刹那・F・セイエイ&アーチャー◆7WJp/yel/Y







『彼は――――』


声がする。


『彼は、ダマーヴァンドの山の頂上に立ち、運命の矢を放つ準備をした。
 彼の名はアーラシュ。昇る太陽が彼の友。』


包み込むような懐かしい声だ。


『太守が、彼の勝利の歌を歌っている。』


温もりがある。


『彼の生涯の全てをもって、ただ一本の矢を放つ、強く純粋なるアーラシュ。』


背中に回された手の懐かしい温もりだ。


『二つの国が戦乱に巻き込まれた。
 彼は、その弓と矢をもって、戦乱から両国を解放した』


歌がある。


『すべての目が彼の行動に驚き、アーラシュの勇敢さは伝説となった。
 彼の放った矢は、最も疾き流星よりも速かった。』


寝物語に語られた懐かしい歌だ。


『その後、彼の姿を見たものはなく、彼の名だけが残った。』


その全てが失われたものだ。


『ジェイフン川の向こう側が、新たな境界となった。
 両国は、この透き通った川の周りに平和を築いた』


当然だ。


『彼こそは強く純粋なるアーラシュ。
 ――――孤独な戦士、獅子の如く勇敢な、アーラシュ』



その全てを、自らが捨て去ったのだから。






夜明け前。
まだ太陽の光が差し込まぬ、暗闇の世界。
だのに、誰一人として眠りについているものは居ない。
何かを待ち望むように、ひたすらに空を眺めている。
この瞬間だけは、敵も味方もなく。
そう、国境すらもない。
国境は、今この瞬間に作られるのだ。
男も。女も。子供も。老人も。
疲れ果てた顔で、ただ、ある瞬間を待っている。

――――流星が連れてくる夜明けだけを待っている。

空に最も近いダマーヴァンド山の頂上で二人の男が立っていた。
神と袂を分かち、神の愛寵こそあれど人類が自立した時代。
そんな今の時代にあって、神代の残り香を持って生まれた二人。
かつて邪竜アジ・ダハーカを退治した勇者、その末裔でありペルシアの王マヌーチェフル。
そのマヌーチェフル王に使える一人の勇者であるアーラシュ。

アーラシュは、今、矢を放つ最期の瞬間を迎えようとしていた。
アーラシュにとってマヌーチェフル王は言葉では表せない感謝を覚えている。
王なくして、今のアーラシュはなかっただろう。
アーラシュは衣服を脱ぎ捨て、その鍛え抜かれた肉体を王の目に晒した。
褐色に染まったその肌には傷一つ無く、まるで絹のような手触りを連想させる肉体だった。

「私の身体には傷一つ無く、病に冒されたこともありません」

アーラシュは敬意を持って、王へと語りかける。
神からの寵愛。
その証明たる頑健なる肉体。
数多の戦場を駆け抜けても傷一つ無く、痩せた大地で十何年と過ごし続けても病魔を跳ね除ける。

「それでも、夜が明ける時にはこの五体は砕け散っているでしょう」

その寵愛の証の肉体すらも、今より行う偉業の前では耐えられまい。
神は其れを行なえと命じつつも、人の身に余る出来事だと戒め、五体を砕くだろう。
余りにも無情。
王は、其れを行なえと命じる他なかった。
だが、アーラシュは其れを良しとした。

「それでは、哀しすぎる」

自ら命じたというのに、マヌーチェフルは思わず言葉が漏らしてしまった。

「誰よりも平和のために尽力したお前が死なない限り、平和な世の中が訪れない。
 誰よりも平和を望んだお前が居ないことでしか、平和になった世界は完成しない。
 それは……それは、余りにも虚しい」

マヌーチェフル王とて、その言葉で何かが変わるとは思ってはいない。
アーラシュは、弓をひくだろう。
それはもはや確定した出来事だ。
この男が、選ぶ道は一つだけだ。
己の言葉で変えられる段階は、とうの昔に過ぎ去ったのだ。
だからこそ、己の気持ちを偽ることだけはしたくなかった。
アーラシュの死が望まれるのはその後のためであり、
アーラシュの存在が居なくなることを望んでいるものは居ない。

「王よ、違います。
 私は嬉しいのです」

だのに、アーラシュは笑ってみせた。
そして、マヌーチェフルから視線を逸し、星空を眺め、そして、平野を眺める。
そこに存在する、同じく星空を見上げる数多の人々へと視線を向ける。
マヌーチェフルには見えぬものも、この男には見えている。
見えなくて良いものまで、見えてしまっている。
多くの人が、自らの死を待っていることまで見えてしまっている。
だというのに、アーラシュは笑っていた。

「どうして自分だけが特別なのかと、ずっと考えていました。
 以前は、世界を救うための、世界の端々を見通す目なのだと思っていました。
 愛すべき民を一人としてかばう盾になるための、傷一つ負うことなく病魔を退けられる身体なのだと思っていました」

知らぬことだった。
いつだってこの男は笑っていた。

「世界が救えると、本当に思い上がっていた。
 だが、結果はそうじゃなかった。
 何人も死んでいった、何人も殺していった」

この男の偉大な戦果が何人も救った。
しかし、それでもこの男を満足させることはなかった。

「自分の為すべきことというものが、わからなかった。
 だけど、今は違う。
 はっきりと口にできる」

やはり、笑った。
これこそが真の笑みなのだろうかとマヌーチェフルは思ったが、違う。
やはり、いつもと同じような笑みだった。
この男は、いつだってこのように笑う。

「この時のために――――俺は生まれてきたんだ」

その言葉に迷いはなく。
今、この場に迷いを抱いているのは自身だけであることにマヌーチェフルは気付いた。

「私は、お前に何かを与えてやりたかった」

マヌーチェフルは顔を苦悶に染めていた。
これが最後なのだ。
何も残したくはなかった。
聖なる献身を行おうとするこの男に伝えておきたかった。

「同じく、神代の残り香を色濃く宿した者として……お前に、友と呼べる存在を与えたかった」

お前は孤独だったが、それは望まれた孤独ではなかったということを。
誰もがお前の隣に立とうと願っていたことを。

「お前が最後の時に人生を振り返って、誰よりも満たされた人生だったと笑っていけるような。
 そんなものを、与えてやりたかった。
 お前の周りには愛が多くあったと、笑って逝って欲しかったのだ」

結局、アーラシュは孤独のままで死ぬ。
だが、アーラシュが皆を愛したように、皆がアーラシュを愛していた。
死への一矢を命じる王を怨むのは良い。
だが、お前の愛を、皆の愛を。
それだけは忘れて欲しくなかった。

「王よ」

アーラシュは、笑ってみせた。


「貴方は、何も間違ってはいない」


その言葉が最後だった。
アーラシュはダマーヴァンド山の頂上にて、矢を番える。
マヌーチェフルは、背を向けて山を降りた。
アーラシュが唱える祝詞が聞こえる。
アーラシュを讃える歌が聞こえる。
マヌーチェフルは、山を降りた時。
やがて、一度だけ、空を見上げた。

――――虹色の光が、空を駆けていた。

マヌーチェフルは、振り返ったことを僅かに後悔した。
これで、全てが確定してしまった。
この日、この時に交わした言葉が最後の言葉だと思いたくなかった。
だから、振り返るつもりはなかった。
アーラシュの最期を見なければ、アーラシュは何処かで生きていると信じずに生きることも出来た。
だが、振り返ってしまった。
空を駆ける流星は百の言葉よりも雄弁に語っていた。
孤独な戦士、獅子の如く勇敢なアーラシュは。


――――戦いと平和の境界となる今この時に死んだのだ。






刹那・F・セイエイが長い夢から目を覚ます。
長い、長い夢だった。
刹那にとって、悪夢とも呼べぬこともない夢だった。
それでも、一つの光景が目に焼き付いていた。
流星と、その後に続くような七色の光。
自身の過去ではない記憶から読み取った光景と。
自身の過去に焼き付いた光景が重なる。

「……ガン、ダム」
「よう、目が覚めたかい?」

思わず、刹那が一言漏らすと同じか、あるいはそれよりも早いか。
そんなタイミングで、一人の男が扉を開けた。
呼びかけたわけでもなければ、何か物音を立てたわけでもない。
ただ、目を開き、上半身を起こし、少しぼうっとしただけ。
眠っているのと、なんら変わりはない。
刹那が目を覚ましたと感じられる情報は、少なくとも扉の外からでは察することが出来ない。
だのに、ちょうどのタイミングで扉を開いた。
刹那が目をさましていると確信しているかの様子で。

「飯も出来てる、気が乗りゃ来ればいい」

快活な笑みを見せながらそう言って、扉を閉めた。
気を回すが回しすぎない。
そういう男だった。
刹那は頭を軽く振り、ベッドから離れる。
やはり、夢のはずの光景が目に焼き付いている。
落ち着かない気分を抱いたまま、扉を開き、食卓へと向かう。

「……」

向かいながら、刹那は現状を整理していた。
ここはスノーフィールド、偽りの大地。
たったひとつの聖杯を巡って、無数の人間が争い続ける土地。
この世で最も小規模な戦争、『聖杯戦争』が行われる土地。
ありとあらゆる空間に置いて存在した『英雄』。
その英雄を召喚し、争わせる。
たったひとり残った英雄の主こそが万能の願望機である『聖杯』の所有者となる。

自らの手のひらに刻まれた令呪という参加権を眺める。
この令呪はその英雄への命令権。
先程の男こそが、刹那の召喚した英霊。
クラスは弓兵。
三騎士と呼ばれる、魔術への耐性を持つ正統派な英霊が多いクラスだ。

刹那にとって、聖杯戦争への参加は拉致に近いものだった。
未だ、心中落ち着かず。

「ひよこ豆のペーストだ、喰うか?」

そんな刹那を知ってか知らずか。
アーチャーは缶詰で購入していたひよこ豆を使った料理を差し出してくる。
無言で受け取り、食卓に置いたままシリアルを取りに向かう。

「で、だ。マスターの名前はなんなんだ。
 結局、聞けないままだっただろう?」
「そういえば、言っていなかったな」

刹那はシリアルに買い置きの牛乳をかけながら応える。

「刹那・F・セイエイ」
「……まあ、マスターがそう言うのなら良いさ。
 よろしく頼むぜ、刹那」

どこか含みのある言葉。
アーチャーが刹那を見る目は、やはり何かを見透かすような色が濃い。
若干、不快の念を覚える。

「アーチャー」

アーチャーのサーヴァントとして、自らが召喚した男へと語りかける。
ひよこ豆のペーストにスプーンを這わせていたアーチャーが視線を上げる。
腹の中が見透かされそうな真っ直ぐな瞳に僅かに怯むが、刹那は言葉を続ける。

「アーチャーは、確かにあのアーラシュ・カマンガーなのか」
「『あの』って言われると『どの』って話になるが、まあ、多分俺は『その』アーラシュさんだよ。
 俺はアレだ、戦いを終わらせる英雄!
 御存知の通り、ペルシャの大英雄様だ!」

刹那の言葉を呑み込みながら、アーチャーは気負った様子もなく、おどけるように応えてみせた。
ただ、少し照れくさかったのか、付け足すように再び口を開いた。

「っと、まあ、実際のところはそこまで大層なもんじゃないんだがな。
 刹那、お前には悪いが、そこら辺の弓兵とそう変わりはないさ」
「そういう言い方は」

だが、アーチャーの言葉を咎めるような言葉が出てしまった。
なんでもない、と続けようとする。
するが、アーラシュの目は驚いたように見開き、続きの言葉を待っている。
仕方なしに、言葉を続けた。

「そういう言い方は、やめろ。
 今でもお前を祀っている場所はある。
 お前が良くとも、そういう人々は納得はしない」

自身でも認識できるほど、『らしくない』言葉だった。
その言葉を発する前に、本当に幼かった頃の記憶が蘇った。
背中に回された温もりと、耳から入る優しい声。
二度と取り戻せない幸せの象徴。
そんな誰もが持つ幸せを自ら捨てた刹那に、幸せを再び得る資格はない。

「そうか」

そして、アーチャーは刹那を柔らかく見つめたまま笑ってみせた。

「そうだな、ハハ、謙遜するつもりが失敗しちまったな」

それっきり、アーチャーは食事を再開した。
目の前のアーチャーのそんな様子だけを見れば、とても英霊とは思えない。
幼き頃、寝物語に聞かされてきた英雄が目の前に居る。
父母が愛した英雄が存在する。
聞いてみたいことがあった。
尋ねてみたいことがあった。
だが、刹那はその言葉を呑み込んだ。

罪が突きつけられていた。
それを呑み込まなければいけない。
自身は罪悪感に溺れることは赦されない。

自分が成したことを考えれば、闘争を根絶させなければいけない。
歪みを、正さなければいけない。
聖杯が願いを持つものを誘うというのならば、刹那がここに居る理由は其れだろう。
誰よりも戦争を憎んだ苛烈な願いが誘った場所は、また別の戦場だった。
強烈な皮肉に、しかし、刹那は笑うことなど出来なかった。













【クラス】
アーチャー

【真名】
アーラシュ@Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ & Fate/Grand Order

【パラメーター】
筋力:B 耐久:A 敏捷:B+ 魔力:E 幸運:D 宝具:A

【属性】
混沌・中庸

【クラススキル】
対魔力:C
詠唱が二節以下の魔術を無効化する。
大魔術・儀礼呪法のような大掛かりなものは防げない。

単独行動:C
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクCならば、マスターを失っても一日程度現界可能。

【保有スキル】
千里眼:A
視力の良さ。
遠方の標的の補足、動体視力の向上。
Aランク以上でこのスキルを有しているアーラシュは、一種の未来視や読心すら可能としている。

頑健:EX
神代の名残を色濃く有したアーラシュは、生まれついての特別な頑健さを有する。
『戦場であっても傷を受けず、生来より病を受けたことさえない』というアーラシュの逸話がスキルになったもの。
耐久のパラメータをランクアップさせ、攻撃を受けた際の被ダメージを減少させる。
複合スキルであり、対毒スキルの能力も含まれている。

弓矢作成:A
善神アールマティから授かった智慧である『弓』の設計者であり作成者でもある彼は、材料さえあればたちまち弓と矢を作成する。
弓には物質的な材料が必要だが、矢であれば自らの魔力を削ることで作成可能。
これにより、アーラシュは無数の矢を断続的に放つことが可能となる。


【宝具】
『流星一条(ステラ)』
ランク:A 種別:対国宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:900人
究極射撃。
伝説通りの渾身の一矢。
あらゆる争いを集結させる、文字通りに大地を割る極大射程遠隔攻撃。
伝説において、アーラシュは究極の一矢によってペルシャとトゥランの両国に『国境』を作った。
大地を割ったのである。
その射程距離、実に2500km。
人ならざる絶技と引き換えに、彼は、五体四散して命を失ったという――――
その逸話の通り、アーラシュはこの宝具を放てば絶命する。
正しく、『一回きりのとっておき』。
宝具と同時に使用者をも壊す、ある意味では二重の壊れた幻想(ブロークンファンタズム)である


【人物背景】
古代ペルシャにおける伝説の大英雄。
西アジアでの神代最後の王とも呼ばれるマヌーチェフル王の戦士として、
六十年に渡るペルシャ・トゥルク間の戦争を終結させた救世の勇者。

異名はアーラシュ・カマンガー。
英語表記すればアーラシュ・ザ・アーチャー。
アジア世界に於いて弓兵とはすなわち、両国の民に平穏と安寧をもたらせしアーラシュをこそ指し示し、
現代でも彼は西アジアの人々に広く敬われ、愛されている。
伝説において、その名と偉業は複数の伝説に刻まれ、時には歌として唄われる。

彼はこの目で見える者達全てを、地上の人間を、世界を救おうと、ソレを為そうと、
竜殺しフェリドゥーンの末裔であるマヌーチェフル王の下で一人戦い続けた。
何せ、彼はヒト以上の力を持った故に、肩を並べられる相手も、仲間もいなかった。
だから彼は最後まで孤独を選んだ。
人間を守るために。

何十年も続いた戦争により、ペルシャとトゥランはすっかり疲弊しきり、殺し合いを誰も望んでいなかった。
それを終わらせるために、アーラシュはダマーヴァンド山の頂上に立ち、
究極の一矢によってペルシャとトゥランの両国に「国境」を作り、大地を割った。
その矢は最も速き流星より疾く、その射程距離、実に2500km。
人ならざる絶技と引き換えに、彼は五体四散して命を失ったという――。

ジェイフン川の向こう側が、新たな境界となり、両国はその川の周りに平和を築いた。

これより後の人の世に、神代の如き大いなる力は悉く不要である――そう、彼自身が望み願ったままに。


【マスター】
刹那・F・セイエイ@機動戦士ガンダム00

【マスターとしての願い】
戦争の根絶

【人物背景】
機動戦士ガンダム00の主人公で、本名は『ソラン・イブラヒム』。
中東の貧困国、クルジスの出身。

過去にクルジス共和国のテログループ『KPSA』に誘拐・洗脳され、『神』の名の元に両親を殺害。
この経験は彼に暗い影を落とす。
自分を『平穏に生きることを許されない、壊す以外何も出来ない人間』と諦観して、他人にもそう吐露するようになる。
その後KPSA上層部に見捨てられ、仲間の少年兵は全滅しても尚敵MSに狙われる中逃げ惑い、
今まで信仰して来た神に絶望し死に瀕した際に『0ガンダム』の戦闘を目撃。
その姿に自分が信じてきた「神」に代わるの存在と見做した。

その後、Oガンダムのパイロットだったリボンズ・アルマークの推薦によりガンダムマイスター候補となり、最終的にヴェーダに選ばれた。
『ガンダム』を自己の体験と重ね、戦争根絶を表現するものとしてマイスターの使命に生きる。
それを象徴する彼の代名詞的台詞として「俺がガンダムだ」がある。
また、皆死んだ戦場で自分だけが生き残ったことから「生かされた以上は自分には生きる理由がある筈であり、それを見つけたい」と考えており、仲間と揉めた時にもその旨を語っている。

【能力・技能】
かつて『KPSA』で少年兵として訓練を受けており、銃器やナイフの扱いに秀でる。
白兵戦における技能も所持している。








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最終更新:2016年12月25日 00:25