ここまで馬鹿やっちまったら引き返すわけにもいかない。屋上への扉があまりに重たく見える。
遊佐「いくぜっ!」
勢いよくドアを開けると、グラウンドの方から声が聞こえてくる。
そして真ん中にぽつんと立つ忍の姿が目に映る。こちらに背を向けている。
俺の方が先に来て待ってるつもりだったのに。先に到着しているとは。
遊佐「……先輩……いや、忍!」
忍「……」
俺は先輩の背中に向かって人差し指を突き出した。
遊佐「勝負だ!」
勝算は、限りなくゼロに近く、勝率(精神的な意味で)も限りなくゼロに近い過去を持つ俺だ。
忍「……私には、絶対勝てないよ」
遊佐「それはどうかな?」
とはいったものの、どうやって攻めるか。
忍「だって、勝たないといけないもの」
遊佐「それは、俺だって……!」
しゅっ!!
先輩が振り向いたその時、何かが飛んでいって後ろでぶつかった音がする。
忍「今のだって、当ててたら終わりだよ?」
まじかよ……。反応すらできなかった。
遊佐「……じゃあ何で当てないんだ?」
忍「だって、遊佐君が私より弱いって遊佐君に証明しないといけないから」
遊佐「……そうとも限らないだろ」
忍がどこからともなく紙を取り出した。それは人の形をしたような紙
忍「ごめんね。終わったらまた元の私に戻るから」
短剣を取り出す。俺は眼前の光景に身震いした。
夕日が先輩の後ろに存在し、周りには大の字の紙が散る。
忍の両手には武器。少し悲しそうな顔が印象的だった。
忍「聞こえる?」
遊佐「……」
忍「この空蝉のなき声が」
くっ! ここは回避運動を……!
遊佐「……っ!」
ひゅんっ!
また飛んできた投擲物は俺の風船の元あった位置へ。
遊佐「くそ!」
こっちもダーツを投げ返す。
忍「無駄だよ」
飛んでいた紙に当たってダーツの軌道が逸れる。
遊佐「遠距離が駄目なら!」
接近して直接割ってやる!
忍「ふぅっ」
忍の一息で紙が一枚飛んできて俺の顔にくっつく。
遊佐「っ!」
忍「わたしには近づけないよ」
なんだこの紙は一体!?
忍「この紙はね。わたしの家系に伝わってきた戦闘術の一種なの」
遊佐「家系?」
忍「忍者のね……」
遊佐「……それでか」
身体能力なんかずば抜けて高いとは思っていたが、DNAからすでに違っていたのか?
忍「だ、だから、わたしは負けられないの」
遊佐「……本当にか?」
今まで先輩がそのことに拘ってきたことがあるか? 聞いたことすらない。
考えろ。先輩にはまだ何かあるはずだ。何が忍を困らせている? 弓削さん……の話。
妹さん。
なら妹さんも忍者の家系だったのかな?
遊佐「自分のためじゃないのか?」
忍「……違うよ」
だだっ! しゅっ!
遊佐「ぐっ!」
先輩の急な接近による攻撃を後ろにのけぞって回避するがもう片手の刀が迫る。
やばいっ!
咄嗟に腕を張り出す。
忍「っ!」
忍の武器もリーチが短い。なら腕を伸ばして腕を押さえれば届かない!
チャンス!
短剣で攻撃を試みるもバックステップで回避されてしまう。
遊佐「あぶねぇー」
忍「……」
遊佐「あのさ、忍。俺、話聞いたぞ」
既に俺は一つの大博打をしているんだ。もう一つ賭けたっていい。
忍がずっと大事にしてきた人なら。その人の死が今でも苦しめている。
遊佐「妹さんの話」
忍「!」
遊佐「……ごめんな」
忍「……」
ちょっとだけこの場の張り詰めた緊張がほぐれた気がした。
遊佐「それで、悩んでいるんじゃないのか?」
忍「ち、違う」
遊佐「じゃあどうして忍はそんなにつらそうな顔をしているんだ?」
忍「そんな顔してない……」
遊佐「俺には無理をしているように見える!」
忍「してない!」
かんっ!
先輩が手裏剣を投げてくる。
遊佐「さっきより精度が落ちたな」
忍「……っ!」
かん! かん!
二つとも外れる。
遊佐「忍、困ってることがあるなら俺に話してくれよ……」
転校してきたばかりからずっとお世話になりっぱなしの忍に恩を返したいのもある。
好きだったら、助けの手を伸ばすこともためらわない。
忍「何も、困ってなんかっ、ないってば!」
遊佐「だったら何で泣いてるんだ!」
遊佐「今言うのは卑怯かもしれない。でもな、俺は決めたんだよ」
遊佐「忍が好きだ! ずっと転校してやってきた時に忍に出会ってからずっと一緒にいて好きになったんだよ!」
忍「それ以上言わないでよぉ!」
遊佐「……っ」
拒絶……?
忍「これ以上わたしを好きにさせないでよぉ……好きにならないでよぉ……」
遊佐「忍……?」
忍「うぅ……」
何故だろう。好きになって欲しくない……そんな悲しいことがあるだろうか。
遊佐「なぁ、忍。何でそんなこと言うんだ……?」
忍「…………」
遊佐「…………」
俺は先輩が好きだ。先輩も……俺のことを嫌ってはいないようではある。好きかとどうかと言われれば自信がない。
それでも拒絶されている。俺にこれ以上はつっこむなと枷をつけられている気分だ。
遊佐「先輩は……俺が嫌いですか?」
忍「……嫌い……ゃぃ……駄目」
声が小さくて所々しか聞き取れない。でも聞こえた部分は否定的な言葉ばかりで。
遊佐「何が駄目なんだ?」
忍「だって、遊佐君が死んじゃうからぁ!」
俺が、死ぬ?
何故?
俺が死ぬから?
遊佐「…………なんでそう思うんだ?」
思い切って問いかける。
忍「……私の大切な人は居なくなっちゃうんだよ……」
忍「私のせいで……私の……せいで」

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忍「あー、疲れた」
毎日のように学校へ行って、何もない日々が続く。
忍「……帰って寝たい」
??「お姉ちゃん!」
忍「……真希?」
真希「どうしたの? 疲れた顔してるね」
忍「ちょっとね。眠いの」
真希「そっか-。今日はゆっくり寝るといいよ」
忍「そうするね」
しばらく一緒に並んで帰る。ふと気づく真希が私の顔を見ている。
忍「どうしたの? 私の顔ずっと見たりなんかして」
真希「いや、ちょっとねー。うふふ」
忍「ヘンな真希」
真希「ふふ」
真希は明るくて元気だな……。私ももっと明るくしたいと思ってるのになかなかそうはいかない。
真希「ね、お姉ちゃん。今日の晩ご飯は何かな?」
忍「何だろうね……。真希は何だと思う?」
真希「そうだねー。きっとカレーだね!」
何でそう思うのだろう。
真希「だって昨日お母さん人参とかタマネギとか買ってきてたもん」
忍「シチューかもしれないじゃない」
真希「えー? だってお姉ちゃんカレー好きだからきっとカレーだよ」
確かにカレーは好きだ。でもシチューだって別に嫌いじゃないしそもそも私の好みと関係性がない。
真希「帰ってからのお楽しみだねー」
忍「……」
別に私はどっちでもいいとも言えず黙っていた。すると真希が駆けだして距離を取ってから振り向く。
真希「……えいっ!」
忍「わっ」
真希が投げた物を反射的に掴んでいた。
忍「急に投げないでよ。びっくりするじゃない」
手の中に入っていたのはチョコだった。
真希「あげる!」
普通に渡せばいいのに。
忍「ありがとう
袋を開けて食べると、甘いけど苦い味がした。
そして確かにその日の晩ご飯はカレーだった。

真希「ねぇお姉ちゃん」
忍「どうしたの?」
真希「私ね、お姉ちゃんと一緒の学校行きたいんだ」
忍「そうなの? 何で?」
真希「なんでかなー? でもお姉ちゃんがいるから安心だなーって」
忍「どうかな……」
真希「絶対そうだって! それに変わってて楽しそうな学校じゃない」
確かに私の通っている学校は少し、というかかなり変わっていると思う。普通の学校ではない行事とかあるし。
真希「だから、私その学校いったら生徒会長になってもっとおもしろくしたいんだよねー」
忍「えぇ!? 生徒会長!?」
生徒会長になるなんて何て物好きなんだろうと思っていた私は素っ頓狂な声を上げてしまった。
真希「な、何で驚くの?」
忍「わざわざそんなのにならなくてもいいのに」
真希「むー。とにかく! がんばって勉強するから応援してよ!」
忍「真希なら勉強しなくても受かると思うけど」
成績だって優秀な真希のことだ。私がやっと入ったような学校なら問題なく入れる。もっと言えば
もっと上を狙った方が絶対いいと思われるような成績なのだ。
忍「もっといい学校に行けば?」
真希「それはつまらないもん」
忍「きっとどの学校いっても同じ……でもないかな」
やっぱりどう考えても私の通う学校は破天荒すぎると思った。
真希「でしょ! でしょ!」
忍「でも、そこまで言うなら応援するよ」
何だかんだ行って私は心の中では喜んでいた。妹が同じ学校に行きたいと言うのだから。
しかも私がいるから安心できるという理由で。拒否することなど何もないし。

ある日のことだった。
真希が車に轢かれた。
…………原因は私だ。
私への誕生日を買いに行った帰りに轢かれた……。そうとしか思えなかった。
真希のそばに落ちていたプレゼント用の箱の中身を見て確信した。
だって……私の好きな……ウサギがついたペンだったから……。
いつも明るくて元気な真希が好きだった。尊敬していたとも言える。
妹に対して抱くものではないだろうけど少なくとも私が持っていない物を沢山もっている。
しかし、その事実は逆に言うと妹の方が優れていたというコンプレックスでもある。
好きなのは本当。
すごく大切だったのも本当。
でも、だからこそ居なくなった。
私の大切な人が居なくなってしまった。
もし、私が真希を大切にしていなかったら?

あの日からすべてが狂っていった。私の見える世界は別の物に変わった。
どうしてだろう……?
どうしてだろう……?
私はそのことばかりを頭の中で反芻した。
私が居たからだ。私がいなかったらよかったんだ。
だったら私は……居なくなろう。
本当に居るべき妹になろう……。
変わろう。
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何かを思い出していたのだろう。しばらく忍はへたり込んで泣いていた。
忍「うぅ……ひくっ」
俺に何かできることはないのだろうか……。
最終更新:2008年04月14日 04:35