村崎「すまないな遊佐。わざわざ」
遊佐「いえ、いいんですよ。はい、メロンパンです」
奮闘して手に入れた戦利品であるメロンパンを渡す。
村崎「ああ。ありがとう
さて、どこで食べようかな……。
村崎「あぁ、そうだ。よかったら一緒にお昼を食べないか?」
遊佐「え、あ、ああ。はい……えっ!?」
急な質問にものすごくしどろもどろになってしまった。
遊佐「いいんですか?」
村崎「ああ、ちょっと話したいこともあるしな。それにミカンも喜ぶ」
喜ぶだろうか? しかしそう言われると断ることもできないわけで。
遊佐「それじゃあご一緒します」

ーーーーーーーーーーーーーーーー部室前
村崎「ミカン、待たせたな」
ミカン「きゅー」
村崎「はっはっは」
部屋に入るなりミカンと呼ばれたそれが現れた。
村崎「ほーら、お前の好物のメロンパンだぞ~」
ミカン「く~~~」
村崎「今あげるからな~」
……よ、予想外だ! いつものクールな感じが全くなくなっている。
村崎「よっと」
ああ、掛け声までだしてパンの袋をあけちゃってらっしゃる!? そしてパンを取り出してちぎる。
村崎「ほら」
手に乗せたメロンパンを食べるミカン。
村崎「ん~! かわいいなミカンは……」
なんだろう。なんでしょうか? 村崎先輩どうしちゃったんでしょうか? いや、俺に聞かれてもね。
ミカンの頭をなでてやっている。あれってイガイガしないんだろうか。ざらざらなんだろうか?
村崎「ほら、まだあるからな」
ミカン「がつがつ」
ミカンが食べる姿をみて先輩は屈託のない笑顔を見せていた。
村崎「んふふ~」
遊佐「あ、あの村崎先輩?」
恐る恐る話しかけてみた。
村崎「ああ、すまない。食べるとしようか」
ええ……? 一転して普通に戻った……。すごいなこの人。
村崎「ほら、置いておくからゆっくり食べるんだぞ~」
ほら、語尾なんか延ばしちゃってまぁ……。
村崎「イスを出してくるから待っててくれ」
先輩が部室からイスを机を出してくる。先輩は弁当なので机がないと食べずらいのだろう。
遊佐「驚きましたよ先輩」
村崎「ん? 何がだ?」
いやぁ、何がだって言われても……。
遊佐「ミカンと話しているときの先輩の雰囲気がですね、いつもと違ったというか」
村崎「私はいつもあんな感じだが?」
遊佐「いや、そういう意味じゃなくてですね……えっと、まぁいいや」
先輩が不思議そうな顔をしていた。かわいかったからいいかな……とか思ったりして。
村崎「変なやつだな、遊佐は」
そんなことありません、普通です。たぶんね。
遊佐「いつもミカンは連れてきてるんですか? っていうかつれて来てもいいもんなんでしょうか」
前も見かけたけど。ペットつれて来ていいのかなんて聞くまでもないとおもうけど。
村崎「バレなければ大丈夫だ」
意外と肝っ玉が太かった!
村崎「それに私が一緒にいてやらないと寂しがる。な? ミカン」
ミカン「きゅ~?」
いや、絶対そんなことはないって顔してますよこいつ。
遊佐「というか、パンなんて食べるんですね。本来なに食べるか知らないけど」
村崎「意外と何でも食べるものだが」
遊佐「なんかむちゃくちゃっすね……」
俺はパンの袋を開けてパンを食べ始めた。
村崎「それでは私もいただきます」
先輩もすごく行儀よく食べ始めた。なんというか食べる姿までクールさが出ていた。
村崎「ん? どうした遊佐。私の顔になにかついているか?」
遊佐「目と鼻と口がついています」
とりあえず返答をしてみる。
村崎「当たり前だ。ちょっとした冗談で聞いただけだ」
そりゃ見とれていたなんて言えないからな。
遊佐「それで、話しって何でしょうか?」
誘われたときのことを思い出すと、何か話したいことがあるようだった。
村崎「うん、そのことなんだが」
遊佐「はい?」
村崎「ん~、そうだな。率直に言うと忍のことなんだ」
遊佐「会長のことですか?
俺は不意をつかれて、一瞬どきっとしていた。
村崎「うん。あいつっていつも青春を謳歌するんだ~って言ってるんだ」
遊佐「まさしくそんな感じですね……」
そう言ってニコニコの顔で走り回って弓削さんを困らせてる会長の姿が思い浮かぶ。
村崎「あれには理由があってな……詳しくは私からも言えないんだけど」
うーん、何と言っていいのかな、などと村崎先輩がいっている。
村崎「私は、忍には恩があるから……だからあいつが困っているのを助けてやりたいんだ」
遊佐「困っている?」
恩がある、という言葉はわからないから詮索しない。だが話の前後がつながっていない気がした。
村崎「だから、えっとだな。簡単にいうと最近忍と遊佐がよく一緒にいるからお前に頼んでるんだ」
遊佐「何をですか?」
村崎「うん、きっともうすぐあいつが困る日が来る。確実に……な」
確実に困る日が来る……?
遊佐「よくわからないんですけど……」
村崎「あいつの、力になってやってくれないか?」
はっとした。数日言われた言葉が今ここで再び俺の耳に入ってきた。
『しのぶちゃんの、力になってあげてくださっ』
さっと、血が一瞬寒気を感じた体を突き抜けた。
遊佐「意味が……わかりません」
村崎「そうだろうな……」
遊佐「でも、目の前で困っている人を見捨てるなんて、俺はしません。絶対」
頼まれていても、頼まれていなくても。きっと甲賀先輩だって助けるだろうから。
村崎「……驚いたな」
遊佐「何がです」
俺は恥ずかしくなってジュースに手をつけた。
村崎「……当たり前のことを言われたような気がしたから」
ミカン「きゅ~」
ミカンが擦り寄ってきた。メロンパンはすでになくなっていた。
村崎「すまなかった。いきなりこんな話を」
遊佐「気にしないでくださいよ。ほら、まだ弁当残ってますよ」
村崎「ああ」

遊佐「うーん」
とは言ったものの、実際困るわけで……。もし、困ることが起こると知っているなら未然に防ごうとするのが当たり前である
では、防ぎようのない困ることとはいったいなんであろうか。そんなものいくらでもありそうだった。
遊佐「おいっす~」
甲賀「や~、お久しぶりだね」
そこにはいつもと変わらない甲賀先輩が座っていた。
遊佐「お久しぶりっていうほどの期間でもないと思いますけど」
それでも先輩の言っていたことが気になってこうして今日もやって来た。
遊佐「どうしたんですか昨日は。風邪でも引きましたか」
甲賀「ん、ちょっと昨日はだるかったから休んじゃったんだよ。忙しいのにごめんね~」
弓削「それなら、仕事やっちゃってください」
甲賀「はいは~い」
よくわからなくなってきた。悩んでも仕方がないことのかもしれない。
遊佐「んじゃ俺も今日は何か仕事あるかな?」
忙しいなら俺も手伝わないとダメだろうと思いそう尋ねてみた。
弓削「しのぶちゃん、あれ頼んでもいいかな?」
甲賀「ん~……遊佐君ならオッケー!」
俺ならオッケー?
弓削「ふふ、そうだよね」
なんだろうか……?
弓削「ちょっとついてきてください」
甲賀「これ終わったら私も行くから先に行っててよ」
一体どこに行くというのだろうか……。

弓削「ここです」
案内された場所はなんともカビ臭いような汚い部屋だった。
遊佐「あ……すげぇ」
そこには大きく書かれた4文字。
遊佐「これって大会用の?」
弓削「はい。実は昔の旗を今までは直して使ってきてたんですがそろそろ限界かなって」
弓削さんがその昔の旗であろうものを見せてくれた。確かにほつれたりして何時破れてもおかしくないような状態であった。
弓削「だから新しいのを作ろうって決めたんです」
遊佐「そっか……。でもまだ途中なんだね」
そう、旗はまだ途中までしか完成していなかった。
弓削「そうなんです」
大きなかきかけの【バリス 】の文字。実際この旗を見て何か感じ、思う人がどのくらいいるだろうか。
弓削「古いものを大切にしたいとも思ったんです。でもそれじゃ進歩がないってしのぶちゃんが」
実際そうなのかもしれない。
遊佐「温故知新ってやつ、かな?」
弓削「ちょっと違うような気もしますが、私はこれを作った人をすごいと思うんです」
弓削「物を作るって大変です。壊すのは簡単でも。だから何かを作った人達ってその人たちの意図とは別にすごいと、思います」
遊佐「メンドクサイって思いながら作ってる人でも?」
弓削「はい。めんどくさいと思いながらでも、形は残ります」
ここにそれが確かに残っている。
弓削「それにですね、この端っこ見てください」
遊佐「ん? 田中……って」
弓削「きっとこれを作った人ですよ。こっそり名前書いてみたんでしょうね」
何となく思い浮かぶ。これを書くときにきっと悪戯書きでもしてやろうと書いたんだろう。
弓削「田中さんが誰かはわかりませんけど……私はこの人はきっと、不真面目にやってたんじゃないかなって思うんです」
弓削さんがふふっと笑う。
遊佐「俺もそう思うよ。きっとなんかしてやろうと思ったんだよ」
弓削「だから、私達も名前書いてやろーってしのぶちゃんがね。ほら」
ひらっとめくったその旗には確かに甲賀忍と書かれていた。
遊佐「あの人らしいよまったく」
会長だから名がずっと残るだろうに。
遊佐「ところで弓削さんは書かないの?」
弓削「えっ? 私ですか? そんなの駄目です。恥ずかしいですから」
遊佐「恥ずかしいかな。俺はいいんじゃないかなって思う。二人揃って、って気がするけどな。俺は」
甲賀先輩だけじゃ寂しいんじゃないだろうか。そう思う。
弓削「……そ、そうですよね。それじゃ書いちゃおっかな……?」
遊佐「そうそう、書いちゃいなよ」
そう言うとペンを取り出して先輩の名前の下に、弓削梨香とちっちゃく書き連ねた。
弓削「……」
うれしそうな顔をしていた弓削さんを見て、本当は書きたかったんじゃないかなと思った。
最終更新:2007年11月02日 02:51