暗い室内。
背丈の低いシルエット。
眼深に被った帽子からは輪郭しか伺えないが、幼い顔立ちのそれは尚モニタを見つめる。
そしてその隣にもう一つの影。
背丈は高く、豊満な身体とブロンドヘアを見せつけんとする人物像が、凛と立つ。

「総帥」
「何だ、センライ」
「幾つか報告すべき事が。不測の事態(イレギュラー)が重なり、幸とも不幸とも」
「・・・続けろ」
「はい。初期の時点で展望台が倒壊。10時時点で大規模な爆発。
 この2つ程度の要素でイレギュラーが発生する心配は無かったのですが・・・学校において何か細工が施されたようです。
 何より、参加者が粒ぞろいなせいか、何名かこちらの真意を探ろうとしています」
「・・・」
「それに伴い、かなり"基盤"から不安定になっている可能性があります。"あちら"から"こちら"に干渉することは不可能ですが・・・」
「不可能が、可能になる・・・・とでも?」
「それが零と言えない事は、総帥が一番知っているハズです」
「ふん」

センライと呼ばれた彼女は、まさしく上司に作業進捗を報告するが如く立ちまわる。
受け取る側の少女、総帥は帽子が生んだ影を目元に落とし。にやりと笑った。
呟く。それでこそ勉強のし甲斐がある、と。


	■		■		■
	【最終話 	:灰楼ロワイアル】
	■		■		■


【時刻/早朝】

ホテルのロビーに日が差し込む。
人工的な明かりに頼らずとも、手元の紙は良く見える。
そこに書かれた文字。

『今現在、首輪を介して盗聴されている』

ここにいるのは、闘志・ヨミ・そして自称ティムの3人のみ。
これを書いた張本人、ティムはにやりと笑う。
人差し指を唇にあて、内緒話を促すようにひっそりと続きを書き記す。

『君たちは今から黙って欲しい』

盗聴。この単語から自ずとヨミと闘志は口を紡ぐ。
その姿を確認したティムは満足そうに2人を交互に見た後、筆を置いた。
朝日が斜めに彼らを照らし、紙の上に置いたペンが影を作る。
咳払いをした後、ティムは2人へ"口を開いた"。

「結論から言う。この首輪の盗聴システムは骨伝導式で、僕のは既に機能を停止している。
 主催者は戦闘及び僕たちの行動データを欲しているみたいだけど、戦闘音まで拾うのは厄介だと判断したんだろうね。
 そういう意味では骨伝導集音なら、発言だけ盗聴できる。合理的な判断だと思うよ。
 ・・・ああ、どうして僕がここまで分かるかって顔してるね」

ヨミは不思議そうな顔をしながら頷いた。それに闘志も続く。
よく頭が回る2人だと、内心感心しながらティムは話を続けることにした。

「進化技巧者―アドバンステクノロジスト―。僕の技術だ。
 ある意味能力といってもいいぐらいに、機械技術に関しては長けてるって考えてもらっていい」

多くの機械技術を解析し理解する。逆ラッダイト。
オーバーテクノロジーの不明な点はそのままに、使った際のメリットを見極め新技術を作り出す事も可能。
未知の技術を簡単に理屈で理解してしまう。それが理にかなっていればかなっているほど理解が早い。
そんな能力を持つ彼に、既存の技術がつかわれいるならば尚更、首輪程度の解析は触れれば完了するなど言うまでもない。

「首輪の中身は、盗聴器。爆破機能。生死確認機能。能力封印機能。能力付加機能。
 よくもまあここまで無理やり詰め込んだものだよ。感心するね」

技術屋だからなのか、得意分野になると饒舌になるように感じるのは気のせいか。
いや、この場に喋れる人間が彼一人しかいないから当たり前ではある。
そんな彼に向けて、闘志が筆を走らせた。

『それぞれの細かい説明は出来るか?』
「ああ、僕が一番伝えたかったのはそれだ。このゲームの解答と、真意に一気に近づける。
 まず爆発関係だけど液体爆弾が致死量分入っていて、一定の動作を行うと信管が作動して爆発する。
 爆発の規模は大体・・・よくある戦隊モノの決めポーズをしたときに背景が爆発する、あのぐらいだね」

『良いたとえだな!』

思わずヨミが筆談で相槌を打つ。
彼女の筆跡は、落書きのようで、よどみなく奇麗だ。

「致死量と言えばそれまでだけど、逆に信管さえ押さえればよほどの事が無い限り爆発はしない。
 次に生死確認機能。バイタルサインを読み取って、それを向こう側へ送信する機能だ。
 ―――送信って事は、その送信を探知すれば向こうの居所を知ることができるだろうけど・・・まあ、難しいだろうね。
 後の2つは支給武器をそれぞれに付加するための知恵だろうけど、これに関しては技術というより能力寄りかな」

支給武器のひとつであるヴァルグラウズを指さしながら、ティムは続ける。

「僕の首輪がこうして機能を停止しているのはその剣での衝撃だろうね。どういう理屈かは知らないけれども」

息を飲む。あの時、一か八かの賭けに出たのが成功になったという事だ。
つまり、ヴァルグラウズ。この世の”異常”を”正常”に戻す魔剣の効果。
それが首輪の呪縛からティムが逃れ得た要因となった。
彼を狂わせた能力の打ち消しと、首輪の機能を同時に絶ったのだ。
闘志とヨミは再び顔を合わせた。

「ふむ。その様子だと、心当たりがありそうだね。まあ、その剣が特別なのは何となく分かるよ。
 もう首輪のシステム掌握については、あと少し時間があれば完了すると思うよ。
 その剣については、またあとで出番があるんじゃないかな。多分、主催者の予期せぬイレギュラーだからね」

最後の一刺しになるんじゃないか、とそこで言葉を締める。
主催者へ一矢報いるために、早朝の会議は、まだ続く。



さて。
ここで閑話休題。
果たしてこの会場を支配する要素は何か。
凶器が狂気で狂喜に振るわれる要因は、大半が"首輪"だ。
それさえなければさっさと帰って昼寝でもしていればいい。
勿論、普通ならば会場の外に即向かうべきだ。だが、不思議な事にそれをするものはごく少数だ。
首輪の恐怖だろうか。それとも、そもそも外へ向かうという考えが無かったのだろうか。
そこが、不思議で不可思議なところ。





【十数時間前/学校】

「残念ですけれど、貴方がこの私、ディアナ=クララベラ=ラヴァーズの最初の餌食になってしまうようです☆」

テヘ☆
ぐんとリットはディアナの元に引き込まれる。ディアナが受け止めていた勇神を引いたのだ。
目の前に来た驚愕の表情のリットを見据えると、そのアゴを拳で真上にはたく。
リットにかつて無いほどの衝撃が訪れ、そのまま空中を舞う。全身から一時的に重力の柵から外れる。
彼が最期に見たのは、自分の銃―グラムとガルム ―から鉛球が出た瞬間だった。

そして、次の瞬間にリットは死んだ。間違いなくその命は絶たれた。
だが、人が死に至るまでのその瞬間には手順がある。銃弾が当たったから死ぬ?それは間違いだ。
まず、銃弾が額の皮膚に触れる。肉を貫き骨に達する。頭蓋骨を粉砕し、脳へと至る。そして最後に脳を破壊し、そこで絶命。
なんだ、時間なんてあるじゃないか。その銃弾―リットの所有物である1部分―が本人に届いてから、走馬灯を見るほどの時間が。

最期に想うのは、このプログラムの打開、等では無く、ただ"ここに居てはいけない家族たち"の安否だった。
銃弾が額に触れた瞬間に戻った、魔術の力で以って――――仕込みを入れた。
自分を殺した、ディアナすら利用して。





【南西 展望台と灯台の中間あたり/1日目/早朝】

「で、だ。これと交換条件で俺たちを見逃せ。
 選べ。これを受け取って引くか、俺を強引に殺しに行くか」
「…………」

襲撃者であるメシアに対し、ダークネイルブレードを突き出す。
数秒の間、思考。だが、答えは決まっていた。

「いいでしょう。二言は無いですね?」
「ああ」

条件を呑んだ。それを確認すると、剣龍帝は手元の剣を放り投げる。
道路にそれがぶつかる前に、柄の部分を器用にメシアはキャッチした。
と、同時に無防備に見えるアステリアに向かって駆けだす。1人程度なら撤退しながらでも始末できると思ったのだろう。
だが―――

「グレイブ――――」
「・・・ッッ!」

メシアは方向を反転。市街地の中へと撤退。
アステリアの手に持った、本が光った瞬間に威圧感が妙に増した。
何かされると直感で判断し、撤退したのだ。その勘は、確かに正しかった。
飽くまで牽制とはいえ、アステリアの1撃は、文字通り『重い』。
薄れゆくその後ろ姿を見送った後、ようやく全員が息をついた。緊張からの解放で、肩の荷が下りる。

「クロード」
「姉上・・・・が・・・死んだ・・・・・」
「聞け、クロード。お前がショックを受けるのはいい。だが、まだ生き残っている人間がいる」
「・・・」
「俺は全員を守れるほど強くは無い。だから、一刻も早く事態を収拾しなくてはならないんだ」
「・・・・・うん」
「ならば、へこたれてる時間は無用のはずだ」

剣龍帝はクロードに向けてそう言い放つ。
アステリアはそのぞんざいな物言いに抗議しようと思ったが、躊躇した。確かに、現状はそれほどシビアだ。

「分かった、頑張る」

ぐしぐしと涙をぬぐい、立ち上がった。
自身の支給品であった刀を握りしめ、クロードは足に力を入れる。

「でもどーするんだ? 危険人物の拘束とか、対主催者の策とか、色々あると思うけど、
 とっかかりすら無い状態よ」

アーニャが会話に混ざる。クマクマ言いながらも、確かに言っている事は的を得ている。
これからの指針が必要なのだ。首輪の解除も必要となると、やる事が多すぎる。
アステリアが何かを言おうとした瞬間――――

『聞こえるかい?』


首輪から、幼い男の子の声が聞こえてきた。





今、この首輪を介して参加者全員に僕の声を送信している。
ああ、気づいている人もいるかもしれないけど、今までこの首輪は盗聴器として使われていたけど、その機能は今OFFにしたよ。
他にも色々機能はあるけど――全部掌握したから安心していい。ああ、言い忘れた、僕の事はティムと呼んでくれ。

さて、いや応無しに。色々いっぺんに喋るから、聞き逃さないように。
まず僕は対主催者側の人間だ。殺しは是とも非ともしない。まあこの殺し合い自体は完全否定するけどね。
今回の参加者が殺し合いに乗ってる理由・・・というか飼いならされてるのは、文字通り首輪が君たちの生死を握っているか
ら。
まあ、そりゃあ自分の首元に爆弾なんかあったら怖いさ。どんな馬鹿でさえ、まずはコレをなんとかしようとするだろう。

本題だ。今、"君たちの首輪の爆破機能は解除した"。
起爆用の信管を作動させないようにしただけだけど、とりあえずは爆破で死亡するような事は無いと思っていい。
勿論、首輪を粉々にしようとすれば爆破するかもしれないけど。威力は想像するに難しくないしね。

更に残り4つの機能がある事が判明してる。
盗聴機能。――これは前述の通り無効化した。
伝達機能。――これもまた現在僕がやっている通り。

さて。残り2つ。
参加者に課せられた枷は、君たちの能力についてだ。能力無効化。そして能力の新規一時取得。この2つが相まって、この殺し合いは成立している。
それぞれの機能を無効にするためのキーもしっかりプログラムされてたよ。
知っての通り、支給武器に触れるというフラグが立った瞬間、能力の無効化は解除され、支給武器に伴う能力を得る事が出来る。
――それらを制御するのがこの首輪。
後は、この会場っていう"空間そのもの"もどうやら悪さをしていたみたいだけれども、思いの外無意識に会場を破壊してる人が多いらしくて。
建物の崩壊に大きな爆発。御蔭さまで、いや、運よくと言うべきかな、この場を抑制している"何か"が壊れ始めた。
首輪と連動しているようで、逆にそれがあったから僕がこうして攻勢に出る事が出来たんだけどね。まあそこは技術の分野じ
ゃなくて、それこそ能力的な何かだから、そこはお手上げだ。

信じられないかい、それとも信じるかい?
僕が主催者側の陣営だと憶測して、耳をふさぐのもいいだろうけどね。出来れば全員が奮起して、あるいは個人的に反逆して
、主催者を打ち取ってほしいな。
少なくとも僕は技術で主催者側を出しぬけたからそれで満足だ。

この能力塗り替え機能を掌握した。即ち、君たちの主催者への対抗手段を僕は全員に提供する事が出来る。
飽くまで危険人物じゃないという保証は必要だけれども――時間もなさそうだし細かい事は止めておくよ。それなりのボディーガードもこちらにはいるしね。
さあ、となると唯一残った問題は、主催者への乗り込みだ。最初の体育館みたいな場所はどこにあるのか。
地図上じゃあ学校あたりがあやしいけれど、流石にそんな簡単な答えは用意されていないだろうね。
エリア外か――それとも。さっき言った"この場を抑制している何か"がいまだ健在ならば、恐らくそのカモフラージュは破れないだろう。

・・・うん?
ああ、分かった。君がだれかは知らないけれども、通信を繋ぐよ。

―――私は、ディアナ。ディアナ=クララベラ=ラヴァーズ。
―――私なら主催者がどこにいるか分かる。命を賭けて伝えます。
―――会場中心にて。

・・・これだけ?
まあいいや。やってくれるなら、それは頼むとしようかな。
じゃあ、僕らは会場中心部分に行くとするかな。
ある程度の期限を決めて、戦力が揃ったらそこから主催者へ乗り込む。そうしよう。
計画がざっくりすぎるかい?そりゃあお互いに信頼関係が構築するのが難しい上に、死亡者が出ている。
人を殺した犯人に直接会わずしてどうするっていうんだい。
詳しくは、会ってから。じゃあ、会場中心部で会おう。



炎を宿すには、火を作らねばならない。
物を作るには、その本質を理解しなければならない。
勿論、何も考え無しに火を起こす事は可能だろう。
だが火ならば、それが燃焼の一部であり、引火点を超える熱を必要とし、炎心内炎外炎で構成されるもの、という知識があれ
ば、自然とその現象を「火の勢い」という形で操る事が出来る。

昔。物事の理を司る者がいた。
能力などというものではなく、“火”や“風”という現象そのものが服を着て歩いている、そのまま。
どうしても抗いたいならば、世界から、それも全ての次元から“火”を消すことをしなければならない。
とても恐ろしくて―――だから彼らの力、“真理”に対抗する術はない。
この世界。
じゃあこの世界は―――。
この"バトルロワイアル"が行われている世界は―――。

会場構成を把握。
ディアナ=クララベラ=ラヴァーズは、会場の中心部に居た。
中心から半径1m。構成を確認。自分自身の体構成、アスファルト、空気、支給バッグ。
半径5m。大地、血の匂い、草、紙。
半径15m。粉塵、マグネット、ガラス、ガソリン。
半径1km。ヒトの死体、血、支給武器、その他――――

グラム・ガラムを中心とした魔法陣は光り輝き続ける。そこに、ぽたりと、水滴が落ちる。
ディアナの汗が額から頬を通して顎へ、地面へ。

(炎の弾を撃つなら、炎の真理を理解。なら、このプログラムを打破するなら、この世界そのものの真理を―――理解する!)

片膝が地面と挨拶をする。生半可に身に付けた、一時の魔術の力。
ディアナの素質があればこそだが、それでも会場全体を把握するなど、ディアナでも無理だ。
だが――ディアナは、やらねばならなかった。

半径10km。多数の参加者を確認。生物は他に無し。死体、首輪、支給品。

水滴に交じり、赤い液体が地面を濡らし始める。
魔力が圧倒的に足りないならば、ディアナのあふれんばかりの生命力を犠牲にする。
無謀な代替策だが―――現実のものとなっていた。

命を賭して、ディアナは魔術を行使し続け、会場のほぼ全域を理解し――――やがて、ある1点にたどり着いていた。

会場全域。多数の戦闘痕跡、爆発跡から世界の歪みを確認。さらに――学校から、とてつもない情報のオーバーフローを確認。

(学校――――まさか・・・ッ)

その瞬間、ディアナの全身に電流が走る。
彼女は、"この世界"で唯一正解にたどり着いた。

(この世界は――――――――――――――――)





【会場中心/正午】

「これで、全員か。待ったかいがあった――けれども、結局僕の用意したプランだと、手に余るね」

日が最も上空を差し、明るくなった頃、会場の中心には多数の参加者が集結していた。
ティム―――彼の首輪機能の把握は、殺し合いそのものを破綻させた。勿論、嫌々戦闘を余儀なくされていた人間のみに限るが、それでもこの功績は大きい。
彼の横には、魔法陣の中心に陣取るディアナがいる。
現在彼女が会場構成を抑え、命を賭しながら掌握をしているが故にできる、主催者への反逆。それをティムは狙っている。
布石も十分。道具も揃った。そして―――機も満ちた。

ティム達が会場中心に集まってから、続々と参加者が増え続けた。
ディアナの姿を見て驚愕する者、事の真偽を確かめるもの、疑心暗鬼に陥る者。
ひと悶着はあったものの、とりあえずは対主催ということで和解する事が出来た。
多くの人間がこの会場に居るが、首輪の呼びかけから数時間で集まる事が出来たのは―――数十人だった。
残りは恐らく、間に合わなかったのか、この呼びかけに疑念を抱くか、警戒するか、あるいは――殺し合いに乗っている者。

中でも、エリシャの存在と、ヒメルの生還は大きかった。
ティムの策にかなり大きく貢献した、いやむしろ、彼女らの存在が無ければそもそも反逆は成り立たないと言っても過言ではない。

「う~・・・この子、ヒト使い荒いかも」
「・・・ふん」

ジト目でエリシャはティムの事を見るが、その横でカイトが睨みを利かせているため、それ以上の事は言えなかった。
一戦交えた後の、取引がこのような形で破棄になるとは、先見の明を持つカイトですら予想だにしなかったため、妙に気まずい。
取引、というのは、まあ殺し合いに乗ってもいいという、ちょっと正義っぽくないスタンスだったから尚の事。
そんな彼らを知ってか知らずか、ティムは全体に目を配り、思考にふける。

エリシャの持つ、大天斬は総重量230kg、全長2.6mの超攻撃的な武器。
真の力を解放した姿、コアルミナスが起動した状態――大天斬魂(だいてんざん・すぴりっつ)は、本体の物理的な破壊はもちろん、表面に発生したフィールドで生命体、疑似生命、AIの精神面での思考・神経組織をも断裂する
かすっただけでも超危険な禁断の形態。
ディアナから譲り受けた情報によると――これは確実に必要になる。
そのため、トーイからの情報により、南西の森に大天斬があると発覚したのち、エリシャに回収を命じたのであった。

そしてもう1つ。
この全ての呪縛である首輪から参加者を解放した要因となる剣―――ヴァルグラウス。
ヨミの持つそれは、ヒメルと合流後、"間違った世界を正す剣"として未だ君臨している。
ただしヴァルグラウス単体では、首輪の機能の停止が関の山だった。
何が間違っていて、何が正しいのか。
それをディアナが会場の構成を把握する事で補う。
ティムやディアナは空間に何か仕掛けがされていると踏み、それは当たりだった。
確証は無くとも、何かが怪しいという疑心。言わば勘。
空間干渉がされているのであれば、首輪を完全に制御しているのにもかかわらず、脱出やエリア外の思考にふけった瞬間ノイズが走るのも頷ける。

大天斬で次元を引き裂き、この世界の真実をディアナが告げ、ヴァルグラウスで世界を正す。
これが主催者への超ショートカットとも言える、最大の王手。


「―――最初に謝っておきます。私は人殺しです。まんまと主催者に乗せられた」
「ディアナお義姉さま・・・」
「だから命を賭してでも、反逆の道程を作ります。それが終わったら、責任は取るつもりです」

ディアナが魔法陣を維持し、ヴァルグラウスへ情報を流す中、彼女は独り言のように言う。
ぽつりと。でも、と口にする。だがそれから先は紡がない。

「だったらディアナさんが言ったように、主催者をふん縛って願いをかなえる方法を奪っちゃえばいいんじゃないですか?」
「・・・ええ。"近い事"は出来ると思います」

珍しく口ごもるディアナに対し、先程合流したアカルが一言物申す。
確かに正論。やろうとしている事は、主催者への近づき方という事だけだ。
当初のディアナがやろうとした事は、願いをかなえる瞬間まで従順でいて、直接主催者に会った時に反逆するというものだ。
ならば、考え方としてはアカルの発言は間違っていない。なのにディアナの返答はパッとしない。
アカルは疑問に思いつつも、実は彼女自身がゲームに乗っていた側だから迂闊な事は言えない。
ぶっちゃけると、

「(やっべぇ~~ッ、この正義感あふれる人たちにばれたら絶対ブチ殺されるわ~!!)」

非常に小心者的思考だった。
とは言え、乗り掛かった船、もとい乗り捨てた泥舟というべきか、勝機の濃いこちらに着いたのだから下手に波風は立てないようにする金髪チャイナ娘である。
いぶかしげにアカルはリーダーシップを取っているティムを見据える。
そう、なにをどうとっていても、彼の指示が無ければ話は始まらないのだ。


「さて、この先は最終決戦しか待っていない。だけど切符はたったの2枚だ」

ヴァルグラウスで正し、大天斬で斬り裂き、
それでようやく主催者のいるフィールドへ辿りつけるのは、ただの2名。
いくら世界を正しても、次元を切り裂いても、すぐさま再構成をされてしまう。故に、その再構築の間に主催への刺客を送り込まねばならない。
ティムが計算した構築時間と、ヒメルとエリシャの総合的な残り体力を加味した上で、切符は2枚と、そう彼は発言した。
彼はぐるりと周りを見渡す。
殴り込みをかけるのであれば、最終最強戦力を叩き込むのが上場。
つまり、ディアナ1択なのだが――

「まあ・・・私は空間把握で精一杯ですからね・・・」

空間把握という単語にズキリと来た。ディアナは、あの馬鹿義妹の分野だろうと、心の中で悪態をつく。
先述したとおり、彼女はヴァルグラウスへこの空間の情報を異常だと認識させるため、まさしく身を削って耐えている。彼女が倒れればここで全てが終わる。
彼女を除外すると、この場に居るのは――――
ヒメル、ヨミ、ティム、闘志、アステリア、クロード、アーニャ、セーラ、エリシャ、カズキ、カノン、アカル、美咲、トーイ、カイト、レニー、皇妃、レイ。

「人選はお姉さんに任せるよ。僕は戦闘は専門外だ」
「・・・あ」

ティムが若干投げやりに思えるぐらいにディアナへと人選を任せる時に、ディアナは珍しく自分がど忘れしていた事を自覚した。
自分自身の撒いてしまっていた種を。

「ディアナッ、クララベラッ、ラヴァアアアアアアアアアアァアアァァッ・・・・!!」
「何だ、この声ッ!?」
「あっちから聞こえてきます!」
「・・・あぁ、いえいえ、忘れていたわけじゃないんですケド・・・」

一同は突然のアクシデントに身構える。
その原因を知っているディアナは、ごまかすように呟き、迫りくる声の方向を見据える。

「クロアをッ!よくもクロアをあんな目にあわせて自分はノコノコと・・・殺して・・・コロシテヤル!!」

小さな死神。リースはどこで手に入れたのか、剣をかざし超速でディアナに肉薄。
だが、死神は見えていなかった。ディアナを囲む実力者たちを。
リースの凶刃がディアナの頭部に叩き込まれる寸前に、1人の男がそれを防いだ。

「カイト・・・!」
「へぇ、あんたも邪魔するんだ・・・!!」
「ディアナは俺達の反旗を翻すための大事な要だ。ここで殺させるわけにはいかん」

ギリギリと金切り音。鍔迫り合いからか、歯ぎしりか。
次いで、リースが口をあける。

「首輪を集めなくても、こうして弱ったカタキがいるんだ。力ずくでクロアを取り戻して、こんな目にあわせたお前を、ぶち殺す!」

駄目だ、頭に血が昇っている。仮にクロアを返しても、ディアナへの憎しみで動いているリースは止まらない。
動けないディアナを標的にしているのがタチが悪いが、加えてリース自身がエリシャに匹敵する実力を持っているというのが拍車をかけてマズい。加えて――

「うぅ~・・・あの子、最初にやり合った時より強くなってるかも」
「・・・みたいですね」

エリシャは様子をうかがっただけで見抜いた。ディアナに敗れてから、リースは力を補充し続けたらしい。エリシャより取り戻した、"斬り刺したものの力を吸収できる能力"。
確かに一足一挙、レベルが上がってるかのように見える。これは、純粋に脅威である。

「ディアナを叩かれたら対主催の目がついえる!全員構えろ!」

レイ・アスカが言うが早いか、死神リースが地を蹴った。






「ディアナお義姉さま。私が行きます」

空間把握――制御をするディアナの横にアステリアがいた。彼女は続ける。

「お義姉さまが犯してしまった罪も、リレッドお義姉様が殺されたことも、全部私が決着を付けてきます」

ディアナの目を見る。決意と覚悟を背負った目をしていた。
恐らく何があっても揺るがない。
主人公気質ってやつですかね、とディアナは呟いた。
後はアステリアに任せようと言う気になる、妙な説得力があった。最後に、最期に。最終確認をする。

「現実は非情です。それでも目を――」
「背けません」

言い切った。

「・・・分かりました。あなたの頭に直接伝えましょう。リット君が残した、最期の情報にして、この世界の答えを」

対主催者メンバーには伝えなかった。本当の真実を。
目線を合わせ、徐々に間隔を狭め、額と額をこつんとぶつける。
暗転。







「一刀流・・・瞬火・・・・襲刀ォオッ!」

クロードがアグニの持つ炎魔を翳し、炎を纏った斬撃を繰り出しリースを一歩後退させる。
太刀筋は無茶苦茶だが、炎の剣というだけで殺傷力は十分。そして何を思ったか、明らかに届かない場所から突きの構え。
切っ先はリースの方向を向いているが、踏み込みは全くない。不思議に思うリースに対し、クロードは"まるでビーダマンを構えるかのように"、

「うりゃりゃりゃりゃりゃぁああーっ!」

炎弾を打ち出した。リースの黒衣に炎が当たるが、高速でマントを翻しそのまま攻撃に転じる。
刀を失踪させ、一瞬でクロードの間合いの中に入った。
しかし、その間に巨大な盾が割り込み妨害する。
瀬戸アカルの生成した鉄壁の防御壁。

「あの時の子ですね。以前は逃がしましたけど、今回は甘くありませんよ!」

ふん、と鼻を鳴らし、コンクリートより硬く丈夫な物質を盾としてズラリと配置する。

「そう!!ダイアモンドは砕けないッ!!」

クロードに向けた刀を止めざるを得ないリースは、バックステップを刻み体勢を整え直す。

「あなたがいくら強くなっていっても、私はそーいった領域を超えているんですよ。
 いくらヒットポイントや攻撃力、耐久力が上がっても、即死魔法を使える敵はいるんですよ死神さん」

ま、即死魔法なんか出来の悪い例えですけどねと、髪の毛をかきあげながら余裕の表情を崩さない瀬戸アカル。
だがそれはやはりと言うべきか、満身にすぎなかった。

「・・・なら速さはどうかな」
「は?」

きょとんとするアカルのすぐ横にリースがいた。
アカルが敵に対して使える攻撃手段は、物質の生成と敵そのものの分解。
どちらにせよ敵の座標をとらえて攻撃に移らなければならない。
ならば、彼女が捕捉出来ない程の超高速!
リースの纏う黒衣は景色と同化し、残像を残し、いや、残像すら残さず!
満身するアカルの首元へ回り込んだ。

「ひ」

絶体絶命。
――だがこの状況を打破するには十分な実力者は多数いると前述した通りであり、現に今その状況を覆す人間がアカルの近くに立っていた。

「たく、だから満身すんなつってんのよ。ファイティング・スピリッツ。"2秒だけ時を止めた"わ」
「ど・・・ドモ・・・スンマセン・・・」

アカルを抱えて、リースから数m離れた場所に美咲が立っていた。
思うようにいかない現状にリースは歯がみする。
と、そこに空中から金属音と羽音。

「今のうちアル!さっさと飛び込むヨロシ!!」

トーイの放った言葉は、決してリースやその周囲に向けられた言葉では無かった。
その声は、少し離れたディアナ。いや、その横で、世界を正し、空間を切り裂いた直後のヨミ。ヒメル。エリシャ。
いや、違う。その横で覚悟を決めた表情で、赤い本を胸元に抱きしめ、メイドの姿と蒼い髪をした。

「行くネ、アステリア!!」

アステリアだった。


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最終更新:2011年12月21日 02:58