する」といった意味合いであった(柳父 1982: 89-97)。小谷野の別の言い方では、「恋」は遊郭を連想させたので「恋愛」という新しい語が発明されたのである(小谷野編 2003: 123)。例えば水野尚が言うように、一般にこのような意味での恋愛は、12世紀のヨーロッパで見られた宮廷恋愛に由来しているとされている(水野 2006)。
その後、北村透谷を始めとした進歩的な人々が恋愛を賛美したが、明治時代に恋愛は一般的ではなかった。その後恋愛結婚が一般の人々の理想とされるようになった。このことについては次節で詳しく述べる。また、セクシュアリティとの関係で恋愛が称揚される傾向が強まる。これも次節で述べる。
こうして、現在では結婚やセクシュアリティの前提として恋愛が要請されるため、恋愛が若者に重視されるわけである。ところで、「恋愛」という語は現代でも「深く魂より愛する」といったような意味で用いられているのであろうか。こうすれば恋愛がうまくいくと細かい技術指導をする雑誌の記事などを読んでいるととてもそうとは思えない。山田昌弘の、「恋愛は、もっとも広義にとった場合、特定の相手と心理的、身体的コミュニケーションをとりたい欲求と位置づけられる」(山田 1994: 122)といった定義のほうが現状に即しており、「恋愛と呼ばれる感情は主観的に構成される」(山田 1994: 120)のである。また、明治期の意味合いとの相違点を強調して、宮原浩二郎は次のように述べている。「現在の日本語では、「個性に執着」しなくても、相手を「純化」「理想化」しなくても、また「対等の人格」や「精神的愛」を前提にしなくても、とにかく相手が「すき」であれば、「恋愛」感情があると言う。「恋愛」は、「すきだ」とか「つきあっている」という主観的な口言葉を、客観的な書き言葉に置き換えた言葉なのである」(宮原 1998: 126)。
恋愛ができない人がいることは問題ではあるが、その対策は難しい。職業生活と違って、恋人を再配分するわけにはいかない。しかし職業生活にはない有利さもある。金銭は基本的に多ければ多いほどよく、誰かが得をすれば誰かが損をするというゼロサムゲームの様相を呈する。愛情生活では、多様な好みがあり得るので、うまくすれば多くの人が満足できる。
社会的な対策は難しいが、当人の気の持ちようで楽になる部分も大きいだろう。「やむを得ず型」の「おたく」たちは、恋愛ができないことそのものよりも、恋愛ができないと人間としての価値はないといった観念に苦しんでいるのかもしれない。先に見たように、恋愛では双方の思いが調和して、誰もがうまくいくといった仮定のもとでは、恋愛ができない人など存在しないことになっている。そうした観念に苦しんでいる人たちには、恋愛はいつでも誰にでもできるものではないと強調することが救いになるかもしれない。
最終更新:2007年05月14日 11:21