今日は日曜日。
ましろちゃんとのデートの日だ!
先日の教室で一応言ったけど、本当になるとは思ってなかった。
なかったんだが……。
なんか聖経由で、映画のチケットが送られてきた。
送り主はましママだった。
付随してたメモに『ましろも絶対行かせるから安心して!』
とか、書いてあった。
ましママの乗り気っぷりが、逆に心配になったのは内緒な。
集合時間まで指定してある親切設計。
けど、その集合時間も5分を過ぎている。
遊佐「ましろちゃん遅いなぁ」
というか、来るのかなぁ。
本人が全く乗り気じゃないのは容易に想像できる。
遊佐「やっぱり来ないかなぁ」
ん?
今建物の影に何か居た気が……。
っていうか、明らかにあの一角を人が避けてる。
遊佐「うーん」
何となく唸りながら、ひょいっと覗き込む。
ましろ「…………」
遊佐「何してるの?」
建物の影に隠れてぶすっとしてるましろちゃん。
まあ、理由は聞くまでもないか。
遊佐「まあ、チケット勿体無いし映画見ようか?」
ましろ「…………」
ぷいっとそっぽ向くましろちゃん。
うむ。不機嫌だ。
けど、これまでの笑顔でスルーより気分的に楽だな。
遊佐「何か見たい映画ある?」
チケットをぴらぴらさせながら尋ねる。
ましろ「別に」
遊佐「じゃあ、俺が適当に選ぼうかな」
うーん。ここは王道でラブコメか?
アクション物というのもアリだが。
まあ、上映してるタイトルから直感で行くか。
『にわか雨~君の面影を探して~』
『THEトップブリーディング~傷ついたチョコボ~』
『炎のアトルガン~トリックスターの描く夢~』
『ジラート~世界に在りて君は何を想うのか?~』
『料理人ライチャード~飽くなき追求~』
うーん。
にわか雨あたりがラブコメっぽいなぁ。
トップブリーディングは動物物かな?
炎のアトルガンもちょっと気になるところ。
ジラートはファンタジーだろう。
後、料理人だが、これはないだろ。
まあ、デートだしラブコメ物の方が良いかな?
遊佐「にわか雨あたりにする?」
ましろ「……これで」
ましろちゃんが指差したのは……。
『料理人ライチャード』
遊佐「何ぃぃぃぃぃ!?」
何かすごく想定外だッ。
動物もの辺りを見たがるかとは思ったんだが……。
遊佐「ま、まあ。いいか」
こほん、と咳払いをしておく。
遊佐「んじゃ、行こうか?」
ましろ「うん」
…………
……
鑑賞終了。
俺の感想。
うーん? 微妙?
タイトルから某○○しんぼみたいなのかと思ったんだが、そうでもなかった。
絶縁関係に近い料理人親子が、料理の真髄を追及していくを求める物語ではあったが。
あれ? こう書くとなんか一緒に見えるな。
不思議だ。
っと、一人で感想を考えててもしょうがないな。
遊佐「んー。微妙かなぁ」
ましろ「うん」
肯定された!
遊佐「見たいって言ったのましろちゃん」
ましろ「うん」
ああ、もうっ。
生返事というか暖簾に腕押しというか。
遊佐「怒ってる?」
映画館の外に出て、ゆっくり歩きながら尋ねる。
ましろ「もちろん」
なんだかんだで一応隣を歩いてくれるましろちゃんだ。
遊佐「どうしたら機嫌直してくれる?」
ましろ「聖ちゃんとくっついてくれたら」
遊佐「うん。それ無理」
即座に却下しておく。
遊佐「どうしてそんなに聖とくっつけたがるかなぁ」
ましろ「その方が良いからだよ」
遊佐「でも、今俺がそうなったら、ましろちゃんのお母さん悲しむよ?」
ましろ「うっ」
遊佐「ましろちゃんのお母さんの為に、俺と仲良く恋人できないかなぁ」
ましろ「遊佐君と一緒だと、選べなくなるんだもん」
遊佐「そんなに選ぶ事が大事?」
ましろ「そうだよ? わたしはずっとそうやって来たんだもん」
遊佐「じゃあさ」
ましろ「ん?」
遊佐「今度何かあったら、遠慮なく切り捨てても良いから」
ましろ「え?」
遊佐「たとえば、俺一人の命で他の人の幸せになるなら、俺を殺せば良いよ」
ましろ「…………」
遊佐「まあ、勝手なこと言ってるだけだけどね」
遊佐「ましろちゃんは何だかんだで俺を殺せなかった」
ましろ「……そうだね」
遊佐「だから、切り捨てて良いって言っても、ましろちゃんにそれが実行出来るかは別」
ましろ「うん」
遊佐「で、ましろちゃんはそれが出来ない可能性が高いから、俺を聖とくっつけようとしてる」
ましろ「……うん」
遊佐「だったらさ、ましろちゃんが俺を切り捨てるのが必要と思った時」
遊佐「俺に言ってよ」
ましろ「え?」
遊佐「で、それが必要かどうか、俺が検討して、俺が決めるからさ」
我ながら変なことを言ってるとは思う。
ましろちゃんもぽかんとしている。
遊佐「でも、これなら、ましろちゃんは切捨てを実行出来るんじゃない?」
ましろ「……遊佐君。やっぱり変だね」
遊佐「そうかなぁ」
ましろ「それでも結局、わたしは伝えるかどうかを選ばないといけないんじゃないかな?」
遊佐「じゃあ、ちょっとでもそう思ったら俺に伝えないといけない。というルール追加」
ましろ「ルール?」
遊佐「そう、どんなつまらない事でも、俺を切り捨てるって選択肢が上がったら、俺に伝える」
遊佐「どんなにその必要性がなくても伝えないとダメ」
遊佐「それで、俺が他に手段ないと判断したらぽいっと捨てる」
ましろ「わたしの意見は?」
遊佐「最初だけ聞く」
ましろ「ふぅん」
遊佐「といった所でどうかな?」
ましろ「……分かった。どうせしばらくどうにもならないもん」
遊佐「うんうん。人間諦めも肝心だよ」
ましろ「じゃあ早速、遊佐君を切り捨てたいんだけど?」
遊佐「え?」
ましろ「正直言って色々面倒くさいんだもん」
遊佐「ちょ、ちょっとまってよ」
いきなり選択迫られるとは、っていうか理由おかしい。
ましろ「ふふっ。冗談だよ」
悪戯っぽく微笑むましろちゃん。
遊佐「もう、いきなりはやめてよね」
ましろ「この前のわたしの衝撃に比べたら全然軽いよ」
遊佐「そうかもしれないけどさ~」
ましろ「お母さんが帰って来た時のテンション凄かったんだから……」
遊佐「ああ、アレは確かに……」
良かった。ましろちゃんが割りと普通の状態になった。
ましろ「わたしに口を挟ませる暇もなく……あ」
遊佐「ん?」
急に止まったましろちゃんの視線を追いかけてみる。
たまたま通りがかった公園からまっすぐに来たと思われる。
野球ボールが目の前にあった。
すこーんっ
ましろ「遊佐君!? 大丈夫!?」
思いっきりのけぞった俺のあごを、かすめるようにもう一球。
かすっ
ましろ「遊佐君!?」
意識が朦朧とする。
遊佐「い、一体何が……」
立ってる事が出来ない。
ましろ「良く分からないけど、多分脳震盪を起こしてると思う」
ましろちゃんが、膝をついている俺に肩を貸してくれた。
遊佐「うう」
ましろ「2球目が綺麗にあごをボクシングみたいにスカーンってなってたよ」
遊佐「嬉しくない」
ましろ「おでこも冷やさないとだし、とりあえず、ここで寝ててね」
ベンチに置いてけぼりにされたが、多分ジュースか何か買いに行ったのだろう。
遊佐「う?」
周囲になんか殺気を感じる。
そういえば、この公園、人が居ないな。
聖「そこまでだ」
おや? 聖の声がする。
なんか叫び声とか聞こえる気がする。
だんだん遠くになっていく。
あのボールは誰かの陰謀だったんだろうなぁ。
非公認ファンクラブの何かだろう。
聖が追い払ってくれたのかなぁ。
ありがとう。聖。
…………。
……すぴー。
遊佐「はっ」
ましろ「あ、おはよう。遊佐君」
目が覚めたら、夕方だった。
結構近い距離にましろちゃんの顔が横向きにある。
後なんか後頭部がふかふかだ。
うーん?
これってひょっとして……。
遊佐「ひざまくら!?」
ましろ「あ、うん。そうだけど……」
遊佐「こ、これが膝枕……」
幻の桃源郷が今俺におきている!
いや! 感動している場合ではない!
頭の感触を忘れぬようにしっかり記憶しておかねば……。
ましろ「ゆ、遊佐君? どうしたの?」
遊佐「うむ。伝説の膝枕というものを忘れぬようにと」
全神経を後頭部に集中!
む!?
鼻腔をくすぐる良い匂いが!?
ましろちゃんの匂いか!
この距離な分濃密だ!
こ、これが膝枕なのか!?
ましろ「遊佐君、そんな顔されると正直怖いんだけど……」
遊佐「ああ、ごめんごめん」
顔に色々出まくってたかもしれない。
遊佐「むぅ。これが膝枕か」
ましろ「あ、あはは……」
遊佐「幸せじゃぁ、わしはいつ死んでもええぞぅ」
ましろ「じゃあ、死ぬ?」
おなかの方でましろちゃんが何か持ち上げている。
遊佐「ごめん。嘘です。死にたくないです」
ましろ「えいっ」
俺の言葉は無視されて、腕が振り下ろされた。
どすっ
遊佐「ぐえっ」
思ってたより軽い感触。
遊佐「って、ペットボトルか」
ましろ「うん。もうぬるくなってるけど」
遊佐「お茶なら大丈夫」
ましろ「残念。スポーツドリンク」
遊佐「まあ、何とか大丈夫」
ましろ「ところで」
遊佐「ん?」
心配そうに顔をましろちゃんが近づける。
ましろ「大丈夫かな? おでこの腫れは引いてきたけど」
遊佐「うん。大丈夫。今はばっちりだよ」
ましろ「良かった」
遊佐「心配してくれてありがと」
ましろ「どうしたしまして、んじゃ、夕方だし帰ろう?」
遊佐「いや、俺はもう少しこの膝枕を体験していたいのだけど」
ましろ「えー……」
遊佐「いいじゃーん。減るもんじゃなしー」
ましろ「減らないけど、夏場はこれ暑いよ?」
遊佐「まあ、そうかもだけど」
ましろ「でしょ?」
遊佐「それを考慮に入れても、より幸せなものが、この膝枕にはある!」
ましろ「そうかなぁ」
遊佐「うん。という訳で膝枕続行で」
ましろ「じゃあ、もうちょっとだけだよ?」
遊佐「わーい」
そのまましばらく膝枕でぼけーっとする。
ましろちゃんもぼけーっとしていた。
この平和な空気は良いな。うん。
ましろ「ねえ、遊佐君」
遊佐「何?」
ましろ「本当にわたしと付き合いたいと思ってる?」
遊佐「もちろん」
ましろ「意地になってるとかじゃなくて?」
遊佐「変なこと聞くね」
ましろ「だって……」
遊佐「ましろちゃんファンも多いのに自分に自信ないとか?」
俺がわざと方向違いの答えを返すと、ましろちゃんは苦笑してみせる。
ましろ「あの人たちは違うよ。何も知らない」
遊佐「まぁね。俺は他の人より色々ましろちゃんに詳しい」
ましろ「うん。だから、聞いてるんだよ」
遊佐「誰かを好きって気持ちは、理屈じゃないと思うけど?」
ましろ「……まあ、そうだけど……」
遊佐「俺はましろちゃんが好き。ましろちゃんも俺が好き。だったらそれで良いじゃない」
ましろ「でも……」
少し悲しそうに視線をそらすましろちゃん。
ましろ「わたしは……人殺しだよ?」
遊佐「そうかな?」
ましろ「そうだよ」
遊佐「俺はそうは思わないなぁ」
ましろ「どうして?」
遊佐「結果としては確かに亡くなってしまったけれど、それはましろちゃんの責任じゃないでしょ?」
ましろ「わたしがあの時違う事を答えてれば、結果は変わってた」
遊佐「そうかな? 俺にはその時の質問は、決意を固める為のものだったんだと思うけど」
ましろ「だったとしても、後押ししたってことになるよ?」
遊佐「でもさ、後押ししなかったとしても、結果は一緒だったかもしれないよ?」
ましろ「可能性の話だよ。今は結果しか残ってないもん」
遊佐「それにさ、今気づいたんだけど」
ましろ「ん?」
遊佐「ちょっと酷い事だけど、その時点で既に、お父さんは浮気してたんじゃないかな」
ましろ「……うん」
遊佐「おじいちゃんも何かの病気だったんだよね?」
ましろ「うん。詳しくは覚えてないけど」
遊佐「ひょっとしたら、だけどさ」
ましろ「ん」
遊佐「おじいちゃん長くなかったのかもしれない」
ましろ「…………」
遊佐「もし、そうだとしたら、ましろちゃんの後押しは、お母さんの命を助ける事が出来たって事にならない?」
ましろ「所詮可能性の話だよ」
遊佐「まあね。でもさ……」
ましろ「なに?」
遊佐「ましろちゃん。後悔してるんだよね?」
ましろ「……うん」
遊佐「でも、ましろちゃんがそれを選ばなかったら、今、お母さん居なかったかもしれないじゃない?」
ましろ「……ん」
遊佐「確かに、無事に病気が治った後に、悲惨な現実があった」
遊佐「ましろちゃんは、何も知らないまま、お母さんが死んだほうが良かったと思う?」
ましろ「……それは……」
ましろちゃんが小さく震えている。
遊佐「つまりさ、結局、仕方なかったんだよ」
ましろちゃんは答えない。
遊佐「ましろちゃんの選択がベストだったかと言うと分からないけど」
遊佐「でも、最悪の選択じゃなかったとは思うんだ」
ましろ「そう……かな……」
遊佐「そうだよ。それに……」
手を伸ばして、ましろちゃんの頭を撫でる。
体勢的にちょっと辛いけど、我慢我慢。
遊佐「おじいちゃんだって、ましろちゃんにそんな苦しんで欲しいなんて思ってないはずだよ?」
ましろ「……うん」
遊佐「そんな、自分を罰するような生き方しても、誰も喜ばないよ」
ましろ「……でも……」
遊佐「自分にワガママ言っても良いじゃない」
遊佐「みんな自分のために行動してるんだから、ましろちゃんも自分のために頑張らなきゃ」
ましろ「……自分のため?」
遊佐「そう。人の幸せに構う前に自分のこと構わないとダメだよ」
ましろ「……どうして?」
遊佐「えーっと、なんて言ったっけ? 衣食足りて礼節を知るって奴だよ」
ましろ「遊佐君。それちょっと違う」
涙目だったけど、ましろちゃんがやっと笑ってくれた。
遊佐「そうそう。ましろちゃんは笑顔が一番だよ」
遊佐「幸せな笑顔は周りの人も幸せに出来るんだから」
ましろ「そう……だね」
遊佐「みんなを幸せに出来る、一番簡単で効率の良い方法じゃないかな?」
ましろ「そうだね」
遊佐「んー。何となく良いこと言った気がするなぁ」
ましろ「うん。ありがとう」
遊佐「どういたしまして」
気がついたら日がとっぷり暮れていた。
遊佐「じゃあ、帰ろうか?」
ましろ「そうだね」
遊佐「家まで送るよ」
ましろ「うん」
立ち上がってましろちゃんに手を差し出す。
遊佐「手でも繋ごうか? 彼氏彼女っぽく」
ましろ「ん」
遠慮がちに差し出されたましろちゃんの手をしっかり握る。
遊佐「あったかいね」
ましろ「遊佐君もね」
最終更新:2008年08月15日 18:30