授業中は熱心だった。
剣道の本を読むのにだけどな。
遊佐「中島! 頼む!」
中島「ん?」
遊佐「今から飯食ったら剣道付き合ってくれ」
中島「しょうがねえなぁまったく」
嫌だ、という雰囲気は全くない。
中島「昼飯買ってからにするか?」
遊佐「悪い! そっちは晶子と食べる約束だから」
中島「はいはい、ごちそうさん」
晶子「本はどうでしたか?」
遊佐「ああ、普段よりか断然集中できた」
というより普段は眠い。
晶子「そうですか。よかったです」
ちらっと晶子の弁当を見る。
晶子「実はですね」
遊佐「うん?」
晶子「これだけ、私が作ってみました」
ほう。これは……。なるほど。
遊佐「……ほおう」
何だろう……。
晶子「全然だめでしたけど……」
一応、目安はついている。ついているけど!
言いづらい! ここは晶子が切りだすのを待つ。
晶子「どうですかね?」
遊佐「うーん、焼きすぎ……かな?」
晶子「ですよね……」
遊佐「まぁ、今度は気を付ければさ」
晶子「うん……」
晶子「卵焼きでも難しいですね」
よかった当たってた!
遊佐「ちょっとずつ慣れていけば大丈夫だって」
安堵の溜息を心ではく。
遊佐「さて、あと時間もう少しだな」
晶子「はい? 何か用事ですか」
遊佐「朝言ったろ? 中島に剣道の練習付き合ってもらうんだよ」
晶子「あ、そうでした。忘れてました」
遊佐「というわけで、手短に食べてしまおう」
晶子「わかりました」
中島「いいか遊佐、本気で打つんじゃないぞ?」
遊佐「当てるなってことか?」
中島「当たり前だ。何がうれしくて木刀で殴られなきゃならんのだ」
それもそうだ。そもそも木刀は竹刀に比べて短いようで、
当てるというより型を大事にするのだろう。
多分。わからないけどきっとそうだ!
遊佐「んじゃいくぞ~」
中島「待て!」
遊佐「ん?」
中島「何を打つつもりなんだ?」
遊佐「……面かな。面小手胴十本ずつで行くか」
中島「あらかじめ言ってくれないと危ないからな。マジ頼むぜ」
では、改めて。基本を思い出して……!
遊佐「面ッ!」
中島「うおっ。こえぇ」
遊佐「面ッ!」
中島「おらおら、なんだそのへっぴり腰は!」
わかったようなこと
遊佐「言うんじゃっね!」
中島「甘いぞ!」
!!
中島「ふふふ……これが俺の十八番! 面抜き胴だ!」
俺の面が届く前に、中島の剣先が俺の右側の胴に……。
遊佐「いや、練習にならないから」
中島「びびったのか?」
遊佐「挑発には乗らんぞ」
中島「チキンめ」
遊佐「それに真面目に試合するなら防具を着てにしようぜ」
遊佐「怪我したら最悪だからな」
今は練習しつつも身を案じる必要がある。
中島「……しょうがねえな」
中島「んじゃ、適当に俺に打って来い」
遊佐「おう、いくぞ」
遊佐「ぐっ、ぬ」
慣れてきたとはいえ、こう何度も振るのは大変だ。
しかも暑い。
中島「遅くなってるぞ」
遊佐「っせ!」
中島「ふはっはっは」
俺も中島も汗だらだらだ。
遊佐「つ、次は小手、面の流れだ……」
中島「よっしゃ。十本セットだな」
遊佐「いくぜっ!」
晶子「お疲れ様です」
遊佐「おう、
ありがとうな」
タオルを二枚用意しているところが気が利いている。
どこから持ってきたのかは、不明。
中島「あー、しかしあっちい、なぁ?」
晶子「え?」
こっちに視線を投げかける中島。
遊佐「……わーったよ」
何か飲み物を買って来いとでも言うんだろう。
遊佐「それじゃあ教室でな」
晶子「あ、待ってください」
遊佐「ん? 晶子も行くか?」
晶子「はい」
遊佐「悪いな、熱いのに」
……。
中島「まったく、仲が良くてうらやましいぜ」
一瞬、このクソ不味そうなのにしようかと思ったが、
遊佐「そこまでは鬼には慣れない俺が不甲斐ない」
当たり障りの無いジュースにしてやった。
遊佐「晶子は何がいい?」
晶子「え? 私ですか?」
遊佐「そ。奢るからさ」
晶子「い、いいですよ」
遊佐「いいから、いいから。奢らせてくれって」
晶子「うぅ」
遊佐「選んでくれないならこれにする」
ボタンを人差し指で軽く触る。例のクソ不味そうなのだ。
魔の黒酢。はっきりいって場違いだろ。
晶子「そ、それはダメ!」
遊佐「じゃあどれがいい?」
晶子「じゃあ、ピーチ……」
遊佐「ほいさ」
数字を押すと押し出される紙パック。
そして落ちてくる。
遊佐「これってさぁ」
俺は取り出し口に手を伸ばす。
遊佐「手を入れたら取れそうだよな」
ピーチのパックを取り出して晶子に渡す。
晶子「はい?」
遊佐「いや、中から」
晶子「だ、ダメですよ! そんなことしちゃ」
遊佐「しないって。何となくそう思っただけ」
さて、何を買おうかな。
……これだ!
遊佐「てい」
晶子「ヨーグルトですか」
遊佐「結構好きだったりする」
晶子「なるほどー」
遊佐「ほら、中島」
中島のテーブルに買ってきたジュースを置いてやる。
中島「What is this?」
中島がぷるぷる震えている。
遊佐「It is a juice.」
中島「No! It isn't!」
遊佐「んじゃ何だっていうんだよ」
中島「これは、teaだtea」
知ってるけどね。
遊佐「ふむ」
中島「ふむじゃねえよ! しかも!!」
中島が俺の目の前にパックを突きつける。
中島「ゴーヤじゃねえかーー!」
ゴーヤじゃねえかーー!
じゃねえかーー!
えかーー!
遊佐「そのようだな」
中島「ジュースってのは!」
ばんっ!
晶子「ひっ」
ばんっ!
遊佐「何だよ」
中島「君達が持っているようなのを言うんだよ!」
遊佐「ちょっと待ってくれ」
中島「あん?」
遊佐「んじゃお前午前ティーはジュースじゃないというのか?」
中島「……あれはジュース、かもしれん」
遊佐「それじゃあ何故ゴーヤはジュースと認めてやらないんだ?」
中島「なんでってお前」
遊佐「かわいそうだろう?」
中島「いや、それもどうかと思うが」
遊佐「それにお前はジュースの定義を間違っている」
中島「は?」
遊佐「辞書でも引いとけ」
中島「……?」
さて、上手く丸め込んだところで、席に戻るとするか。
遊佐「それじゃあまたな」
晶子「はい」
放課後は暇があれば早乙女さんに教えてもらいたいところだ。
それまでは、やはりいつもの本を取り出す。
放課後になって、道場横。
早乙女「熱心なのはいいが」
遊佐「ん?」
早乙女「授業中は止めた方がいいぞ」
遊佐「忠告として受け取っとく」
早乙女「ああ」
それでも、止めるわけにもいかず。
許せ早乙女さん。
早乙女「さて、一本軽く打って来い。本気でな」
遊佐「い、いいの?」
早乙女「ああ」
本気で、って。いや、早乙女さんなら大丈夫、か?
遊佐「それじゃあ、失礼して」
俺はマジで本気だった。
早乙女さんの木刀が俺の木刀に当たり一瞬乾いた音がして
早乙女「甘いぞ」
遊佐「……」
早乙女「もう一回構えろ」
遊佐「あ、あぁ」
早乙女「木刀がずれているぞ」
早乙女「後ろ足をもう少し上げて、前足のつま先はまっすぐ」
早乙女「そうじゃない!」
早乙女「違う!」
……! …………!
早乙女「よし、今日はここまでにしよう」
遊佐「はぁ、はぁ……ありがとう、ございました」
何故か、敬語になってしまう……のが恐ろしいぜ。
早乙女「うん、よくがんばっているな」
早乙女「ところで、
筋肉痛はどうだ?」
遊佐「まだ大丈夫」
遊佐「運動不足かな、と思うんだけど」
早乙女「出来るだけ疲労を蓄積しないようにすることだな」
遊佐「何か方法ある?」
早乙女「そうだな……」
ふむふむ。へぇ。
(お察しください)
遊佐「わかった。色々忙しいのに悪いな」
早乙女「気にするな。学友は大切にするものだ」
学友……。
遊佐「嬉しい事、言ってくれるね」
早乙女「そうか?」
遊佐「俺も、教えてもらってるんだし、気合入れないとな」
早乙女「ああ、しっかりな」
今日は一日中友達にお世話になりっぱなしだった。
感謝しないといけない。友達にも、境遇にも。そして、
晶子「お疲れ様です」
遊佐「おー、悪いないつも」
晶子「いいんですよ。私がしたいことですから」
遊佐「そ、そうか」
嬉し恥ずかしいとはまさにこのこと。
晶子「一回家に帰ってきちゃいましたけど」
遊佐「そ、それはますます悪いな」
晶子「はい、どうぞ」
遊佐「おー、サンキュー」
くぅ、このタオルが何と幸せなことか……。
最終更新:2007年06月14日 04:11