忍「ほら、そっち持って。もうちょっと上」
遊佐「これくらいでどうです?」
言われるとおりにポスターを調節する。
忍「うーん、こんなもんかな。オッケー」
遊佐「次はどれです?」
忍「うん。これ」
……進学のための情報関係のポスターか。
遊佐「先輩は進学とか何か決めてます?」
忍「一応……ね。希望校とかあるよ」
遊佐「ですよね。今は忙しい時期なんじゃないですか?」
忍「そんなに私は忙しくないかな。これでも成績はいいからね」
遊佐「……相変わらずなんだか要領がいいですね」
本当うらやましい限りだ。俺はいつも遠回りしてる気がする。
忍「へっへっへ。いいっしょ?」
遊佐「はいはい。うらやましいです」
悔しいのでさらっと流したことにしておいた。
忍「ま、そんなことはどうでもいいことなんだよ。本当はね。もっと大事なことがあると思うから」
遊佐「もっと大事なことか……」
忍「そういうわけさー」
遊佐「え? 何が?」
忍「うん、うん」
話がかみ合わなかったけど、先輩が納得したようなのでこれ以上はなにも言わないことにした。

遊佐「ただいま……っと」
誰もいない部屋に呼びかけてしまう。これは家に帰ったという時の習慣なのかもしれないな。
毎日学校は疲れるが……最近はなんか充実してるかもしれない。
遊佐「……飯どうしようかなぁ」
飯だけは自分で調達するしかないのは辛いが。コンビニ弁当は体に悪そうなので避けてきたが。
どのみち体に良さそうなものは作れないのだが、そこは気持ちの問題だ。
遊佐「うわ、何もない」
しかたないなぁ。何か買いに行こうか。
近くのスーパーへ歩いて買い物へ。ここからちょっと歩いたところにあって割と便利なのだ。
遊佐「む、これ安くなってるな。買い時だな」
総菜のコーナーは時間が過ぎたら安くなるのが助かる。サイフに優しい。
うーむ。この唐揚げもおいしそうだが……焼き鳥も捨てがたいな。ぬ、こっちはポテトサラダではないか。
??「わー!」
遊佐「うわぁー!?」
耳、耳がぁー!
遊佐「耳がー!」
??「もうそれはいいよ」
遊佐「って先輩! 何やってるんですか!」
忍「何やってるのかって買い物に決まってるじゃない」
遊佐「いや、そうじゃなくてですね。俺の耳に何か恨みでもあるのかということが聞きたいわけで」
忍「いや、何もないけどね」
勝ち誇ったような笑顔を向けられた。嫌がらせを楽しみにしないでもらいたいものだ。
忍「遊佐君、総菜買ってるんだー。ふーん」
遊佐「そうですよ。今どれにするか悩んでるんです」
忍「ほほう……でも折角だから自分で何か作ればいいのに」
遊佐「それをやる気力も無ければ実力もありませんがね」
作ろうと思えばきっと作れる……はずだ。そんなに凝った物じゃなければ。
忍「んー、それはもったいないなぁ。料理ができることはアドバンテージだよ。もてるよ?」
遊佐「もてるかもしれませんが……。まぁ機会があればでということで」
忍「機会があればいいけどねー」
遊佐「……とにかく。選ぶの邪魔しないでくださいよ。悩んでるんですから」
忍「そんなに悩まなくても、これにしなよこれ。はい」
ぽっと手渡されるコロッケを俺は見つめた。
遊佐「ああ……じゃあこれで」
なんとなくそのままコロッケが食べたい気分になってしまったのだ。
遊佐「ところで、先輩はなに買いに来たんです?」
忍「今日何作ろうかなと考え中……何かいい案ない?」
遊佐「と、いっても具体的に何人に作るとか……ていうか先輩が作ってるんですか?」
普通のイメージでいえば母親が作ったりするものだが。
忍「あー、うちはちょっと特殊でね。修行の一環みたいなもので」
遊佐「修行……ですか」
何の修行だ。花嫁修業?
忍「うん。そう。とにかく何かいい案だしてよ」
遊佐「……うーん。魚とか」
忍「また、アバウトな解答が……。でも魚もいいかなー。よし見に行こう!」
遊佐「ちょ、先輩! 引張らないでください!」
忍「早くいこー!」
遊佐「ああぁあーいきますいきますよ!」

遊佐「……」
学校でも、スーパーでも先輩に引き回された今日は非常に疲れた。
コロッケはおいしかったけど。
遊佐「特にやること……が、あるけど」
投げられたカバンに目をやったが見なかったことにした。
遊佐「ぼーっとしてよう」
……。
遊佐「ぼーっとするって難しいな」
案外ぼーっとするということは難しかった。雑念が多いのだ。
とにかく暇つぶしをなんとか見つけつつ、就寝までねばったのだった。

遊佐「あー……疲れた」
と、対して疲れてもないのに言ってしまうのは、実はやはり疲れているのだろうか。
などと、変なことを考えつつ木陰に隠れたベンチに座って下向き。
昼飯を食べる場所を探してここまできてしまった。ただ何となく色んな所を見て回ろうと思ったからなんだけど。
遊佐「ふぅー……涼しいな」
誰かが近づいてくる気配がする……。誰だろう。
茜「隣、いいかしら?」
頭の上から声。このちょっと気高くも美しい感じの声は……。
遊佐「もちろんいいよ」
マーちゃんだった。
隣にスカートを気にしながら座る姿がなんとも女の子らしいと思った。
遊佐「暑いね……大丈夫?」
マーちゃんって暑さに弱そうな気がしてしまう。急に倒れてしまうんじゃないだろうかと思う。
茜「暑いけど大丈夫よ。ここは木陰になってて涼しいし、風の通りもいいわ」
遊佐「うん、そうだね」
茜「ここは良い場所ね」
遊佐「俺もそう思うよ」
さーっと周りの葉が音を立てて風が流れていく。それと一緒にマーちゃんの髪も流れ出す。
そっと白い腕が髪を抑える。白い二の腕が目に入る。軽く目をつぶるマーちゃんの顔が目に映る。
綺麗だ……。そう思った。
風が止む。手を降ろしてマーちゃんの顔が俺に向く。
茜「ねぇ、ハーブティーはいかが?」
遊佐「……え? 何?」
茜「ハーブティーはいかが?」
遊佐「あ、ああ。もらうよ」
俺は昼食用のパンをちらっとみたが、一緒に飲むのは失礼な気がした。
あらかじめ用意していたのか紙コップを俺に差し出した。
水筒からそれを注ぐ。
茜「どうぞ。気をつけて」
遊佐「ありがとう
多少畏怖の念に近い物をなぜか感じつつも、それを少し口に含んだ。そして飲む。
遊佐「あ……おいしいよ。といっても具体的にどこがどうとかよくわからないけど……とにかくおいしい」
何かと飲み比べられるような崇高な舌は残念ながら持ち合わせていなかった。
茜「ありがとう。私特性なの」
遊佐「すごいな、マーちゃんは。俺にはこんなことできないよ」
茜「簡単よ。ちゃんと手順を知ればね。あなたにもできるわ」
遊佐「そうかもしれないけど……、きっとマーちゃんのがおいしくできると思うよ」
茜「そうなのかしら……。でも嬉しいわ」
茜「ところで、その袋の中身のパン……昼食なのでしょう?」
遊佐「ん、まぁそうなるね」
茜「一緒にここで食べていってもいいかしら?」
遊佐「もちろん」
断る理由なんてないし、そもそも断る気もない。
茜「ありがとう」
俺はパンを袋から出す。マーちゃんは持ってきた包みを開きお弁当箱を取り出した。
遊佐「うーん……」
茜「どうしたの?」
遊佐「いや、もう弁当の時点でだいぶ違う世界なんだなぁと……」
茜「そう、かもしれないわね」

(ここから


遊佐「でも、今は並んで食べてるからほとんど同じ世界だよ」
茜「……」

 ここまでカットするかも?)*
遊佐「とにかく食べよう。俺もうおなか空いちゃってさぁ」
そんなことを言いつつパンの袋を開ける。あー、でもやっぱり俺はコレ好きだわ。安っぽいけど。
とりあえずかぶりつく。あー、うめーなー。
マーちゃんは弁当箱の蓋を開ける。中身は……何かよくしらないものも入っていたけど。
遊佐「おー、すご……いや。何かよくわからんものが」
茜「え?」
遊佐「これ、何?」
俺は見たこともないものを指さした。赤っぽくて辛そうだ。
茜「食べてみればわかるわ。きっと」
そういうとマーちゃんは箸でそれを掴む。
茜「どうぞ」
遊佐「え、ええ!?」
ごく、自然な流れでこうなってしまった。
遊佐「じゃ、いただきます!」
ええい! 食べてしまえ!! そのままできるだけ箸に口がつかないようにそれを口へ入れる。
そして咀嚼する。うーむ……。
遊佐「……ん。おいしいこれ」
けど、ちょっと辛い? ていうのか? それよりも恥ずかしいのは確かだった。
茜「代わりにといっては何だけど。それ、ちょっといいかしら?」
遊佐「これ? いいよ」
マーちゃんは俺のパンを指さして聞いた。
俺はちぎろうかと一瞬思ったが、そのまま渡した。
茜「いただきます」
はむっと小さくパンをかじる。一口がやっぱり小さいなぁ……。
茜「……」
もぐもぐ、と小さい音が聞こえそうな光景ではあるがすごい静かに噛んで、飲み込んだ。
茜「不味いわ」
遊佐「あー、ごめん。口に合わないかな」
やっぱり、ちょっと違う世界なのかもしれない。
茜「ごめんなさい」
遊佐「いいよいいよ。気にしないで」
そうやって俺達の昼食は過ぎていった。
最終更新:2008年12月02日 01:37