遊佐「……」
息を潜める。
遊佐「まだか……」
俺は電柱の影に隠れている。
来た。ターゲットが。
焦るな、失敗するわけにはいかない。
もう少し、もう少し……今だ!!
遊佐「てい!」
霞「わっ!」
珍しく歩いてきていた霞の背中を少し強く押した。
霞「あー、驚いた」
遊佐「ふっ、いつもやられてばかりだからな」
霞「……」
遊佐「怒った?」
霞「え? ううん、怒ってないよ」
遊佐「わ、悪い」
霞「ほんと、怒ってないってばー」
遊佐「そ、そう?」
霞「うん、行こう」
遊佐「そうだな」
昨日よりは晴れてはいなかったけど、それでも晴れていた空。
遊佐「しかし、朝から暑いのはなんとかならんか」
霞「暑いのが夏だからね」
遊佐「霞は夏と冬どっちが好き?」
霞「わたしはねー、どっちも好きだけど。それでもやっぱり夏かな」
遊佐「何で?」
霞「んー、思い出が夏のほうが沢山あるからかなー」
遊佐「思い出かぁ」
俺も夏を思い出す。時々こっちに来ていた夏休み。
遊佐「夏の思い出……」
霞「遊佐君はどっち?」
遊佐「俺か、俺は……やっぱ夏かな」
夏って何か活動的になれるものがある。
霞「あは」
遊佐「ん?」
霞「遊佐君らしいな」
遊佐「どの辺が?」
霞「なんとなくだけどねー」
遊佐「ふーん?」
なんとなく、か。
遊佐「夏といえばクーラーの効いたと部屋に暑いところから入った時の破壊力は抜群だよな」
霞「わかるー。冬の暖房よりはこう、きくーって感じ」
遊佐「そうそう」
冬の暖房の効いた部屋も悪くないけどね。
午前の授業中。俺は夏の思い出を探していた。
こっちに来て、誰かと遊んでいたような。ふとマグリフォンさんの席が目に入る。
遊佐「……ん?」
視線を感じた気がしたんだけど。
でも、こっちに来て出来た友達何人かと遊んだ記憶もある。
遊佐「あ……山」
俺はふと窓の外の山に視線を向ける。
ここからでも見える神社がある。
あそこで遊んだ気がする。そうだ、あそこで……。
遊佐「なんだっけ……」
あー、思い出せない。遊んだ記憶はあるんだけど。
遊佐「あー、木登りしたわ」
そうそう、木の実を取ろうとしたりして。
遊佐「ん?」
そういえば。
俺は隣の席を見る。
中島が寝ている。相変らずのアホ面。
遊佐「……」
まさか、な。
遊佐「いや、ありえるな」
セミが鳴いているのが聞こえる。
夏の匂い、そういう表現がまさに合う。
??「約束だぞ!」
遊佐「ああ」
チャイムの音が聞こえる
遊佐「……ふぁぁあ、寝てた」
気付いたら俺は授業中寝ていたらしい。
霞「……」
遊佐「……ん」
霞「起きた?」
遊佐「あ、悪い。寝てた」
屋上の風が涼しくてつい寝てしまっていたようだ。今日は良く眠くなる。
霞「おはよう」
遊佐「おはよう」
俺は携帯で時間を確認する。
遊佐「どあ! 既に授業始まってる!」
霞「え? 本当だ。って今日は土曜日だよ」
遊佐「……そうだった。っていうより本当だって」
霞「実はわたしも寝てた」
遊佐「まぁ……気持ちよかったもんな」
日差しで暖まった風が心地よい。日陰はひんやりしていて気持ちがいい。
霞「うん」
遊佐「このまま、もう少しぼーっとしておくかなぁ」
何となく提案してみた。
霞「そうだね……そうしよ」
霞が目を閉じる。また寝るつもりか。
俺は深く腰掛け直す。
今日は霞に誘われて一緒に屋上で昼飯を食べたんだけど。
霞「……すぅ」
霞は再び寝てしまったようだ。
規則正しく聞こえてくる息遣い。そして上下する胸。
そしてそのまま流れるように。
遊佐「……ま、いっか」
俺にもたれかかってくる。髪がほほにあたって少しくすぐったい。
相変らずの石鹸の匂い。
何故だろうな。いつも不思議に思う。
遊佐「男と女の子の髪の毛の質って違うんだろうか……」
努力が足りないだけか。まぁ、俺は別にいいんだけどね。
遊佐「にしても、本当無防備だよな」
寝ている霞の顔を覗き込む。
また心臓が一つ強く打つ。
遊佐「……」
霞を起こさないようゆっくり顔を持ち上げる。
遊佐「……ふぅ」
悪く無い。こんなのも。
中島「ホームルームすっぽかしてってどこへいっていたぁ! うはうはか!」
遊佐「保健室」
中島「なんだと!? 保健室でうはうは!?」
遊佐「違う、お前はもうだめだ。だめなんだよお前は。あのな、お前はもうな。だめなんだよ」
中島「三回もだめ出し!?」
遊佐「ちょっと頭が痛かったから眠りにいってたんだよ。それくらいならいいだろ」
中島「そうだな」
中島との会話も悪くない。こんな馬鹿な会話だって面白いもんだ。
ましろ「あ、どこへいってたの?」
放課後になってずいぶん経つのに結構人が残っていた。
遊佐「あぁ、実は四限目の終わりから頭が痛くてな……保健室で寝てたんだよ」
嘘なんだけどね……すまんな。
ましろ「大丈夫?」
遊佐「寝たら治った。バイトにも支障なし」
俺はぐっとガッツポースを大げさに見せる。
ましろ「そっか」
聖「あまり無茶はよくないぞ」
遊佐「ああ、それにバイトするのが今おもしろいんだ」
中島「ほう?」
聖「おもしろい、か。いいことだな」
遊佐「だろ? 自分で働いて稼ぐってことがわかった気がする」
ましろ「何だか、遊佐君が偉くなった感じ……」
中島「そうだな……」
階段を駆け下りて下駄箱に到着する。
遊佐「あれ?」
すぐにここに集合のはずだったんだけど。
遊佐「珍しく俺が待つ番か」
俺は靴を履き換えると窓ガラスによっかかる。
しばらく待っている間何人生徒が俺の前を過ぎ去っていく。
遊佐「うーん」
どうしたんだろう?
霞「ごめーん。待った?」
霞がやってきた。
遊佐「ちょっとな」
霞「ほんとうごめん!」
遊佐「いやいや、いつもは俺が待たせてるしな。気にするほどじゃないよ」
霞が靴を片足を後ろに上げながら履き替える。
霞「おっとっと」
遊佐「ゆっくりでいいから」
霞「あい」
まだ焦るような時間じゃないしな。
霞「今日も暑いね」
遊佐「だな」
道路がもやもやしている。
霞「うー」
遊佐「あー」
途中自動販売機でジュースを買う。
遊佐「おいしいな」
冷たさが喉を通る。
霞「あー、冷たくて気持ちいい」
ほっぺに缶をあてる霞。
俺も当ててみる。
遊佐「おぁー」
これは効く……。
二人で缶が温くなるまであて続けながら喫茶店まで歩いた。
遊佐「はぁ、もういい」
俺は既に諦めていた。
霞「ん?」
遊佐「がんばれ俺の自制心とだけ言っておく」
昨日と同じく一緒に着替えている。
霞「?」
遊佐「さて、今日もがんばりますか」
さっさと着替えて俺は外に出る。
霞「おー」
遊佐「まずは着替えてからね」
霞「はーい」
今日もまずは皿洗いから。既に何枚か溜まっている。
遊佐「ほいほい」
何事も慣れると素早く出来るようになるものだなと思う。
遊佐「それでいて汚れを逃さないようにっと」
キュキュキュ……。
遊佐「で、終わったわけなんだけど……」
ここは思い切ってレジやってみるかな。
遊佐「松下さん、レジやってみてもいいでしょうか?」
店長「ああ。やってみるといいさ」
遊佐「はい」
遊佐「霞、俺が次レジやってみるから」
霞「え? あ、うん。がんばって」
少し驚いた顔をする霞。
遊佐「ああ」
そしてお客さんが席を立つ。俺はレジに向かう。
遊佐「
ありがとうございます」
教えてもらった通りに……。
遊佐「はい、485円になります」
………………
遊佐「ありがとうございました」
お客さんが出て行くのを見届けて。
遊佐「ふいー」
何とかできた……。
霞「ちゃんと出来たね!」
遊佐「おう、どうよ」
霞「うんうん」
その日は俺がレジ打ちをやり続けた。
店長「これで霞ちゃんはさらに楽になったね」
霞「え? ん、そうだねー」
少し意識が別の方向にいっていたらしい。返答が鈍い。
遊佐「やっとまともに役に立てるようになりましたかね」
店長「ああ、十分だ」
霞「うん、助かるよ」
遊佐「よかった」
今日も昨日の練習をした後の掃除をしている。
店長「それに遊佐君がきてからは店が明るくなったよ」
遊佐「俺が来たくらいじゃそう変わらないと思いますけど」
店長「いやいや、霞ちゃんが明るくなった気がするよ」
霞「わたし?」
店長「私と二人でも面白くもなんともないだろう?」
霞「んーそんなことないけど。でもやっぱり遊佐君が居るほうが楽しいかな」
俺はその言葉がうれしいと思った。
店長「そうだろう? 霞ちゃんが明るいと店も明るくなるさ」
遊佐「俺もそう思います。この店のアイドルですね」
店長「ははは、その通りだ」
霞「えー?」
遊佐「あはは」
三人で話すのも楽しかった。
霞「ちょっと疲れたかな。休憩ー」
霞がイスに座る。
遊佐「そっか、俺が後はやるよ」
霞「うん」
霞の負担を減らせればいいと一心に掃除をする。
遊佐「……ふぃ。こんなもんか」
俺は汗をぬぐう。
遊佐「終わったよ、霞」
霞「……」
遊佐「霞?」
霞「え? あ、何?」
遊佐「どうしたんだ?」
霞「何でもないよ?」
店長「どれ」
店長が霞の額に手を当て自分の額と比べている。
店長「熱があるんじゃないか?」
遊佐「おいおい。大丈夫か?」
霞「ん、平気」
霞が勢いよく立ち上がる。
霞「ふわ」
ちょっとふらつく。
遊佐「ほら、やっぱり」
霞「ちょっと休めば良くなるよこのくらい」
店長「うーん、夏風邪をひいたんじゃないのかい?」
遊佐「汗もかきますしね」
霞「じゃあ今日は帰って寝るかなぁ」
遊佐「ああ、ゆっくり休めよ。んじゃ今日は掃除も終わったし帰ろうか」
店長「ああ、今日はお疲れ様。はいよ」
店長がお金を渡してくれる。
遊佐「ありがとうございます」
霞「ありがとうー」
俺はそのお金をサイフにしまう。
遊佐「それではお疲れ様です」
霞「うーん」
遊佐「本当に大丈夫か?」
霞「へーき」
遊佐「風邪はひき始めが怖いと言うからな」
ひき始めはいいけど油断していると重くなったりするのはよくある。
霞「心配しすぎだよ」
遊佐「とにかく、調子が悪くなったら休めよ」
霞「そうする」
遊佐「明日が学校じゃなけりゃよかったんだけどなぁ、バイトもあるし」
霞「そうだねー」
遊佐「学校休んじゃえば?」
霞「それだけはだめなのー」
遊佐「何で?」
霞「うーん、なんとなくかな」
遊佐「……よくわからんけど。まぁ無理しないならそれでいいか」
霞「心配してくれてありがと。それじゃあ明日ね」
遊佐「ああ、霞の体調がよかったらな」
霞「うん」
霞が今日は歩いて帰っていく。流石に走るのはきびしかったのかもしれない。
遊佐「俺は、走って帰るか……」
俺は走って帰るが日課になりつつあった。
最終更新:2007年03月06日 21:57