夏休みも既に8月の半ばだというのに、
俺は終業式の痛手から、立ち直れないでいた。
あれから、中島を始めクラスの連中が気に掛けてくれて、
遊びに誘ってくれてはいるが、毎度断ってしまっているような状況だ。
今日も一日、出かけることなくゴロゴロしてしまい、
すでに、日も沈んでいた。

ピンポーンピンポーン

また、誰かの遊びの誘いだろうか?
ふと、呼び鈴が鳴らされたので自分の部屋からでて、
台所のインターホンを取る。

遊佐 
「はーい、どちらさーん?」

しかしインターホン越しに聞こえた声は意外な人物の声だった。

茜  
「わたしです。茜です」

!?
国に帰ったんじゃ?
俺は急いで玄関に行きドアを開ける。
そこに立っていたのは、確かに母国へ帰った筈の茜だった。
艶やかに名前と同じ茜色の浴衣を着て。

茜  
「約束していましたから。
 花火、つれっていってくれるのでしょう?」
遊佐 
「・・・そうだったな」

あの約束をしたのが、もう何年も前のことのように思える。
この町は近辺のなかではもっとも大掛かりな花火大会を
毎年催している。その日は、いつもは静かなこの町も、近隣からの
見物人でごった返し、賑やかに活気付くらしい。
そのことを、学校の帰り道、茜に聞かせると是非見てみたい
と言っていたので、一緒にいくことを約束したのだった。

それが今日だった。

茜は、きっとここに来る為に無理して仕事を片付けたのだろう。
僅かにやつれている。
俺はもうとっくに諦めていたというのに。

遊佐
「ご、ごめん、
 俺、まだ準備してなかった。すぐ用意するから」

俺は、すぐ自分の部屋に飛び込むと、軽く身支度をし、
そして机の引き出しから花火MAPを取り出す。
茜と約束した後、学校の奴らから聞き出して作った
ベスト鑑賞スポットだ。
もう使うことは無いはずだったのに、捨てきれずにいたのだ。
それをズボンのポケットに突っ込み玄関へともどる。

遊佐
「悪い、待たせた。さー、行こう」

ハイと微笑む茜。それが干からびていた俺に再び活力を与える。

玄関をでると待たせてあった専用車に乗って行こうとする茜。
黒塗りの車なんて、本当にこいつ王族だったのか。
こんなので会場に行ったら、注目の的だ。
そんな茜を引きとめ、事情を説明する俺。

遊佐
「あー、会場へは行かない。今から行っても、 
 人が一杯で、身動きが取れないだろうし、第一、
 いい場所はもう取られてるだろ。
 だから、秘密の鑑賞スポットにいく。
 場所はそんなに遠く無いし、歩いていこう」

「驚きました。ちゃんと考えていたのですね。
 以外です。」

目を丸くする茜。本気で驚いているみたいだ。
なんか馬鹿にされていたのか俺?
まー、そんな口調の茜も久しぶりで懐かしく思う。

俺と茜は自然に手を繋ぎ目的地まで歩いて行く。
専用車には茜がなにやら説明していた。
あたりはすっかり暗く、遠くからはもう花火の音がきこえてくる。
目的地に行くまでの間、茜は突然いなくなったこと、
そして自分の正体を言えないでいたことを仕切に詫びていたが、
俺にとってはもうどうでもいいことだった。
何故なら、こうして茜がまた傍にいるのだから。


-- 目的地 --

秘密の場所といっても実は学校に向かう途中、
わき道に入ったとこにある雑木林だ。
ここはちょっとした丘になっていて、
木々が切れ切れになっている所では、晴れた日には遠くの景色がよく見える。
そして今も花火が次々と打ち上げられているのが見える。


「うわーー、綺麗!」
遊佐
「ふふーん、どうだ見直したか?」

「はい、見直しました」

俺の隣で、しきりに歓心している茜。
打ち上げられる花火に応じ、その顔も色づく。
そんな俺の視線に気づいたのか茜が顔をこっち向ける。
視線が絡み合う。

言ってはいけない。言うな。

遊佐 
「ずっとこの町にいろよ。突然いなくなって、皆も寂しがってた。
 そして俺とまた」

茜は視線を逸らすと再び花火に目を向け静かに、
そしてはっきりと拒絶する。

茜  
「・・・それはできません」

分っている。
そんなことは言われるまでもなく、分っていたこと。
それでも、言わずにはいられなかった。
何も言うこもとも出来ず、再び居なくなるなんて、二度と御免だ。

茜  
「泣かないで下さい。
 忘れましたか?
 あなたは、わたしにとってたった一人のナイトなのですよ」

涙が止まらない。

遊佐
「・・・覚えている。
 お前と過ごした日々を忘れることなんて無い。
 今度は必ず俺が会いにいく。・・・必ず」

繋いでいる手に力が入る。

茜  
「はい、待ってます」

茜も握り返してくる。

花火は続く。
夜空に様々な花が咲さき、散っていく。
このまま終わらなければ、いいのにと思う。

それでも、終わりはやってくる。

最後に盛大に花火が打ち上げられ、周りが色とりどりにそまり、
それに喚声を上げる声が遠くから聞こえ、
そして消えていく。

茜  
「・・・それでは、時間の様です」

繋いでいた手がほどける。
今度、繋ぐ事ができるのはいつのことだろうか。
茜はいつの間にか近くに止まっていた専用車に向かって歩き出す。
俺は、再び引きとめようとする自分を抑えるため手を強く握り締めるしかなかった。

茜のその歩みも数歩いったところで止まった。
肩が震え、微かに嗚咽が聞こえてくる。

だが、振り向いた時の顔は笑顔で。
そして・・・


「一つ言い忘れていたことがありました。
 私の本当の名前は、マグリフォン=茜ではありません。
 本当の名前は・・・・・・・・」
       *
       *
       *

今は手が届かない。

だが、覚悟はきまった。

いづれきっとこの手は届くはずだ。

後は、走り出すのみ。

目標は遥かに遠く、険しくとも挫けることはない。

あの笑顔を再び見られるのだから。


(エンディング後、エピローグ有り)
最終更新:2007年01月25日 00:15