竜の髭-飛翔

あらすじ。たぶんこんな感じ

練習中にグングニルが折れて、怪我をした龍子。
かなりの高さから落下したものの、
不幸中の幸い、足を打撲するだけで済んだ。
しかし、龍子の心に恐怖心が生まれ飛ぶことが出来なくなってしまった。
怪我が治り、他の陸上競技をやってみるも調子が出ない。
陸上を諦めかけた龍子に、いつものメンバーが励ました。
色々あって復活するも、本調子でないまま大会当日を迎える。


●陸上競技場

喧騒が鳴り止まない陸上競技場。
観客席から見えるグラウンドは、
様々の競技で己の全てを賭けてた戦いが繰り広げられていた。




【都】「リューちゃん出てきた!」
武僧都が指を刺した先には、フィールドゲートから出てくる村崎龍子の姿があった。
その顔に不安の色は見えない。
しっかりとした足取りで、棒高跳エリアの待機場所に歩いていた。
怪我をした足にはもう異常は見られない。

【俺】「……大丈夫そうですね」
【しのぶ】「だと良いんだけど……」



怪我はもう治っているんだ。私は飛べる。
くそっ!私は何を焦っているんだ!
集中しろ!いつもの集中力はどうした、村崎龍子!

考えれば考えるほど集中できない。
掌から汗が溢れてくる。

……怖い。


【中略~村崎龍子のコンセントレートみたいな】


龍子は滑り止めを付け、竜の髭を手に取った。
やはり手に馴染まない。
龍子は一度大きく深呼吸して、竜の髭を持ち上げスタート位置に着いた。
競技開始の合図が出されカウントが始まる。


目を瞑り呼吸を整える。
55、54、53、52、51……

ゆっくりと目を開け、私は真直ぐにバーを見た。
高さは3メートル80。今までの私なら楽に飛べていたレベルだ、問題ない。
40、39、38、37、36……

軽く息を吐き、体の緊張を解き助走の一歩を踏み出す。
【村崎】「!?」
足が重い!
龍子は無理やりにでも前に出ようと踏み込むが、スピードが乗らない。
助走のリズムが狂い、胸を締め付けるような恐怖が襲ってきた。
徐々に近づいてくるバーが恐ろしく高く見える。
怖い!怖い!怖い!

【しのぶ】「くっ、ダメだリューコ!落ち着け!」
しのぶは勢い良くフェンスに乗り出し、落ちそうになりながらも叫んだ。
それを慌てて都が押さえ、同様に龍子にむかって叫んだ。

【都】「リューちゃん!大丈夫!怖くない!
    飛べる!リューちゃんなら、きっと飛べる!走って!」
二人の叫び声は他の観客の声援に飲み込まれ、喧騒の一部にしかならなかった。

俺達は応援する事しか出来ない!たとえ聞こえなくても!
遊佐もフェンスから落ちんばかりに乗り出し叫んだ。
【俺】「村崎先輩! YOU CAN FLY!!!!」

遊佐の声が競技場に木霊するが、それ以上の観客の応援がその声を掻き消していく。
しかし、龍子の耳にはその力強い言葉がしっかりと確実に届いていた。
彼女の足取りが少し軽くなったように見えた。

【しのぶ】「ダメだ、リューコ!無理はするな!」
しのぶは都が手を離せばそのまま落下するほど、更に身を乗り出し叫んでいた。
【都】「にゃ!?にゃ!?にゃあ!?」
都が必死に押さえても、それを解かんばかりに暴れているしのぶを遊佐も慌てて押さえた。
【俺】「大丈夫!村崎先輩は飛べる!だから抑えて!」



助走距離がどんどん短くなっていく。
もう引き返すことは出来ない。

しのぶ、都……。遊佐君。
そうだったな、私は一人じゃない。皆が側にいてくれているんだ。
こんなに心強い事は無いじゃないか。
ありがとう。声は届いた。

私は飛ぶ!

龍子の足に力が入りスピードが乗った。
助走距離はもう僅かしかない。
この高さを飛ぶには若干スピードが足らないかもしれない。
けれど、龍子は何も考えなくなっていた。
恐怖心は消え、ただ目の前のバーに向かい全力で一歩を踏み出しているだけだ。
龍子の集中力が極限にまで高まり、周りの景色は消えてなくなった。
競技場の喧騒も聞こえなくなり、自分の心音だけが大音量で聞こえている。

ドクンッ!一歩前へ!

ドクンッ!もっと!

ドクンッ!もっとだ!

体のリズムと助走のリズムが融合した。


龍子のポールを握る手が不思議と楽になっていく感覚がした。
力が抜けているわけではない。
力は入り、しっかりと竜の髭を握っていた。

馴染まなかったんじゃない。私が拒絶していたんだ。
お前を信じてやれていなかった。それだけだったんだ。
お前の所為にしていてすまなかったな、竜の髭よ。
私はお前を信じる。全てを委ねよう。
だから、私をあの大空へ……導いてくれ!

【村崎】「アイ!!!!」
全身の力を右足にかけて更に加速!

【村崎】「キャン!!!!!」
龍子の顔に笑みが戻る!

【村崎】「フラァァァァァイ!!!!!!!」
ポールをボックスに収め、ぶら下がるようにポールをしならせると、龍子の体を持ち上がった!
重力を物ともせずグングンと加速、上昇していく!

龍子の目には、空へ向かって上昇していく竜の姿が映っていた。
龍子を導くかのように昇っていくその姿は、竜の髭が龍子の想いに応えているかのようだった。

ありがとう、竜の髭。
一緒に行こう!あの大空へ!

バーが近づいてきて、龍子は両足を振り上げクリアランスの体勢に入り、
そして……。



龍子は飛んでいた。
バーを悠然と越え、龍子は空を見上げていた。
視界には青空とすこしの白い雲が映っていた。

狭い競技場は視界の外。
高だか1秒ほどのこの時間のために私は飛んでいる。
あらゆる束縛から逃れ、空を漂うこの感覚。
それがとても楽しいんだ!

至福の時は終わり、重力が体を引き寄せる感覚がし落下していく。
その時龍子は、観客席の方をチラリと見ていた。
3人がフェンスから落ちそうになりながらも、龍子を見ていたのに気が付くと、
にやりと笑い、親指を立てた両方の拳を空に向かって突き出した。
最終更新:2008年11月30日 11:15