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植え込みの影に隠れ、木陰にたたずんでいるましろちゃんをじっと見守る俺。
正直、公園に隠れられる場所は少なかった。
まあ、不審者とかそういうことがあったら困るから、当たり前なのだが。
とりあえず向こう側から見えなければ問題ないと判断し、後ろから丸見えなのを我慢する。
子供に指を指されても泣かないんだからな!

遊佐「っとまずい」

どうやら、伊従さんが来たようだ。
ん? もう一人誰かいる。
ちょっと予想外だな。
まあ、一対一とは言ってないから、問題ない……か。
連れの人は30代前半と思しき女性。
一言で言えば美人だが……どこと無く嫌な雰囲気を感じる。

伊従「待たせたか? すまないね」

とりあえず盗み聞きに集中しよう。

ましろ「いえ」

冷たく端的に答えるましろちゃん。
本気モードだな。

伊従「えっと、こちらは姫乃さん。私の……」
ましろ「結構です。用件だけ伺わせていただきます」

伊従さんの言葉を遮り、あくまで冷たく対応するましろちゃん。
再婚相手辺りだろうか?
まあ、確かにどうでもいい。

姫乃「まあまあ、そうツンツンしなくてもいいじゃない? せっかく親子の対面なんだし」

優しく諭す姫乃さん。
けど、声のどこかに面白がるような雰囲気が混じっている。

ましろ「残念ですが、わたしはこの方を父とは思っておりませんので」
伊従「そんな冷たい事を言うなよ」
ましろ「用件が無いなら帰らせていただきます。学校にも二度と来ないで下さい」
伊従「ましろ……」

伊従さんはましろちゃんに声をかけつつも、視線は姫乃さんの様子を伺う。

姫乃「そう言うんだから、さっさと用件言ってしまったら良いんじゃないかしら?」

姫乃さんの言葉に伊従さんはちょっと躊躇する素振りを見せる。
しかし、すぐに決心したようで、ましろちゃんに向かい合った。

伊従「慰謝料と養育費の事なんだ」

落ち着かない様子の伊従さんに対し、無言の圧力を出すましろちゃん。

伊従「すまないが、これ以上払い続ける事は出来そうにない」
ましろ「そういう話は母に直接して頂けませんか?」
伊従「そうしたいのは山々だけど、話をする機会を取ってくれないんだ」
伊従「だから、ましろから話を通してくれないか?」

なんつー勝手なことを言ってるんだ? このおっさんは。

ましろ「もし断ったら?」
伊従「何度だって学校に通い続ける事になる」
ましろ「……母からの言伝です」

ましろちゃんの圧力が上がった。
ここにまでプレッシャーが広がっている。

ましろ「養育費も生活費も自分でまかなえるから、今後払わなくても良い。ただし、二度とわたし達に近寄るな。と」
伊従「!?」

ましママの先読みも凄いな。
伊従さんも硬直してる。

姫乃「あら、話が早くて助かるわ」

硬直してる伊従さんをおいといて、姫乃さんが口を開いた。

姫乃「でもね。それだけじゃないのよ」
ましろ「?」
姫乃「ねえ? 渚さん?」

肩を押され、伊従さんがよろけるように一歩前に出る。

伊従「あ、ああ。そうなんだ」
ましろ「何ですか?」
伊従「すまないが、生活に困っていてね。これまで払った分も返して欲しいんだ」
ましろ「は?」

な、何を言ってるんだ? このおっさんは?

伊従「あいつ、今じゃモンブロー医院で医者やってるらしいじゃないか?」

モンブロー医院ってこの辺だと割りと大きめの病院だな。
ましママはそんなところで働いてたのか。

伊従「だから、結構あるんだろ? 返してくれよ」

嫌な笑顔を浮かべながら、ましろちゃんに近寄る伊従さん。
だんだんむかついて来た。

ましろ「仰ってる意味が良く分かりませんが、我が家に貯金なんてほとんどありませんよ」
伊従「収入十分あって俺から慰謝料と養育費も取ってたんだ。余ってないわけないだろ?」
ましろ「頂いたお金はほとんど母の資格取得とわたしの学費に消えましたので、ありません」
伊従「大体、お前が金を管理してるわけがない。あいつがどっかに隠してるに決まってる」
ましろ「ありません。母は忙しいので日ごろのお金は、わたしが管理しています」
伊従「とりあえず、さっさと返すようにあいつに言ってくれれば良いんだよ」
ましろ「無駄です。言ったところであなたに渡すようなお金はありません」
伊従「あれは俺の金だ! さっさと返させるって約束しろ!」
ましろ「無理です。それに養育費等で支払われたお金は、あなたのものではありません」
伊従「グダグダ言ってないでさっさと約束すれば良いんだよ!」

ぶちっ

怒鳴り散らしながら伊従さんがましろちゃんの胸倉を掴んだ。
弾みで胸のボタンがいくつか飛んでいく。

伊従「ぐぇっ」

気づいたら、俺は伊従さんをぶん殴っていた。

ましろ「遊佐君!?」
伊従「てめぇ! 何してくれてんだ!」

頬を押さえながら怒鳴る伊従さん。
ちょっと失敗したかなぁ……。

遊佐「あんた。自分が言ってる事の意味理解してんのか?」
伊従「クソガキの癖に偉そうにたれてんじゃねぇよ!」

伊従さんの目が血走っている。

遊佐「青二才の小僧の俺でも、あんたのさっきの言動は相当恥ずかしい物だって理解できるぜ?」
伊従「他人の家庭の話に口出ししてんじゃねえ! 死ねよ!」

こいつダメだ。
頭のネジ2~3本ぶっとんでやがる。

姫乃「はいはい。そこまでよ」
伊従「ひ、姫乃?」

俺と伊従さんの間に割り込んで、ニヤニヤと笑う姫乃さん。

姫乃「ふふふ。中々度胸あるわね。坊や」
遊佐「そりゃどーも」
姫乃「けど、ダメねぇ。人を殴るなんて」

そう良いながら、姫乃さんが何かをこちらに見せる。

遊佐「うっ」
ましろ「!」

デジカメだった。
液晶にはバッチリ俺が伊従さんをぶん殴ったシーンが映っている。

姫乃「ねえ。渚さん? 怪我とかしてないかしら?」
渚「口ん中が切れたな」
姫乃「じゃあ、十分かしら?」

こっちを嬉しそうに見る姫乃さん。

姫乃「傷害罪。早速警察に行きましょうか?」
遊佐「くっ」

してやられた。
伊従さんはともかく、姫乃さんは頭が回るようだ……。

姫乃「ましろちゃん。彼氏を犯罪者にしたくないなら、お金、払ってもらえるかしら?」
ましろ「…………」
姫乃「返事を後回しにしても、病院にいって診断書貰っておくから、証拠は消えないわよ?」

最悪だ。
俺が出てこなければ……。

ましろ「分かりました」
姫乃「物分りが良くてお姉さん嬉しいわ」

にっこりと微笑む姫乃さん。
その笑顔からは、もはや悪意しか感じられない。

ましろ「警察に行きましょう」
姫乃「あら?」

そうか。
でも、それでいいんだ。
俺を切り捨てろ。ましろちゃん。

姫乃「あらあら。彼氏捨てられちゃったようね」
伊従「お、おい。どうするんだ?」
姫乃「関係ないわ。顔ですもの。精神的な被害を含めて慰謝料頂きましょうよ」
伊従「な、なるほど」

言ってろ。
精神的な慰謝料はよっぽどの事じゃないとでねぇよ。

姫乃「さ、善は急げ、行きましょ」

姫乃さんが嬉々として歩き出す。

伊従「逃げたら分かってるよな?」
遊佐「ああ」

4人連れ立って警察に向かって歩き出した。

…………
……

前で伊従さんと姫乃さんが談笑している。
俺たちは静かについていく。
やや賑やかな商店街に着いた時、ましろちゃんが俺の腕をつついた。
怪訝に思って振り向くと、ましろちゃんは人差し指を唇にあてるジェスチャーをする。
静かに、って事かな?

ましろ「着いたら、絶対に二人別々にならないようにするね」

俺にだけ聞こえるようにヒソヒソと話しかける。
俺は黙って頷く。

ましろ「わたしが軽くつねるまで、喋らないで」
遊佐「うん」
ましろ「後、ぎゅって掴んだらわたしを抱きしめて、顔を誰にも見せないようにして」
遊佐「分かった」
ましろ「このまま終わらせたりはしないよ」

頼もしいましろちゃんの言葉に思わず顔がほころぶ。

ましろ「後は、緊張した顔しててくれたら良いから」
遊佐「自然にそうなるから大丈夫」
ましろ「じゃあ、しばらくさっきと同じ状態で」
遊佐「うん」

密談を終えて前方の二人を確認する。
大丈夫だ。こちらには全く気づいていない。
ましろちゃんもチラチラと確認してたから大丈夫だろう。

…………
……

いよいよ警察が近づいてきた。
ましろちゃんが居るとはいえ、さすがに緊張する。

姫乃「そろそろね。あら? 怖くなったかしら?」
ましろ「大丈夫です」

怯えた表情のましろちゃん。
全然大丈夫そうには見えないけど……。

遊佐「大丈夫?」

小声で答えると、小さくこくりと頷いてくれた。
きゅっと俺の腕につかまる。
警察の前についたころには俺にしがみつくくらいにエスカレートしていた。

姫乃「じゃあ、私が話をしてくるから、ここで待っててくれるかしら?」
伊従「あ、ああ」

颯爽と姫乃さんが歩いていく。
残された伊従さんがこちらを睨むように仁王立ちしている。
逃げ出さないようにとの配慮か。

…………
……

どの位待ったのだろうか?
時間の感覚が良く分からない。
姫乃さんは警官を連れて戻ってきた。

姫乃「当人から詳しく話を聞くそうよ」

真面目な表情で姫乃さんが言う。
何となく、これは作った表情だと直感した。
ましろちゃんの表情の方がはるかに巧みだ。

警官「君たちもこっちへ」
遊佐「あ、はい」

警察の人に案内されるまま歩く、多分取調べとかされるんだろう。

警官「とりあえず一人ずつ話を……」

やっぱりそう来たか。
けど、俺にしがみついて怯えた様子を見せるましろちゃんを見て、警察の人は思案顔だ。

警官「ちょっと待っててね。すぐ戻るから」

俺たち二人を置いて、警察の人は早足でどこかに行ってしまった。
入り口の方の警官がこっちをちらちら見てるから、完全に二人ってわけでもないが……。

遊佐「ましろちゃん?」
ましろ「大丈夫。予定通りだから」

何となくその一言に安心する。
とはいえ、ましろちゃんの目的が分からない以上、気を抜いてられないな。
まあ、経緯を見守るしかないんだが……。

警官「待たせたね」
遊佐「いえ」

案外早かったけど、なんだったんだろう?

警官「二人とも、こっちへ」

警察の人が部屋の中に案内する。
暗くて狭い部屋を予想してたけど、意外と普通の部屋だった。
取調室とかじゃないのかな?

??「話。聞かせてもらえるかな?」

中にいた年配の刑事さんっぽい人が口を開いた。
他には二人くらい、一人は記録係りみたいなものだろうか?

遊佐「えっと……」

どう説明したものか?
と思案してたら、くいっと小さく袖が引っ張られた。
あ、そうか。俺黙ってないとダメなんだった。
困ったな。

刑事「私は加村。君たちの名前は?」

まあ、これくらいは答えても良いだろう。

遊佐「遊佐です。遊佐 洲彬」
加村「ふむふむ。お嬢さんは?」

聞かれてもましろちゃんは答えない。
相変わらず怯えた状態で俺にしがみついている。
加村さんが困った表情をしている。
あ、また小さく引っ張られた。
俺が言えって事かな?

遊佐「柊ましろちゃんです」
加村「ふむふむ。遊佐君に柊さんね」

とんとんと眉間とつついてなにやら思案顔の刑事さん。
不意に視線をこちらに向ける。

加村「話では、君が伊従渚さんを殴ったとあるけど、本当かい?」

刑事さんの眼光が鋭くなった気がした。

遊佐「その……」
加村「デジカメの証拠つきだから、まあ、否定は出来ないか」
遊佐「…………」

嘘を全部見抜いてしまいそうな加村さんの視線。
俺は身じろぎ一つ出来なかった。

加村「だから、我々としてはその前後の話が聞きたい訳だよ」
遊佐「…………」
加村「被害者側の話では、親子で話をしていたところに君が割り込んで突然殴った。とある」
遊佐「そんな!?」

思わず声をあげる。
確かにその通りだけど、決定的に印象が違う!

加村「違うのかい?」
遊佐「それは……」

確かに違わない。
けど、それは事実の一部分だ!
でも、どうしたらそれを説明できる!?
話の内容を説明するのか?
それじゃ盗み聞きしてたって言うようなもんじゃないか!
くそっ。

ましろ「……います」
遊佐「え?」
加村「ん? すまない。良く聞こえなかった」

ふるふると震えながら、呟くようにましろちゃんが言う。

ましろ「……違います」
加村「ほう? 違うのかい?」

小さく、こくりと頷くましろちゃん。

加村「じゃあ、どんな状況だったのかな?」

加村さんは怯えるましろちゃんにも俺と同じ視線を注ぐ。

ましろ「それは……」
加村「それは?」
ましろ「…………」

ましろちゃんが俺の腕をぎゅっと掴んだ。
抱きしめて顔を見せるな。って合図だ。

遊佐「ましろちゃん……」

正直、怯えてるましろちゃんが心配で、ずっと抱きしめてあげたかったので、あんまり遠慮はしない。

ましろ「……ありがと」

周りからどうしよう?的な空気が漂う。
まあ、普通やめさせるか。

加村「構わない」

加村さんの一言で、周りが落ち着いていく。

加村「話。聞かせてもらえるかな?」

加村さんの言葉にましろちゃんがコクリと頷く。

ましろ「……あの人は、お金がないから……うちへの養育費とか……払えないって言ってきました」
加村「ふむふむ。それで?」
ましろ「母から……言付かってたので……構わないって答えました……」
加村「ふむふむ」
ましろ「そしたら……」
加村「そしたら?」

そこでましろちゃんの震えが少し大きくなった。

ましろ「そしたら……今まで払ったお金……全部返せって……」
加村「ほう?」
ましろ「うちには……そんなお金……ありません……」
加村「そう答えたんだね?」
ましろ「……はい」
加村「そしたら、どうなったんだい?」

怒鳴りだしたから、俺が割り込んだ。
これが正しい事実だ。
けど、ましろちゃんは、一際大きく震えた後、俺の予想外の事を答えた。

ましろ「……だったら……お前の……写真撮って……売るって」
加村「……その写真って、どういう写真かな?」
ましろ「わかり……ません……」
加村「ふむ……」
ましろ「意味……聞こうとしたら……急に……」
加村「急に?」
ましろ「あの人が……わたしの……」

ブルブル震えて、言葉を続けられない様子のましろちゃん。
顔を伏せてて正解だな。これ。
今頃すげー驚いた表情してるのが簡単に予想できる。

加村「その先が重要なんだ。頑張って続けてもらえるかな?」
ましろ「…………」

気づいたら、回りの人たちから緊張と励ましの空気が溢れていた。
もはやましろちゃんの意のままだ。

ましろ「……あの人が……わたしの……服を……」
加村「…………」
ましろ「破ろうとして……」
加村「そこで、遊佐君が割り込んだのかい?」
ましろ「……はい」
加村「ふむ……」

しばらく何か考え込む様子の加村さん。
まあ、俺には見えてないけど。

加村「何か、それの証拠になるものはあるかい?」
ましろ「えと……」

そんな証拠……ないよな……。
手詰まりか?

加村「何か一つでもあれば、私たちは全力で助けられるから」

加害者だった人の証言だけじゃ弱いってのは事実だ。
どうしたら良いんだ?

ましろ「……遊佐君」
遊佐「ん?」
ましろ「もう……大丈夫……」
遊佐「分かった」

離れてオッケーって事だな。
でもちょっと心配だな。

ましろ「証拠になるか……分からないけど……」

俺が離れた後、胸元を指差すましろちゃん。

加村「ん? それは……」

加村さんが注目したのは、ボタンの外れた制服。
伊従さんが引っ張って外れたヤツだ。

加村「なるほど」

さっきの話とあわせれば、違う方向に理解できる。

加村「この学校の制服って確か凄い頑丈だったよな?」
警官「え? ああ。そうっすね」

そういえば、聖にしばき倒されても何だかんだで無事だったな。

加村「決定的じゃないけど、状況証拠としては十分か」
警官「そうっすね。別件もありますし」

何か刑事さんが相談ごとしてる。
ましろちゃんの予定通りに物事が進んでる気配だ。

加村「遊佐君。さっきの話本当かい?」
遊佐「あ、はい」

思わず返事しちゃったけど、加村さんはそれで十分だったらしい。

加村「おい。あの二人とりあえず抑えるぞ」
警官「了解っす」

加村さんの一言で警官二人が外に出て行った。
残されたのは俺とましろちゃんと加村さんだけだ。

加村「いや。お嬢さん。たいしたもんだよ」
ましろ「……何が……ですか?」
加村「はっはっは。これは独り言だよ?」
遊佐「はい」
加村「詐欺の疑いがある連中が居てね。そいつの尻尾捕まえるのに苦労してたんだわ」
加村「そいつらが被害者面してここに来たんだ。胸糞悪かったね」
加村「そしたら、一人の娘さんの機転で別件で逮捕できそうじゃないか」
加村「久しぶりにうまい酒が飲めそうだってね」

ああ、この人は全部把握してたのか。
ましろちゃんを上回るってのは年季の差だろうな。

加村「ただ、気をつけたほうが良い」
遊佐「へ?」
加村「女の方は基本的に自分の手を汚していない」
加村「拘留できる時間は大してないだろう」
加村「あれは執念深い。何かしらの報復があるかもしれん」
加村「気をつけたまえ」
遊佐「……分かりました」

加村さんに深くお辞儀をする。

加村「何かあったら連絡してくれ。ただ、警察は事後しか動けんが」
遊佐「はい」

加村さんに名刺を貰って外に出る。
警察から離れるまで黙々と歩く事数分。

ましろ「ふぅ。疲れたね」
遊佐「そうだねぇ……」

脱力するましろちゃん。
俺も同様だ。

ましろ「さすが年季の入った刑事さんは違うね」
遊佐「全くだ」

近場にあったベンチに並んで座る。
沈む夕日が一日の終わりを感じさせてくれる。

遊佐「にしても、あんな手があるなんて思ってなかったよ」
ましろ「フル回転で考えたよ」
遊佐「さすがにもう、こんなのはこりごりだね」
ましろ「同感だねぇ」

なんにしろ疲れた。
今日を無事に過ごせてよかったというものだ。

遊佐「ありがとね。ましろちゃん」
ましろ「ん?」
遊佐「俺を切り捨てたほうが、はるかに楽だったのに」
ましろ「ああ、そういえばそうだったねぇ」

そういえばって……。

遊佐「忘れてたの?」
ましろ「というか、あのままやられっぱなしはちょっとね」
遊佐「あはは。ましろちゃんは怒らすと怖いからなぁ」
ましろ「そうだよ。怖いんだからね」
遊佐「じゃあ、ちょっと休憩したら帰りますかね?」
ましろ「そうだね」

二人でぼーっと空を眺める。

遊佐「ちょっとねむいね」
ましろ「うん」
遊佐「膝枕で寝かせてくれない?」
ましろ「ダメだよ~」
遊佐「ケチ」
ましろ「今度はわたしの番だからね」
遊佐「え?」

驚いて聞き返すと、ましろちゃんが俺の太ももにぽふっと頭を乗せた。

ましろ「極楽だよ~」
遊佐「あらま」
ましろ「まあ、今度そのうち遊佐君にしてあげるから」
遊佐「期待しとくよ」

苦笑で答えつつ、何だかんだで幸せな気分に浸る。

遊佐「膝枕するのも悪くないかもなぁ」

独り言だったけど、返事が無いのも寂しい。

遊佐「ましろちゃん?」
ましろ「すー……」

寝てる。

遊佐「なんだかちっちゃい子供みたいだ」

全力で活動して、そのままパタリ。
それだけ大変な事だったって事だなぁ。
まあ、とりあえず俺もぼーっとするか。

…………
……

遊佐「はっ」

寝てた。
そして膝の上のましろちゃんはまだ寝てる。
辺りは真っ暗だ。
今何時だろ?
とりあえずましろちゃんを起こすか。

遊佐「ましろちゃん。起きて」
ましろ「……んぅ?」

ねむそうな目だけど、一応起きた。
ぼーっとしてる。

ましろ「あ」
ましろ「い、今何時!?」

がばっと起き上がり俺に尋ねる。

遊佐「うーんと……」

視界に入った時計の針を見る。
暗いので良く見えないけど……。
上の方に2本あるな。
10時5分くらい?
いや、あれ長いほうだ。
って事は……。

遊佐「1時前!?」

通りで体が痛いと思ったら……。

ましろ「うわぁ……」
遊佐「ごめん。俺も寝てた」
ましろ「い、急いで帰ろうか?」
遊佐「そ、そうだね」

とりあえずましろちゃんを送っていこう。
怒られるだろうなぁ……。

???「やっと見つけた」

声に振り向くと見知らぬ男が二人立っていた。
軽薄そうな男とガタイのいい男だった。

遊佐「どなたですか?」

嫌な空気を感じる。
何がかと聞かれると分からないけど。

男A「ああ、人に頼まれてちょっと君らを探してたんだよ」
男B「そうそう。遅いから心配になったんじゃないかな?」

心配そうに言う二人。
けど、違和感がある。
こいつら、何か違う。

ましろ「そうですか。今から帰宅するところなので、その人に伝えておいてください」

ましろちゃんも警戒している様子。
つまり、ましろちゃんの知り合いでもないって事だな。

男B「夜も遅いし俺らが車で送っていくよ」
ましろ「結構です」
男B「遠慮しないで良いって、ほらそこの赤い車」

軽薄そうな男がさりげなく近寄りながら車を指差す。
ガタイのいい男は表情から徐々にイラついた様子が出ていた。

遊佐「いえ、ほんとに大丈夫です。俺が送りますし」
男B「そんなに俺らが信頼できないかなぁ」
ましろ「お気持ちは嬉しいですけど、本当に……」
男A「オイ。もうめんどくせぇよ」

唾を吐き捨てながらガタイのいい男が、軽薄そうな男に言う。

男B「おいおい短気はよくねぇぜ? 穏便に事を済ませれるんならさ」
男A「こいつら警戒してんの丸分かりじゃねぇか。もう穏便もクソもねぇよ」
男B「いきなりそんな喧嘩腰じゃ向こうも怖がるじゃないか?」
男A「どうせ後で……オイ! あいつら逃げやがるぞ!」
男B「何!?」

二人が言い争いを始めたのを見て、直感的にましろちゃんを引っ張って走り出していた。

男A「おめぇがタラタラしてっからだろうが!」
男B「はいはい。おっかけるから、お前は他の連中に連絡な!」
男A「ちっ、見失うんじゃねぇぞ!」

後ろから聞こえた会話から察するに、他にもまだあんな奴が居るって事か。
怒鳴り声のおかげで状況が楽に把握できた。

遊佐「けど、良い状況じゃねーなぁ」
ましろ「同感だね」

走りながら揃ってため息を吐く。

遊佐「これからどうする?」
ましろ「コンビニとかあれば駆け込みたいところだね」
遊佐「とはいえ、コンビニと逆方向にきちゃったね」
ましろ「あの様子だと、家の方にも人が配置されてそうだし」
遊佐「うーん。参ったな」
ましろ「コンビニでも、家出カップル扱いされたら終わりだし、どこか探そう」
遊佐「でも、このままだと学校に行っちゃいそうだ」

日ごろの成果のためか、足が自然と学校に向けてダッシュしている。

ましろ「ああ、良いかもね」
遊佐「何で?」
ましろ「宿直の先生とか居たらラッキーじゃないかな」
遊佐「なるほど」
ましろ「そこから警察に電話すれば解決できそうだし」
遊佐「篭城するにもなれてるしね」
ましろ「向こうが人数揃う前に逃げ込めるかどうかかな?」
遊佐「だね。二人だから本気で捕まえるんじゃなくて追跡のつもりみたいだし」
ましろ「と、なれば」
遊佐「だねぇ」

ましろちゃんと頷きあう。

ましろ「じゃあ、わたし右」
遊佐「んじゃ、俺左」
ましろ「正面玄関奥の階段前、30分遅れたら捕まったと見て警察に電話」
遊佐「らじゃー」
ましろ「それじゃ」
遊佐「ぐっどらっく!」

学校へ向かう道へのT字路を二手に分かれる。

男B「あっ」

後ろで慌ててるのが分かる。
ちなみに、ここはどっちを曲がっても到着にかかる時間は変わらない。

男B「くそったれっ」

ちっ。
軽薄そうな男はましろちゃんの方を追っていった。
こっちを追ってくれれば俺の心配の種が減ったってのに。
けど、これで狙いのメインはましろちゃんって事が分かった。

遊佐「つーことは、だ」

十中八九、あの姫乃さんの差し金だな。
つーか普通当日中に報復なんか出せるんか?
警察の中から電話でもしたんだろうか?
まあ、考えてもしょうがないか。
とりあえず学校に向けてダッシュだ!

…………
……

遊佐「まだか?」

約束した正面玄関奥の階段で、時計をちらちらと見る。
まだ5分しか過ぎていない。
しかし、待つ時間は長く感じるもので……。
ましろちゃんが本気を出せば運動神経も悪くないはずだ。
俺も全力で走った訳じゃないから、あまり差が開くとも思えないけど……。

ましろ「おまたせ~」
遊佐「ましろちゃん!」

軽快に走ってくるましろちゃんの姿を見て、ほっとする。

遊佐「無事!?」
ましろ「もちろん」

にこにこと微笑むましろちゃんの右手には……バット?

遊佐「追っ手は?」

尋ねながらもついつい視線がバットへ行ってしまう。

ましろ「ヒント。曲がり角、勢い、ほーむらん」
遊佐「分かった」

殴り倒したのか。
ましろちゃん、恐るべし。

ましろ「宿直室はどうだった?」
遊佐「ごめん。まだ行ってない」
ましろ「分かった。急ごう」
遊佐「了解」

ましろちゃんと連れ立って宿直室に向かった。
しかし、俺たちの希望はあっさり砕かれた。

ましろ「電気すらついてないねぇ」
遊佐「誰も居ないって事か……」
ましろ「鍵もかかってるかぁ……」

試しにガチャガチャやってみるけど、あきそうにない。

遊佐「後、電話がおいてある場所っていうと……」
ましろ「職員室、校長室くらいかな?」
遊佐「あ、体育館前に公衆電話あったっけ」
ましろ「あ、そうだね。行こうか?」
遊佐「ん。ちょっと待って」

何か遠くで音が反響してる。

ましろ「あっちゃー。ばれちゃったみたいだね」
遊佐「どこかに隠れるしかないかな?」
ましろ「そうだね……」

つっても、どこに隠れれば良いんだ?

ましろ「あ」
遊佐「ん? どうしたの?」
ましろ「これ、返すの忘れてた」

ポケットから出てきたのは、小さなカギ。
俺も良く見慣れた物だ。

遊佐「どこの教室?」
ましろ「昨日のとこだよ」

昨日?

遊佐「ああ、聖と杏を閉じ込めたあそこ?」
ましろ「その通り」
遊佐「じゃ、善は急げだ」
ましろ「うん」

なるべく足音を立てないように、俺たちは靴を脱いで走り出した。

…………
……
最終更新:2008年05月05日 07:02