ただいつものようにイスに座ってるだけなのに、時間だけがゆっくりだ。
放課後になってもその日は連絡が入らなかった。
遊佐「俺は病院行くけど、ましろはどうする?」
ましろ「もちろん行くよ」
病院まで今は歩いて行く。

遊佐「まず、聖の所行ってみるか」
ましろ「うん」
聖の部屋をノックする
聖「どうぞ」
遊佐「おっす、また来たぜ」
ましろ「来たよ」
聖「うん……ありがとう
二人でイスにかける。
あんまり元気が無いようだ。
遊佐「あのさ、朝杏が目を覚ましたって聞いたけど、どうなんだ?」
俺は一番聞きたかったことを聞く。
聖「目は覚ましたけど、今は……会えないかな」
遊佐「……そっか」
ここで尋ねたらいけないと思う。
ましろ「二人とも、私、何か買って来ようか?」
遊佐「ああ、お茶頼むわ」
聖「私も」
ましろ「わかった。それじゃあ行って来るね」
ましろが出て行くと
ましろ「あ、こんにちは」
同時に月島父が入ってきた。
月島父「そろそろ来る頃だと思ったよ、二人とも」
遊佐「どうも」
俺は立ち上がって礼をする。
月島父「二人とも、少し話があるんだが、いいかね」
……何だ?
心臓が一つ強く打つ。
遊佐「はい」
ましろ「はい……」

俺たちが連れて行かれたのは杏の部屋ではなく昨日話を聞いた部屋。
そこで待っていたのは月島母と医者。医者は精神科医であると紹介された。
そして長年お世話になっているから杏の事も詳しい人らしい。
医者「喋ってもいいんですね?」
月島父「はい」
医者「それでは」
医者が咳払いを一つする
医者「信じられないことに、杏さんは記憶喪失です」
……え? 何だって?
遊佐「記憶、喪失……って」
ましろ「うそっ……」
医者「記憶喪失といっても、言語、常識。そういった類の日常生活に支障をきたす物は大丈夫です
言語、常識……
医者「そして、問題なのは、部分健忘 。つまりある一定の期間の事で思い出せないことと思い出せることがある状態です」
部分健忘……?
医者「その期間はかなり長くて、不明だが何年間か」
ましろ「何年間……」
遊佐「それって、思い出すような事は無いんですか……?」
医者「外傷性によるものであるので思い出す可能性は十分あると思います」
遊佐「そうですか」
少し安堵した。だが問題はどこまで覚えてるか……だ。
医者「あと、数年の記憶が落ちているので以前と人格に差があるかもしれません」
人格……
遊佐「それで、どのくらい覚えているんでしょうか」
医者「かなり覚えてはいると思うが、過去のショックな出来ことが全て落ちているようだ」
医者「無意識的に嫌なことを消し去ろうという衝動が人間には備わっているのだけど、一緒に働いたのかもしれない」
ショックな出来事といえば、あのことだろうか。
月島父「問題なのは遊佐君の名前を出した時には反応はなかった事だ。ましろ君の方は覚えていたようだ……」
俺の事は覚えてないのか……?
医者「……とにかく今は記憶喪失であることを覚えておいてください」
遊佐「あ、あの。杏には会えませんか?」
医者「ふむ……」
医者「とにかく記憶喪失であることは本人に告げるべきかどうかでまだご家族の方が悩んでいる状況なので」
月島父「……告げましょう。あの子のためにも」
月島母「あなた!」
月島父「隠し通すのだって難しい。それにあの事を忘れたままで本当にいいとは私は思えない」
月島父が俺に振り返って見つめてくる。
月島父「遊佐君、聖から話は聞いています。君がいなかったらあの子は立ち直れなかっただろうと」
突然厳格のあった口調は敬語に一転する。
月島父「自分勝手な事を言っているとは承知しています。私達ではあの子を助ける事はできそうにありません」
月島父が頭を下げる。
月島父「もう一度、あの子の、杏の力になってやってくれませんか……」
月島母「私からも、お願いします……」
杏の両親である二人が俺に頼んでいると思うと俺はどうしていいのかわからなかった。
遊佐「……もちろんです。あいつとした約束、守ってみせます」
ましろ「わ、私も、協力します!」
月島父も月島母も泣いている。
この人達もどれだけ苦しんできたんだろうか?
俺に何が出来るのだろう?

その日は会えない事になった。
今日の夜、杏に記憶喪失である事を告げることになった。
流石にその日に色々ありすぎては杏に負担がかかりすぎるらしい。
医者は
『今日の様子がよければ、明日会っても大丈夫でしょう』
と言っていた。
遊佐「杏、俺のこと。本当に忘れちまったのかな」
ましろ「大丈夫だよ。大好きな人のことだもん、絶対、覚えてるよ」
この言葉が俺をどれだけ助けてくれたことだろう。
遊佐「ましろ……ありがとう」
ましろ「うん」
最終更新:2007年01月19日 10:16