本章で論じた、現代若者の愛情生活の様相をまとめよう。
近年注目を集めつつある「おたく」は、愛情生活と深い関わりがある。あまり強調されないが、異性に「モテない」ために「おたく」になるという「やむを得ず型」の「おたく」が相当数いると考えられる。本田透はその典型であり、自らの生活を語りながら、現代若者の愛情生活の現状を批判する。
彼が批判するような現状とは、恋愛が商品化され、そこには弱者が存在するというものである。その批判は「恋愛資本主義」という言葉に込められている。彼は恋愛できない人の存在を強く主張する。というのも、現代では、いつでも、誰にでも恋愛はでき、そしてすべきであるという幻想が根強く見られるからである。おそらくいつの時代にも恋愛できない人は存在しただろうが、今日ではその人たちの存在が覆い隠されているのである。
さらに現代では、結婚やセクシュアリティに恋愛が必須だとされる。「親密性パラダイム」が非常に強い影響力を誇っているのである。そうすると必然的に恋愛への関心が高まり、そこでうまくいかない人たちの苦しみが増す。恋愛感情という、個人の内面に行動の当否の基準が置かれるので、人間関係が不安定になりがちになり、「セクハラ」や「ストーカー」などの争いが多くなる。そこで重要となる恋愛とは、相手を深く魂より愛するようなものではなく、相手とコミュニケーションをとりたい欲求といったほどのものである。そして本田透が批判しているような恋愛の商品化が進む。そこでは相手を商品とみなす、「強い主体」同士の契約関係の様相を呈する。
このように社会的な状況が変化しているにもかかわらず、「おたく」のように愛情生活に違和感を覚えている人たちは、本人が悪いとされる。というのも、努力すればうまくいく可能性を否定できないがゆえに、絶えざる努力が要請されるからである。
最終更新:2007年05月14日 11:27