●甲賀宅

静か過ぎる日々が続いていた。
たった一人居なくなるだけで、ここまで環境が変わるとは思いもよらず、
楽しかった日々とのギャップに心と体のバランスが崩れ、少し体調を崩したかもしれない。

夏休み中に学校へ行くのも段々と億劫になってきて、
最近は特に用も無い日なら遊びに行くこともなくなった。
退屈だった。

部屋に篭り、布団でごろごろする。
これ以上のことはする気にもならない。

自然にため息が漏れた。

このままだらけていても退屈なんて紛らわせない。
気分を変えるために、締め切ったカーテンを勢い良く全開にすると、
真夏の陽射しが一気に差し込み、眩しすぎる光にしのぶは目を細めた。

暫くすると目が慣れてきて、ついでに陽射しが体を温めたのか、
なんとなく元気が出てきたように感じた。

そのチャンスを逃すかと、早速寝巻きを着替え、布団をたたみしまった。

一通りの寝起きを終えると、お腹が空いていることに気がついたしのぶは苦笑いをし、
こんな気分の時でもちゃんとお腹は空くんだなと思った。

腹を満たすために一階へ降り、リビングに行くと食卓に朝食が用意されていた。
家族はもう皆出掛けているようだった。

しのぶはテレビのリモコンを取り、テレビを付けて朝食を口にする。
テレビは夏休み特番のアニメがやっていた。
うーん、懐かしいねぇと思うと同時に、もう10時かとも思った。

アニメをぼーっとしながら見つつ、朝食をゆっくりと取った。

食器を片付けていると、インターホンがなった。
あたしは食器を洗い場に置き、こんな時間に誰よと思いながら玄関に向かった。


【しのぶ】「はーい、どちら様ー?」
玄関を開けると、制服姿のリューコが水羊羹と書かれた菓子の包みを持って立っていた。

【しのぶ】「こんな時間に誰かと思えば、リューコかぁ。
      どうしたの?」
【村崎】「どうしたもこうしたも、
     最近学校に遊びに来ないから、
     体調でも崩したかと思ってな。
     見舞いに来た」
リューコはニコリと笑い、見舞いの品である水羊羹をあたしに手渡した。

【しのぶ】「お、水羊羹?気が利くねぇ。
      丁度朝ごはんを食べた後で、デザートがほしかった所だよ」
【村崎】「元気なら見舞いの品なんて持ってこなくても良かったな」
【しのぶ】「素直じゃないねぇ。心配してくれてありがとう、リューコ。
      まあ、上がってよ」
【村崎】「うむ、そうさせてもらうか」

リビングにリューコを招いて、貰った水羊羹とお茶を出し、
あたし達は甘美な一時を味わった。

リューコの話によると、学校ではあの事故後、結構学校側がゴタゴタしていたようだ。
何度も警察が来て、先生達に事情聴取をしていたらしい。
あたしのところにも何度か来たが、事故のことだけありのままを話したら直ぐに帰っていった。
結局、事故で片付いたらしいが、警察は納得がいっていない様だった。

あれは、事故。それで良い。

【しのぶ】「……なるほどねぇ。
      なら、暫く学校に顔を出さなくて正解だったね」
【村崎】「うむ、まあそんなところだ。
     ……このお茶、ちょっと渋いな」
【しのぶ】「甘い物には渋めのお茶が良いんだよ」

渋めのお茶が苦手なのか、しかめっ面をしながらお茶を啜っている。
苦手なら飲まなきゃいいのに、それでも我慢して飲んでる辺りがリューコらしい。
そんな姿を見てニヤニヤしてたら、リューコがムっと拗ねた。

【しのぶ】「ところで、なんで制服?」
【村崎】「ん?ああ、朝練に出ていた。
     その帰りに、菓子屋に寄ってそのまま来たんだ」
【しのぶ】「ああ、なるほど。もうすぐインターハイだったね」
【村崎】「うむ、気を入れていかねばな」

そして続けて、実はもう一つ用があって来たと言った。
何か聞きづらそうにしているから、とりあえず言ってごらん?と促してみた。

【村崎】「……ああ。んー……、舞の様子はどうだ?
     あの時以来、姿を見ていないのでな」
リューコも士郎の葬式には顔を出していた。
けれど、大会も近いリューコに長居はさせたくないと、
舞が気を利かせお焼香だけで帰させていた。

【村崎】「お前なら知っていると思ってな。
     私は肝心なときに役に立てなくて……」
そういうと、俯きがっくりと肩を落とした。

【しのぶ】「心配しなくても大丈夫。
      舞なら平気だよ。
      あの子は強いからね」
【村崎】「そう信じたいが、きっと我慢している。
     私にはそう見えたんだ……」

リューコも精神状態が不安定だな……。
仕方が無いとはいえ、このままではインターハイに影響が出てしまうか。
あたしは、一番どうにかなりそうなリューコをまず正常に戻そうかと考えた。

【しのぶ】「あのさぁ、リューコ。
      リューコが落ち込んでも仕方がないよ」

リューコが、食卓を両手で叩き立ち上がり、「ほおって置けというのか!?」と声を荒げた。
あたしが、まあ最後まで聞きなとなだめ、椅子に座らせた。

【しのぶ】「あの時、舞になんて言われた?
      とりあえずそれを思い出すんだね」


『私の事は大丈夫ですから、先輩はインターハイ頑張ってください!
 そしたら私も頑張れるから!』


【村崎】「……ん、すまない。取り乱した。
     私に出来ることはそれだけなんだな?」
と言うと、また俯いて肩を落とした。

【しのぶ】「頭の回転はまだ戻ってないみたいだね」
とニヤニヤしながらリューコを見ると、眉間にしわを寄せあたしをじっと見つめた。
そして暫くすると、眉間のしわが解け、軽く目を瞑り何かに納得したように一度頷いた。

【しのぶ】「リューコにしか出来ないことなんだよ。
      あたしじゃ、舞のその願いは叶えられない。
      だけど、今のリューコに出来るかねぇ~」

リューコに笑みが戻った。
どうやら元に戻ったようだね。いや、前よりいい顔するようになったかな?

【村崎】「ふふっ、私にしか出来ないのならやってやる。
     舞を心配するなという事は、今の私には無理だが…。
     私が自分のために頑張ることが、舞のためにもなるのなら、
     全力を尽くすまでだ」
【しのぶ】「はい、良く言えました」

あたしは背もたれを使い、伸びをして、そのまま天井を仰いだ。
白い天井を見て、こんな言葉を思い出した。

【しのぶ】「朝に紅顔あって夕べに白骨となる……」
【村崎】「……人の死は予測できない、か。
     その通りだが、……やはり突然すぎた。
     その分、ショックも大きいのは仕方がない事なのかもしれん」

そして続けて、今度はあたしの心内をリューコに話してみた。
悩んでいるのは、リューコだけじゃない事を伝えたいという思いがあったのかもしれない。

【しのぶ】「リューコはやれる事がある。
      やれる事がないのは、むしろあたしの方。
      何をどうしたらいいのか、ぜっんぜんわかんない!
      士郎が死んだなんて実感無いし、
      まだ元気に部活してるんじゃないかって思っちゃって、
      悲しいとか寂しいとかっていう気持ちも……わかんない。
      そう思ってる、そう思いたいだけかもしれない。
      自分の気持ちもわかんないのに、
      舞のために……、都のために何かをするなんて……、
      きっと出来ない……。」

リューコは一瞬驚いた表情をしたが、黙ってあたしの話を聞いてくれて、
そして一度「ふむ」と相槌を打った。
リューコは沈黙し、目を閉じ何かを考えているようだったが、
ふっと一度笑い「答えなら出てるじゃないか」と言った。

【村崎】「お前にしては珍しいな。
     お前は士郎に会いたいという気持ちがあるのだろう?
     なら、寂しいんじゃないのか?」
【しのぶ】「あっ……」
【村崎】「きっと、舞も都も寂しいと言う気持ちは共通のはずだ。
     私は久々津士郎とそれ程面識があったわけではないから、
     残酷な言い方かもしれないが、しのぶの気持ちはわからない。
     それと同時に、都の気持ちもわからない。
     私には幼馴染と呼べる相手もいないからな。
     その気持ちが分かり合えるお前達が羨ましくも思う」

あたしが姿勢を起こしリューコを見ると、
今度は私の番だなとでも言いた気な表情で、あたしを見ていた。
ちょっと腹が立った。
けれど、リューコの言ったことは当たってると思う。
あたしが出来ることは、それしかないなとリューコの言葉を聞いて納得していた。

【しのぶ】「ありがとう、リューコ。
      後で都の家、行ってみようと思う」
【村崎】「退院したのか!?」
【しのぶ】「うん、先日ね。
      ただねぇ……、まだあの時のままみたいでね。
      正直言うと、あたしが如何にかできる事じゃないって思ってる。
      けれど、都をあのままにする事は出来ない。
      都がずっとあの様子じゃ、からかう相手が少なくなって退屈だからね」
【村崎】「人に素直じゃないとか言っておきながら、
     お前だってそうじゃないか」
【しのぶ】「お互い大変だ~ね」

リューコは飽きれた風に手を振り、残っていた水羊羹を一口食べた。
あたしも最後の一欠を口に運び、水羊羹を味わった。

リューコがまたしかめっ面をしながら、お茶を啜っている。
違う飲み物持って来ようかと聞くと、このままで良いと言い我慢して飲んでいた。

都がいないけど、少しずついつものあたしらに戻っている気がした。
最終更新:2008年01月31日 18:23