どのくらい走っただろう?
息が苦しい。
気が付けば、主戦場となってる本校舎まで到着していた。
遊佐「……これから……どうしよう……」
扉の外には2人くらいしか居なかったから、楽に抜けることは出来た。
残った敵は多くは無いとは思う。
だが、それは俺を直接狙ってる連中だけだ。
この校舎の中では未だに乱闘が繰り広げられているはず。
俺たちを追っている連中より人数、質ともに高いのは間違いない。
ましろ「……とりあえず……中に行こう?」
遊佐「……うん」
ましろちゃんも足取りは重い。
けれど、ここにいてもジリ貧になるのは目に見えている。
暗くなる思考だったが、校舎に入った瞬間、それは打ち切られた。
遊佐「すごいね」
校舎の外からはいまいち良く分からなかったけれど、中はあちこちから爆音が響いていた。
ましろ「さすがにもう、強い人しか残ってないみたいだね」
つまり、我が校の誇る超人が激戦を繰り広げてるわけだ。
遊佐「今のうちに、どこかに隠れるか」
ましろ「そうだね」
思ったより人数は少ないかもしれない。
なら、休息をとるくらいは出来るかもしれない。
ましろ「ここにしよ?」
ましろちゃんが選んだのは物理実験室。
となりの準備室はカギがかかっているけど、ここは空いてるようだ。
ましろ「実験室のほとんどはダメだけど、ここだけは高い機材とか危険な物とか無いから使えるんだよ」
遊佐「ちょっとした穴場って訳だね」
ましろ「うん」
中はイスが転げてたりしている。
誰かがここで戦闘したんだろう。
遊佐「やっと一息つけるね」
ましろ「そうだね」
疲れもあって、会話はそれきりだった。
ましろちゃんと二人だけの静かな教室。
そんな場合でもないのに、ゆったりと眠りたくなる。
疲れのせいだな。
遠くから響く戦いの音。
中島、生きてるかな?
杏も無事だろうか?
聖は……。
遊佐「ん?」
ぼんやりと考え事をしている俺の手を、ましろちゃんの手がそっと包み込んでくれた。
ましろ「心配だね」
遊佐「うん」
ましろちゃんだって同じ気分だろうに、気を使わせてしまったかもしれない。
でも、ましろちゃんの手が温かくて、正直ありがたかった。
さっきまで自分が危機的状況だったことが、遠い出来事のような気分になる。
遊佐「
ありがとう」
ましろ「ん?」
遊佐「俺のために色々してくれたこと」
ましろ「気にしないで良いよ」
遊佐「考えてみれば、ましろちゃんには気を使わせてばっかりだったかもしれない」
ましろ「そんなこと無いよ」
遊佐「ましろちゃん」
ましろ「なに?」
遊佐「たまには、俺に愚痴とか言ってくれても良いよ?」
ましろ「え?」
遊佐「ましろちゃんはいつもにこにこしてる」
遊佐「みんな、それが当たり前になっちゃってるけど」
遊佐「ましろちゃんだって、嫌な事くらいあるよね」
遊佐「だから、俺にそれを話して欲しいんだ」
ましろ「……どうして?」
遊佐「ましろちゃんの事が知りたいから、というんじゃ、だめかな?」
ましろ「…………」
静かな沈黙。
手のひら越しに、ましろちゃんが悩んでいるのが分かる。
でも、一度言ってしまった事を取り消す事は出来ないから、俺は静かに答えを待った。
ましろ「…………」
遊佐「…………」
ましろ「遊佐君」
遊佐「何?」
ましろ「わたしの事を知っても、良い事なんてないよ」
良く分からない答えだった。
遊佐「良いとか、悪いとかじゃないよ。俺が知りたいだけだから」
遊佐「押し付けは良くないから、嫌ならいいんだけどね」
また、ましろちゃんが悩んでいる。
ましろ「わたしは……」
鳥山「見つけた!」
不意に響いた声にぎょっとして振り返ると、鳥山含む5人の生徒が部屋に突入していた。
5人……きつい人数だ。
鳥山「さて、遊佐。大人しく投降してもらおう」
遊佐「そう簡単に応じるとでも?」
虚勢を張りながら、ましろちゃんを後ろにかばう。
鳥山「一応聞いてやっただけさ。実際お前は既につかまったに等しい」
余裕の顔してやがる。
まあ、そりゃそうか。
連中は俺を生け捕りにして、合法的にボコろうって算段だし。
ん? まてよ?
鳥山「さあ、覚悟しろ」
ずいっと詰め寄る一同。
遊佐「くっくっくっ」
鳥山「何がおかしい?」
遊佐「いや、自分の馬鹿さ加減に呆れただけさ。あっはっは」
目を白黒させる鳥山を前に爆笑する。
いや、本当に馬鹿だよ。俺。
遊佐「なあ、お前らの目的って、なんだったっけ?」
笑いをかみ殺しながら尋ねる。
鳥山「お前を生け捕りにして、風船を割らないように風船を割るのだが?」
遊佐「だよな。そうだよな。あははははっ」
そう、風船を割らないようにしなければならない。
鳥山は表現を幾分やわらかくしていたが、もうそんな事すらどうでも良い。
遊佐「じゃあさ、俺が、この風船を割ったら、どうなる?」
鳥山「!?」
遊佐「簡単な事だったんだよな。本当に」
そう、とても簡単な事だ。
遊佐「俺の風船が割れて、俺が失格になれば、お前らはもう合法的に俺を殴ることは出来ない」
言いながら、懐から例のデラックスカービンを取り出し、自分の風船に当てる。
ましろ「遊佐君!?」
遊佐「みんなには悪い事したなぁ。俺が最初にこれに気づいてさえいれば、全て解消されてたのに」
ましろちゃんにも苦労させなくて済んだんだ。
すまないな。デラックスカービン。
何年ぶりか知らないが、久しぶりの出番が持ち主の失格だなんてな。
遊佐「ましろちゃん。色々頑張ってもらったのにごめんね」
引き金を引き絞る。
風船狙ってるのに鼓動が止まらない。
ぱんっ!
あれ? トリガーまだ引いてないよ?
ぱんぱんぱんぱんっ!
続いて4つの破砕音。
甲賀「なかなか良いものを見せてもらったよ」
甲賀先輩がいつの間にか5人の後ろに立っていた。
遊佐「甲賀先輩? いつから?」
甲賀「何だ? 途中経過の放送を聞いてなかったのかね?」
ましろ「あ」
遊佐「ましろちゃん。どうしたの?」
ましろ「生き残ってる生徒。甲賀先輩とわたしたちだけだ……」
甲賀「まあ、そう言う事になるね」
つまり、甲賀先輩は獲物を探して徘徊していたのか。
鳥山「甲賀! お前っ!?」
甲賀「鳥山、この件、後で先生方に報告させてもらうよ」
鳥山「ぐっ」
ぎりぎりと歯軋りする鳥山。
鳥山「なら、その前に一発!」
こっちに向かって全力で突撃してくる鳥山。
ぱーんっ!
遊佐「お、思わず撃っちゃった」
甲賀「今のは正当防衛だね」
一発で鳥山がのびている。
すごいなデラックスカービン。
甲賀「まあ、それはともかく」
甲賀先輩は何事も無かったかのように振舞う。
大物だな。
甲賀「柊君と遊佐君が生き残ってるのが不思議だったけど、なかなか面白い状況だったみたいだね」
遊佐「当人は必死でしたが」
甲賀「じゃあ、決勝戦と行こうか」
ちゃきっと得物を構える甲賀先輩。
とりあえず、俺も構えてはみる。
けど、まずいな。これはこれで勝てそうにない。
遊佐「とりあえず、ましろちゃん。下がってて」
ましろ「う、うん」
すごすごと隅っこに下がるましろちゃん。
遊佐「じゃあ、正々堂々と行きますか?」
甲賀「面白いね。君は生徒会にスカウトするべき人材だった」
遊佐「せっかくだけど遠慮します」
甲賀先輩がじりじりと間合いをつめてくる。
さっきのデラックスカービンの威力に、警戒をしているんだろう。
正直言うと一気に間合いをつめられたら、なす術が無い状態なんだが。
甲賀「…………」
遊佐「…………」
緊張が辺りを包む、お互い相手の一挙手一投足に集中する。
先制を取りたいところではあるが、甲賀先輩は後の先を狙っているように見える。
あえてミスらせて叩くつもりだろう。
けど、こちらもそう易々と隙を作る真似はしない。
先に仕掛ければ、確実に避けられるはずだ。
しかし、後手に回って対応しきれるか?
いや、甲賀先輩の速度に対応しきれるとは思えない。
なら、一か八かの先制にかけるというのも?
いや、危険すぎる。
ぱーんっ
ダメだ思考が堂々巡りをして……ぱーん?
甲賀「へ?」
遊佐「え?」
いつのまにか、甲賀先輩の風船が割れていた。
ましろ「敵将。討ち取ったりぃ~」
遊佐「ま、ましろちゃん!?」
甲賀「しっ、しまったぁぁぁぁぁ!!!!」
お互いに集中しすぎて、ましろちゃんの存在を忘れていた。
空気となっていたましろちゃんにとって、甲賀先輩の風船は格好の獲物だったわけだ。
遊佐「あ、あはははは……」
俺はもう笑うしかない。
甲賀先輩落ち込んでるけど。
なんだかんだで、俺たちのクラスは優勝してしまったってことか。
ちなみに撃墜王はなんとましろちゃんだった。
教室に立てこもって潰していたのが効いたらしい。
当人曰く、あまり嬉しくない新しい称号『撲殺天使ましろちゃん』が追加された。
…………
……
体育祭の後片付けが終わった後、教室は俺とましろちゃんだけが残っていた。
中島はそこそこ重症。
杏は元気そうだったが、聖がちょっときつい状態だったので、連れて帰っていった。
五部その他は説教部屋行き。
俺たちが残ってるのは疲れたから休憩。というわけだ。
遊佐「ねぇ。ましろちゃん」
ましろ「なに?」
遊佐「ましろちゃんは、本当はさ」
ましろ「ん?」
遊佐「気づいてたんでしょ。一番簡単な答え」
ましろ「答え?」
遊佐「俺の風船が割れれば、そこで全部解決するってこと」
そう、気づいていたはずだ。
ましろ「どうして?」
遊佐「しらばっくれ無くても良いよ」
遊佐「多分、俺が推薦されたときから気づいてたんだよね」
ましろ「どうかな?」
まだ知らないフリしてるけど、まあ良いや。
遊佐「最初に五部の風船じゃなくて、どうして俺の風船を割らなかったの?」
ましろ「…………」
遊佐「最初だけじゃない。いつだって割るタイミングはあった筈」
遊佐「ベストなタイミングは、五部のを割って状況把握した直後だよね」
そう、それで全て解決してたはずなんだ。
遊佐「あの状況じゃ、まず優勝なんて狙えそうにない。結果は違ったけど」
遊佐「だったら、みんな怪我しないで済むように、俺の風船を割れば良かった」
ましろ「確かに、そうだね」
帰って来た返事は、何だか冷たかった。
遊佐「なら、どうして?」
振り向いて尋ねる。
振り向かなければ良かったと少し思う。
だって。
ましろ「わからないよ」
ましろちゃんが、泣いていたから。
遊佐「ごめん。怒ってるとかじゃないんだ」
慌てて取り繕うけど、何か間違ったらしい。
ましろ「分からないよ。わたしだって、割ろうとしたんだもん。何回も」
遊佐「え?」
ましろ「でも、割れなかった。何でか分からないけど、わたしには割れなかった」
遊佐「割れ……なかった?」
ましろ「そうしたほうが良い。みんなにとって最良だって、分かってたのに」
ましろ「出来なかった。いつもそうしてきたはずなのに、出来なかったの!」
激昂するように涙を流しながら、ましろちゃんは大きな声で言った。
ましろ「わたしはいつだってそうして来た! 最良の選択をしてきたよ!?」
ましろ「でも、出来なかった! 遊佐君を切り捨てられなかった!」
泣きながら言葉を続けるその姿は、とても痛々しく見えた。
今にも壊れそうなましろちゃん。
遊佐「もういい。もういいよ」
気が付いたら、俺はましろちゃんを抱きしめていた。
ましろ「わたしは……いつだって選んできた。最良の……選択」
遊佐「もう、良いから」
ましろ「これからも、選ばないと……」
遊佐「ましろちゃん?」
ましろ「……いらない」
小さな声でましろちゃんが何か呟いた。
遊佐「え?」
ましろ「遊佐君なんかいらない!」
どんっ
不意に突き飛ばされ、よろける。
ましろ「わたしは、選ばないといけないんだからっ!」
遊佐「待って! ましろちゃん!」
踵を返し、走り去るましろちゃん。
俺の制止はましろちゃんを引き止める事は出来なかった。
遊佐「選ぶって……何をだよ……」
愚痴るように呟く。
頭に浮かぶのは、子供のように泣きじゃくるましろちゃんの姿だけだった。
最終更新:2008年04月05日 03:06