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 ――む?

 思わず足を止めた。
 校門の外からダンボールが歩いてきたからだ。
 ダンボールの下からは脚が生え、
ゆっくりとこちらへ向かって歩を進めている。

 ああ、このシュールさ加減はひょっとして……

???:ああ、遊佐君、こんにちは。
 この声、やはり青島マリナだ。

俺:ダンボールの向こうからよくわかったね。
マリナ:アイズオンミーのおかげです。
俺:あ、あいずおんみい?
マリナ:ええ、便利ですよ。

 相変わらず、同じ日本語を喋っているとは思えない思考回路である。

俺:それで、何してるの?
マリナ:部活動ですよ。
俺:へー、それにしてもすごい荷物だね。何の部活?

 ――しばしの沈黙を挟んで、
マリナ:そういえば、部ではありませんでした……
 まるで今まで気づいていなかったような口調でようやく答えた。

俺:部じゃない? 何か秘密めいててミステリー。
マリナ:秘密めいててミステリーとは、中々やりますね、いい語感です。
 全然意図していないところで褒められてしまった。

マリナ:……わあ、ダンボールって飛べるんですね。
 ……俺が取り上げただけだよ。と口に出して突っ込む気にもなれず、校舎を振り返る。

俺:って、重っ!
 まるで米袋をいくつも持ち上げているようだった。彼女はこんな物を軽々と持っていたのか!?
マリナ:無理しなくてもいいですよ。私、メメントモーリで攻撃力アップしてますから。
 なんて強がりながらも腕が震えている。無理してたのは君の方じゃないか。

 ここで挫けては男として情けなさ過ぎるぜ!

俺:乗りかかった船だ。手伝うよ。
マリナ:それはそれは。大船にでも乗った気分です。あ、今私上手いこと言いましたね。
俺:……はは。

 かくして、今一度校舎へ戻った俺。マリナに名の無い部室へと案内してもらうことになったのだった。

 いや、そういえば蔵人が言ってたな。オカ研とか何とか。オカルト研究、同好会?

 いくつもの階段を上り、廊下の端まで進むと、その教室はあった。
 というか腕が限界だ。
一歩進むごとに体中の神経が千切れそうになった。

マリナ:もう少しですよ、ファイト。
 あまり気の入っていない応援が、俺を緩く勇気付ける。
 しかし、こんな荷物を女の子に運ばせるなんて許しがたいな。部員が筋肉モリモリの危なそうな人じゃなかったらちょっと抗議しようか。

マリナ:ささ、中へどうぞ。
俺:ありが、とう。

マリナ:恩に着ます。この辺りへ置いて下さい。
俺:ふぃー……

 荷物を降ろし、解放された両腕をさすりながら教室を見回した。
俺:ここで一体何を……
???:あらマリナちゃん。今日はお付きの方がいらっしゃるのね。

 マリナを呼ぶ声は、窓際から聞こえた。
 開けっ放しの窓から射し込む夕日の赤。その光を背に、声の主はゆっくりと俺たちの方へ振り返った。

俺:あ、ええと……
マリナ:友達の遊佐君です。短い間ですが、使い魔になってもらいました。
俺:そうそう使い魔に、って、えぇええ何それ!?
 ……蔵人がいないと、俺が振り回される役になるんだな。

???:フフフ、そうでしたか。忠実そうな使い魔ですね。
 長い黒髪を風に煽られながら、手を口に当てて上品に笑う。
本当は心が洗われるような清々しい笑いなのだろうけど……
病的なほど色白な肌は、夕日が逆光になって、どこか不気味に翳っていた。

マリナ:きゅいきゅい、って言ってみてくれますか?
俺:……きゅいきゅい。
???:わぁー。これで火でも吐き出せば完璧ですわね。
 があああああ、わけわからん!!!

 痩身の少女は数歩近づき、眼鏡の向こうから澄んだ黒い瞳で俺を見据えた。
俺:え、えっと……使い魔?
???:ああ、それは気にしないで、軽い冗談でしょうから。
俺:そ、そうですか。

 なんだ俺、声が上ずってるぞ?
 いや、なんていうか、この人にじっと見つめられていると何か……
焦るというか、落ち着かないというか……照れてるのか?

 その澄んだ色に吸い寄せられるまま目を逸らせず、少しの間見つめ合ってしまった。

 ……少女はおもむろに体を傾け、近くの机に置いてある皿を指差した。
???:ではお礼にお菓子でもどうぞ、大した物はありませんが……
 おかけになって、と椅子を勧められるが、俺は手と首を振った。

俺:いやいや、別にそういうのは。例には及びませんよ。
 断りかけた俺の口を、白い手で笑いながら塞ぐ。
 その笑顔はとても綺麗なのに、再び不気味なイメージが脳裏をかすめた。

 なんだか『清楚』 とか『純粋』 の対極にある気がした。
拒否を許さぬ、見えない迫力。俺は情けなくも雰囲気負けして、大人しく席についてしまった。

俺:……どうもです。えっと……
???:名前なんて必要ありますか?
俺:……

 まるで金縛りだった。彼女の視線が、言葉が、俺の全身から自由を奪う。
???:そんなことより、クッキー、美味しいですよ。
 さっき大した物ではないと言ったのに。そう思いながら、少女の白い指に上品につままれるクッキーに見とれていた。

???:はい、あーん。
俺:あーん。
 パキッとクッキーをかじると、チョコの味が口の中に広がる。大した美味しさだ。

???:フフフ。それじゃマリナちゃん、荷物は奥にお願いね。
マリナ:ぎょい。

俺:あ、いや、俺が……
 やります、と言いながら立とうとして――
 ――あれ? なんだこれ?

 異変は突然訪れた。強い立ちくらみに倒れそうになる。強烈な眠気が襲ってくる。なんだこれ!?

 頭に激痛が走った。テーブルの角にぶつけたようだ。
 暗い視界の向こうで、いやにハッキリと映えている少女が微笑する。

???:ふふ、ダメですよ、そんなに簡単に人の勧めに従っては。
 ぼやける思考の中、その声だけが澄んで響いていた。

 ああーそうかー、ダメなのかー、クッキーは……ダメなんだな……
 もう何を考えているのかすら理解できなくなった。

俺:ん……

俺:……ん?
 目を明けると、俺は自分の部屋のベッドにいた。
 あれ、俺いつ寝たんだ?
 放課後しばらくしてからの記憶が無い。リューサンと出会って、マリナのダンボールを持って、それから――

俺:……夢遊病ってやつ?
 眠気が蘇った。
 学校を出る前に何かが、いや、誰かと会っていた気がするのだが、何も思い出せない。

 ……ま、いいか。思考は徐々に投げやりになる。そう、たぶん夢だ。全てが夢。

 おやすみなさい……
最終更新:2007年01月22日 23:41