また良く眠れなかった。
早朝の教室。
朝練をしてる生徒の声が遠くから聞こえる以外、無音の教室。
遊佐「何で俺はこんな早くから教室にいるんだろうな」
昨日とは違う。
元通りが期待できる状態じゃない事くらい分かってる。
なら、家でゴロゴロしててもいいじゃないかとも思う。
しかし、俺は登校してきている。
遊佐「そして何でこんなに考え込んでるんだろうな」
独り言のついでにため息一つ。
ましろちゃん。
何を考えてるんだろう。
彼女は『選択する事』にこだわってる。
何でだろう?
俺には彼女の行動は矛盾しているようにも見える。
みんなが苦しまない方法をとる為、俺と聖を切り捨てる。
けど、切り捨てられたものは苦しむ。
聖にその選択をさせる事も苦しませる事になる。
多分、ましろちゃんはそれを分かってる。
なら、どうしてそんな事を?
遊佐「わかんないよ。ましろちゃん……」
呟いて机に突っ伏する。
ぐるぐるする思考は、徐々に睡魔に飲まれていった。
…………
……
中島「遊佐。おっはよー!」
背中をばしばし叩かれて、ふと目を覚ました。
教室には生徒がいつの間にかいっぱい集まっていた。
遊佐「ああ、中島か、おはよう」
中島「何か元気ねーな」
遊佐「たまにはそんな時もあるさ」
中島「ふぅん。お前も悩む事があるんだねぇ」
遊佐「お前と違ってな」
中島「はっはっは。そいつは厳しいね」
実際、こいつが何かを悩んでる光景は思いつかん。
中島「あ、おっはよー。ましろちゃん」
ましろ「あ、中島君おはよう」
中島「お? 杏もいる。めずらしー」
杏「…………」
ましろ「途中から一緒に来たんだよ」
中島「へぇ~。杏。おはよう」
杏「…………」
杏は答えずに、ぷいっとそっぽ向いた。
中島「おいおい。挨拶くらい返してくれてもいいだろ」
ましろ「まあまあ、それより、ケガの具合はもう良いの?」
そういえば、昨日中島休みだったな。
中島「ばっちり。ちょっと
筋肉痛が抜けなかったけどね」
お前そんな理由で休んでたのかよ。
ましろ「元気そうで良かったよ」
中島「ましろちゃんに心配されるとは嬉しいねぇ」
ましろ「杏ちゃんも心配してたよ?」
杏「ちがっ」
慌てて否定する杏。
中島「おお! 杏も心配してくれたのか!
ありがとう!」
中島には聞こえてなかったようだ。
杏「…………」
また、ぷいっとそっぽ向く杏。
中島「照れ屋さんめ。ハグしてあげよう」
にじり寄る中島に、杏は冷たい視線を向けた。
杏「調子に乗らないで」
冷たくきっぱりと切り捨てられる中島。
中島「くっ。じゃあ、ましろちゃん」
ましろ「何かな?」
中島「ハグしてあげよう」
ましろ「あはは、遠慮しとくよ」
中島「二人とも照れ屋さんだな」
ぐりっと何かいたそーな音が聞こえた。
中島「杏さん。調子こいてすんませんっした!」
あ、杏が中島の足を踵で踏みつけてるのか。
あれは痛そうだな。
杏「…………」
無言で席につく杏。
ましろ「あ、もうすぐ授業だね。席につかないと」
中島「あらら、残念。また後でね」
軽い態度で席に向かう中島。
ましろちゃんも席に向かう。
ましろちゃんの席は俺の隣な訳で、ずっと見ていた俺とは自然と視線が合う。
遊佐「おはよう。ましろちゃん」
ましろ「おはよう」
さっきまでと違い、素っ気無い態度。
彼女にとって俺はもう通行人以下の扱いなのかもしれない。
ましろ「昨日の事、お願いね」
どこか事務的に、彼女は俺に言う。
俺は、何も答えなかった。
…………
……
これからどうするか? それだけを考えて時間を過ごしていた。
ましろちゃん自身から、何かを聞きだすのは無理だろう。
なら、親しい人……。
杏かな。
いや、本当は分かってる。
誰が一番親しかったか。
でも、さっきのましろちゃんの言葉が、俺に聖と会う事を悩ませる。
だが、会わないわけにはいかない。
あの話をしなければ、聖は問答無用で切り捨てられる。
そしたら、聖は悲しむだろう。
けど、話をしても聖は傷つく。
ましろちゃん……。
なんて底意地の悪い事を頼むんだよ。
聖に選択させる事を、俺に選択させる。
どっちを選んでも聖は傷つく。
ドライに考えれば、俺は聖に選択をさせるべきなのだろう。
何も分からないまま切り捨てられるのは、辛い。
けど、俺はそれをしたくない。
俺の言葉で聖が傷つくのを見たくない。
遊佐「ああ……そっか……」
『選ぶ』って事はこういうことなんだな。
責任を、そして時にはこういう罪悪感を背負う事。
そういう『覚悟』が無いと出来ない事なんだ。
ましろちゃんは、常に『選んで』いると言っていた。
どうして、そこまでして?
ましろちゃんは気遣いの出来る子だ。
それは間違いないはず。
俺がいまさら気づいた事なんて、ましろちゃんはとっくに気づいているはずだ。
何でそんな辛いことしてるんだろう?
あ。
遊佐「授業終わったか」
よし、とりあえず考えるのはやめて、杏に聞き込みをしよう。
……簡単に口を割るとは思えないけど。
遊佐「さて……」
あ、杏発見。
丁度教室から出て行くところだ。
チャンス。
…………
……
遊佐「杏。ちょっと良いかな?」
教室から少し離れたタイミングで声をかける。
杏「何か用?」
遊佐「うん。ちょっとここじゃ何だから、屋上行こう」
逃がさないように、がしっと手首を掴んでずんずん歩く。
杏「ちょっ、私は良いとは言ってな……」
遊佐「ダメとも言ってないからオールオッケー」
杏「いや、ちょっ。待って」
聞く耳持たずに屋上につれてきた。
遊佐「杏をプチ拉致したのは2回目か」
感慨深げに呟く俺。
杏「……はぁ」
ため息つかれたけど気にしないで行こう。
遊佐「で、聞きたい事があるんだが」
杏「……何?」
不機嫌そうだな。
まあ、当たり前か。
遊佐「ましろちゃんの事についてなんだけど……」
杏「…………」
遊佐「まあ、そう硬くなるなよ」
杏「他人の事を話すつもりはないわ」
遊佐「義理堅いんだな」
杏「そんなんじゃない」
ぷいっとそっぽ向く杏。
遊佐「じゃあ、杏の事なら良いわけだ」
杏「え?」
遊佐「最近、急にましろちゃんと仲良くなったみたいだけど、どうしてなんだ?」
杏「話すなんて言ってないけど……」
遊佐「答えてくれ」
真剣な眼差しで見つめる。
遊佐「…………」
杏「…………」
時間が長く感じる。
どのくらい見つめていたか分からないけど、杏の方が先に根負けした。
杏「……聞いてどうするというの?」
遊佐「今後の判断の材料にする」
杏「……何の?」
遊佐「切り捨てられた俺がこれからどうするか? だ」
杏「…………」
杏の表情に、かすかな揺らぎが浮かぶ。
俺は直感した。
杏はやはり何かを知っている。
杏「私がましろと『お友達』になるきっかけを作ったのは、遊佐君よ」
遊佐「お友達?」
何だか杏らしくない言い方だ。
杏「うん」
遊佐「……ましろちゃんから言ってきたんだな」
杏「…………」
答えないけど図星だろう。
遊佐「傍目からは物静かな杏を、ましろちゃんが連れまわしてるって感じだな」
杏「……物静か……ね」
ちょっとあきれたように言われたけど、気にしないでおこう。
遊佐「ましろちゃんに構われるのは、迷惑か?」
杏「…………」
杏は答えない。
遊佐「ましろちゃんと友達なのは、嫌なのか?」
傍目には本心で嫌がってるようには見えなかったけど、一応聞いてみる。
杏「友達……ね」
遊佐「ん?」
杏「彼女にそんな気持ちはあるのかしら……」
その言葉に、俺は思わず硬直してしまった。
杏「……今のは忘れて」
杏の疑問は、実に的を射ていたかもしれない。
みんなのため、切り捨てる。
彼女の『みんな』がどの程度を指すかは分からない。
けど、そういう選択をする事があるのに、本当の気持ちをもって、人に接する事が出来るのか?
遊佐「ましろちゃんは、自分の心を人に晒す事があるのか……?」
杏「…………」
杏は答えない。
当たり前だ、杏は杏であって、ましろちゃんではない。
遊佐「誰だって人に言えないことくらいはある」
遊佐「けれど、誰にも全く心を開かないなんて……」
出来るとは思えない。
知り合い誰一人にも心を開かないなんて。
交友関係が広ければ広いほど、親しい人が多ければ多いほど、出来る事ではないはずだ。
杏「もう、私に用はないみたいね」
遊佐「あ」
杏「それじゃ……」
踵を返して屋上を立ち去ろうとした杏の前に、人影が現れた。
聖「遊佐、ここに居たか……あ」
杏「…………」
視線を逸らしてそのまま出て行こうとする杏。
遊佐「聖、杏捕まえて」
聖「え? あ」
杏「…………」
俺の言葉に思わず杏の腕を掴む聖。
遊佐「んで、こっちこっち」
ちょいちょいと手招きすると、杏をずりずり引っ張って聖がこっちに来た。
杏「離して……」
聖「あ、ごめん」
杏の言葉に思わず手を離そうとする聖。
遊佐「離しちゃダメだって」
俺の言葉にまたしっかりと杏を掴む聖。
杏「…………」
ちょっとむすっとした様子の杏だが、とりあえず抵抗はしないらしい。
聖「えーっと。何か知らないが、ましろに遊佐が話があると聞いたんだが」
この状況に、聖が落ち着き無さそうに尋ねる。
遊佐「あー……。そうか……」
ましろちゃんめ、俺が外に出たのを見計らって仕掛けたな。
杏「帰って良い?」
遊佐「ダメ」
逃げないように反対側を掴んでおく俺。
大岡裁きのような図柄だ。
聖「それで、何のようだ?」
遊佐「えーっと……」
……悩んでも、仕方ないか……。
俺が『選ぶ』事で、聖の傷が少しでも軽くなるんだ。
俺の痛みなんて気にしてる場合じゃない。
遊佐「ましろちゃんから、聖に伝えてくれ。といわれた事がある」
聖「ましろから?」
状況が良く飲み込めてない聖。
そりゃそうだろうな。
なんせ、ましろちゃんに言われて俺に話を聞きに来たんだから。
遊佐「先に言っておく、これはかなりきつい言葉だ」
聖「……分かった」
聖が、真剣な表情でこちらを見つめる。
それだけで、既に胸が痛い。
けど、言わないで後悔するよりは、マシだ。
遊佐「俺を切り捨てるか、ましろちゃんに切り捨てられるか、選べってさ」
聖「……え?」
呆然とする聖。
ついでに頭も痛くなってきた。
けど、言葉を続けなくてはいけない。
『選んだ』んだから
遊佐「ましろちゃんは俺を切り捨てた。それは知ってるよな」
聖「……あ、ああ」
遊佐「けれど、聖が俺を気にかけてこのまま過ごすのは聖にもましろちゃんにも良くない」
聖「……え?」
遊佐「だから、聖は俺を切り捨ててましろちゃんと一緒の元の日々に戻る」
聖「お、おい。何を言って……」
遊佐「それが出来なければ、ましろちゃんは聖、お前を切り捨てる。と言う事らしい」
俺なりに、ましろちゃんの言葉の意味を考えて伝えてみた。
胸が、痛い……。
聖「冗談は……よせ……」
理解できない。というよりは理解したくない。といった様子で首を振る聖。
遊佐「俺だって冗談だと思いたいんだがな」
聖「そんな……そんな……」
遊佐「どちらも選べなければ、ましろちゃんはお前を切り捨てるだろう……」
聖「私に……ましろとお前を選べというのか……」
遊佐「そういう……事になるな」
降り立った静寂。
聖が悩んでいる。
答えなんか、簡単に出せるものじゃないだろう。
なんて残酷な選択肢。
遊佐「多分、答えはすぐじゃなくて良いと思う」
遊佐「ましろちゃんも少しは待ってくれるはずだし」
聖「…………」
聖は突然のことに呆然としているようだった。
それはそうだろうな。俺が同じ立場だったとしてもそうだ。
伝えて正解だったと、信じるしかないよな。
遊佐「杏。すまないな。俺一人で伝えるのは少し自信なかったんだ」
杏「……そう」
遊佐「居てくれるだけで助かったよ。ありがとう」
杏「それじゃ」
遊佐「ああ、またな」
最終更新:2009年02月04日 18:49