遊佐「バリスタのルール教えてくれ」
中島「……マジ?」
遊佐「ああ。マジ」
中島「だって、お前、ちょっと前に『ついに始まったな』とか言ってたじゃない。てっきり知ってるのかと……」
遊佐「そりゃあれだ、空気読んだんだよ。俺が」
ズサーッ!
 中島はスっ転んでいた。
遊佐「ははは。おもしろい奴だなぁ」
 とりあえず笑っておいた。
中島「何笑ってんの! アンタアホ!? アンタアホだよ間違いないよ!」
遊佐「そんな怒んなって。蔵ちゃーん」
遊佐「聞くタイミング逃したっていってんじゃーん」
中島「うおー! 貴様軽いキャラになれば許してもらえると思ってるだろ!?」
遊佐「だからしょうがねえって言ってるだろ! 俺は今年から転入したんだぜ!? もういいよ勝手にしろよ!!」
中島「ぬおー! アンタ人を見限るの早すぎぃー!」
 頭をかかえて悶絶する中島が見えたが、無視することにした。

(暗転)

 さて。
まぁ確かに自分でも今更ルールがわかりませんってのはちょっと行き過ぎだったかな。
 でもマジでわかんねーしな……
 中島にはもう聞けないし、早乙女やら聖になんて聞いたら何されるかわからん。
かと言ってマグリフォンや杏、井草、ましろも微妙だ。
遠まわしに軽蔑されるかもしれん。
毛森は今日一回も見てないし。
うーん……


 ぱたぱたぱた……


遊佐「ん?」
 今、目の前を何かちっこいのが横切ったような。
視線を走らせると……
晶子さんだった。

……

俺の頭の上で電球が光りましたよ。

遊佐「晶子さん! ちょーっと待った!」
晶子「え?」
 くるり、と体を反転させて立ち止まる。
晶子「今呼んだのは遊佐くんですか?」
遊佐「ああ。ごめんね晶子さん。実は俺……どうしても晶子さんに伝えなきゃならないことがあって……」
晶子「え、ええっ?」
晶子「わたしに、ですか?」
遊佐「うん。晶子さんじゃなきゃダメなんだ。よかったら聞いてほしい」
晶子「え、えええっ!」
遊佐「実は……」

(暗転)
 ……

晶子「なんだ……そんなことですか」
遊佐「え?」
 突然頬を紅潮させる。
晶子「い、いえー。こっちの話ですよー」

(暗転)

晶子「……と、大まかなルールはそんな感じですー」
遊佐「なるほど……一気に全学年が三つ巴で戦うんだ。ごちゃごちゃになりそうだね」
晶子「はい。去年までは二チームで試合してたのですが『バリスタが長すぎる!』ってみんなに怒られちゃったから三チームいっぺんに戦うっていうふうにしたらしいですよ」
遊佐「ふーん。まぁなんか大人の事情がありそうだし、そこはどうでもいいや」
遊佐「でも、ゴールにシュートして得点を得るってとこはサッカーみたいだね。三チームで戦うサッカーって考えればいいのかな?」
晶子「基本的にはいいと思います。けど、まったく同じとは言えませんねー」
遊佐「違うところは、ボールは地面に何個も埋まってて、さらにシュートの権限を得るには頭に装着された紙風船を割り、敵軍の腕章を奪わなきゃいけなってところくらいか?」
晶子「はい。でも、確かにゴールは全軍分……つまり三つありますが、全軍で共有するってとこも違いますねー」
遊佐「共有すんの? 仲良く?」
晶子「いえー。もちろんそれでゴールの奪い合いも生まれます」
晶子「ボールのことを『ペトラ』と呼び、敵軍の腕章を所持していてシュートできる状態のことを『ゲートブリーチ』状態って言います」
晶子「誰かがゲートブリーチになってから、つまりシュート権限が誰かに与えられてからが本番ですね」
晶子「ゲートブリーチになるのは敵から奪った『敵軍の腕章』を持っている人だけですから、いかにその一本を大事にするか、ってとこが一番わかりやすい駆け引きかとー」
遊佐「な、なるほど……」
晶子「わかりましたか?」
遊佐「うーん……ごめん、いまいち……」
晶子「それならグラウンドを実際に見ながら説明しましょうか?」
遊佐「すいません。お手数かけます」
晶子「いえいえー」
晶子「でもその後はすぐに試合ですからね。一回で理解してくださいよ?」
 こんなダメダメな俺にも、晶子さんはぽえぽえしたマシュマロみたいな笑顔を向けてくれた。
……晶子さん優しいなぁ。いい子だなぁ。

(暗転)

 晶子さんとグラウンドをざっと一回りして、見通しのいい場所を見つけた。
晶子「ではまず……」
 晶子さんが指を指してみせる。
 その先には何だか見なれないオブジェがあった。
晶子「あのオブジェは『ルーク』と言います」
晶子「専門用語を使っていますがいわゆるゴールですね」
『ルーク』をよく見てみる。
 なんだか西洋風のお城のミニチュアみたいだ。
大きさは大体人間の一.五倍ってとこか。
遊佐「なるほどな。だからシュートできる状態をゲートブリーチ(開門)っていうわけか」
晶子「はい。遊佐くんはするどいですねー」
遊佐「なるほどね。だいぶ理解できてきたよ。晶子さんの説明の仕方がいいのかな」
晶子「いえいえー。遊佐くんの頭がいいからですよ。わたしが一年生のときなんか、さっぱりのちんぷんかんぷんでしたから」
 あはは、と苦笑する晶子さん。
晶子「あ、あとひとつ。大事なことを忘れていました」
晶子「さっきペトラは地面にたくさん埋まっていると言いましたよね?」
遊佐「ああ」
晶子「ためしに……よいしょ、っと」
 晶子さんはしゃがみこんで、適当に地面を掘って見せた。
晶子「あっ。ありましたー。フィールド外にもやっぱり埋まっていました」
晶子「これが〈ペトラ〉です。遊佐くん。ちょっと持ってみてください」
 そう言って差し出しだされた物〈ペトラ〉はテニスボールによく似ていたが、どっちかというと球体の岩と呼んだほうがふさわしそうだった。
遊佐「ん、わかった。……っとぉぉぉおお!?」
 なんだなんだ!
 体が急に、重くなった!?
晶子「ペトラには呪いがかけられているのですよー」
 ああ? なんだって? 呪い?
晶子「呪いにかかるとまるで体に重りをつけられたみたいに重たくなってしまうみたいです。ためしにペトラを捨ててみてください」
 くっ……言われなくても……
 ポイっ。
 ペトラを捨てた。
遊佐「…………軽くなった。呪いから開放されたってことか」
晶子「はいー。つまり、ペトラを持っている方はすばやい動きができなくなり、一人ではとても行動できないというわけです」
遊佐「シューターは仲間のサポートが欠かせないってことね……考えたな」
晶子「絆がためされるってことですね」
 晶子さんは微笑を浮かべた。
晶子「ちなみにこの呪い、名前を『プロマシアの呪縛』って言うみたいですよ」
遊佐「なるほど……なおさら仲間同士の絆をためしてきそうな名前だな。うん。知らないけどきっとそう」
晶子「あははー」
晶子「あっ。まだ大事なことがひとつありました」
 ゾクっとした。まだナニカアルンデスカ?
晶子「バリスタでは武器の所持が認められています」
遊佐「えええ!? 武器!?」
晶子「もちろん本当の武器ではありませんよ。柔らかいアローウッド材製の模造刀です。刃物はさすがに危険ですから」
遊佐「な、なるほどね……それでもちょっと怖いな……」
晶子「ですねー。怖いですねー。だからわたしは後ろのほうで見てる係なんです」
遊佐「うん、それでもいいと思うよ。俺だってそんなの聞かされたら前に出たくないって」
晶子「あはは。そうですよねー」
 そして俺は何気なく試合中のグラウンドに目を向けた。
 確かによく見れば、めいめい好きな武器を振るっている。
遊佐「……」
遊佐「なぁ晶子さん。ひとつ訊いてもいい?」
晶子「はい。なんでしょう?」
遊佐「いや、あのさ。黒井先輩の棍棒とか、武僧先輩の格闘用のグラブはわかるよ?」
遊佐「けどさ、霞ちゃんや青島さんが持ってる短剣と片手剣とかの刀剣類、どう見ても木製で出せるような輝きじゃないと思うんだけど」
 彼女らの持っている銀の刃が、気持ちいいほどに太陽の光を跳ね返して俺の目に飛び込んでくる。
晶子「でも、木製なんです」
遊佐「いや、でもあのギラギラさはさすがに木では無理があるんじゃないかなー」
晶子「いえー。あくまであれは木製なのです」
遊佐「そうなんだ」
晶子「はい。よく出来てますよねー」
遊佐「うん。なるほど。あれは木製なんだね。ワカリマシタ」
 機械みたいな棒読みでそう言う。
 晶子さんから、なんとなく『突っ込み禁止』のオーラが出ているような気がしたからだ。
 その時俺はこの体育祭が『血湧き肉踊る体育祭』と呼ばれていることを思い出さずにはいられなかった。

(暗転)

中島「あれ? 遊佐じゃん。どこ行ってたんだよ」
 晶子さんと別れた俺は、応援席に戻ってきた。
遊佐「別になんでもない。野暮用ってやつだ」
中島「ふーん……」
 そこまで話したところで、俺はあることに気づく。
遊佐「グラウンド、なんか形変わってないか?」

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最終更新:2007年03月02日 01:02