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 赤く染まった校庭に足を踏み出し、まずは一呼吸。
 全身に疲労を感じているのは、放課後にちょっとした重労働をしていたからである。
連続で遅刻したための罰というやつだ。

俺:ふへ。
 脱力感に身を任せてため息を吐いたら、そんな声になった。
 ああ、早く風呂にでも入ってすっきりしたいぜ。

 ……ん?
 校庭を歩いていると、断続的に妙な音が聞こえた。
 部活か何かかな?

 ……そこで俺は見た。
思わず息を飲み込んだ。
 校庭の隅に設置してある分厚いマットに沿うようにして、二本の棒が地面へ突き刺さっていた。
それぞれの棒には、間隔を置いて出っ張りがある。長身の外国人が背筋を伸ばして潜れそうな高さの出っ張りに、太い棒が物干し竿のように掛けられていた。

 どうやら棒高跳びのようだ。
 物干し竿に向かって集中している少女がいた。その手にはやはり長いポールが握られていて――
 加速をつけて走り出し――
 手のポールを軸に、赤い空をめがけて飛び上がった!

俺:す、すげぇ……
 感動のあまり、罰労働の疲れなどすっかり吹き飛んでいた。
 しかし、華麗に着地した少女は、ポールを不満げに見つめていた。

???:まだだ。
 離れているので聞こえたわけではないが、口がそう動いたように見えた。

 少女は横になっているバーに近づき、その高さを上げた。
って、一気に上げたぞ! さっきの二倍、四メートルはあるだろうか。あれを飛べるのだろうか?

 バーから離れ、瞳を閉じて集中。目を開き、助走をつけ――
 ……失敗した。横のバーが大きな音を立てて地に落ちてしまった。やはり高すぎたようだ。

 しかし少女は立ち上がり、バーの高さを変えずに再び離れた。

 何度も――何度も。諦めるということを知らないのではないかと思えるほど。
ただひたむきに、一生懸命に、前を、赤い空を目指して、飛び続けた。

 ――目が離せないどころか、すっかり虜になっていた。

 どれだけの間、こうしていたのだろう。
 ようやく飛ぶことをやめた少女は、ポールを地面に立てて、乱れた髪をかき上げた。飛び散る汗が夕日に映える。
 俺は少女に向かってゆっくり歩き出した。

???:明日は必ず飛んでみせよう。今日もありがとう、グングニル。
 グングニル……? ポールの事か?
 ポールには名前をつけるものなのだろうか。

???:……ん? なんだ、見てたのか。
 接近する俺に気づき、身構える少女。知らない人なのだし当然だろう。ていうか、俺は何をするつもりなんだ?

俺:えと、目に入ったので、つい。
???:そうか。みっともない姿を見せてしまったな。
俺:い、いえ、とても惹きつけられました。
???:そ、そうか?

 褒められるとは思っていなかったらしく、頬を赤らめる仕草がちょっとかわいい。

俺:あ、邪魔してすみませんでした。
???:いや、いい気分転換になったよ。どうだ、君も飛んでみるか?
 ……いやそれは無謀だろう。

???:フ、真に受けるな。
俺:は、ははは。そうっすよね、いきなり飛ぶなんて無理です。
???:では、練習に戻るよ。見ていたければそこのベンチを使うといい。

俺:いえ、今日はもう帰ろうと思います。
???:ん、そうか。
 少し残念そうに見えたのは、俺の都合のいい解釈かもしれない。

俺:……でも、また見に来ます。いいですか?
???:もちろん、歓迎するよ。
俺:あー、あと、それと。俺、遊佐っていいます。転校してきたばかりの二年生なんで、よろしく。

???:ああ、お前が噂の。
 確か朝出会ったマリナも『噂』 とか言っていたが……俺のことは一体どういう風に、どこまで広がっているのだろう?
???:私は『村崎龍子』 3年だから一応先輩だな。
 無意識に丁寧語を使ってたのは間違いではなかったようだ。

俺:よろしくお願いします。
龍子:いや、そんなにかしこまらなくてもいいよ。せっかく知り合いになれたのだから、仲良くしよう。
 大人びていて、落ち着きがあって。学園で出会った人の中ではずいぶんマトモな部類に属している気がした。

 こんな人もいるんだ、って、正直少し安心したね。

俺:じゃあ、先輩。
龍子:ん、待て。肩書きで呼ばれるのは好かない。名前で呼んで欲しいな。
 先輩は肩書きとは違うと思うけど、変なこだわりを持っているな。
やはりこの風変わりな学園の生徒であることに変わりは無いのか。

俺:わかりました。じゃあ、リューサン、とか。
龍子:……!
 冗談で言ったつもりだったのだが、その驚き顔には真剣な戸惑いのようなものが混ざっていた。

龍子:ふぅ、君もそう呼ぶのか。
俺:えと、ダメだったらもっと普通にします。
龍子:いや、いいよ。『龍』 が名前の一部であることは確かだ。好きに呼んでくれ。

 最後には何かを諦めたような笑顔を交え、少女は棒高跳びの練習へと戻った。

 ――じゃあ、帰ろうかな。
 華麗なジャンプの音を背に、俺は校門へと再び歩き出した。

 そういえば、部活どうしようかなあ。
 ふと考えてしまったことが、後々の騒動を生み出すことになるとは――正直思いも寄らないでいた。
最終更新:2007年01月22日 23:39