これは本当にエピローグ、のはず



ピーピーピーピー
「………………ん…………」
耳元で鳴り響く目覚まし時計に、茜はのそのそと手を押し付ける
7時前、いつも通りの彼女の朝
彼女はベッドから起き上がり、時計のカレンダーを見る
THU、つまり木曜日。今日は7月23日だ
家事手伝いのラールリックの声がする
「お嬢様、朝ごはんの用意が出来ましたよー」
未だベッドの上で、その声に茜は毎朝の返事をする
「ええ、今行く……今行くわ」



いつも通りの時間に家をでる
彼女は……黒井真名は、朝はやはりあの教室から始まっているのだろうか?
昨日……というか、今日の夜というか、
前回の23日の夜に、わたしは遊佐洲彬と会った
彼は、黒井真名という存在を取り戻す為に、世界に喧嘩を売っていた
自分自身を7月23日の夜に縛り付けて、時間の流れに耐えていた彼
世界は、そこに矛盾が生まれない様に彼を消そうとした
しかし彼はそれに耐え続け、このままでは矛盾が生まれるので
世界は仕方がなく、7月23日を繰り返し続けていた
そして根競べは彼の勝利に終わり
前回の7月23日に、遂に黒井真名はこの世界に戻った
しかし、今度は遊佐が、自分にかけた魔法を解けなくて
無意味に7月23日に縛られ続けている
7月24日が来るのは、彼が戻ってきた時か、消滅した時
彼が消滅した時には、わたしも彼の存在を思い出すことは出来ないだろう
とりあえず23日が繰り返し続けている間は、彼がまだ消えていない証拠
7月24日は黒井真名にとって待ち望む明日でもあるが、
同時に遊佐洲彬の消滅という、恐ろしい可能性も秘めている
なんとも複雑な日なのだ。
わたしは、当然さっさと明日になって欲しい
……まあ、それはともかく
今日からしばらくは黒井真名と行動を共にしなければ。
あの馬鹿者の頼みを聞くのは癪だけど、
彼女に人間としての知識を色々教える事になった
けど、わたしはボランティア主義ではないので
交換条件として、彼女に魔法の知識を教わる約束を取り付けておいた
勿論、継承ではない。
そんな事をしたら、戻ってきた彼に殺し合いを申し込まれてしまうだろう
なので、魔法力の修行と、6元素の知識は見よう見まねで習う
直接の継承に比べれば格段に見劣りするだろうけど
それでも今よりは6元素を使えるようになるだろう
彼女のレッスンに期待するとしよう
遊佐に一週間ほどで全ての引継ぎをした程の腕だ
さぞ素晴らしい教え方が出来るのだろう
終業式にしては、早めに学校についた
柊さんと挨拶をして、廊下へ出たところで真名と出会う
「おはようございます……夜の事は覚えていますか?」
「おはようございます。ええ、覚えています」
「では、今日からお世話になりますね」
にっこりと微笑む彼女
「こちらこそ」
握手を交わし、体育館へ向かう
同じ日を繰り返す中で、しばらくは退屈せずに済みそうだ



そうして、わたしと彼女はその日から多くの行動を共にした
どうせ繰り返す、との事から2回目からは終業式にはでなくなった
彼女は、これまで学校で長い時間を過ごしていただけあって
授業で習うような知識はわたしより多く知っていた
それに、よほど暇だったのだろう
それ以外の知識も色々と知っていた。情報源は本らしい
知らなかった事といえば、学校の外での事
エレベーターの使い方がわからなかった彼女は中々新鮮だった
本当は、こういうのは遊佐が見て楽しむべきなのだろうが
頼まれ事の報酬としてわたしが貰っておこう
料理も本から知っていたようだが
彼の為にもっと知っておきたい、という彼女の希望により
1週間分ほど、丸々1日わたしの家で料理大会をやっていた
ラールリックが「この方はどちら様ですか?」と
毎日毎日同じことを聞いてくるので(当たり前だけど)
その料理大会中は、彼女はわたしの家のお手伝い見習いという設定になった
これのおかげでわたしもずいぶんレパートリーが増えた
それと、そう。トイレの使い方も教えた
彼女の存在から、トイレは必要ないはずだったのだが
どうやら彼女は「人間」としての体を持ってこの世界に戻されたようだ
「遊佐は、相当念入りに世界を脅した様ですね」
というわたしに、彼女は
「恐らく、二度とこんなことをされないためにでしょう」
と嬉しそうに笑っていた。なんだか悔しかった
旅行もかなりした
お金も一日でリセットされるので
ラールリックを説き伏せて飛行機をチャーターしたこともあった
けれど、移動に時間がかかりすぎる遠めの外国などは
移動中、もしくはついてすぐに23日が終わってしまうので
旅行は国内が多かった
マシュマロのような雪に頭から突っ込む彼女を大笑いした後、凍らされた
死んでも朝になれば繰り返されるのか、本気で考えた瞬間だった
海に行く約束もしていたらしく、水泳の練習もかなりした
意外なことに、彼女は割とすぐに水泳法を覚え、しかもわたしより早く泳げた
反面持久力はないようで、少し泳ぐと、すぐにぐったりしていた
肌の色からの想像通り、ひ弱なようだ
長く一緒にいたので、当然喧嘩もした
彼女は大抵のことは、妥協や折衷でこちらに合わせてくるのだけど
わたしの理解できない所で妙に譲らなかった
わたしもそれで譲らないものだから、言い合いになってしまった
「赤だなんて、いやです。私は黒が好きなのです」
「何ですって?赤はわたしの大好きな色よ
 黒だなんて、まるで魔女そのものではないですか」
たかがネイルアートであんな大喧嘩になるとは思わなかった
けど、彼女はこの繰り返される一日において
唯一の新しい要素を持ち込む相手であったので
仲直りをしない訳にはいかなかった
それは彼女も同じだったらしく、2日もすればどちらかが謝っていた
その手で困ったといえば、彼女にレンタルショップを教えた時がそうだった
毎日山のように映画をレンタルしてテレビの前に噛り付く彼女は
実に3ヶ月分近くそれを繰り返した
その間わたしは不貞寝とか、発声練習とか、果ては格闘技の練習とかしていた
その位暇だったのだ。
そうして映画を山ほどレンタルする合間にも、彼女は時折映画館へ足を運んだ
同じ一日を繰り返すのだから、映画館では同じ映画しかやっていないのだけど
その中の一本はどうも彼女にとって特別らしく
フラっと消えたと思ったら4時間後に戻ってきたりしていた
わたしはというと、魔法の練習は中々に進行中で
6元素の魔法もそれなりに扱えるようになった
そして大抵のことをやり尽くした後、彼女はまた学校へでるようになった
なんのことはない、ただの終業式の繰り返しなのだけど
夜にはその空間に存在する彼と、会えずとも同じ場所にいることは
彼女には意味のあることなのかも知れない
わたしとしても、一日で出来ることは大抵やり尽くしたので
彼女に習って登校する事にした
柊さんと毎日同じ挨拶を繰り返し、体育館で生徒会長の演説めいた挨拶を聞き
クラスに戻って成績表を受け取り、休暇中のキャンプの話に巻き込まれる
最初は断っていたのだけど、柊さんが必ず食い下がってくるので
その内あっさり了承して済ませるようになった
こんな繰り返しを続けていると、時折自分を忘れそうになる
正確には、この23日がループしているということを
忘れてしまえたら、わたしはまたこの23日に新鮮さを感じられるだろう
こんな風に考えるのは、弱気になっている証拠だ
その朝が何回目のループか、数えなくなって久しい
遊佐は未だ現れない
信じていたくても、これだけ長く待たされると
倦怠感も手伝って、不安になってしまうのだ
わたしがこの一日に飲み込まれてしまう前に、彼は戻れないのではないか
そして、わたしが認識できない内に、彼は消えてしまうのではないか、と
「…………全く、遅すぎるのよ……」
ぼんやりと頬杖をついて、席から窓の外を眺める
夏の日差し。校門から校舎までの青々とした並木道が、風でざわめいている
鳥恩先生が生徒に成績表を返している。もうすぐわたしの番だ
と、そこで、校門から一人の生徒が歩いてくることに気付く
とぼとぼと、やる気なく校舎に向かう男子生徒
終業式はもう終わったのに、今ごろ何をしに……
はっと、ぼやけた頭を覚ます
そんなはずはない。この一日に新しい出来事を持ち込めるのは
わたしか彼女しかいないはずだ。いや、もう一人いるとしたら、それは────
席を立って窓から半分身を乗り出す
「おおおおぃマグリフォン=茜!
 どこからエスケープしようとしてるんだああ
 君の成績はかなりいいから、早まるのは止めたまえ!!」
「茜さん、何見てるの?……ありゃ?あれって……」
柊さんがわたしの目線の先の彼を見つける
「ん?なんだ遊佐か。今ごろ何しにきたんだあいつ?」(←聖)
「──────っ」(←茜)
玄関口へ走り出そうとした足が、止まる
彼に向かって、校舎側から一人の女子が走って向かっている
長い黒髪を揺らす彼女。
校門からの位置から察するに、わたしだって相当早く彼を見つけたはずなのに
「む!遊佐洲彬か。遅刻も遅刻の大遅刻!
 教室に上がってきたらみっちり説教してやらねばなるまい!」
「お?誰か遊佐の方に走っていってるぞ?」(←中島)
「黒井先輩だ!」(←誰か)
「うわー何なに?これってどんなシチュエーション!?」(←誰か)
教室中の生徒が窓際に寄る
「…………はぁ」(←茜)
力を抜いて、席に座り込む
頬杖をついて、さっきと同じように窓の外の2人をぼんやり眺める
「…………全く、遅すぎるのよ…………」
彼女は彼の少し手前で立ち止まる
こういう時には、有無を言わせず抱きつくように教えたはずなのに
「うわぁ、遊佐君と黒井先輩、どうしちゃったのかなー」(←たぶん神契)
「うおっ抱きついたぞ!遊佐ーーー見せつけすぎだーーー!」(←中島君のはず)
「何をしている遊佐洲彬!さっさと上がってこおおおい」(←サベッジ)
ちくりと胸が痛む
窓の外の2人を眺めつつ、もう一度ため息をつく
非常に馬鹿馬鹿しいけど、そういうことなんだろう
「きゃ~~~何っ、なんでお姫様だっこ!?」(←井草さんあたり)
「おおおおい何処へ行く気だ遊佐洲彬あああ!!」
だけど、これで良かった。
彼女は間違いと知ってなお、彼に寄り添い
彼はその彼女の為に、更なる間違いをもって、奇跡を実現した
夢物語を本物にしたのだ
正しいもの、完全を妄信したわたしには、
手に入れられるはずもない、間違いの先にある完全なハッピーエンド
ああ、わたしはまた彼に負けてしまった
「あれ、茜さん、泣いてるの?…………ううん、嬉しいの?」
「ええ……いいえ、ただの欠伸よ────」
だけどこの涙は、あの2人には見せてやらない
これが、わたしの最後の意地なのだ



「はぁ~~~~」
昼の近づく夏の日差しの中、校門をくぐる
昼の学校を見るのはとてもとても久しぶりだ
「随分かかっちまったよなぁ……2人とも、怒ってるかなぁ」
まさか……忘れたりはしてないよね?
そんな事態起こってたら俺ショックでそのまま死んじゃうぜ
頭を掻きながら、ゆっくりと、たらたら校舎へ向かう
さわさわと両脇の桜の樹から、気持ちのいい音が聞こえる
「……あ」
忘れられてるかも、という俺の失礼な不安はすぐに吹き飛んだ
校舎から俺の方へ、走ってくる女子の姿が見える
長い黒髪の上級生。
俺が世界さんから奪った、月の姫
そのまま抱きつかんばかりに息を切らせて走ってくる彼女を
片手を上げて、少し手前で止める
「────ストップ」
はあはあと上下する胸を右手で押さえる彼女
2人の間には5メートル程の距離がある
「…………こういう時には
 有無を言わさずに抱きつくように教わったのですけど」
「ぐはっ、誰だよそんなの教えたの……ってあいつしかいないよな
 ……まあ俺も割とそういうの好きだけど、でもごめん
 先輩に会ったら何より先にしようって決めてたことがあって」
夏の日差しに、強く鮮やかに刻印された木の葉の影
その影で彩られた並木道を、一歩一歩彼女へと歩いていく
呼吸を整えて、潤んだ目でこちらを見つめる彼女
風で木の葉の影が揺れて、心地良い音が2人の間を吹きぬける
そして辿り着く
葉を縫って差し込んだ光が、わずかに先輩をよぎる
それでも瞬き一つしない彼女の左手を取り、その中指に指輪を嵌める
約束の指輪。その価値は、日本円にして300円でしかないのだが
「…………!!」
今度こそ抱きつかれる
「もうっ……少し待たせすぎですよ……!」
それは今と、今までと、どちらのことかわからなかったけど
「ごめん、ちょっと遅れるくらいがいいかと思って」
その体を抱きしめる
「もうっ、もうっ!、本当に、貴方はっ……!
 ……本当に、良かった……」
ひっくと彼女の喉が鳴る
あー……そうだ、まあ一応確認しないとだ
「……返事、聞かせてもらっていいかな?」
「……もうっ…………おかえりなさい、洲彬」
「ん……ただいま、真名」
ワアアアアーっと、野次馬が盛り上がる声が聞こえる
「うわ、なんであいつらこっちに気付いてるんだよっ!?」
モロ俺のクラスじゃねえか!
ピーピーと指笛を鳴らしてる奴まで居……中島てめぇ!
「ってあれ、じゃあ今ってまだ23日?」
「ええ。24日に戻ってくると思っていたので、不意打ちすぎて驚きました」
「んじゃ、あいつらがクラスに居るってことは、終業式は」
「もう終わりましたよ。洲彬はいつも遅れますね」
腕を解いた真名がクスクスと笑う
「ぁー……いやぁ、返す言葉もないっす……」
照れて頭を掻く
「そんじゃ、成績表もらいにちょっと行って……」
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー」
聞きなれた雄たけびが遠くから響いてくる
「うおおおーーーマジかよ!半端ねえ!あの人ホントに半端ねえ!!」
「不純、異性、交友は、お縄だああああ現行犯逮捕ォーー!」
急スピードでこっちに走ってくる生徒会長
「ふふふ……不純ですって。何をすると不純なのかしら。ねえ?」
うふふと真名がとっつぁんを見て笑う
「いや、言ってる暇はなさそうだ
 もう終業式は終わったんだよな、なら」
「このまま、逃げてしまいましょうか」
そう言葉を続けて、真名が俺の手を取り校門へと促す
振り返って微笑む彼女を、木の葉から漏れた光が優しく飾る
「……ああ────」
俺は、この瞬間を願ったからこそ、戻ってこれた
その手を強く引き寄せて、彼女を抱きかかえる
「あっ……」
俺の顔のすぐ近くで、真名が上目遣いに見上げてくる
どうせ、後でみんなに茶化されるのは決まってるもんな
「それじゃ、行きましょうか?姫」
「ええ…………ええっ、何処へでも攫って
 私の闇の王(Shadow Lord)────」

最終更新:2007年02月08日 23:13