その出会いは奇跡のように◆GO82qGZUNE
小さな頃、一度だけ大きな映画館に連れて行ってもらったことがある。
みすぼらしかったヒロインの少女は魔法使いや王子様と出会って、とても綺麗なお姫様になった。
自分もいつか、こんな風に輝けるのかな?
そう思うと、胸が躍った。
いつか誰かが、この世界から連れ出してくれる。
そう思って私は、ずっと待ち続けた。
物語のヒロインみたいな、不思議な出会いを。
その"出会い"は偶然か必然か。そもそも偶然と必然にどれほどの違いがあるのか。
さわ、
と木々を揺らせて吹き抜けた風に、微かに、ほんの微かに混じったその音。
気付いた瞬間、関谷なるは胸の内に強烈な高揚感が湧きあがり、夜闇を街灯が照らす通学路を歩いていた足を止め、俯いていたその顔を驚愕に染めながら上げた。
荘厳な音、とでも言えばいいのだろうか。
桜舞う春風に混じるには酷く場違いな、例えるならば遥か遠い時代を綴った古めかしい書籍を捲るような、懐かしくも荘厳な音は、錯覚でもなければ聞き間違いでもなかった。
「うそ……」
見上げた先にあったのは、山の中腹にある神社に続く参道であった。
誰もいないはずの場所であった。古書を捲るような音が聞こえる余地などないはずだった。
けれど、なるには確信があった。言葉では形容しがたい、しかし明確な意識によって、そこに自分の求めたものがあると言って憚らない。
そして、なるの直感が正しいが故か。
微かに聞こえていたその音は、特別鋭敏でもないなるの聴覚でもはっきりと分かるほどに、その距離を徐々に遠いものとしつつあるのだった。
―――うそ、行っちゃう!
「待って……!」
置いてかないで……!
言い知れぬ強迫感に突き動かされ、なるは神社の参道を全力で駆け上がった。音を追う、桜の花びらが揺れる山を必死に昇る。月夜に佇む千本鳥居を、潜り抜けるように駆け抜ける。
関谷なるは夢見がちな少女であった。
幼いころに見た御伽噺。彼女はそこに幻想の一端を垣間見た。運命的な出会いを果たすヒロインに憧れた。そしてそれは、今になっても尚消えない純粋な想いとなって彼女の内に深く重くつもっていた。
颯爽と現れる白馬の王子様。
不思議なおまじないを唱える魔法使い。
かぼちゃとねずみが変身した馬車に、ガラスでできた綺麗な靴。色とりどりの花々が咲き乱れる草原に、踊るように歩く美しいお姫様。
そんな綺麗な御伽噺に出会うことができれば、こんな自分でも何かが変わるのではないのかと。
関谷なるは常日頃よりずっと、ずっと真摯に思い続けてきた。
異なる世界に憧れた。綺麗な夢に憧れた。"何か"ができる自分に、特別な意味を持つ自分に憧れた。
彼女は、自分に自信の持てない少女であった。
だから。
「私も連れて行って―――!」
何かを求めるように、差し伸べられた手を掴みたいと願うように。
少女の手は、伸ばされて。
―――凛。
と、澄んだ透明な音が、詩篇の存在を今に遺し。
「―――え?」
関谷なるは、その手に確かな"何か"を掴み。
次の瞬間、この世界から完全にその姿を消したのだった。
▼ ▼ ▼
「私は聖杯に何も望まない。だが君のように巻き込まれた者のためならば、全力で努めを果たそう」
いつも私を迎えに来てほしいと願っていた。
普通の日常から私を連れ出してくれる、勇壮で勇敢な白馬の王子様。
そんな人がいてくれたなら、何もかもが平凡な自分でも、何かが変われると思ってた。
輝けると思ってた。
特別な、世界に一人だけの、他ならない"私"になれるんだと信じていた。
………。
……。
…。
人の夢はあまりに儚く、嘘を吐く。一切は空。
王子様(あなた)もお姫様(わたし)も、存在しない。
目を覚ませ、安らぎの微睡みから。
▼ ▼ ▼
「ぎ、があああああああああああああ!!?」
一軒家を根城としてロールを与えられ、来る聖杯戦争に備えていた一組の主従。
アサシンというクラスが故に気配遮断のスキルに頼り切り、油断していた彼らを襲ったのは形容しがたい異形のサーヴァントであった。
異形。そう、アサシンたちは"彼"を目撃した瞬間、思わず攻撃の手を止め呆気に取られていたいたのだった。それほどまでに、そのサーヴァントは奇矯に過ぎた。
第一の印象として抱いたのは、「炎」だった。
燃え盛る炎が人の形をしている。そして炎の中の男は、総身を焼かれる激痛に苦悶の叫びを轟かせ、大口を開けて絶叫しているのだった。
先の悲鳴はアサシンでも、そのマスターのものでもない。
他ならぬ襲撃者自身のものだったのだ。
「ひぎぃぃぃいああああああああああああああああああああああ!!!!!」
異常極まるのはそれだけではない。異形の男は、しかし肉体を焼かれ損耗する傍から瞬く間にその傷を癒し、再度焼死の苦痛を味わい、その叫びを巨大なものとしていた。
その目は何をも見ていない。宿るのは苦痛と狂気と、そこから逃れたいのだという狂おしいまでの渇望。
そして、己にこのような苦行を強いる"全て"に対する、文字通り燃えるような憎悪であった。
「ッ!?」
瞬間、異形の男の周囲に蒼白の魔術方陣が浮かび上がり、そこから巨大な「腕」たちがアサシンたちに向かって伸びあがったのだ。
気配そのものは人だった。
だが、人ではあり得なかった。
「それら」は這いずり、のたうり、絡み合いながら、次々と吐き気をもたらすような変形と伸縮を繰り返し、戯画的なまでに伸びながらアサシンたちへと追い縋った。
ある腕は地面に当たると挽肉のようにひしゃげて潰れ、またある腕は見当違いな方向に際限なく伸びながら無差別に周囲を破壊している。
ずるずる。
ずるずる。
ひたすら展開される異常な光景。
その、死人のように白い腕は肉でできていた。
異形の肉の、塊だった。
「ぐぅ!?」
次々と迫りくる腕を躱し、いなし、あるいは切り捨てるアサシンが、しかし遂に捕捉され握り上げられた。
その異様な感触に、命の危機にあることすら忘却して上げそうになった悲鳴を、アサシンは寸でのところで呑みこんだ。
ぎしぎしと骨が軋む。締め上げる力は、恐ろしい膂力だった。あまりに硬く、重い質量を有していながら、それはぶよぶよと屍肉のように波打った。
握る力が威力を増す。アサシンは撤退の進言をしようと、真っ先に避難させたマスターに振り返った。そしてすぐ、見たことを後悔した。
そこにマスターはいなかった。群がる無数の腕が蟲壺のようにおぞましく絡み合う中で、かつてマスターだった肉塊が死後の尊厳すら奪われるように掻き回され、最早人だった面影すらないほどに蹂躙を受けていた。
アサシンは今度こそ悲鳴をあげた。
後ろを振り返ったまま恐怖の形相で悲鳴をあげる。そんなアサシンを、更に三つの腕が掴み、締め上げた。
血の華が、真っ赤に咲いた。
▼ ▼ ▼
人の気配も明かりもない真っ暗闇の部屋に、がちがちと何か硬いものを鳴らす音だけが響いていた。
そこには一人だけ、人の影があった。隅に蹲り膝を抱え、何かに耐えるように歯を食いしばり、大きく見開かれた目だけが異様な存在感を発している。
精神的に追い詰められているのだろう。目尻には濃い隈が浮かび、顔からは血の気が引いていた。がちがちと鳴らされる音は、根が合わない彼女の歯が鳴らす音だった。
その少女は部屋にいて、しかし部屋から人の気配がしなかったのも当然の話だった。今の彼女はあまりにも生の気配が薄い。
「――――――……」
ぶつぶつ、ぶつぶつ。呟かれるのは一つきり。
焦点が合わない瞳はどこも見ていない。
部屋の温度は冬場に差し掛かっていることを差し引いても異常なほどに低く、呟かれる毎に白い息が吐き出された。
「たすけて」
少女は何も知らなかった。
「たすけて」
少女はただ、憧れただけだ。
「たすけて」
非日常。特別な何か。平凡な自分を変えてくれる劇的な出会い。
「たすけて」
夢を見ていたかっただけだ。
「たすけて」
綺麗なものを夢見ていただけだ。
「たすけて」
子供ならば誰でも抱く、当たり前の感情。
「たすけて」
―――それがなんで、こんなことになってしまったんだろう。
「だれか……」
―――かみさま。
かみさま。かみさま。奇跡なんていらないんです。
ただ、わたしに。もとの場所へ、あたりまえだった陽だまりへ帰れるすくいをください。
「たすけてよぉ……」
かみさま。かみさま。
ふしぎな出会いを願いつづけておきながら、いまさらこんなことを願うなんて。
わたしは卑しい、にんげん、ですか?
【クラス】
キャスター
【真名】
メンドーサ@牙狼 -GARO- 炎の刻印
【ステータス】
筋力E 耐久EX 敏捷D 魔力A+ 幸運E 宝具EX
【属性】
秩序・悪
【クラススキル】
陣地作成:-(A)
自らに有利な陣地を作成する。
ただし現在は知性の喪失によりこの技能を失っている。
道具作成:-(A)
魔術的な道具を作成する。
魔戒法師であるキャスターは魔導具の作成にも長けていた。しかし現在は知性の喪失によりこの技能を失っている。
【保有スキル】
盗国の悪鬼:-(A+)
その奸計によりヴァリアンテ国を簒奪した策謀と手腕。
ただし現在は知性の喪失によりそれら技能の悉くを喪失している。
神性(偽):A
伝説の超巨大ホラー・アニマと融合したことにより手に入れた神の如き力。
本来アニマは神霊の類ではないのだが、キャスター自身の狂信によりこのスキルが付与された。
不死の祝福:EX
アニマとの融合によりキャスターは真実不滅の存在と化した。肉体の不滅は元より、その力の根源すら無尽蔵であるため、高ランクの魔力回復(自己)を内包する。
マスターの消失以外において、如何な外的・内的損傷を被ろうと、あらゆる魔術・呪詛による干渉であろうとキャスターが滅びることはない。
霊核が破壊されようと魔力の消費で瞬時に元通りとなる他、不老の加護により時の劣化を受け付けない。
精神破綻:EX
キャスターの精神は完全に焼き切れており、最早まともな理性も知性も存在しない。辛うじて敵性存在の認知とそれに対する攻撃の意思は残しているようだが、彼自身は戦闘時ですら自分が何をやっているのか理解できていない。
その精神性故に現状のキャスターはマスターの制御下を離れている。肉体と魂と魔力が不滅となろうとも、それらに比するには彼の精神はあまりにも脆弱に過ぎた。
【宝具】
『穿ち砕く偽神の巨腕』
ランク:A- 種別:対軍宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:100
アニメとの融合により手に入れた「神の如き力」、その一端。
周囲に顕現させた魔導陣より長大な腕を召喚して殴りつける。性質は単純極まりないが元の存在規模が膨大なためその拳打の威力は驚異的。キャスター自身の肉体でもあるため、消費される魔力は非常に少ない。
本来であるならば神の如きという謳い文句に相違ない多種多様な神威を行使できるのだが、後述の宝具により精神が破綻している現在のキャスターにそれらの行使は叶わない。
『慈母の愛は此処に在りて(ラ・ピュセル)』
ランク:EX 種別:対罪宝具 レンジ:0 最大捕捉:1
キャスターの総身を常に途切れることなく包み続ける浄化の炎。この炎は不滅となったキャスターの霊核すらも毎秒ごとに砕いて余りある強大なものだが、キャスター以外の存在には決して害を及ぼさない。そしてこの宝具は如何なる要因においても決して解除されることはない。
それはかつて愛する者を守るために殉死した一人の女が刻み込んだ
炎の記憶にしてその刻印。本来であるならばこの炎を生み出す女の影が存在するはずだが、サーヴァントとなった現在においてその影はついてきていない。そのため行動不能であるはずのキャスターにも戦闘行為が可能となる程度の自由が生まれたが、朽ちることのない肉体を砕き続ける火力に代わりはないため彼の知性が復活することはないだろう。
かつて幼き黄金騎士が幻視したものは復讐の炎などではなかった。
ただ一心に息子を想う母の愛。その想いこそが永遠である。
【weapon】
穿ち砕く偽神の巨腕
【人物背景】
ヴァリアンテ国を「盗んだ」男。魔戒騎士や魔戒法師を異常なまでに憎悪しており、彼らを「血族を増やすことしか能のない卑しい獣の如き奴ら」と蔑んでいる。
物語終盤において超巨大ホラー・アニマと融合することにより不滅の存在となったが、「炎の記憶」から顕現したアンナの魂によって永遠にその身を焼かれ続けながら魔界に封印されるという壮絶な末路を迎えた。
【運用方針】
何をされようが決して死ぬことなく、強大な魔術を行使し、魔力の回復までできるという万能のキャスター……のはずだった。
しかし宝具の炎によりキャスターは毎秒ごとに殺され続け、再生にかかる魔力消費は回復する魔力を超えて余りあるものとなっている。魔術師の適性が存在しないマスターにかかる負荷は相当なものであり、現状のマスターは足りない魔力を精神と神経、そして魂を削ることにより何とか均衡を保っているに過ぎない。
だが、しかし。
本来在ったはずのキャスター、すなわち理性と悪心が健在な場合のメンドーサが呼ばれたIfを考えれば。死よりも尚おぞましい運命をもたらすであろう悪鬼の召喚が防がれたと考えるならば。
関谷なるにとって、この"幻想との出会い"はまだマシな部類なのかもしれない。
【サーヴァントとしての願い】
「願い」を理解できるほどの知性を、最早彼は有していない。
【マスター】
関谷なる@ハナヤマタ
【マスターとしての願い】
帰りたい。
【weapon】
ない
【能力・技能】
居合を嗜んでる
【人物背景】
由比浜学園中学の2年生。
自分のことを「何の取り柄もない、極めて普通な女の子」だと思い込んでおり、そのことに劣等感を抱いている。
一方、子供の頃に親と見に行ったおとぎ話の映画の影響でヒロインに憧れている。
本来であれば、作中を通して精神的に成長していくはずだったのだが……
【方針】
もう何も考えたくない。考えられない
最終更新:2016年12月11日 19:38