昔から私はダメな子だった。昔からお姉ちゃんは何でもこなせる人だった。
でも、私が困っていたらお姉ちゃんは手をさしのべてくれた。
ほら、大丈夫だよって。
でも、一族はそれを許さなかった。
私の家族はどこかのすごくお金持ちの家の分家の分家に当たる……らしい。
だからといって私の家族は一般人だ。だけど"一族"というくくりにされてしまった。
切磋琢磨―
一族が掲げる言葉。
私はその言葉が大嫌いだった。一族は姉と妹を比べることで二人をより良くしようというのだ。
しかしそれは建前だった。テストの結果だの、かけっこはどっちが早いだの……。
結局はどちらが優秀か比べるだけだったのだ。負けたら痛くて辛い思いをするのだ。
私は何ができるだろう? 姉は何ができないだろう?
私は何ができないだろう? 姉は何ができるだろう?
……姉は何でもできる。私は何もできない。

聖「ほら、あーちゃん」
杏「うん、ありがとう
それでも私たちはよく一緒に遊んだ。
聖「アメちゃんおいしいね」
杏「うん」
よく、こうやってお菓子をもらった。姉はお菓子がたくさん貰えるけど私はあんまり貰えなかった。
でも必ず姉は半分私にくれるのだ。
聖「……ごめんね」
杏「……しょうがないよ。私は"どじ"で"まぬけ"な"ノウナシ"だから」
聖「ノウナシって何だろうね」
ノウナシ……昔は意味がよくわからなかったが、二つの言葉から想像すると容易なことだった。
要は駄目な子だっていう意味だ。子供でもわかる。

……小学校から中学へ変わるときにはもう一族の中では私は排除されつつあった。

急に話は変わるが行動というものは、突然自分の中から沸いた衝動で起こることがないだろうか。
別に今まで強く意識をしていたわけではない。漠然と思っていた……とかそういう事だ。
ある日気づけば左手にカッターナイフを持っていた。
カチカチ……カチ。
刃を次々出していく。
カチカチカチ……。
刃を次々元に戻していく。
カチカチ。
出す
カチカチ。
戻す。
これで、私は変わるだろうか?
きっと変わらないだろう。傷が一つ増えるだけ。
死……にはできないだろう。
なら、何のために切る?
逃げるため?
苦しいと叫ぶため?
生きるため?
私はここにいると知るため?
わからない。
わからないよ。
でも、月明かりに照らされた刃はとても魅力的だった。
そっと右手の手首に当ててみる。
杏「……あ」
怖い……。
カッターナイフ……切るためのもの。
杏「うぅ……」
私はカッターナイフを置いた。
杏「あぁ……うっぁぁー」
泣いた。枕をぬらしながら泣いた。泣いた。
まだ、泣ける。私は大丈夫だ……。そう思いながら泣いた。
感情は残っている、まだ動く。感情をいつも感じながら生きていた私には分かる。
まだ、生きていられると。

思い出したくもない事件があった。
一族の偉そうなやつが"小さい"、"汚い"家にわざわざ出向いてきたのだ。
そこで、こう告げた。
あのノロマが不甲斐ないのはお前達二人両親のせいだ。私の目の前で"教育"しなさい。
と……。
あの人の言葉だけは逆らうことができない、私たち家族の呪縛。
今でも瞳に焼き付いて離れない。頭から離れない。
父の怒りに震えた涙混じりの顔で、私に痛みを植え付けていく。
母の悲しみに溢れたぼろぼろの顔で、私に痕跡を残していく。
そうして、満足したのか偉そうなやつが帰っていった。
鬼畜……鬼畜……畜生……悪魔……悪魔……畜生……外道……外道!!!
怒りで震えていた父に、崩れ落ちて泣く母を見て私は思った。
みんな……私をいじめるんだ。と。

銀色の冷たい刃は心地よかった。あとは引くだけだ。
すっ……と引くと、銀色はすぐ赤色に変わる。暗い色だ。
でも、暖かい。冷たさとは違う心地よさだ。
痛い……けどあの痛みとは違う。
もう泣けないかもしれない。もうダメかな……。
でも、まだ頑張ろう……。
最終更新:2008年10月18日 09:43