落ち着け……クールだ。クールになれクニアキ。
遊佐「ふう……」
 何だか必要以上に興奮してしまった。
 そんな俺を知ってか知らずか、マグリフォンさんは実に冷静な口調で言う。
茜「一年生……何か企んでいるわね」
 苦虫を噛むようなマグリフォンさんの声だ。
遊佐「なんだって?」
 どう見ても三年生優勢で、このまま試合が終わってしまうように感じたんだが……
茜「見て」
 ……そうは言われてもこの広いフィールドの中で、一体どこを見ればいいんだ。
 そう思っているとマグリフォンさんはスっと細い指を突き出した。

 ※黒井さんイベント進行中の場合、以下セリフ追加

茜「……なによその顔は……何でたじろぐのよ」
遊佐「いや、まだあの時のことがトラウマとして残ってるもんでね。つい」
茜「ふん。馬鹿ね。こんなトコで再燃させてどうしたいの?」
茜「それとも……あなたが所望するなら」
遊佐「いや、いい。俺は小学校の頃、七夕の短冊に『世界が平和でありますように』って書いた男だぞ」
遊佐「『ここにある願いごとがすべて叶いますように』とも中学生んときに書いた。というわけで無益な戦いは好まん」
 マグリフォンさんは突然、考え事をするように片手をひたいにそえ、静かに鼻をならした。
茜「そういうことを書くやつほど、実は自己敬愛欲が強いのよ。都合が悪くなったら他人におしつけてすぐに逃げ出す」
茜「たとえば放課後生徒会の雑用をおしつけられそうになったとき、罪もないお友達に用をなすりつけて自分は女の子と帰る、とかね」
遊佐「あ、ははは。やけに具体的だね」
 壁に目あり耳あり、私語千里とはこのことか。
 この女、油断ならねぇ……
 そこでマグリフォンさんの顔に勝ち誇ったような笑顔が浮かんでいることに気づく。
茜「鎌をかけただけよ」
 ちくしょう! そういう事かよ!
茜「今は体育祭の最中。わたしだって自分の理性くらいコントロールできるわ」
 いつの間にか表情から憂いだけを切り取ったような鋭い横顔で俺を見ていた。
茜「いずれ決着をつける」
 釘を刺されてしまった。おぉ怖っ。
茜「まぁ今はいいわ。あれを見なさい」
マグリフォンさんがそう言って促す。

※分岐終了

 指の先に、何人かの一年生がいた。
四人……か? 全部で四人くらいの男女の固まりだ。
遊佐「あいつらがどうかしたか?」
 単なるひとつのパーティにしか見えない。
だいぶ目を凝らさないと、きっと固まり自体も見落としていただろう。
茜「気づかない? 彼らの手に何があるか」
遊佐「ん……弓だ。短弓を持ってる」
 よく見たら女の子のひとりは梨香ちゃんだった。幼さを残す顔ながら、弓を構えるその凛とした表情はまるで放たれる二本目の矢を思わせる。
遊佐「単なる射手部隊じゃないのか?」
 彼らは背中に背負った矢筒から取り出した矢を時々放ち、前に出た選手たちのサポートをしている。
茜「ええ。そう見えるわね。でも、それにしては不自然じゃない?」
遊佐「どこが? 普通に見えるっちゃ見えるぞ」
茜「加減してるわ。彼ら」
遊佐「わけがわからん。もったいぶるなって。射手部隊じゃなかったら、何なんだよ」
俺の戸惑いを面白がっているかのように、マグリフォンさんは冷たい微笑みを返してきた。
茜「さぁ、ね……わたしにもわからないわ」
 ただひとつ、言えることはあるけど。
 彼女はそう継ぎ足して、言葉を続けた。
茜「彼らは泥を被っている」
遊佐「は?」
茜「おそらく射手というのは仮の姿……『何か』に擬態しているってことよ」


武僧「こんなもんでええんちゃうか?」
 うちは自らの拳に纏わせたグラブで、いくつもの紙風船を叩き割った。
ラスト三分になってから何回ゲートブリーチになったかもわからへん。
武僧「おおっと、危ないやないか」
時々風を切って飛んでくる矢も、目視で十分避けられる程度や。
そんな攻撃では、二年連続ゴールドバリスター賞に輝いたうちを倒せんへんで?


 武僧都は格闘家として、あらゆる戦う術を把握している。
戦闘に関してのセンスとスキルは常人をはるかに凌駕していた。
頭で考えるよりも前に体が動くタイプ。
たとえ数学の二次方程式が解けなくても、諸葛亮孔明の兵法を紐解くことはできる。
 勝負は最後の笛がなるまで何が起こるかわからない。
だが、時計の針はもう残り一分秒を指していた。
 誰の目から見ても、一年生は武僧たちからルークを奪うことはできない。
 確かに、ルークは二つ存在する。突然彼らがこのルークを諦め、フリーのルークに向かうこともあるだろう。
しかし、それについての手は当然打ってある。
 武僧に、ぬかりはない。


 ――そろそろ決めたるか。
 そう思った瞬間やった。
???「たぁ――!」
 尾を引く黒いポニーテールの髪が、うちの視界をかすめた。
武僧「!?」
気づくべきやった。何者かが周囲の選手にまぎれ、ひそかに好機をうかがっていたことに。
武僧「椎府霞!」
 一閃。椎府はんの短剣が踊り狂う。
 間一髪のところでうちは一撃をまぬがれた。
武僧「んなアホな! まさか、シューター本人が身の危険を承知で特攻してきたっちゅうんか?」
確かに、うちを行動不能にしてしまえば有利になる点は増えるかもしれへん。
だが椎府はんがやられてしもたら、ゲートブリーチ状態は青島のみになってしまうやないか。
そうなれば、絶対逆転不可能や。
武僧「あんさん、血迷うたか!」
 うちは気を練る。うちの格闘家としての感覚は、奇襲ごときでは乱されへん。
武僧「せいやぁー!」
霞「はぁ――!」
 うちの拳、椎府はんの切り裂くような蹴りが交差する。
 クロス・カウンターやった。
 椎府はんのするどい蹴りは、うちの頭に装着されていた風船を一蹴したが……うちの拳も椎府はんの頭にあった風船をとらえた。
 二、三秒の静寂。
 まるで火花を散らした鍔迫り合いが終わったかのように、うちらはバックステップをふんだ。
 弾かれるように互いの体が離れる。間合いをあけて、呼吸を整えた。
 息が詰まるような沈黙のあと、うちは口もとに失笑を刻む。
武僧「残念やったな。確かにうちは死んだ」
武僧「けどな。椎府はん。あんさんも死んだ。これで、うちらの勝ちは決定や。あんさんの、うちを先に殺るういう考えは正解だったかもしれへん……が、裏を掻くには爪が甘かったちぅことや」
 もはや勝敗は明らかや。決まりきった展開、覆すことのできない結果。もう、これ以上の戦いは誰も望まへん。
 ――まさかここまで善戦するとは思わんかったわ。しかしおしかったなー。もし来年があったら、うちらが負けていてもおかしくなかったかもしれへん。
 そんなことを考えているときやった。

 椎府霞が――ニヤリと笑うたのは。

 うちは目を疑った。
 ――笑み?
 ――この女は、笑っとるんか?
武僧「そんな、あんさんらに残された道はなんもあらへんはずや……」
 それでも椎府はんの口もとをかすめたのは、やはり笑みやった。
 ――なんでやねん。あんさんはなんで笑うてるんや!?
霞「へへ……やっぱ先輩は強いなぁ……」
 うちが叩き割った風船を投げ捨て、椎府はんは新たな紙風船の補充を受けるために、ゆっくりと自軍の〈ホームポイント〉へ足を進めた。
武僧「ま、待ちぃや!」
 午後の熱波にまみれる戦場で、うちの乾いた大声だけが歪む熱気を吹き飛ばす。
 椎府はんは、うちの言葉に応じた。
霞「先輩は……」
 首だけ振り返って、笑みに湾曲した口もとを動かしおった。
霞「先輩はあたしと青島のふたりが、シューターなんだと思ってるでしょ?」
武僧「なっ……ち、ちゃうんか!?」

椎府「あたしはな、ペトラなんかひとっつも持ってないよ」

 そう一言だけ告げた。
霞「先輩はこう考えてたはず。あたしと青島がゲートブリーチなのは周知。だったらあのふたりはペトラを持っているはず、って」
武僧「そ、そうや! だけどそれはあんさんかて……」
 へへ、と椎府はんは得意そうに、本当に得意そうに満面の笑顔で言うた。

 策士、策に溺れる。
 トラップだよ。

 嬉しそうに笑う。
霞「あたしの役目は武僧先輩を行動不能にすること。あたしは囮だったんだよ。すべては青島に心置きなく動いてもらうためのね」
武僧「まさか! 本命は青島ちぅことか!」
 心臓が飛び上がる思いであの一年生……青島を探す。
武僧「くそっ、どこや、どこにおる青島マリナ!」
 首をまわし、体をひねって冷や汗が垂れるほど探した。
 そして、ある一点を見たときにうちの視線は凍りついた。
武僧「……なんや……あれは」
 なんという違和感や。
 気の利いた表現など、なにも思いつかへんかった。
薄茶色の長方形が、もそもそと動いておる。
 そいつはまるで単独潜入を試みたスパイのように、ベニヤ板のシールドからシールドをこそこそと渡り歩いとった。
 目をごしごしこすってみる。
武僧「だ、ダンボール……?」
 ぴくっ。
茶色い長方形がゆっくりと方向を変える。
 ダンボールは突然立ち止まり、一瞬うちを見た気がした。
 うちとダンボール。
二者が互いに向かい合う。

ダンボール「…………」

 ダ――――!
武僧「あ、逃げた!」
 うちに呼応したダンボールはついに隠れることをやめ、直立二足歩行で走り出しおった。
 その光景はとてもシュールやった。
 もはやダンボールの中に誰かが隠れていることは明白や。
 その中の人間はうちにバレたとわかるや否や、もそもそとしたしゃがみ歩きを断念。
 こうして上半身ダンボール、下半身人型レッグという得体の知れない『ダンボールマン』が光臨した。
武僧「何モンやワレ――!」
 錯乱気味にうちは見たまんまの疑問を声に出す。
ダンボールマン?「! 敵と遭遇した! バックアップをよこしてくれ!」
 逃げるダンボールマン。追いかけるうち。
武僧「誰かそのダンボールを止めぇ!」
 うちはすでに風船がゼロや。つまり『死んでいる』状態。
たとえ追いつけたとしても手を出すことはでけへん。
 うちの罵声に気づいた何人かが、かえるの歌の輪唱みたいに次々と首を回す。
武僧「そいつが青島や! あのわけわからん電波的センスやさかい、間違いあらへん!」
 板があったらぶち抜いてしまいそうな勢いでダンボールマン――青島マリナを指差す。
青島「あら。大変、落ちてしまいました」
 ぼとぼとぼと……
 青島の被ったダンボールから雨あられのように何かが大量に転げ落ちてきよる。
武僧「あ、青島ぁぁぁ!」
青島「ああ、武僧先輩。そんな大声だすと、声に驚いたペトラくんたちが逃げてしまいます」
 うちはこぼれ続けるペトラの数に、思わず叫んでいた。
武僧「あれが、全部ペトラいうんか!?」
――そんな、逆転どころやない。かるく二〇点分はあるやないか!
青島「武僧先輩。だから、大声出すとペトラくんたちが逃げてしまいますよ」
 なにやら青島はバツが悪そうな顔やった。
しかし、声は裏腹に……少し楽しそうや。
青島「彼らの帰るべき場所……そう『ルーク』というおうちに、ね」
 バッ!
 ダンボールが宙を舞う。
さっそうと姿を現したヒーロー、いやヒロインや。
青島マリナはダンボールを放ってしもたらペトラを持ち運ぶものがなくなってしまうと気づき、たった今捨ててしもたダンボールをわざわざ拾ってきてペトラをその中にせっせと詰めこむ。


 ――つまり、一年生の作戦はこういうことだった。
 まずゲートブリーチである青島、椎府が勝利へのカギを握っていることは間違いない。
 偽装が成功した最大のポイントはふたつある。
ひとつは、ゲートブリーチ状態がふたりいたこと。
ふたつは、一年生が不利な状況下だったところだ。
『ゲートブリーチならペトラを持っていて当然。まして負けているのだからなおさら多くのペトラを所持しているはず』
 この先入観を利用した。
 実際は……二人ともほとんどペトラを持っていなかったのである。
ポイントゲッターは青島にすべて任せ、椎府は持っていたわずかなペトラを残らず捨てた。
 椎府は自分がゲートブリーチでありシューターであることを強く示し、指揮の武僧の目をひきつけるため全員でひとつのルークに突撃することを表明。
 ゲートブリーチでありながら自らも攻撃に参加することでより相手の注意をより自分にひきつける。
彼女はその隠れみのを利用してひたすら掘りまくった。
 ダンボールの下で黙々と。
 結果、椎府のカモフラージュのおかげで青島のペトラの数は相当のものになった。
 囮の椎府。本命の青島。
 すばやい動きと、音もなく敵に近づき息の根を止められる椎府霞ならでは作戦だったというわけだ。


武僧「こらあかん。やられたわぁ」
 そこからの試合スピードはまさに流れ星のようだった。
マイペースな青島は、すでにもうひとつのルーク目前までたどり着いていた。
 周囲の選手たちの視線は、いつしか青島に釘付けになっていた。
武僧「止めぇ! 絶対止めえ!」
 焦燥にまみれた武僧の怒号が校舎にこだまする。
 怒号に驚いて我に返った三年生の選手たちが駆け出す。
 三年生たちは今になってようやく理解した。
あの一年生、青島マリナを止めなければ負けるのは自分たちなのだということを。
三年生「おおおおっ!」
 雄たけびが三年生からあがる。彼らはたった一人の少女を倒すために土ぼこりを巻き上げ、一直線に向かっていった。
霞「さぁ、予想通りだよ。迎撃準備に入って!」
 椎府の呼びかけに応じたのは、弓削梨香たち四人の短弓使いだった。
霞「『影縫い』部隊!!」
 それまで射手の役割をになっていた四人の男女が、突然くるっと反転した。
梨香「みなさん、椎府さんの合図です! キャプチャーアローを用意してください!」
 おう、とリーダーの梨香に従う部隊メンバー。
 腰から普通の矢とは違う、不格好な矢を取り出した。
矢じりが通常のものとは異なり、拳台の球のようなものが装着されている。
梨香「フォーメション・スクウェアを展開!」
 四人のメンバーそれぞれが、雄たけびをあげる三年生たちを取り囲むようなポジションに立つ。
梨香「今です! 放ってください!」
 声と同時に、やや上方へ矢をいっせいに射る。
 空中から見たなら、その弾道は四角形の点と点から対角に向かって線を引いたように見えただろう。
 一閃。そして矢は空中で『爆ぜた』。
 この矢はなにも、炎をまきちらして辺り一帯を地獄の業火で焼き尽くすというウェポンではない。
 爆発した矢から黒い格子状のものが飛び出し、空中展開。
 それは徐々に地面に近づいて、三年生たちに降り注いだ。
三年生「なんじゃこりゃあ!」
 黒い格子状のものは、広大な網だった。
 一網打尽の投げ網漁みたいに、三年生をきれいに捕獲してしまった。
 障害物競走の網くぐりで大失敗してしまったように彼らはもがき続けるが、合計四重層の網を抜けることは容易でなかった。
武僧「あんですとー!?」
 眉毛を互い違いにした変な顔で、武僧が叫ぶ。
武僧「椎府はん、やりおったな!」
 ククク、と霞は口を押さえて笑う。
 射手部隊という泥を被っていたのは、最初から影縫い部隊としての本質をカモフラージュするためだったのだ。
 ととと、と小柄な少女が網に捕まった雑魚たちに歩み寄り、しゃがみこんで小枝でつんつんと三年生をつつく。
マトンくん「おーおー、そんな目でうちを見んといてや。恨むべきは何も考えずにあんさんらを特攻させたあの空手女やろ?」
久々津「あの……あんなんでも一応うちらの部長なんや……そんな風に言うたら部長がかわいそうやでマトンくん……」
武僧「ごっつ嫌な感じや! ちくしょう! 久々津、あとで覚えときぃ! ……こっち見んなやマトン!」
武僧「あーもう! しのぶ! 出番やで!」
 武僧は息を切らせながらも同胞の名を叫ぶ。
武僧が仕込んだ最後の罠が、その呼びかけに応える。
しのぶ「わかってるってば。そんな熱くなんないでよ、ミヤコ」
 ぬぅ、とルークの影から忍者のように姿を現したのは生徒会長兼密偵の甲賀しのぶだった。
しのぶ「ったく、ろくに試合もせずこんな狭いトコに隠れてた身にもなってほしいよ」
武僧にぬかりはない。あらかじめフリーのルークにしのぶを潜ませていたのだ。
ルークにたどり着いた青島が、しのぶに吼える。
青島「お前がラスボスか!?」
しのぶ「ラスボス? あっはっは!」
しのぶ「そうさ。残念だったね青島さん。ゲームの最後にはやっぱラスボスがいるもんだよね。お約束だった?」
 しのぶから普段浮かべるようなうっすらとした笑みが突如失われ、ゆっくりとすべるように三日月みたいな口になっていった。
しのぶ「でもね、こいつはBAD ENDってやつさ」
しのぶ「死神がアンタを呼んでるよ。覚悟しな」
 しのぶは両腕をクロスするようにかさね、顔の前で構える。手は拳を握っていた。
 と、次の瞬間まるでクジャクが尾を広げたみたいに、両の拳から無数の短刀……苦無が現れた。
 苦無の向こうから、しのぶの鋭い眼光がのぞく。
しのぶ「大丈夫。ゴム製だよ。当たっても死にゃあしない」
 青島はわずかに眉をひそめて、
青島「――甘いです」
 青島は腰の剣を抜き、構える。
居合いのように、剣を脇に構えて一撃必殺を狙う。
しのぶはおそらく、あの苦無を飛び道具として使用する。
だとしたら防御に重点をおくことはほぼ無意味。
防御を捨て、攻めに徹する。
いかに相手の懐にすばやく飛び込めるかということが勝負の分け目になるだろう。
青島「わたしを倒すつもりなら真剣を使ってください。もっとも……それでもわたしの模造剣にすら勝てないと思いますけどね」
しのぶ「ふーん、言うわね。けどね青島さん。こういう言葉知ってる?」
 クロスした両腕が弧を描き、投てきに適した構えに移行。
甲賀しのぶが戦闘態勢に入った。
しのぶ「大根を正宗で切る」
 青島は怪訝な表情でしのぶを見る。
しのぶ「たかだか大根野朗を切るためにマジになんなってことだよ!!」
 しのぶは音もなく、すばやい身のこなしで跳躍した。
極限まで洗練され、まったく隙のない構えから苦無が散弾銃の弾のように放たれる。
 青島の目にはるか上空からどんどん大きくなる苦無の先端がうつった。
 青島は回避の姿勢をとった。
姿勢を低く、身を投げ出すように前転して突進。寸前のところで苦無を回避した。
ドスドスと空を突いた苦無がダーツのように地面に刺さる。
 苦無を投げ終えたしのぶが着地し、二拍目の苦無を取り出そうと腰に手をやる。
青島は剣を振りかぶる。着地の一瞬の隙を逃さなかった。
 ガッ!
 青島は上段から一閃。振り切る勢いで剣をしのぶの頭上の風船に叩きつけたものの、青島の剣は風船の一寸手前で止まった。
 振り下ろされるより一瞬早く、しのぶは取り出した苦無で自ら頭上をガードしていたのだ。
しのぶ「やるじゃない。大根呼ばわりは撤回してあげるよ」
青島「いいです。大根で結構です。わたし、大根おろし大好きですから」
 弾かれるようにふたりは間合いをはかり、対峙する。
 だが戦いは終わらない。
 刹那の判断がしのぶを信じられない挙にいざなう。
 遠隔攻撃を得意とするしのぶが、自ら先駆けて間合いをつめ、苦無を乱射する。
 青島はよくわからないしのぶの行動に戸惑いつつも、態勢を低くして飛んでくる凶器を避けた。
 が、突然の攻撃に驚いた青島の足はもつれ、バランスを失ってしまった。
 それこそしのぶの狙いだった。
スピードで優れるしのぶが有利に戦いを進めるには、相手を翻弄し注意力を散漫にさせる必要がある。
遠方からの投てき。
すでにこの戦法は見限られたといってもいい。
勢いにのせて、まったく同じことを繰り返すなど愚挙にひとしい。
予想外の行動と相手の意表をつく攻撃。
変化に富んだ戦いこそが、しのぶの最も得意とする戦い方だった。
間合いをつめ苦無を構えるしのぶ。
意表をつかれた行動でバランスを失い空中になげだされる青島。
 だが、その顔に『諦め』の二文字を感じさせるものはなかった。
 青島は、うっすらと笑みを浮かべる。

パァン!

 紙風船が割れる乾いた音がひびく。
しのぶ「なっ!」
 ぱさぁ――
 ふわりと舞う穴が開いた紙風船。
バランスを完全に失い、その場に背中から倒れる青島。
 その手に、剣はなかった。
青島「あなたの戦い方が予想できないのなら、わたしは手の内で踊るまで」
 紙風船を割られたのは――しのぶだった。
 青島の投げた剣に貫かれて。
 研ぎ澄まされた投撃だった。
不利な態勢ながらもよろめき倒れた瞬間、まだ空中にいるうちから攻撃をしかけようとするしのぶの姿を確認し、とっさに剣を投げた。
青島「パターンになれた人間はイレギュラーに対応できない。つまり、パターン化できない相手は『パターン化できない攻撃しかしてこない』んです」
しのぶ「何ソレ……そんなの屁理屈だよ」
青島「……かもしれません」
 へたり込むしのぶを尻目に、青島はよいしょ、とペトラが大量に収まったダンボールを持ち上げる。
 納得できない、という表情をなげかけるしのぶに、青島は一言だけ残した。
青島「こう見えても負けん気は強いんですよ」
 だから……
青島「だから要・注意です」


遊佐「終わってみれば五八対七〇で一年が圧勝……か」
 何だかすごい勝負を見た気がする。
 歴史にはなんの価値がなくても、歴史に刻みたいくらいの勝負だった。
遊佐「青島さん……すごいんだな」
 感傷に浸っていると、となりのマグリフォンさんがシンデレラの鐘を鳴らしたような冷酷な声で、俺に告げる。

茜「さぁ、次は私たちの試合よ」
最終更新:2007年02月21日 07:46