一晩考えて、何となく決心っぽいものは固まった。
遊佐「ましろちゃん」
放課後目前になって、ましろちゃんに声をかける。
タイミングを見計らってたから遅くなったのだ。
決して怖気づいたんじゃないんだからな!
ましろ「何かな? 遊佐君」
いつもどおりに見えなくもない笑顔のましろちゃん。
笑顔の冷気も慣れてきたのか、若干軽く感じる。
遊佐「ちょっと話したいことがあるんだけど、良いかな?」
ましろ「うーん……」
即答で却下されるかと思ったけど、何故か今回は悩んでいる。
良く分からないけど、チャンスだ。
遊佐「良かったら、後で屋上にきてもらえるかな?」
ましろ「……分かった」
あっさり了承が取れた。
少々、いや、かなり意外だ。
でも、良しとしよう。
ちゃんと話する機会が取れるんだから。
…………
……
屋上で一人たたずむ俺。
既に30分経過していたりするのは悲しいから内緒だ。
っていうか……。
遊佐「遅いなぁ……」
すっぽかされたのかなぁ……。
あれ? 目から何か汁がこぼれそうだ。
ましろ「おまたせ」
遊佐「あ、ましろちゃん」
来てくれたのか。
ちょっと元気ないように見えるけど、良かった。
ましろ「話って、何かな?」
遊佐「あ、うん」
うーん、いざとなると勇気が……。
いやいや、がんばれ俺。くじけるな!
遊佐「あのさ、ましろちゃん」
ましろ「?」
遊佐「俺……ましろちゃんの事が好きだ」
ましろ「…………」
無言のましろちゃん。
でも、伝わってるはずだ。
だって、ましろちゃんの笑顔が消えたから。
無表情に近いけど、そこから読み取れないくらいの微弱な感情を感じる。
遊佐「だから、俺は切り捨てられても、ましろちゃんを諦める事は出来ない」
色々考えてみたけど、これが俺に出来る精一杯だった。
ましろ「…………そっか」
ぽつりと、独り言のように呟くましろちゃん。
イエスでもノーでもない言葉。
黙って返事を待つしか俺には出来なかった。
遊佐「…………」
どのくらいこうしてるのだろう?
時間の流れがゆっくりに感じる。
バリスタの時とは違うけれど、この空間は心地よくて好きだ。
ましろ「わたしは……」
ましろちゃんが静寂を破る。
ましろ「ううん。わたしも遊佐君の事好きだよ」
遊佐「へ?」
正直、予想外の答えだった。
玉砕するだろうと思っていたのに……。
ましろ「でも、遊佐君は何も知らない」
遊佐「え?」
ましろ「遊佐君は、私のことを何も知らない。って言ったんだよ」
どう言う事だろう?
切り捨てる以外に、まだましろちゃんは何かあるのだろうか?
ましろ「正直、驚いたよ。切り捨てたはずの遊佐君が、そんな事を言ってくれるなんてね」
くすくすと笑うましろちゃん。
ましろ「前に言ったよね」
ましろ「選ぶのに邪魔だから切り捨てるって」
遊佐「あ、ああ。言ってたね」
ましろ「今なら、分かってくれるかな? その理由」
遊佐「俺の思い上がりでないなら、俺が好きだから?」
ましろ「うん。そう言う事」
にこりと微笑むましろちゃん。
ましろ「遊佐君の風船を割れなかった時、理由が分からなかった」
ましろ「でも、遊佐君に抱きしめられたとき、ようやく分かったんだ」
なんだか、笑顔が痛い……。
ましろ「だから切り捨てたんだよ」
話は分かった。けど……。
遊佐「分からない」
ましろ「何がかな?」
遊佐「そこまで選ぶ事を選ばないとダメな理由が、俺には分からない」
分からない。
何故ましろちゃんは、そんなにこだわってるのだろう?
ましろ「ねえ、遊佐君」
遊佐「ん?」
ましろ「選ぶ事の意味、分かってる?」
遊佐「それは……この前実感した」
そう、聖に伝える事を選んだときに。
ましろ「どうだった?」
遊佐「……重かった」
あの時は本当に胸が苦しかった。
だから、分からない。
遊佐「ましろちゃんは、どうしてあんな選択をし続けているんだ?」
そんな辛いこと、無理に続ける必要はないはずだ。
ましろ「遊佐君。間違った選択をしたことはある?」
遊佐「え?」
ましろ「人間だもん。誰だって間違う事はあるよね」
遊佐「……うん」
ましろ「間違った選択をしても、多くの場合はそこから修正できる」
遊佐「そう……だね」
ましろ「じゃあ……」
再び、ましろちゃんから表情が消えた。
ましろ「取り返しのつかない間違いって、何かな?」
遊佐「取り返しのつかない?」
どんな事だろう?
ましろ「遊佐君。わたしはね」
遊佐「?」
ましろ「……人殺しなんだよ?」
え?
ひとごろし?
ましろちゃんが言ってる事が一瞬理解できなかった。
ましろ「それでも、わたしの事を好きだと言い張れる?」
遊佐「…………」
徐々に意識に浸透してくる「ひとごろし」という言葉。
彼女の過去に何があったのかは分からない。
けれど……。
ましろ「無理だよね? だから……」
遊佐「好きだよ」
ましろ「え?」
遊佐「ましろちゃんの過去に何があったのかは知らない」
遊佐「どんな事があっても、目の前にいる柊ましろという人に対する、俺の気持ちは変わらない」
ましろちゃんが驚いている。
ましろ「……本気?」
遊佐「もちろんだ」
力強く頷いてみせる俺。
ましろちゃんは、何故か悲しそうにうつむいた。
ましろ「……ダメだよ」
遊佐「何が?」
ましろ「わたしの事諦めてくれないと……」
遊佐「それは出来ない相談だ」
きっぱりと言い切る。
今、俺が頼れるのはこの気持ちだけだ。
ましろ「…………」
遊佐「俺はましろちゃんが好きだ」
他に言葉なんて思いつかない。
ただ、辺りを静寂が包む。
ましろ「…………」
遊佐「…………」
ましろ「遊佐君は……」
遊佐「ん?」
ましろ「遊佐君はいつもわたしに、一番辛い選択肢を選ばさせるんだね……」
遊佐「それってどういう……?」
ましろ「帰ろう?」
遊佐「え?」
ましろ「今日のサービスはここまでだよ」
冗談めかして言い、ましろちゃんは階段の方へ向かった。
最終更新:2008年04月17日 10:00