第500話:夜空に星を
昨日に続いてその晩も、ラインハットは騒がしかった。
一夜のうちに失踪した王と、その兄夫婦を探し、兵士達が国中を駆け回っているためだ。
けれども、彼らの働きを嘲笑うかのように、一向に手掛かりは見つからず。
皇太后がいくら怒鳴ろうとも、三人の足取りは掴めずにいる。
「ええい、誰も彼も怠けおって!
よいか! 王が見つかるまで兵には休息も睡眠も取らせるな!
これは我が国の存亡が掛かった一大事! 身を投げ打ち、死ぬ気で探せと伝えるのじゃ!」
無茶苦茶な命令にも、反論できる者はいなかった。
実際問題として、一国の王と、王位継承者が居なくなっているのだ。
デール王と
ヘンリー夫妻が見つからなければ、ラインハットを継ぐ者は幼いコリンズただ一人。
彼を王の座に立てるとすれば、皇太后が実権を握る形になるだろう。
だが、皇太后は……
魔物に誑かされたといえ、ヘンリーを葬ろうとし、長年の悪政を敷いた元凶ともいうべき人物だ。
民衆の支持も薄い彼女が権力を握ればどうなるか。
王室に仕える者達は皆、口を揃えて『考えたくない』と言うだろう。
皇太后との謁見を終えた後、大臣は自室に戻り、椅子に腰掛けた。
顔色が悪いのは、身体的な疲れよりも心労のせいだ。
「このまま王とヘンリー様が戻らなければ……王家の血も途絶えるかもしれぬな」
悲しげに俯きながら、彼は日記帳の入った引出しを開ける。
すると、視界に、緑色の物体が飛び込んできた。
ぴょい~ん。ぴょーん。ぴょいんぴょい~~ん。
ケロケロケーロ。ゲコゲーコ。ケロケロケロロー、ケロケロロー。
「ッ何じゃこりゃあーーッ!!」
引出しから飛び出したカエルの群れ。その姿に驚いた大臣が大声で叫ぶ。
カエル達は、机の上をみるみるうちに占領し、コンサート会場と変えてしまった。
ケロケロー、ゲコゲコー、ケローケローケロケロー。
かーえーるーのーうーたーがー、きーこーえーてーくーるーよー……
呆然とする大臣を他所に、カエル達は楽しく歌っている。
誰の仕業かなど、問うまでもない。
こんな悪戯をするのは二十年前のヘンリーと、コリンズ以外にはいないのだから。
「本当に……ラインハットも終わるな……」
カエルの気持ちがたっぷりつまった大合唱を聞きながら、哀れな大臣はがっくりと項垂れた。
「コリンズ王子! こんな所に居られたのですか」
城の外。水面を見つめるコリンズに、兵士が優しい声をかける。
「太后様も心配されておりますし、夜風に当たっていてはお体に触ります。
今宵はもう、寝室にお戻りになってお休みください」
「うるさいぞ、トム。
カエルも触れないお前に、命令される筋合いなんかないからな」
コリンズはふんと鼻を鳴らし、そして、膝を抱えて俯いた。
「どうしてもって言うなら、母上か叔父上を連れてこいよ。
そうしたら、部屋に戻ってやってもいいぞ」
「……」
トムと呼ばれた兵士は、哀れみの混ざった視線を落としながら、黙ってコリンズの隣に座った。
そして、幼い王子と同じように堀を見つめた。
鏡のような水面は、夜空を映し、きらきらと輝いている。
「トム。お前には星が見えるか?」
コリンズが言った。
それがあまりに唐突だったものだから、トムは困惑してしまう。
何も答えられずにいる兵士を見やり、コリンズは嘲るような笑みを浮かべた。
「父上が言っていたんだ。
夜空の星は、希望と同じ数だけ輝いて見えるんだって。
星が見えないってことは、お前には希望も何もないってことだな」
「なんですか、それ?!」
口を尖らせ、慌てて空を見上げるトムを他所に、コリンズは立ち上がる。
ひとしきり衣服の汚れをはたいてから、城内へ戻る扉に手をかけた。
「父上……明日は、星、見れるかな」
少年のか細い呟きは、誰にも届かずに、空気に溶けていった。
「……くそったれ……」
痛みは、身体よりも精神を苛む。
零れ落ちる血は薄紅の水面に溶け、濡れた衣服は無情なほどに体温を奪う。
水深自体は浅かったが、今の状況では慰めにもならない。
意志に反して、意識はどんどん曖昧にぼやけていく。
それでもヘンリーは、星が瞬く空を見上げ、壁面に背を預けながら身を起こした。
気配と足音は、既に感じない。
サラマンダーは遠くへ逃げ、そして、ウルに居るはずの誰もがここで起きた戦闘に気付いていないのだ。
ヘンリー自身も、カーバンクルも、傷を塞ぐ力は持っていない。
助けを呼ばなければ――呼べなければ、待っているのはたった一つの結末のみ。
「っ、はぁ……はぁっ、ぁ……」
揺れる汲み桶、その彼方で輝く小さな星を見つめる。
セントベレスの頂で、助けも希望も、星空を見る自由もないまま、十年の歳月を過ごした時代――
あの時に比べれば、この程度の状況が何だというのだ。
どうしようもなくてもどうにかなる。
どうにかならないなら、どうにかすればいい。
簡単に死んでは、二度も三度も守ってくれたG.F、カーバンクルに。
そして妻に、弟に、志半ばで死んでいった者達全員に、申し訳がつかない。
星を見る。
頭上で瞬く輝きは、『生きる』という希望。
どこかで生きている親友と、恩人に会うために。
帰りを待っている、愛すべき生意気な息子と会うために。
生き延びる。絶対に――
敵に気付かれるかもしれない、という思考はどこか遠くへ消え去っていた。
手を翳す。
出し切れない声の分まで、ありったけの魔力を込める。
狙うは、滑車の上で揺れる枝の影。
ロープが切れないことを、誰かが気付いてくれる事を祈りながら、今まで何度も唱えてきた呪文を放つ。
「イオ!」
光と爆音が空を切り裂き、解き放たれた熱波が木々を打つ。
緑の瞳が己の打ち上げた花火を映し――そして、とうとうヘンリーは気を失った。
「はんちょー達、どこ行ったんやろな~。
遊びに行くなら、声かけてくれたっていいのに。
そしたら、花火とか海水浴とか、はりきって計画立てるのに~」
ベッドの上に寝転がりながら、セルフィがぼやく。
他人の部屋で、よくもまぁこんなにくつろいでいられるものだと感心しながら、キスティスは椅子を軋ませた。
「そのことなんだけど……
本当に、遊びに出かけただけなのかしら?」
「ん~? どゆこと~?」
脳天気な声が返ってくる。
もふもふと枕を抱えているセルフィに向き直り、キスティスは、ずっと抱えていた不安を口にした。
「誘拐とか、拉致されたとか、そういう状況に陥ってるとしたら……ってことよ。
だってそうでしょ? 連絡もないし、あの五人が揃って姿を眩ますなんて、普通じゃないわ」
「誘拐~?
スコールや
サイファーが~?」
セルフィは首を傾げ、それからすぐに声を立てて笑った。
「まぁ、アービンやゼルなら、騙して連れ込めるかもしれんけどなー。
スコールなんて、力づくでも絡め手でも引っ掛かりそうにないやん。
それに誘拐やったら、今ごろ悪の組織が身代金の電話掛けてきてるって。
エスタ大統領の子息でガーデン司令官だもん、100万ギルぐらい余裕で請求できるよー」
だが、キスティスの表情は影が落ちたままだ。
「それはそうなんだけどね……」
椅子を回転させ、机上の端末に視線を移す。
モニターには幾つかの文章が映し出されていた。
『・先日紛失が発覚した、囚人用特殊拘束具G-22号試作設計図の捜索を行う。
協力者として、サイファー・アルマシー及び、Seed五名の派遣を要請する。
依頼者:フューリー・カーウェイ』
『・時間圧縮世界にて観測された時空間跳躍ゲートの開発研究を行うため、
大海のよどみにてオダイン博士の護衛を依頼する。
依頼者:エスタ科学局』
『・旧魔女討伐班員を派遣してほしい。重大要件のため、概要は口頭で説明。
依頼者:キロス・シーゲル』
「……何かが、私たちの知らない所で動いてる。そんな気がするの」
白い指先がキーボードを弾き、キスティスは呟く。
スコール達の失踪、急に舞い込んできた幾つもの依頼。
サイファーがガルバディア軍を掌握していた頃に紛失したとされる、試作品爆弾首輪の設計図。
そして、キロスが伝えてきた、エスタ大統領・
ラグナの蒸発。
もしかしたらだ。
もしかしたら、これらの事実は全て、一つの絵を作り上げるためのピースなのかもしれない――
その推測に理由や根拠があるわけではない。
単純に、女の勘という奴だ。
それでもキスティスは暗い想像を拭えずにいるし、一方でセルフィは心配しすぎだと笑い飛ばす。
「考えすぎだってばー。
そんなに心配してるとハゲちゃうよ~? ツルツルに~」
ベッドの上を転がりながら、セルフィはからかい半分に言う。
すっかりくしゃくしゃになったシーツを見やり、キスティスは小さくため息をついた。
「いいわね、あなたは気楽で……」
これくらい気楽な性格の方が、幸せに生きていけるのかもしれない。
キスティスの、呆れ混じりの憧憬を知ってか知らずか、セルフィは窓から夜空を見上げる。
青緑の瞳には、満天の星々が映り込んでいた。
あと五分遅かったら、誰にも気付かれなかったのだろう。
だが、気付いた者がいたことが幸運だったとも言い切れまい。
「何だぁ?」
先を走っていた
マッシュが、訝しげに林を見やる。
攻撃というには静かな爆発音と、花火というには弱々しい光。
無数のライトアップといい、地面から伝わる振動といい、遠くで聞こえる獣の雄叫びといい、
一体この村で何が起きているというのか。
じっくり考える暇など、どこにも有りはしない。
スコールは剣の束を握り締めながら、仲間に声をかけることもせず、木立に足を踏み入れる。
捜し求めている男は、木々が生い茂る山中で四人の人間を葬った。
この世界でも同じように、木陰に紛れての奇襲攻撃を繰り返しているのかもしれない。
だとすれば……止めなくてはならない。何としても。
スコールはそう思っている。
そして、彼の気持ちを知っているから、マッシュも黙って後を追う。
数十秒ほど走ったところで、ぽっかりと開けた空間が現れた。
その中央に鎮座するものに、スコールは鋭い眼差しを注ぐ。
「今時、ポンプのない井戸か……
住んでる城といい、相変わらずあの魔女はアンティークが好きだな」
そう一人ごちりながら、彼は煉瓦の端についた血に気付き、指先で拭き取った。
ある程度時間が経過していたのだろう。それは固まりかけた糊のように、皮膚にへばりつく。
スコールはしばらく辺りを見回し、それから、井戸の中を覗きこんだ。
「……?」
不意に、暗闇の中で何かが光った……ような気がする。
目の錯覚か、それとも本当に『何か』があるのか。
「マッシュ、ランプを貸してくれ」
視線を固定したまま、スコールは後ろに来ているマッシュに手を差し出す。
「ランプ?」
マッシュは首を傾げつつ、左手に携えていた明かりを渡した。
スコールは無言で、ぽっかりと口を開けた穴の中にランプを投げ込む。
悪ふざけではない。反応の有無を探るのと、闇の奥を照らして確かめるためだ。
マッシュから借りたのは、自分の物を無くすのが嫌だったから、という極めて自己中心的な理由であり
レオ将軍が持っていた物があるから構わないだろう、という言い訳があったからだが。
「あーっ! な、何してんだよ!?」
怒鳴る仲間の声を他所に、スコールはじっと地の底を見つめる。
一瞬だけ照らされた影。それは――
「おい、人の話聞けよ!
一体何をする……だぁーーーッ!!?」
マッシュが素っ頓狂な声を上げる。
それもそのはず。スコールがいきなり井戸の中に飛び込んだのだから。
呆然とするマッシュの前で、からからと滑車が回る。
ロープを掴んで降りたのだろう、着水音は思っていたよりも小さかった……
……が、マッシュがそのことに気付く余裕はなかった。
それは突然ではなかったが、予期せぬ出来事だった。
咆哮が大気を震わせ、稲光が天空を切り裂く。
遠くの建物や木々が松明のように燃え上がる。
村の中央で巨大な魔物が暴れているなど、マッシュにわかるはずもない。
想像だにしない破壊、理解を超えた事態を前に、思考が一時停止する。
村に居るはずの兄。井戸の中に飛び込んだスコール。
自分は誰を助け、どう動くべきなのか。
混乱した頭は、答えを導き出してはくれない……
その一方で、スコールもまた、動けなくなっていた。
井戸の中にいた男は、腹から血を流し、気を失っている。
放っておけば死ぬだろうが、
ティナの力を借りれば傷を塞げる。
それだけなら、何も躊躇う事はなかった。
問題は二つ。彼が『緑色の髪』と、手に拳銃を持っていたことだ。
――緑色の髪の男に遠くから射撃された――
参加者リストを見た限り、緑色の髪を持つ人物は三人。
緑のバンダナを巻いた金髪の男を入れれば、容疑者は四人。
即ち、この男が恋人の敵である確立は1/4でしかない。
銃だって、決して珍しい武器ではない。
しかし、彼こそが、
リノアを殺した張本人であったとしたら……?
スコールは拳を握り締める。
助けるべきか、見捨てるべきか?
見捨てるには覚悟がいる。助けるには、覚悟とは別の何かがいる。
あまりに厳しい選択を迫られ、スコールは助けを求めるように天上を仰いだ。
村と森とを焦がす炎のせいだろうか。
――星は、何処にも見えなかった。
【マッシュ 所持品:ナイトオブタマネギ(レベル3)、モップ(FF7)、ティナの魔石、神羅甲型防具改、
バーバラの首輪、
レオの支給品袋(アルテマソード、鉄の盾、果物ナイフ、君主の聖衣、鍛冶セット、光の鎧、スタングレネード×6 )】
第一行動方針:スコールを助けるか、村に行くか思案中
第二行動方針:
エドガーを探す
第三行動方針:ゲームを止める】
【現在地:ウルの村 南東の井戸のそば】
【スコール 所持品:天空の兜、貴族の服、オリハルコン(FF3) 、ちょこザイナ&ちょこソナー、セイブ・ザ・クイーン(FF8)
吹雪の剣、ビームライフル、エアナイフ、ガイアの剣、
アイラの支給品袋(ロトの剣、炎のリング、アポロンのハープ)】
第一行動方針:ヘンリーを助けるかどうか思案中
第二行動方針:
アーヴァインと緑髪(緑のバンダナ)の男を探す
第三行動方針:ゲームを止める】
【ヘンリー(手に軽症、腹部重傷、HP1/2、気絶)
所持品:G.F.カーバンクル(召喚可能・コマンドアビリティ使用不可、HP1/4) G.F.パンデモニウム(召喚不能)
キラーボウ グレートソード アラームピアス(対人) デスペナルティ リフレクトリング ナイフ
第一行動方針:井戸からの脱出
基本行動方針:ゲームを壊す。ゲームに乗る奴は倒す)】
【現在地:ウルの村 南東の井戸の底】
最終更新:2008年02月16日 14:23