「な・・・何よ、これ」
目の当たりにした惨状に、彼女は愕然とした。
あまりに非常識な、凄惨たる光景に絶句するしかない。
彼女が、彼女たちがここに来た時は既に、遅かった。
何もかもが吹き飛んで。何もかもが手遅れで。
繰り返す。
美咲は、愕然とした。
◆ ◆ ◆
「ひ、ひぃいい~~」
とある民家。壁に大きな穴があいている以外、いたって普通の一軒家に、情けない声が木霊した。
涙目になりながらガタガタ震えて、部屋の隅で命乞いをするぐらい無様な状況に陥っていたエリニュースがいた。
台所へ引きずられ、否応なしに身体の自由は奪われ、何より威圧感が半端ないこの目の前の男が恐ろしくてもう動けない。
そもそも、食糧目当てにこの家に襲撃をかけたのに、なんで私がまな板の鯉状態になってるのよ、と心中で悪態をつく。
そんな水面下での抵抗すらおくびにも出せず、ただただ己の不幸を呪うのみ。
なんつうか、恐い。ゴゴゴゴゴという擬音がぴったりな感じで、黒い大剣を持った男が近づいてくる。
その時。首輪から頭の芯まで響くような音が鳴り響いた。
エリニュースは直感的に、これが放送だと認識した。目の前の男もそうらしい。
そして放送が終わるまでは動かない。いや、動けない。
男は舌打ちをすると、巨大な剣を壁に立てかけて、
「・・・放送の隙を見計らって逃げようなんて考えんなよ、食の冒涜者」
とエリニュースに向けて吐き捨てるように言った。
売り言葉に買い言葉で、私だってやろうと思ってやったわけじゃ無いわよ!と声を大にして言いたかったが、放送が進んでしまっている。大人しく黙る事にした。
同じ頃。同じ場所。正確には台所からほんの少し離れた元食卓にて。
騎士団2人がのほほんと放送を聞いていた。
お腹が空いたから、ご飯を食べた。
状況が把握できなかったから、何もしなかった。
そんな彼女達に―――
『【エヴァ】』
かちりと。
事の深刻さを告げる一言が、歯車を狂わせた。これ以上無いほどに。
いや、正しくは"矯正したのだろうか"。
彼女達の思考と行動を司る、騎士魂(きしだま)プログラムが息を吹き返す。
レニー、ヴァネッサ共に、思考は一致した。性格は究極的にバラバラだが、ここでは意思の疎通すら不要だった。
まずヴァネッサが、食卓を抜けて台所にいるエリニュースへ向かい一直線に駆け、
轟!
空気が身体と接触し、摩擦で音が出るほどに、一直線に、"息の根を止めようとした"。
エリニュースは目を見開き、何が起こったのかを理解せずとも死を覚悟した。
が、それを阻止したのは、巨大な黒木剣を持った皇帝だった。
「おい、何してんだよ。今の本気だっただろう」
「・・・フン」
己の攻撃が、斬神刀の腹によって喰いとめられた事を何とも思わずに後ろに一歩飛び退くヴァネッサ。
その背後にレニーが佇み―――彼女たちが同じ目をしている事に皇帝は何故か嫌な予感を感じた。
「今の放送で、騎士団の『壱』が死亡したと伝達された。あいつが死んだという事はそれ以上の敵がいると言う事だ」
「―――緊急性は類を見ないの。だから私達騎士団がこの場を制圧するために・・・"この場を戦場"と認識しなおすことにしました~」
「先ずは不確定要素のソイツを殺す。邪魔をするならばお前もだ」
鎮圧では無く、制圧。
今までの楽観的な姿勢から180度転換するが如く、攻撃的に宣言をした。
それほどまでに、蒼龍騎士団のトップ――ヴァネッサは認めてはいないが――の脱落というのは、彼女たちの中で大きかったのだろう。
「殺し合いに乗らないんじゃなかったのかよ」
「殺し合いには、乗らない。だけど、『制圧するために殺しは辞さない』。それだけだ」
「あんまり急ぐのは好きじゃないんだけどぉ・・・一刻の猶予も無いから。どいて」
飽くまで不安因子にして明らかに攻撃を仕掛けたエリニュースを排除する姿勢を徹底している。
当のエリニュースは彼女たち2人の纏う雰囲気が明らかに今までと違う事から閉口していた。
そしてその前に立ちふさがる皇帝は――。
「どかないな」
「ああ、分かった」
迅速に騎士の務めを果たすため、ヴァネッサとレニーは一飯の恩義を仇で返すことにした。
激突音。
◆ ◆ ◆
「つかれた」
肩で息をしながら、刀を発見したエリシャは一息ついた。
南東の方向へ一直線へ進み、山に入ると程なくして目的の代物を見つける事が出来た。
本来なら、いくら明るくなったとはいえ、正確な位置など分かるはずもないのだが――血のにおいに敏感になっていたようだ。
リースが最初に殺害したセリナの血が、エリシャをそこへと誘った。
とは言え、図書館付近も含めての捜索だったため、かなりの労力を割いてしまった。だが、とりあえずはこれで一安心。
「あねうえ」
そして先ほど呼ばれた名前に思いを馳せる。
カティ、カイト、リース。確かに、自分に匹敵するやもしれない人間は多くここにいた。
だが、それでもエリシャ達の蒼龍騎士団のトップを張る、その名の通り『壱号』。
エヴァの実力は一般人などとは一線を画し、達人のソレすらも凌駕する。
普段はおちゃらけていたが、それでも本気になった際の威圧感はエリシャでもっても相手にはしたくない程だ。
「死んじゃったのは、嘘?ホント?」
それが死んだと放送で告げられたのだが。
信じられないし、信じたくもないが、奇しくもそれがエリシャの狂気を加速させる。
「―――急いで『私達の敵を殲滅(ころさ)なきゃ』」
セリナの首を切り落とし――そういえば本社でこの人見た事あるな、とエリシャは思った――、
地面に音を立てて落ちた、血の付着した首輪をバッグに入れた。これで首輪はカティの分を合わせて、2つ。
カイトとの首輪に関する小難しい話を経て、とりあえずあった方がいいだろうというだけの意識で以て、それを回収したのだが。
「ふふ―――ふふふふふ」
血を見て、どろりと病んだ瞳が暗く沈む。口元は三日月を作り、おもむろに立ち上がる。
体力は十全では無いが、獲物を持ったエリシャは山を駆け下る事にした。
じゃらじゃらと、何本もの刀を腰に束ねながら。
幾分か幾許か、エリシャが駆け抜けるその先で、トーイ達は民家を出発しようとしていた。
機械の鳥、トーイを肩に乗せる金髪幼女のアカル。
それを後ろから見る無言の少年カノンと――――
「? 美咲はどうしたあるか?」
「なんか物置の方でガタゴトやってましたけど」
『様子を見てきますか?』
「ぷはッァ、それには及ばないわ・・・今戻ってきたわよ」
4人目。美咲は何故か埃まみれになりながら玄関先へと顔を出した。
重量300キロ近くのナワノツメを引きずりながら、何かを転がしてきたようだ。
「ちょっと格好悪いけど、物置から台車を引っ張りだしてきたわ。これでナワノツメを持ち運ぶわ」
「リアカーあるか。なんか廃材を運ぶみたいでホント不格好あるな」
『確かに』
「う、うるさいわね!ともかく、これである程度舗装された道なら早く移動できるわよ。
さ、早くこの極太兵器を乗せちゃいましょう・・・ってやっぱ重い~」
「手伝いますよ~・・・ってアレ、なんか聞こえません?」
アカルがナワノツメに手をかけようとした瞬間に、動きを止めて周りを見渡す。
何か、金属音。まるで、"腰に下げた刀がジャラジャラと音を奏でるような"。
音の方向を向くと、こちらに向かって駆けてくる人影が見えた。
小柄で、ツインテールの緑色の髪をした女の子だった。
一瞬、ただこちらと友好な関係を築きたいがために駆けよる一人の少女かと思ったが―――
「ふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
その狂気的な笑みと、身体に着いた"返り血"と、何よりその攻撃的な姿勢でその思考は全員の頭から吹き飛んだ。
「蒼龍騎士団――エリシャ・・・!」
「知ってるの、トーイ!」
「・・・あんまり会いたくない相手だったあるけど。文字通り何考えてるか分かんないヤツね。
んでもって凶暴性と実力、手のつけられ無さは―――」
右手に持っていた刀でエリシャはかるく右腕を振るうと、傍に会った電柱が根元から崩れ落ちた。
「・・・ピカイチネ! 逃げるヨロシ、みんな!」
「逃げるたってトーイ、美咲さんはまだアレを台車に乗せてないし、逃げ切れる速度じゃないですよあの子!」
「仕方ないあるねェ・・・じゃあ美咲、以前の打ち合わせ通りにいくある」
「え? ・・・ああ、そういやそんな事言ってたわね」
トーイと美咲で軽く視線を合わせたその先は、オレンジ色の前髪を垂らしながら視線を合わせないようにしてたカノンがいた。
その背中を美咲は華麗に蹴飛ばし、
「あんた、あの子を食い止めなさい。その間に私達は逃げるから」
物凄い笑顔でこう言った。もう満面の笑み。
『ちょ、ちょっと待って下さいよ、独りでアレに対処しろって言うんですか!?』
「モチ。さあさ、時間が無いわよ。大丈夫、足止めしたらトンズラしていいから」
『だってあの子こっち向かってくるの滅茶苦茶早いし、というかこの速記も大したもんじゃないです―――』
か、と問いかけの途中でペンを走らせる事をカノンは止めた。
馬鹿やってる場合じゃあ無い。何よりこの場で戦闘が可能なのはカノン、次点で美咲だ。
仕方ないですねと諦めのため息をつき、エリシャに対して身構える。既に両者の間は十数メートル。
と、ここでエリシャが
「数を減らさなきゃいけないから。別に楽しんでるわけじゃないんだからね」
ツンデレとは程遠いセリフを吐き捨てながら、カノンの頭上を大きく飛び越え、その手の刀で不可避の速度で以て美咲に肉薄し切りつけた。
あ、とアカルがつぶやいた時には、美咲の首があった地点を見事に刃が通過していた。
"ただし、美咲はそこにはいない。"
はっとした表情のトーイに、何が起こったか分からないアカルの背後。
"すでに荷台に積まれていたナワノツメ"に"悠然と腰かけている美咲"の姿があった。
「『ファイティングスピリッツ』。時を2秒だけ止めたわ。さ、乗りなさい2人とも。
ここから先は下り坂、一直線にスピードがでるからしっかりつかまりなさいよ」
あるべきはずの手ごたえが得られなかったエリシャは、忌わしげにナワノツメにしがみつこうとする3人を見、
「させると思う?」
「そんな貴方を止める人なら後ろに♪」
エリシャが後ろを振り向くと、そこにはうなだれたオレンジ色の髪をした少年がいた。
げんなりしながら、『なんで後ろから隙を窺っている事バラしちゃうんでしょうかねぇ』と表情に出している彼だが、
残念ながら前髪に隠れてそのアウトプットは美咲に届かなかったようだ。美咲達はさっさと下り坂に足をかけ、
「あ、そうそう、足止めするだけって言ったけど、別に倒してしまってもかまわないわよ~!」
「美咲さん、ソレ死亡フラグですって」
「しかも背中で語る男にしか言えないセリフある」
漫才をかましながら視界から消えて行った。
気を取り直し、改めてエリシャと対峙する。直接向けられる殺意が周囲の空気を圧迫するが、これを耐える。
何より、カノンにとって殺意とは向けるもので向けられるものではない。
マスクを装備していない彼にとって今の状況は何やら複雑なもので、更には今現在使役しようとする能力が――。
『龍眼』
殺意が増せば増すほど、強くなるその能力は、ある意味この場に最もふさわしい。
ただ、カノンに与えられたタスクは飽くまで『足止め』。こういう時にマスクがあればよかったのに、と独り愚痴るが、後の祭りで無い物ねだり。
カノンに向けて、エリシャが飛びかかる。
無駄だらけなその襲撃に、カノンはゾっとする。
力任せであの威力をこの小柄な子供が内包しているのか、と。先ほどの電柱も、スパリと切れたわけではなく、音を立てて砕け散ったのだ。
蒼龍騎士団と言ったか、こんなのがゴロゴロ会場にいるなら、尚更ながらゲームに乗らなくて良かったなと思う。
カノンは龍眼を発動すると、先刻から感じていた西へ引っ張られる感じと頭痛が、強くなったような気がした。
両者が、激突する。
【南 図書館付近の住宅街―民家/1日目/朝】
【エリシャ@T.C UnionRiver】
[状態]:頭部損傷、背中に深い切傷、両手両足切傷(特に右腕)、体力消耗(小)、血まみれ
[装備]:長刀「沢鉄爪」&変幻刀「雹星天翔」、刀「天地雷風水火」の「六行」@ジーナ(T.C UnionRiver)
[道具]:支給品一式、首輪@カティ、首輪@セリナ
[思考・状況]
基本:必見必殺『サーチ&デストロイ』の殲滅戦を敢行
1:目の前のオレンジを殺す
2:ジーナに刀を返す
3:『爆弾』に危機感と寒気を覚える
4:出来ればカイトにリベンジしたい
5:エヴァが死んだ事で姉妹が心配
6:昼の12時に映画館へ行く
【備考】
「天地雷風水火」は六本の一般的な形状の刀「六行」。
休憩する事である程度は体力を回復しました。
カイトの言いつけ通り首輪を回収しました。 2個目。
【カノン@紫色の月光】
[状態]:顔面に痣 、頭痛(中)、疲労(小)
[装備]:黄色いリボン@理由のない日記(剣龍帝)
[道具]:支給品一式
[思考・状況]
基本:仲間を集めてゲームを破壊、あるいは脱出する
1:エリシャの足止めを行う
2:トーイ、美咲、アカルとの合流
3:身内(カイト、ガレッド、トリガー、メシア)との接触
4:出来ればマスクを回収したい
こんな小柄な少女が、ここまで圧倒的な力を持っているなどと、皇帝は思いもしなかった。
先ほどまで団欒と言わんばかりに陽気に食事をしていたのがウソのようだ。
皇帝に宣戦布告してきたあの瞬間から、この住宅を中心として重力が何十倍にも膨れ上がったような錯覚を受けた。
プレッシャーで家全体が軋むような感触。
依然として劇場はリビング。台所を背にし、目の前に2人の騎士。背後には飯を台無しにした乱入者。
手元の斬神刀を握りしめ、ヴァネッサとレニーの出方を伺う。
乱入者のエリニュースがごくりと生唾を飲んだ瞬間―――
「失礼します~」
気の抜けたような声が、"皇帝の左から聞こえた"。
なっ、と驚愕しながら皇帝は斬神刀を構えなおすが――遅い。そちらに対処をすれば勿論、
「はあぁァ!」
正面からの――否、目下からの強烈なアッパーカットがヴァネッサから放たれる。
顎に何かがかする。軌道はアッパーのそれだが、手元には何かが握られていた。
それが何かを判断する前に視界がぐらりと揺れ、思考が一瞬止まる。マズい、これは軽い脳震盪。
次に皇帝が見たのは、藍色の髪。レニーが肉薄している事におぼろげながら考えが及び、肉体に強引に命令を与える。
「く・・・うおおおぉ!!」
斬神刀を振るう。が、大きな質量を保有するはずの剣がピタリと止められた。
横薙ぎの軌道の途中、レニーが剣の重心をとらえて見事なまでに静止させたのである。
物体の重心をとらえると言うのは、存外難しいものであり、それが動いてかつ大質量だとすればそれは不可能の領域に達する。
例えるならば、高速で動いている針の穴に糸を通すぐらいの集中力と精度が要求される。
手先が器用なんてレベルじゃない。おっとりと呆けたような表情をしながら、ワイヤーを巧みに操るだけはあるというもの。
それをなんと気なしにやってのけたレニーは、そのまま皇帝を床にたたきつける。ゴッと鈍い音が響いた。
皇帝が沈黙したのを見ると、標的をエリニュースに変えて再度襲撃に奔る。
ヴァネッサは1度目にしたように、一直線に尻餅をついていたエリニュースに向かう。
対するエリニュースは、慌てながらも持っていた速射遠弓を構えて――撃つ。
キンと、トライアングルが奏でるような甲高い音と共に弓がはじかれた。ヴァネッサが持っていたのは、『ただのスコップ』。
柄の短いそれはスコップと言うよりも、花壇の栽培に使うようなシャベルと言った方が正確か。兎も角、武器に使うようなものではない。
だが、ヴァネッサにしてみればそれはもはやどうでもいい。能力も特に付随していなかったことから、正真正銘ただの土を掘るものなのだろう。
だが、それでも、"彼女の本来の武器に限りなく近いサイズ"であった。彼女の、無銘-ネームレス-。
ヴァネッサは、さながら西部ガンマンのように器用にスコップを回しながら、エリシャの懐に入り込んだ。
先刻行った皇帝へのアッパーカットと同じようなフォームだったが、今度は柄では無く、尖端。
弓ではあるが、十分な鈍器としても扱えるサトゥルヌスで防御を図ろうとしたが、遥かにヴァネッサの方が早い。
前髪と共に血が宙を舞った。決して浅くないその傷は、肉の切れる感触に次いで、焼けたような熱をもたらした。
「う、ああぁ!」
「チッ・・・仕留め損ねたか」
「ヴァネッサちゃん駄目駄目~」
連撃を加えようとするヴァネッサに、追随するようにレニーが台所へとやってくる。
性格プログラムの調律ができず、四聖それぞれのチームワークも、28体を集めて1つの個体として見た時のチームワークもよろしくは無い。
故にか、姉妹で同じ蒼龍騎士であるにもかかわらず、元々連携など考えてはいない。
邪魔をするなと、ワンマンプレイを宣告しようとしたヴァネッサだったが、レニーの背後に揺れる影を確認した。
「・・・く、そッ。させるかよ・・・!」
二本目の剣を精製し、それを杖代わりに立ちあがっていた。膝が笑っているようだ。
「ヴァネッサちゃん~」
「ああ。そいつは任せた」
言うと、次の瞬間にはレニーの体当たりで軽く皇帝は吹き飛んだ。リビングの壁に激突する。
両方の剣を手放した皇帝は、ぎりりと歯を軋め、レニーを睨む―――と、奥に血まみれになっているエリニュースが視界に入った。
一目で、分かった。
既に息絶えている。
かく言う自分も異常なまでに全身が悲鳴を上げている。
骨の一本や二本、くれてやると思っていたがそんなレベルでは無く、この騎士たちを止めることは不可能だった。
「まったく~、あきらめが悪いとお、」
「見苦しいってなぁ!」
ヒュンッと空気をスコップが切る音。やはり異常な速度だ。
諦めたかのような口調で、皇帝がポツリと言った。
「"俺は、理系とか頭を使うのが苦手なんだよな"」
「・・・は?」
ヴァネッサが停まる。何を言っているのか分からないという怪訝な顔。
「確かにそう言った。だけど義務教育程度の事は分かるし、このナノミスト能力も構成を知っている剣を作り出す程度には可能になった。
すると、1つの元素ぐらいなら・・・"1つの元素を作り出し続ける程度なら俺にも出来るんだ"。」
「・・・何言ってるんだ、コイツ」
「知らないか? 無味無臭だから気付かなかったか? これだけはやりたくなかったんだけど――"水素は爆発する"」
皇帝が今までの闘いで打っていた布石。
アカルの持つナノミスト調合能力は、粒子・元素を操る能力だが、モノを作り出すならそれが何で出来ているかを把握しなくてはならない。
例えば、人体を部分的に破壊しようとするならば、"足を分解して動けなくする"というようなプロセスでは無く、
水・炭素・アンモニア・石灰・リン・塩分・硝石・イオウ・フッ素・鉄・ケイ素を寸分狂わず計算しなければならない。
さらにはそれを指定する座標まで計算しなければならないと言うから、この能力の扱いにくさは皇帝にとって異常なネックだっただろう。
だが、逆に言えば、単一の元素を生成するだけならば。座標の指定を行わなければ。
水素。H。ガスで最も軽く、起爆しやすく非常に燃えやすい性質を持つ。
民家。密室。横にエリニュースが明けた風穴があるが、天井付近は無傷。
壁にぶち明けられた穴はその名の通り風穴となり、十分な酸素を供給する。
皇帝が少しずつ生成した水素は、空気よりも軽いので2階から順に溜まっていき、天井付近へと蓄積されていった。
背が低いヴァネッサとレニーはコレに気付く事は無かった。もしこの保険を使わずにいられたならばどれだけ良かった事か。
ハッと騎士達は驚愕する。
ヴァネッサ達は「騎士」と呼ばれる個体で構成されており、一つの騎士団で群体アースブリンガーとも言うべき性能を発揮するが、それでも。
「く――逃げ」
「させないわよ」
この家屋から撤退するべく踵を返そうとしたが、台所から振り絞るような声。
ふるふると、照準の合わない手で自分の血でまみれた弓の弦を弾く。それは騎士を狙ったものではなく―――天井の蛍光灯へと激突し。
火花を視認できたものは居ない。次の瞬間には、直視できない光と轟音と共に周囲8世帯が吹き飛んだ。
【皇帝@理由の無い日記 死亡】
【エリニュース・レブナント@LunaLowe-ルーナレーヴェ- 死亡】
【レニー@T.C UnionRiver 死亡】
【ヴァネッサ@T.C UnionRiver 死亡】
ひたすら坂道を滑走し、勢いが付いていたナワノツメを乗せた台車は止まらない。
実に数時間かけた結果、エリア北の方まで来てしまったようだ。
と、エリアの大半に響き渡るような轟音と衝撃。そして閃光。
心臓が裏返ると思った各人だったが、気を取り直してその現場へ急行した。
「な・・・何よ、これ」
目の当たりにした惨状に、彼女は愕然とした。
あまりに非常識な、凄惨たる光景に絶句するしかない。
焼け焦げたというよりも、消し飛んだと言った方がいい規模の爆発後。
そして、"恐らく人だったであろう遺体"が転がっていた。
首輪があったと思われる場所が特に欠損していた。
首輪が爆発したのか、それとも何かの拍子に誘爆したのか。
そんな事を考える程、美咲達の頭には余裕はなく、目の前の現実を直視するしかなかった。
繰り返す。
美咲は、愕然とした。
勿論、トーイとアカルも含め。
【北 病院付近の住宅街 朝~昼】
【神堂 美咲@希望と絶望の協奏曲】
[状態]:精神疲労(小)
[装備]:ナワノツメ@吼えろ走馬堂(リメイカー)
[道具]:支給品一式
[思考・状況]
基本:仲間を集めてゲームを破壊、あるいは脱出する
1:何よ・・・これ・・・
2:和輝との接触
3:トーイと共に他の参加者と接触する
4:危害が加わるようならば対抗して戦う意思あり
5:見捨てたカノンとの合流
6:エリシャを警戒
【トーイ@誰かの館】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:無し(地図と名簿はHDに書き込んであります)
[思考・状況]
基本:仲間を集めてゲームを破壊、あるいは脱出する
1:目の前の惨状を把握する
2:首輪の解除をする
3:ケーブルを奪還。無ければ代用品を探す
4:エリシャを警戒
5:リースという名に対して警戒(リース=死神装束の少年と推測)
6:カノンとの合流
【瀬戸アカル@誰かの館】
[状態]:健康
[装備]:ウサ耳@アーニャ(T.C UnionRiver)
[道具]:支給品一式
[思考・状況]
基本:殺し合いに乗り、リレッドを生き返させる
1:目の前の惨状を把握する
2:対主催者を利用し最後に裏切る
3:首輪を外す
4:同行者には能力をばらさない
5:エリシャ、リースを警戒
(備考)
資材を運ぶ台車にナワノツメを乗せて移動しました。
10時丁度に病院付近で大きな爆発が起こりました。
マップほぼ全域に音が響き渡りました。運よく火災は起こっていないようです。
最終更新:2011年03月02日 23:22