■不二子ルート確定後
=== Area: 学校 ===
梨香:洲彬さん。
遊佐:梨香ちゃんか。どうしたんだ?
梨香:単刀直入に申し上げます。
遊佐:な、なんだい?
梨香:洲彬さん、好きなのでしょう? お姉ちゃんのこと。
ブーッ!
遊佐:な、な……。
梨香:これを、どうぞ。
遊佐:……チケット? 遊園地の。
梨香:人を好きになるってこと、とても素敵なことだと思うんです。
梨香:胸を張ってください……って、私が言えた義理ではありませんね。
梨香:でも、人を好きになる苦しみなら、……分かっているつもりです。
梨香:私ができるのはここまでです。
梨香:……お姉ちゃんを、よろしくお願いします。
梨香ちゃんは、深々としたお辞儀を見せると、教室の外へと出て行った。
遊佐:”よろしく”って言われてもな……。どうすりゃ良いんだ。
=== Area: 自宅 ===
朝。
俺は、結局、一睡もできていなかった。
梨香:洲彬さん、好きなのでしょう? お姉ちゃんのこと。
梨香ちゃんの、昨日の言葉が頭を過ぎる。
遊佐:好き、か……。
遊佐:好きって、なんだろうな。
ずっと、そんなことを考えていた。
確かに、胸の中で、渦巻く気持ちを感じている。
そしてそれが、日に日に大きくなってきていることにも。
でもそれを、不二子にぶつけて良いものだろうか。
分からない。
時間を見た。
遊佐:6時……。
ベッドを出る。
自室から、廊下を通ってダイニングへ入ると、キッチンにいた母さんが、ちょっと驚いた表情で、こちらを見ていた。
母:早いのね。
それは、こっちの台詞だ。こんなに早くから、朝食の準備をしてくれてたのか。
そして俺は、それを摂らずに、学校へ行っていたんだな。
遊佐:なあ、母さん。
母:なぁに?
遊佐:人を好きになるって、どういうことなんだろうな。
母:そうねぇ……。
母さんは、調理の手は止めずに、言葉を続けた。
母:自分に欠けている何かを、補ってくれる存在に気付くことかしら。
そうか。
そうだったんだ。
遊佐:……すげえな。
それが本当なのかまでは、分からない。
しかし、今の俺には、答えとして十分だ。
母:まあこれでも、あなたよりは長生きしてますからね。
遊佐:ありがとう
俺は、母さんが用意してくれた朝食を、残さず摂った。
洗面台へ向かう。
遊佐:……なんて顔だ。
特に、特に、目の充血がひどい。
遊佐:ぷっ。
急に、笑いがこみ上げてくる。
遊佐:俺が、色恋沙汰で悩むなんてな。
=== Area: 学校 ===
教室は、まだ空っぽだ。
遊佐:まあ、こんな時間ならな。
早朝練習の声が、グラウンドから聞こえてくる。
そして、開け放たれていた入り口から、入ってくる人影があった。
不二子だ。
不二子も、こちらに気付いたらしい。
不二子:どうしたんだ、今日は。早いな。
遊佐:なあ、不二子。
不二子:なんだ?
遊佐:今度の日曜、暇か?
不二子の目が、訝しげに、こちらを見ている。
不二子:……。
不二子:……。
不二子:……。
不二子:それが、異性を誘う顔か?
しまった。
鏡に見た、自分の顔を思い出す。
遊佐:いや、こ、これは……。
不二子:まったく。
不二子:……。
不二子:仕方のないやつだ。
不二子:そんな顔で迫られたら、断れないだろう。
=== Area: 駅前 ===
日曜日。
遊佐:……眠れなかった。
待ち合わせまでには、まだ、かなりの時間が残っていたのだが、家にいても手持ちぶさたなだけなので、とにかく、家を出発することにした。
駅前まで来てみると、白いワンピースに、黒い髪が栄える、美しい女性が、こちらへ向かって歩いてくる。
遊佐:……不二子。
不二子:早かったな。
遊佐:お互い様だな。
不二子:しかし……。
不二子:それが、異性と逢い引きする顔か?
遊佐:いや、こ、これは……。
不二子:まったく。
不二子:……。
不二子:仕方のないやつだ。
=== Area: ファストフード店 ===
予定の集合時間まで、まだ1時間ほど残っている。俺たちは、駅前のファストフード店で、その時間を埋めることにした。
早朝と言っても差し支え無い時間のせいか、店内の客は疎らだ。これならすぐ、席に着けるだろう。
だが、不二子の腕が、俺の袖を掴んでいた。
不二子:な、なあ、遊佐。
遊佐:なんだ?
不二子:どうすれば良いんだ?
遊佐:「どうすれば」って……。
不二子:……。
遊佐:初めてか? こういうところ。
こういうセリフは、もっと別の場所で使うものだと思っていたが……。
不二子:ああ……。
遊佐:なんか、食えないもんあるか?
不二子:いや、特に無いはずだ。
遊佐:そうか。
遊佐:じゃあ、俺が、適当に注文するよ。
不二子:悪いな。頼む。
無難なメニューに、あとは、俺お気に入りの一品を加えてやることにした。
不二子の喜ぶ顔が目に浮かぶ……。
目に……。
……不二子の、喜ぶ顔?
そういえば、俺、不二子の、喜ぶ顔を知らなかった。
まあ、とにかく喜んでくれるだろう。
……ところが。
不二子:な、なあ、遊佐。
向かいに座った不二子は、期待とは正反対の、厳しい眼差しを、こともあろうに、お気に入りの一品へ注いでいた。
遊佐:なんだ?
不二子:これ、飲み物のように見えるのだが……。
遊佐:そうだけど?
不二子:だが「蒟蒻」と書いてあるぞ?
遊佐:コンニャクだし。
不二子:……キサマ、わたしをからかって、楽しんでるな!?
う。厳しい眼差しが、こちらに向けられた。
この目はマズい、このままでは……。
”ファストフード店に男子学生の変死体”
”ダイイングメッセージ「コンニャク」の謎”
頭の中を、三面記事が駆けめぐる。
遊佐:ち、違うって。じゃあ貸してみろ、俺が飲んで見せるから。
俺は、半ば強引に、不二子からドリンクを奪い、ストローを挿すと、一口飲んで見せた。
……そう、この食感がたまらないんだよな。
遊佐:ほら、なんともないだろ。
俺は、ドリンクを、不二子へ押し返す。
手にしたドリンクを、思い詰めた様な表情で見つめる不二子。
遊佐:そんなに、俺のことが信じられないのか?
不二子:い、いや、そういう訳では……。
かすかに開いた不二子の唇が、ついに、しかしそっと、ストローを包み込む。
不二子:……。
不二子:……。
不二子:……。
不二子:……悪くない。柑橘系の味付けか。
遊佐:な、だろう?
不二子:しかし、だ。
遊佐:まだ、なにか不満か?
不二子:私が異性ということを忘れてないか?
不二子の言葉の意味を、とっさにはくみ取れなかった俺だったが、ストローを包み込む、不二子の唇を思い出し、理解した。
遊佐:あ……。
遊佐:わりぃ。
不二子:まったく。
不二子:……。
不二子:仕方のないやつだ。
不二子はそう言って、再び、ストローを口にした。
不二子:ところで……。
遊佐:ま、まだ何かやっちまったか? 俺は。
不二子:少しは落ち着け。
遊佐:あ、ああ……。
不二子:今日のこれは、梨香の差し金か?
遊佐:ち、違う!
そうだ。違う。たしかに、梨香ちゃんから、きっかけは貰っていた。
しかし。
遊佐:俺が、誘いたくて誘ったんだ! ……オマエが好きだから!
不二子:バ……。
不二子の顔色が、みるみる赤くなって行く。
不二子:バカモノッ! 場を弁えろ!
遊佐:あ……。
告白だよな。今の……。
それを、公衆の面前で……。
恐る恐る、辺りを見回す。
顔という顔すべてが、こちらを向いていた。
中には、サムアップしている者までいる。
不二子:まったく。
不二子:……。
不二子:本当に、仕方のないやつだ。
不二子:しかし……。
不二子:梨香は、狩人というより、キューピッドというヤツかもな。
今日は、人生で、最高の一日になる。
このときはまだ、そう信じていた。
=== Area: 海岸 ===
日は傾きかけていた。
俺と不二子は、海岸近くのベンチに腰掛け、海を眺めていた。
遊佐:高校にもなって遊園地なんて、どんなもんかと思ってたけど、けっこう楽しめるもんなんだな。
不二子:ああ、楽しかった。
遊佐:……。
不二子:……。
俺と、不二子との間には、微妙な隙間が開いている。
遊佐:……。
不二子:……。
周りには、誰もいない。
遊佐:……。
不二子:……。
ただ、波の音だけが響いている。
遊佐:……。
不二子:……。

俺は……
何も出来ずにいた→
不二子の体を引き寄せた→

■→何も出来ずにいた
俺は、補うということを考えていた。
俺は、不二子の、なにを補ってやれるというのだろう。
俺は、何も出来ずにいた。
そしてまた、波の音だけが響いていた。
不二子:……。
遊佐:……。
俺と、不二子との間には、微妙な隙間が開いていた。
不二子:……。
遊佐:……。
不意に、不二子が立ち上がる。
不二子:なあ、遊佐。
遊佐:なんだ?
不二子:……。
遊佐:……。
不二子:そろそろ……帰ろうか。
遊佐:そうだな。
=== Area: 駅前 ===
すっかり暮れた駅前に、不二子とともに降り立つ。
不二子:なあ、遊佐。
遊佐:なんだ?
不二子:……。
遊佐:……。
不二子:その……、また、誘ってくれ。
遊佐:ああ。
不二子:ただしだ。
遊佐:ただし?
不二子:あまり、恥をかかすな。あのときは、顔から火が出るかと思ったぞ。
”あのとき”とは、ファストフード店での一件だろう。
遊佐:あ、ああ、迂闊だったよ。
不二子:ただしだ。
遊佐:ただし?
不二子:……嬉しかった。ありがとう。
俺は、初めて、不二子の、喜ぶ顔を知った気がした。
梨香:お姉ちゃ~ん!
遊佐:キューピッド様のお出ましだ。
梨香:キューピッド?
遊佐:いや、こっちの話。
不二子:梨香。今帰りか?
梨香:はい。
不二子:じゃあ、一緒に帰ろう。夜道は、洲彬みたいな、よからぬ輩が潜んでいるとも限らんからな。
”洲彬”。今、確かに、そう呼んでくれた。
遊佐:んー、梨香ちゃんなら、この俺が守ってやるよ。
不二子:私のことは守らないのか?
遊佐:その必要があるのか?
不二子:私だって、女だ。
遊佐:そうだっけ。
不二子:洲彬!
梨香:あははっ。
今日が、人生で、最高の日だなんて思わない。
もっと、もっと、最高の日を増やして見せる。
=== Area: 学校 ===
あれから、何日経ったのだろうか。
??:……さん。
??:洲彬さん。
俺の横に、梨香ちゃんが立っていた。
遊佐:梨香ちゃんか……。
梨香:もう、すっかり惚けちゃって。うらやましい限りです。
遊佐:お、俺、そんなにダメだったか?
梨香:これ、お姉ちゃんから預かってきました。
それは「遊佐洲彬殿」と書かれた手紙だった。
梨香:……お姉ちゃんを、よろしくお願いします。
梨香ちゃんは、深々としたお辞儀を見せると、教室の外へと出て行った。
=== Area: 海岸 ===
手紙に書かれていた場所は、学校から、駅を挟んだ向う側になる海岸だった。
暮れかけた夕日を背にして、そこに、不二子はいた。
不二子:……。
遊佐:……。
不二子:……。
遊佐:……。
不二子:……。
遊佐:……。
不二子:洲彬。
遊佐:なんだ?
不二子:抱擁……してほしい。
遊佐:抱擁って……。
不二子:聞き返すな! 言ってる方は、もっと恥ずかしいんだ!
遊佐:あ、ああ。
不二子:ただしだ。
遊佐:ただし?
不二子:何があっても、その手を解かないでくれ。
遊佐:あ、ああ、分かった。
改めて向かい合うと、不二子の背丈は、思ったよりも低かった。
不二子が、俺の胸に、顔を埋めてくる。
俺は、それに応えるように、不二子の体へ、腕を回した。
不二子の、長くて美しい髪から、石けんの香りが漂ってくる。
その甘美な有様は、しかし、長くは続かなかった。
遊佐:……不二子?
不二子:……。
不二子の体が小刻みに……いや、これはもう、痙攣と言って良いくらいの震え方をしている。
遊佐:不二子!
不二子:お願い! 離さないでっ! もっと! もっとギュって!
その声は、いつもの凜とした、不二子のものとは違い、どこか、幼さを感じさせる。
俺は、とにかく、力を込めた。
せめて、今の俺に出来ることくらい……。
そして、どのくらい、こうしていたのだろう。
不二子:洲彬……。
不二子が、顔を上げ、濡れた瞳で、こちらを見つめていた。
不二子:洲彬……。
不二子が、目を閉じる。
不二子の唇から、カチカチという、歯の立てる音が聞こえる。
俺は、そんな音を消し去りたくて、不二子の唇に、自分の唇を重ねていた。
抱き合ったまま、時間は流れていた。波の満ち引きは、何度繰り返されたことだろう。
その頃、不二子の体は、落ち着きを取り戻していた。
そっと、唇を離す。
不二子:ありがとう、洲彬。
笑顔の不二子。
そして、あの凜とした、不二子の声が戻っていた。
遊佐:不二子、おまえ……。
不二子:訊かないでくれ。
不二子の表情が、少し曇った気がした。
しかし、すぐに、笑顔を取り戻す。
不二子:私は、洲彬が好きだ。それだけで良いだろう?
遊佐:いや……。
遊佐:十分じゃない。
遊佐:俺も、不二子が大好きだ。
不二子:まったく。
不二子:……。
不二子:本当に、仕方のないやつだ。




■→不二子の体を引き寄せた
俺は、無性に、体の隙間を埋めたくなった。欠けてる部分を、補うために……。
遊佐:不二子……。
不二子の二の腕に、手を回す。
不二子:や……。
不二子の体が震えた。
それは、ちょっと驚いているだけ。……そう解釈した俺は、手に力を入れ、不二子の体を引き寄せた。
しかし……。
不二子の体の震え……いや、それはもはや、痙攣に近かった。
不二子:……やめてぇ!
響いたそれは、いつもの凜とした、不二子の声ではない。
慌てて不二子の顔を見る。不二子は、大粒の涙を、その瞳から流していた。
遊佐:ご、ごめ……。
不二子:……違う!
俺には、不二子が、何を否定しているのか分からなかった。
不二子:違うんだ……。
そしてまた、波の音だけが響いていた。
不二子:……。
遊佐:……。
俺と、不二子との間には、微妙な隙間が開いていた。
不二子:……。
遊佐:……。
不意に、不二子が立ち上がる。
不二子:すまない。帰る。
遊佐:ああ……。
=== Area: 自宅 ===
あれから俺は、歩いて、家まで帰ってきた。
玄関から、廊下を通り、自室へ向かう。
母:あら、おかえりなさい。
途中のダイニングから、母さんの声が聞こえた。
遊佐:ごめん。今日、晩メシいらないや。
母:そう……。
そのまま、ベッドへ倒れ込む。
これだけ疲れていれば、なにも考えずに済みそうだ。
=== Area: 学校 ===
あれから、何日経ったのだろうか。
??:……さん。
??:洲彬さん。
俺の横に、梨香ちゃんが立っていた。
遊佐:梨香ちゃんか……。
梨香:これ、お姉ちゃんから預かってきました。
それは「遊佐洲彬殿」と書かれた手紙だった。
梨香ちゃんは、深々としたお辞儀を見せると、教室の外へと出て行った。
=== Area: 海岸 ===
手紙に書かれていた場所は、学校から、駅を挟んだ向う側になる海岸だった。
暮れかけた夕日を背にして、そこに、不二子はいた。
不二子:……。
遊佐:……。
不二子:……。
遊佐:……。
不二子:……。
遊佐:……。
不二子:昔な……。
不二子:昔、一人の子供が、辱めを受けた。
不二子:その子供は、抗う術を知らず、また不幸なことに、自害するという知恵すら持っていなかった。
不二子:だから、強くなることを決意した。
不二子:強くなる。そのためなら、闇討ちさえ厭わなかった。
遊佐:不二子、おまえ……。
不二子は、呆然とする俺に、言葉を続ける。
不二子:そして、その子は強くなった。
不二子:……そう思っていた。
不二子:思い人となら、過去を乗り越えられる。そんなことを期待した。
不二子:だが……。
不二子:……。
不二子:心は、未熟なままだった。
不二子:……。
不二子:遊佐……。
不二子:すまなかった。
不二子は、すっかり落とされていた、闇の帳へと消えていった。
=== Area: 駅前 ===
??:洲彬さん。
声のほうに振り向くと、そこには梨香ちゃんがいた。
だが、何も応えられない。
梨香ちゃんは、そんな俺にかまわず、言葉を続けた。
梨香:お姉ちゃん、子供の頃に、家へ預けられたんです。
梨香:転校しなければならない事情があったそうですけれども、それが何故かまでは分かりません。
梨香:私は、お姉ちゃんができたって、すごく喜んでいたのですけれども……。
梨香:お姉ちゃんは、やっぱり、家の中では遠慮しちゃって。
梨香:それが、洲彬さんのこと、よく話してくれるようになったんです。なんだか、私まで、嬉しくなるくらいに。
梨香:だから……。
俺の耳に、もう、梨香ちゃんの言葉は届かない。
俺は、泣いていた。
俺は、自分を補ってくれることしか考えていなかった。
相手を補うということを考えていなかった。
取り返しのつくことではない。
遊佐:俺は、本当に、仕方のないやつだ……。

最終更新:2007年01月08日 22:10