遊佐「なぜ俺はここに連れてこられたんでしょうかね」
そう、ここは生徒会室。冷房が効いている素敵空間ではある。
甲賀「人員不足だからさ」
仕事を手伝えということか。
遊佐「なぜ俺なんでしょう」
甲賀「転入したてだからさっ」
遊佐「むしろ駄目じゃないですかそれ」
甲賀「学校のことわかっていいんじゃないかな? と思った私の配慮だよ」
遊佐「そんないい笑顔で言われても」
そして背中をばしばし叩かれても……。それは配慮なのか?
甲賀「それに、君ならおもしろそうだから」
遊佐「えー」
甲賀「不満かな?」
遊佐「そりゃまぁ不満ですよ」
めんどくさいというより困惑する。動機も依然として謎である。
弓削「しのぶちゃん」
隣にいた弓削さんが先輩を呼ぶ。
甲賀「んー?」
弓削「またですか……」
遊佐「またってなに!?」
甲賀「大丈夫、今回は役に立つって!」
弓削「前もそんなこと言ってましたよ」
甲賀「ありゃ、そうだっけ」
遊佐「えー」
甲賀「さっきから不満だらけだね」
遊佐「不満っていうか、なんか別のものですが」
手伝うのは別に構わないんだが……。
遊佐「それより俺が手伝えるようなことなんですか?」
甲賀「手伝ってくれるの?」
弓削「せ、先輩」
遊佐「そりゃ、困ってるなら出来る範囲で手伝いますけど」
甲賀「よーし、お姉さんは感動だ」
遊佐「具体的には?」
ばっと生徒会を見渡すと目に入るのは書類の山たち。それに加えて謎空間。
甲賀「力仕事だよ」
遊佐「あんまり具体的じゃないんですけど」
甲賀「ほらー、今私と梨香だけじゃない? それでこの書類どもを」
びしっと指を天井に立てる
甲賀「最上階まで運んでほしいの」
弓削「ちなみに最上階の会議室です」
弓削さんが具体的に説明してくれた。それよりなんで会議室と生徒会室がかなり離れているんだよ。
甲賀「めんどくさいったらありゃしないのよね」
どさっと謎空間の真ん中を占めるイスに座る。
そこ、あんたの席かい。なんとなくわかってたけどさ。
甲賀「もっと近くに会議室つくりゃいいのにさ」
遊佐「それは確かに思いますね」
甲賀「それに紙なのにどーしてそんなに重くなるんだろうね」
遊佐「塵も積もればということでしょうね」
弓削「ほら、しのぶちゃんも仕事やって下さい」
甲賀「へいへーい。そんじゃ遊佐君頼むね」
遊佐「ふぅ……わかりました」
腰を落してよっこら……しょっ! 確かに重い……。
遊佐「んじゃ、いってきますね」
甲賀「あー、その書類まだ秘密事項だから誰にも見せないでねー」
遊佐「そんなん俺に運ばせていいんですか?」
甲賀「職権乱用~」
手をひらひらさせている。
遊佐「……そうですか」
両手がふさがってるので足でドアを開けようとしたが。
弓削「気をつけて行ってくださいね」
遊佐「ん、あんがと」
弓削さんが開けてくれた。
…………。
廊下は暑かった。生徒会室恐るべし。
遊佐「何が恐るべしなのかわからないけど……」
階段を上りつつ独り言をつい発してしまうのは文句の表れなのかもしれない。
遊佐「あー、何気にきつい」
最上階=四階だ。なんとかたどり着いたが。
遊佐「会議室ってどこよ」
だかそういう部屋は往々にして端っこにあるものなのさ。俺の中ではそういう風に決まっている。
遊佐「会議室……ここだな」
予想通り端っこにあった。さて、荷物を下してドアを……。
遊佐「ありゃ」
開かない。
遊佐「おかしいな」
無駄だと思いいながらも反対側も。
ドアに手をかけるが……。
遊佐「カギ閉まってるじゃねえかよ!」
一人で頭を抱える。
遊佐「えー、どうしよう」
もちろん。階段を下る。鍵を生徒会室へ取りに行く。階段を登る。
甲賀『あー、その書類まだ秘密事項だから誰にも見せないでねー』
遊佐「うぉおおお」
ここに置きっぱなしはまずいんじゃないか!
…………。
足でドアを開ける。
遊佐「会議室のカギが閉まってたんですけど……」
甲賀「あ、本当? ごめん忘れてた」
遊佐「そうですか……」
弓削「わ、わ、ご、ごめんなさい」
弓削さんが鍵を取り出してくれた。
弓削「えっと……」
遊佐「ズボンのポケットに入れてくれないかな。下ろしたらまた持ち上げるのが面倒」
弓削「は、はい」
おずおずと鍵をポケットに入れてくれる。
遊佐「ん、ありがとう
弓削「いえ……本当にごめんなさい」
遊佐「じゃ、もう一度いってきます」
甲賀「がんばってねー」
…………。
遊佐「はぁ……ついたぁ」
会議室の教卓に書類を置いて適当な席に座る。
遊佐「ふぅ」
生徒会の人達はいつもこんなことやってるんだろうか。
遊佐「よくやるなぁ」
遊佐「……甲賀先輩だって何気に生徒会長だしな」
あの人は何をやってるんだろうなぁ。
遊佐「でも、部下たちにやらせてるイメージが……」
甲賀「失礼なこと言ってるね」
遊佐「どわっ!」
甲賀「わたしだって仕事してるよ」
遊佐「びっくりしましたよ……」
急に現れた先輩に心底びびった。
甲賀「ほらほら、ここの部屋の準備にきたんだよ。明日使うから」
それなら一緒に持って上がればよかったのに……、と思ったけど重いからやっぱり俺が運んでよかったかな。
遊佐「準備って?」
甲賀「雑務みたいなもの。机とか並べて名札おいて」
遊佐「なるほど」
がたがたと甲賀先輩が机を並び始めた。
甲賀「助かったよ」
遊佐「まぁ、別に大したことじゃないですよ。それに頼んだのは先輩ですから」
甲賀「イヤといってもやってもらったけどねー」
はは、と笑う。
遊佐「断るやつなんていませんよ」
甲賀「だね」
まったく、すごい先輩だ。自信家、というのだろうか。
遊佐「手伝いましょうか?」
甲賀「このぐらいすぐ終わるっと」
がしゃがしゃ机を運んでいる。
遊佐「そっか」
甲賀「うん」
遊佐「ところで」
甲賀「んー?」
遊佐「この書類は何です? 秘密事項とか言ってましたけど」
甲賀「そろそろ学校恒例、というか特別な行事が始まるからその関係のもの」
遊佐「行事?」
甲賀「そう。その名も」
ばっと机に上って。
甲賀「バリスタッ!」
そう、高らかに宣言した。

バリスター

甲賀「で、この準備がものすごーーーく、大変なんだよねー」
最後の仕事になるんだけどね、と言いながらほほ笑む。
遊佐「三年生ですからね」
甲賀「そうそう、やっと楽になるよ」
遊佐「しかし、よくやりますね」
甲賀「んー?」
遊佐「他人のためにこんなにがんばれませんよ」
甲賀「そうだよねー。わたしってすごく偉い」
遊佐「自分で言うんですね」
甲賀「あっはっは。そりゃそうだよ。ほめて伸ばす!」
遊佐「褒めるのは他人ですよ。そりゃ自画自賛っていうんです」
甲賀「ま、ね」
先輩が外を眺める。夕日であたりはオレンジ色になっている。
甲賀「でも……」
くるっとこっちに向き直して。
甲賀「褒められてもいいっしょ?」
遊佐「……そうですね。俺が褒め称えますよ」
甲賀「うれしくないなぁ」
遊佐「えー」
大変失礼だ。
甲賀「ま、素直に受け取るよ」
再び外へ向く。
甲賀「うーん、今日も終わるなぁ」
遊佐「終わるまであと六時間はありますけどね」
甲賀「一般的にはねー」
遊佐「はぇ?」
甲賀「こう、学校が終わって帰ると、あー疲れたっ! て感じするよね」
遊佐「しますけど?」
甲賀「そしたらもうお疲れさん!」
遊佐「……」
……。
遊佐「えっ、それだけ?」
甲賀「ほら、一日が終わったじゃない」
遊佐「まぁ、終わった感じが……するっちゃぁするけども」
甲賀「だよねー」
遊佐「それじゃあ、今日はお疲れさんにして帰りますか」
よし、強引に締めくくった所で帰ろう。
席を立ちあがると。
甲賀「ちょい待ち!」
遊佐「ん?」
甲賀「ふっふっふ」
がたがたがた!
遊佐「あのー」
がちゃ!
遊佐「オイィ?」
しゃーー!
遊佐「……何してるんでしょう」
ドアを閉め鍵を閉め、カーテンをした部屋は……。
甲賀「さぁ、遊佐君」
そりゃ密室かつ不透明で……。
甲賀「生徒会入ろうよ!」
遊佐「いや、結構です」
甲賀「ありゃ、あっさり」
甲賀「でも、断れるのかな~?」
遊佐「……何しでかすつもりですか」
つい敵対する姿勢に。
甲賀「とぅ」
なっ!?
甲賀「こっちだよん」
早っ! 気づくと後ろ側に!
遊佐「どういう脅しですかね」
甲賀「いや、特には」
遊佐「……」
甲賀「ねえ~」
遊佐「駄目ったら駄目です」
甲賀「てい」
遊佐「いてっ」
背中を小突かれる。
遊佐「入るのは嫌ですけど」
甲賀「けど?」
遊佐「気が向いた時くらいなら……」
血迷いごとをぽろっと。
甲賀「えっ! 手伝ってくれるの!」
遊佐「やっぱ、やめます」
なんかその勢いには反対したくなる。
甲賀「ええー。一度言ったことを曲げるのはよくないなぁ」
遊佐「まだ何も言ってませんって」
甲賀「むー。まぁ、しょうがないかぁ」
すっと離れて。
しゃー。がちゃ、がたがたー。
遊佐「……」
甲賀「確かにめんどくさいもんね~」
教室が開放されていく。
甲賀「ほんっとー、に! 気が向いたら手伝いに来て!」
遊佐「……」
甲賀「じゃねっ!」
廊下に出たときにはすでに先輩の姿が見えなかった。
遊佐「しょうがないな……」
明日、本当に気が向いたら生徒会に顔をだそう。
別に嫌じゃないのは本当だが、頼まれたらなんとなく断ってしまう。
遊佐「踏ん切りがつかないと言おうか」
まったく、情けないね。
階段に差し掛かると。
弓削「あのー」
遊佐「ん? 弓削さん。お疲れさん。どうしたの?」
弓削「実は、しのぶちゃん、いえ。甲賀先輩のさっきの話なんですけど」
遊佐「ありゃ、聞いてた?」
弓削「……すいません」
遊佐「いや、謝ってもらうことなんてないけどね」
弓削「私からもよかったらお手伝いお願いしたくって、あの、その……」
遊佐「あー、その件だけど」
遊佐「うん、気が向いたら……だけど。いや、明日生徒会室に顔だすよ」
弓削「本当ですかっ」
遊佐「うん。手伝ってもいいかなって」
弓削「ありがとうございますっ!」
よっぽと大変なのか生徒会って。
遊佐「でも俺にできることなんてそんなにあるの?」
問題はそこである。行って役に立たなければ意味がない。
弓削「大丈夫です。主な処理関係は私たちがやるので。遊佐さんには力仕事頼むことが多くなりますが」
遊佐「ま、今日みたいなことなら俺でもできるね」
弓削「そういうことになります」
弓削「それと……」
遊佐「ん」
まだ何かあるのかな?
弓削「しのぶちゃんの、力になってあげてくださいっ」
まっすぐ、こっちを向いて。
遊佐「……うん。手伝うならそういうことになるかな」
その気迫に押されながらそう答える。
弓削「ありがとうございますっ! それでは今日は失礼しますっ」
たったったっと弓削さんは階段を降りて行った。
ふと、弓削さんがしのぶちゃんを言い直したことを思い出した。
そして最後の勢いに乗せて
弓削『しのぶちゃんの、力になってあげてくださいっ』
つい下の名前で呼んでしまうのだろう。仲がいいのかな。そんな事を思った。
最終更新:2008年01月26日 01:47