気が付いたらそこにいた。
いや、いつ気を失ったかを覚えていないため、この表現はおかしい。
記憶を辿る。
確か―――そう、喫茶店の掃除を一通り終え、メイドとしての仕事に一息ついたあの時だ。
ふと、テレビに目を向けると、急にバラエティー番組から、ニュースの放送のような画面に変わったのが異変の始まりだったように思う。
その画面には、金髪の女性が満面の笑みで立っていた。
その女性のそんな表情を、私は見たことがある。同じように―――テレビで。
そして私は、ぐにゃりと平衡感覚が無くなり気を失った。
テレビの中の女性が、何か言った気がした。
「う・・・うぅん?」
少し頭が痛い。
何かの拍子に頭をぶつけたのだろうか。
まだ本調子ではない身体を起き上がらせると、そこが冷たいコンクリートで出来た床であることに気が付いた。
そして、暗い。暗いけれど、私の知っている部屋を暗くしているわけではない。
記憶に食い違いがあったのだろうか。
それとも誰かが介抱してくれたのだろうか。
そういった考えは未だ回らない頭から除外された。
周りを見渡すと、薄暗い中でもある程度のことが分かった。
体育館ほどの大きさに、私と同じように倒れている者がいた。大勢。
何名ほどかは分からないが、気配で私と同じように現状把握が出来ていない人たちだというのは、なんとなく察せた。
私と同じように気を失っていたであろう人たちが、少しずつ起き上がり始める。
私よりも早く起き上がった人も居たようだ。
全員に共通していた事は、今の状況に説明が付かないという、恐怖と、不安と、憤り。
時間が経過するにつれ、少しずつ喧騒が広がり始めようとしていた。
『よく集まってくれた、諸君』
その時。
いきなり照明が、ステージに降り注いだ。
闇に目が慣れ始めていたため、とっさに目を細める。その先には2人の女性が立っていた。
背が高く、凛と立ちながらも満面の笑みを浮かべる金髪の女性。
そしてその隣には、小さな女の子が1人。学ランのような帽子に黒いオーバーコートのようなものを着込んでいる。
青い髪に深めに帽子を被っている為、表情が読めない。それは、金髪の女性とは対照的に。
どこかで、見たことがある顔だな、と私は思った。
有名人だろうか。テレビで見かけたことがある。何か、大きなイベントの・・・・思い出せない。
でも、金髪の女性の満面の笑みと、次に紡がれた言葉で、思い出した。
『私の名前はセンライと言う。 早速だが―――君たちに、殺し合いをしてもらう』
ああそうだ。気を失う前に聞いた最後の音声がこんな言葉だった。
私―――アステリア=テラ=ムーンスは、センライと名乗った女性を呆けながら見つめていた。
●
『この会場にいる人数で、殺し合いをしてもらう。 戦闘の不得手はあるだろうが、公平性を保つために武器になる支給品はランダムで配布する。
一定時間後に君達は『殺し合い』の会場に移され、最後の1人になるまで正真正銘死力を尽くして戦い抜くのだ!』
ぐっ、とセンライは握りこぶしを作り、饒舌に喋る。無論その視線は会場にいる人間に向けられて、である。
今までピタリと止まっていた会場内の人間が、再びざわめき出す。
その中でも最も多い声はセンライに対する反感であった。
「冗談じゃあ、ありませんわ!!」
その中で最も大きい声。
赤い髪の少女が、明確に意思表示をした。ステージの上に立っている2人に対して。
(お・・・お義姉様!?)
アステリアは驚愕した。自分と同じメイドであり、義理の姉である、リレッド=ルーヴィスがこの場に居た。
自分と同じように。照明に照らされた周りを見ると、普段はあまり交流は無かったかもしれないが、確かに知っている人間がチラホラいる。
視線を元に戻す。
リレッドが声を荒げる様子を、頭の上のアホ毛が怒り狂っている様子を、見る。
傍らには彼女のパートナーであるメカ鳥――トイ・ボックスもいるようだ。
「どこの誰だかは存じ上げませんけど、いきなり人を拉致して殺し合い? ふざけるにも程がありますわ!」
彼女の発言に続き、そうだそうだという声が挙がる。
一度膨れ上がった声は大きくなり、津波のように押し寄せる。
人間として当然の心理であろう。
それを見たセンライは、全員に向かってマイクを手に喋ろうとした。
しかし。喋るその前に。
後ろで静観していた学ラン帽子の女の子が彼女からマイクをもぎり取ると、こう言った。ドスの効いた、低い声で。
『FacK YOU・・・! ブチ殺すぞゴミ共・・・!!』
ぴたり。
止まる。喧騒が嘘のように。
恐ろしいほどのカリスマ性がそこにはあった。たかが幼い少女。しかし、外見にはそぐわない『何か』を彼女は持っていた。
『・・・一度言ってみたかったんだよネ・・・コレ・・・』
「総帥、マイク入っています」
『う、うわちゃっ!?』
と思ったら見間違いだった。
総帥と呼ばれた女の子はすごすごと後ろに下がる。
再びマイクがセンライの元に行く。
『えー、君たちの首を見て欲しい。それは我々が開発した高性能な首輪だ。おっと、無理に外そうとすると爆発するぞー!』
慌てて、自分の首に手を当てると、冷たい感触がヒヤリとした。
周りの人間の首を見てみると、銀色の首輪が付いていた。私も同じようについているのだろう。気が付かなかった。何時の間に。
『この首輪は、1日死者が出ないか、禁止エリアに入ると爆発する仕組みになっている。あ、禁止エリアは途中の放送で言っていくから安心しろ。
できれば首輪で爆死なんてつまらない真似はしてほしくないが、な』
頭の処理が追いつかない。
リレッドの方を見ると、彼女も同様に、元々チョーカーが付いていた部分に綺麗に銀色の首輪が付けられている。
しかし―――彼女は冷静だった。
冷静に、目の前の脅威を排除する魂胆を立てていた。
彼女の切り札は、2枚。その小賢しい頭と―――
「来なさいッ、大帝!!」
彼女の保有する巨大ロボット、大帝(ヴォーム・カイゼル)という名の機動兵器である。
巨大ロボットによるステージの占拠。アステリアも似たような事が出来るが、彼女はそれを思いつかなかった。
リレッド自身が呼べば、一言で何処からとも無く召還される。音声認識システム等ではなく、ただ、来いと念じるだけで来る。
ハズだった。
「え・・・そんな・・・!?」
『残念だったな。そんな強大な力、制限させずに捨て置くとでも思ったか?』
「―――制限ッ・・・」
制限という単語を聞いただけで、敵の科学力、ないし技術力は自分たちのそれを超えている、とリレッドは瞬間的に判断した。
ならば、残りの切り札の1枚。
「おおおぉおおッ!!」
駆ける。
そして跳躍。
リレッドがステージから比較的近い場所に居たからこそ使えた最後の暴挙。
武力介入。素手で。
しかし、彼女は全く算段を立てずに突撃したわけではない。
(技術力がそこまで高いのなら、本人の身体能力は普通かそれ以下の可能性は高い! それならば――付け入る隙はある!!)
ステージに足をかけ、一足で懐に入る。
中国拳法。彼女が一般人から少しだけ飛び出た、技術であり、技であり、力だった。
頸を入れ、敵を無力化する。腰を低くかがめ、懐から溜めた拳を突き出す。
パシンッ。
『元気がいいのは感心だが・・・反抗するのはよくないぞ』
「な・・!?」
渾身の突きはいともたやすく受け止められ、そのまま投げられた。力だけで。
身体が飛ぶ。人の上を飛び、最終的には会場の一番後ろの壁に叩きつけられた。一瞬で。
意識が飛びそうになるのを、気力と根性で繋ぎ止める。
対照的に、投げた当の本人であるセンライは涼しい顔で彼女に言い放つ。
冷たく。しかし、にこやかに。デモンストレーションだ、と言わんばかりに。
『残念だけど、逆らうとこうなる』
「お義姉様!!」
「娘・・・ッ!?」
「・・・・・・そん・・・な・・・・・やめ」
アステリアは、叫んでなお、目の前で起きてしまった事が信じられなかった。
義姉が。いきなり。目の前で。
どぉん。
首から上を爆破された。
彼女の側近の、機械仕掛けの鳥が近くに飛び寄った時には、全てが終わっていた。
●
『夢ではない事が分かったかな。これで緊張感を持って闘いに励めると言う事になるな。そうそう、一番大事なことを忘れていた。
優勝者には特別に、どんな願いでも叶えさせてやろうじゃあないか! ・・・・ん、信じてないな。まあ無理も無いが・・・。
ウチの組織は人材が豊富でな。 色々な能力を持つ輩がいる。やれ時を止めたり戻したり。超能力みたいなものだと思ってもらって結構―――
まあ、信じる信じないは自由だぞ』
しんと静まり返る会場に、淡々と説明をこなしていくセンライ。
そして彼女の背後にいる、総帥と呼ばれた女の子は、その様子を満足気に見ていた。
『それと、だ』
もう一言。
彼女は言う。おそらく、コレが、今回の殺し合いの”最も特殊な
ルール”になるだろう。
『貴様ら常々特殊能力に頼りすぎだ。お前たちは先程の・・・リレッドと言ったな。彼女と同じように能力を没収させてもらった。
やれロボに頼ったり火炎放射してみたり・・・戦士ならば己で鍛えた拳で戦え、まったく! というのが私の持論でな。
そういう意味では先程の彼女は非常に良かった! 己の練り上げた身体で無謀にも向かってきたのだ・・・まあ、見せしめになってしまったが』
そして愚かにも主催者に歯向かって来た者の末路はこうなる、とも言いたげな表情をセンライはしていた。
その視線は、まるでチェス盤のコマに向かって言い放つようで、何故か寒気がした。
『冒頭で支給品と言ったが、今回は”支給品にお前らの能力を貼り付け”させてもらった。それをいかに我が物として使えるか、または自身の鍛えた力を有効活用できるかが勝負の分かれ目だ! 私は即興の頭脳プレイも大いに楽しみにしているからな、是非がんばるといい!』
最早喧騒は無い。
誰一人として本当の意味で理解しきれた人間は居ないだろう。
センライは会場を一度見渡し、一息つくと、マイクを後ろにいた総帥に渡した。
最後の一言をよろしくおねがいします、とばかりに。
アステリアは、その彼女の一言を聞いた瞬間に、意識がフェードアウトした。
催眠術か何かだろうか。次の瞬間、目が覚めた頃には戦場に放り込まれているのだろう。
にやり、と口元を歪めた総帥が放ったのは、高尚で、愉悦を含んだ、期待に焦がれ、狂気に滲んだ、一言。
『それでは―――灰楼ロワイアルを始める』
【灰楼ロワイアル START】
【リレッド=ルーヴィス@誰かの館 死亡】
【それぞれのキャラクターについて】
灰楼そのものや、灰楼の人員に対しての記憶は全て失われているという状況でスタート。
しかし、固定のキャラクターに執着や因縁がある場合はその限りではありません。
灰楼杯で戦った、会った程度では面識は無かった事になっています。
最終更新:2009年08月20日 22:10