後先考えないというのは案外難しいものである。というのは、人は総じて全ての行動に対して天秤にかける習性を根本から持つからである。労力に対する見返り、仕事量に対する報酬、手間暇に対する獲物の大きさ、と幅広いが結局言っていることは同じなのだ。シーソーにも似た天秤のバランス。
直接的で今回の事例にもっとも関係する例を出そう。人を殴って、殴った拳が相手よりも深く傷ついていた場合、それは攻撃が成功したとは言えない。だからこそ、技があり、当てるべき部位があり、鍛えるべき個所があるのである。
つまり何を言おうとしているのかというと、理性を失った"だけ"のこんな子供に、走馬闘志当人がそこそことは言え、苦戦するとは思いもしなかったということだ。
◆ ◆ ◆
「シュコー・・・!」
なりふり構わず、息を吸うことよりも、敵を、目の前の2人を、陳腐な言い方だが血祭りに挙げるのが優先されることだった。少なくともこの少年の中では。
(ちっ、やっかいだ)
一瞬で間合いを詰めてきた事から、おそらくそれ相応の実力者だと踏んだが、どうやらその踏み込みだけでも少年の両足はズタズタになっているようだった。数歩後退し、ホテルの壁に背を密着させた時に繰り出された拳も、ひょいと避けただけで見事に壁が陥没したが、その代りその拳も一瞬で使い物にならなくなっていた。当たり前だ、裸拳で壁を手加減なしで”身体など鍛えたこともない”子供が殴れば、当たり所が悪ければ指の骨すら容易に折れる。事実、既に彼の指の骨にはヒビが入っていた。
しかし、”それを全く意に介さず”、”まるで何かに取り憑かれたかのように”、後ろに退避していたヨミへと襲いかかる。再度舌打ちをする闘志の横をすり抜け、”壊れている拳”を学ランの袖から繰り出す。
「ぬ・・・わぁ!」
ヴァルグラウズを盾にし、いや、偶然盾になったというべきか、ヨミは巨大な剣により吹き飛ばされるに留まった。吹き飛ばされた先がロビーに常備してあるソファーだった事も幸いし、無傷で済む。むしろ、攻撃をした張本人のほうがダメージを負っている。額からは血が流れ、右手はひしゃげ、両足は筋繊維がズタズタ。このまま暴走が続けば、いや、この暴走は死ぬまで続く。それほどに病的だった。
「仕方ねぇ。それならここで能力の試運転といくか。眠ってもらうぞ・・・能力の実験に使っちまう駄賃だ」
いかに上手く再起不能に陥れるか。単純にダメージでは止まりそうにもない。痛覚による戦意喪失はありえないと断定していい。物理的に止めるか、気絶させるか。思案する。ズリ落ちてきたヘッドベルトを手で押さえると、ゆらりと黒いコートをはためかせた。それはまるで彼が”クレイジーソリッド”を発動させる場面を彷彿させるがように。
「シュコー・・・!」
「”時の力――”」
この場限りの、新しい能力を発動させる。
◆ ◆ ◆
ヨミは弾き飛ばされた瞬間に、襲いかかってきた少年の胸中が分かったような気がした。ヒメルの剣、ヴァルグラウズを介しての衝撃がヨミに襲いかかり、それにより吹き飛ばされたのだが、どういうことだろうか。その振動が、その攻撃が、助けを呼んでいるように聞こえたのだ。今までのヨミは知る由も無かったのだが、ヴァルグラウズは正しき世界を切り開く剣。間違った世界を正す騎士の剣。
それが、少年の攻撃をフィルターにかけたように、想いを彼女に振動として伝えた。ソファーに不格好に埋もれるヨミは叫ぶ。
「ベルト頭!そいつを止めるのだ!!助けてやらねば駄目だ!!」
勿論、闘志本人そのつもりだ。救済するかどうかは別の話だが、彼が選択するのは殺しを是としない道。決意が意思となり、精神を原動力とした能力は意思力によってそれが補われる。
闘志が今日能力を使うのは本日2回目。和輝に対して使った、彼に傷を負わせたあの現象は、剣の精製。作った張本人はクレイジーソプラノと同じ過程で作り出したことを良く分かってはいない。能力を上書きされてしまった、その制限が"元の能力の使い方"を完全に忘却させてしまったからである。
だが。能力で何を成したか。能力をどう扱ったか。その戦闘スタイルのノウハウは身体にしっかり刻みこまれている。
「時力。原動力は、正確にはそう呼ぶらしい」
「シュコー・・・!」
「まずは基本だ。この能力のな」
闘志が少年の前から消える。文字通り、一切の痕跡を残さずに姿を消す。"1度行った場所への瞬間移動"。闘志が2分程前に立っていた場所、即ち少年が殴りかかってくる前の場所。能力を使い、背後に回る。知覚した少年は後ろを取られた不覚よりも、真っ先に振り向く事を優先した。
「シュ・・・・」
「動きが直線的というべきか、直情的すぎるんだよお前は。昔の俺みてぇじゃあねえか」
ランドリオン=アルバイン、通称ランディが闘志に師事した戦い方。それは回避を主体とし、決定的なまでに隙をさらした相手へ攻撃を叩きこむスタイル。その戦闘形式と、時の力による瞬間移動は相性自体は抜群だった。振り向いた瞬間を狙い、綺麗に顎を拳でぶち抜いた。少年の脳が揺れ、意識は途切れる。こればかりは脳内麻薬が分泌されていようが、防ぎよううも無く気絶に追い込まれざるをえない。
どさり。うつ伏せに倒れる少年を尻目に、闘志は再び頭部のベルトを抑える。
「ふう。おい、終わったぞガキんちょ。とりあえず意識が戻ったら暴れだすかもしれんから拘束するぞ。手伝え」
「・・・その前にちょっと試したい事があるんだが・・・ベルト頭、そいつを仰向けにしてくれ」
「ん? ああ」
言われるがままに身体を抑え、持ち上げる。ヨミは足元に弾かれていた大剣をおもむろに拾い上げる。力が足りないのか、フラフラとよろめく彼女だが、何かを見据えている。
「もうちょっと起こして・・・そこだ!」
「あん? 何するつもりだ」
「こう・・・するのだ!!!」
全身全霊をもって自分の頭上へ高々と剣を持ち上げるヨミ。かなりの重量を持つそれをそのまま、少年の頭へと・・・振りおろした。
◆ ◆ ◆
この世の”異常”を”正常”に戻す魔剣、ヴァルグラウズ。騎士型巨大ロボットに変幻可能なありとあらゆる魔術・魔法を断つ剣なのだが、それでもってヨミは少年の口元に装備されていたデスマスクを破壊した。マスクによって理性を奪われていた少年だが、その支給品の強制力は魔法じみていた。
実際に魔術的な措置がとられているわけではないのだが、少なくともそれは”異常”に分類されるものだとヨミは判断した。『うまくいけば、元に戻せるかもしれない』という一種の賭けである。手ごたえとしては、半々。ヨミが完全にこの武装を使いこなせていないのと、ヴァルグラウズの効果が適応されるかどうかが不明なのが、正常に戻せるかどうかの不明瞭な原因だ。
「で、どうなんだ。コイツを正気に戻せるのか」
「分からない・・・だがこのまま放っておくわけにもいかんと思うぞ」
「・・・まあ、そうだけどよ」
マスクを取ると尚更だが、明らかに灰楼の総帥と瓜二つの外見。何らかの情報を握っているのは確実だと思われる。そして、仮にこのホテルに拘束して放置して他の場所に移動した場合、ゲームに乗った人間が少年を殺害するかもしれない。逆に、拘束せずに立ち去った場合、もし『支給品に取りつかれたまま』の状態だったらまた己の傷を気にやむことなく会場を闊歩し同じことを繰り返すだろう。
結局、闘志とヨミが取った選択は、少年が起きるまで座して待つ事だった。
少年が覚醒するのと、放送が始まるのは、どちらが先か。
まだ彼らは知らない。
【北西 ホテル1Fロビー/1日目/深夜】
【ヨミ@Vulneris draco equitis・basii virginis】
[状態]:健康
[装備]:ヴァルグラウズ @ヒメル
[道具]:支給品一式
[思考・状況]
基本:殺し合いに乗らず、仲間を集める
1:少年が目覚めるのを待つ
2:ヒメルのヴァルグラウズを返す
3:夢はでっかく世界征服!
4:闘志との面識について、食い違いに疑問
5:ヴァルグラウズの能力をおぼろげに理解
(備考)
支給品の精神寄生をヴァルグラウズで断ち切る事が出来る可能性を見出したが、実際に可能かどうかは不明。
【走馬闘志@吼えろ走馬堂】
[状態]:健康(能力使用による精神力消費は休憩により回復)
[装備]:式神・皇帝と書かれた紙 @皇帝(理由のない日記)
[道具]:支給品一式
[思考・状況]
基本:危険人物のみ排除
1:能力を自分の物へと昇華させる
2:会場を探索
3:灰楼ブッコロ
4:少年が目覚めるのを周囲を警戒しつつ待つ
(備考)
参戦時期はクレイジーソプラノがクレイジーソリッドに変わった後のいつか。
極無の魔眼+『時の力』をどうやって使ったかは不明。
彼なりの能力へのアレンジが加わった物 ⇒ 回避主体の戦闘スタイルと判明。
他の応用方法は彼なりに摸索中。
ヨミとの面識が無いのはなぜだろう。参戦時期?灰楼の処置?不明。
【総帥弟@誰かの館】
[状態]:気絶・体力消費(大)・精神消費(大)・右拳骨折・両足筋肉断裂・頭部裂傷
[装備]:無し
[道具]:支給品一式
[思考・状況]
基本:????
1:不明
(備考)
デスマスクは破壊されたが自我を取り戻すかどうかは不明。
最終更新:2010年03月03日 01:02