ジャック・ザ・リッパー◆DIOmGZNoiw
アスファルトの道路に、年若い少女がひとり、横たわっている。見開かれた瞳は傍らに佇む咲夜をじっと見据えてはいるものの、もうその瞳が光を捉えてはいないだろうことは明白だった。深く裂かれた少女の首筋から溢れた血が、みるみるうちに水溜りを作っていく。血だまりを踏んで足跡を残すような下手は打ちたくなかったので、咲夜は己の革靴が少女の体液を踏む前に、一歩身を引いた。
鼠色の重たい夜霧が、周囲を取り囲んでいる。一歩離れただけで、咲夜の瞳に映る無残な亡骸の輪郭はおぼろげになった。咲夜に仕留められるまで、今はもう霧に紛れてしまったあの亡骸は、まだ美しい容貌をしていた。ぱっちりと大きな瞳に、愛嬌のある微笑みをたたえた、誰からも好かれる可憐な女の子。それが咲夜が仕留めた、敵のマスターの日中の素顔だった。
少女を仕留めた凶器はダガーナイフだ。刃に纏わり付いた血液を振り払って、咲夜はそれを左足の太ももに装着したホルスターへと仕舞う。さしあたっては、誰かに見られる前にとっとと立ち去ることが先決だと思われた。
「ねえ、おかあさん(マスター)」
幼い少女の声が、夜霧の中から咲夜を呼び止める。
足を止め、振り返る。咲夜と同じ銀髪の少女が、そこにはいた。咲夜と同じように、ダガーナイフを握り込んでいる。纏ったローブの隙間から、すらりと細い太腿がちらと見える。少女は、その隙間からローブの内側へと、ダガーナイフを仕舞いこんだ。
咲夜よりも一回りほど年齢は幼く見えるが、歩み寄るその少女の面影は、咲夜とよく似ている。透き通るような銀の髪も、人を仕留めることに慣れたその瞳も、布の奥に隠した均整のとれたからだつきまで。その少女は、ある意味では咲夜自身であるともいえた。
咲夜の要請に従って、敵のサーヴァントを仕留めて来たのであろうもうひとりの自分へと、咲夜は微笑みかける。
「やったのね、アサシン」
「うん。殺してきたよ、おかあさん」
期待通りの回答を得て、咲夜は満足気に頷いた。
夜霧に包まれた深夜に、少女がナイフで殺される――それはまさしく、ジャック・ザ・リッパーによる犯行といえよう。明日の朝、目覚める頃には、現代に蘇った殺人鬼ジャック・ザ・リッパーだとか、そういったセンセーショナルな見出しのニュースが街を騒がせることになるのだろう。いつの時代も人間はそういうネタを好む傾向にある。
「帰りましょう、アサシン。私達の屋敷へ」
「うん、いっしょにかえろ」
徐々に霧が薄れている。アサシンの宝具で展開した霧が完全に消え始める前に、咲夜は歩き出した。その隣にアサシンも並ぶ。
咲夜に与えられた役割は、とある富豪の屋敷に務めるメイドだった。日中は他のメイドに指示を出して、炊事洗濯の一切を取り仕切る有能なメイド長。しかし、夜になると、どうにも衝動が抑えられなくなる。この世界に来てからというもの、夜な夜なナイフの斬れ味を確かめたくて仕方がない。じっとしていると、誰かの――できれば、少女の首を斬り落としてみたくなるのだ。ナイフが乾く頃には、次の血を吸いたくてたまらなくなる。それはまさしく、ジャック・ザ・リッパーと呼ぶに相応しい凶行だった。
昼間はメイド、夜中は夜霧の殺人鬼。つまるところ、それがこの世界で咲夜に与えられた役割なのだ。しかし、それを理解したところで、この情報社会でみだりに人殺しをするのは憚られる。十九世紀のイギリスとは、話が違うのだ。
咲夜は、敵性のサーヴァントとマスターに標的を絞って、殺人を繰り返すことにした。これは聖杯戦争だから仕方がないのだと、そういう正当性を盾に、咲夜は夜霧の連続殺人鬼となった。
「ねえ、おかあさん」
アサシンの大きな瞳が、咲夜を見上げている。咲夜は歩を止めず、アサシンを見下ろした。
「なに、アサシン」
「おかあさんは、ジャックなの」
咲夜は、回答に窮した。
アサシンの表情には、およそ人が浮かべる「色」が見られない。咲夜は、アサシンがいかなる情報を求めてその質問を繰り出したのかはかりかねた。一瞬の逡巡ののち、咲夜が選んだのは、無難な回答だった。
「そうともいえるし、違うともいえるわ」
「それって、どういうこと。わたしたちとは、ちがうの」
「ええ。今の私は、ジャック・ザ・リッパーである前に、十六夜咲夜だから」
「ふうん……わたしたちとは、ちがうんだ」
「大切な方からいただいた名前なのよ」
十六夜咲夜。
紅魔館の主から与えられた名前。
自分自身の運命に最も合致した、この世でたったひとつ、自分だけが持つ名前。
たとえ自分にジャック・ザ・リッパーとしての役割が与えられていたとしても、それは愛しい主から授けられた名前よりも優先して名乗るべき名称ではないと、咲夜は判断した。
「そう。私はどこにいようとも、紅魔館のメイド長――十六夜咲夜ですわ」
遠い空を眺めながら、咲夜は独りごちる。その言葉は、アサシンに向けられたものではなかった。
咲夜の目的は、この聖杯戦争に可能な限り早急に優勝し、今も咲夜の帰りを待っているのであろう主の元へ帰ることだ。あの吸血鬼の主は、強がっているように見えて、自分ひとりではろくに家事もできない。放っておけば、きっと爛れた生活を送るに違いない。それは、あまりにも忍びない。
主のため、聖杯戦争を一刻も早く終わらせる。そのためには、アサシンとともに、積極的に標的を殺して回るほかない。咲夜が元の世界に帰還できるかどうかはアサシンに掛かっているといっても過言ではなく、今やアサシンと咲夜は、運命共同体ともいえる仲であると、咲夜は判断している。ゆえに、咲夜はアサシンとの関係をできるかぎり良好に保ちたいと考えていた。
「ねえ、おかあさん。おかあさんはいつか、紅魔館ってところにかえっちゃうの」
「ええ。だけど安心しなさい。聖杯戦争が終わるまでは、私がそばにいるから」
「じゃあ、聖杯戦争がおわったら」
「その時は、あなたもあなたの望んだ場所へ還りなさい」
アサシンが、僅かに視線を落とした。表情に変化は見られない。
得体の知れない焦燥が込み上げる。一刻も早く紅魔館へ帰って、あのダメな主の世話をしたいとは思う。そのための一時的な協力関係にあるのが、アサシンだ。それは理解しているものの、それはそれとして、この哀れなサーヴァントを捨て置けない、という思いも、咲夜の中で鎌首をもたげはじめていた。だけれども、仮に紅魔館にこの少女を連れ帰ったところで、そこにアサシンにとっての幸福があるのかと問われれば、難しい。
咲夜は、努めて優しい声音を意識した。
「あなたとの別れは名残惜しいけど。私も、私のいるべき場所へ帰るから」
「うん、わかった。じゃあ、それまでがんばるよ」
「ええ、一緒に頑張りましょう」
咲夜の細くしなやかな指が、アサシンの銀の髪を撫で梳いた。アサシンは心地よさそうに頬を緩めた。
いつの間にか、霧が晴れていた。一定間隔で設置された街灯が、ふたりを照らしている。夜中に死体の近くをうろついている、そういう姿を見られるのはまずい。そう考えた矢先、後方から悲鳴が上がった。
咄嗟に振り返る。咲夜が殺した少女の死体から十メートルほど離れた場所に、口を塞いで佇む者がいる。幸いにも、それは、若い女だった。
「おかあさん」
「大丈夫、心配しないで」
殺意に満ちた剣呑な表情で左足のホルスターに指をかけたアサシンを、咲夜は微笑みで制する。咲夜のために、アサシンはあの女を殺すつもりでいる。だけれども、既にアサシンの宝具による霧は晴れている。これではアサシンによる完璧な奇襲は成立しない。咲夜の中に、この局面をアサシンに任せるという選択肢は既になかった。
アサシンが二の句を継ぐよりも先に、この世のあらゆる時間が停止した。
幻世「ザ・ワールド」
咲夜の宣言したスペル名は、自分以外のすべての時を止める、ザ・ワールドだった。
なにもかもが静止した静寂の世界の中、行動を許された咲夜だけが、目撃者へと歩を進める。標的の女も、咲夜のサーヴァントすらも、それを認識できてはいない。
歩を進めながら、左足の太腿から、衣服のあちこちから、大量のナイフを取り出した咲夜は、それを両手で扇状に広げた。それを、勢い良く周囲にバラ撒いた。咲夜の手元から離れたすべてのナイフが、咲夜を取り巻く衛星のように、ぴたりと静止する。
幻葬「夜霧の幻影殺人鬼」
咲夜をジャック・ザ・リッパーたらしめるスペルの宣言に次いで、バラ撒かれたナイフたちが、真紅の妖気を纏った。すべての切っ先が、目撃者の女に向けられる。咲夜が、軽く左手を振り上げた。殺人の号令に従って、咲夜のナイフが一斉に女に向けて放たれた。
「そして時は動き出す」
殺到したナイフが、女の周囲で再び止まる。咲夜は、左手の指を掲げ、人差し指と親指を擦らせることで、ぱちんと、小気味よい音を鳴らした。同時に、咲夜の周囲の時間が正常な流れへと戻る。
女の周囲で停滞していた大量のナイフが、一斉に目撃者の女を穿った。首元を、胸元を、腹部を、四肢を、鋭利な刃が突き刺し、斬り裂き、一斉に斬り刻まれた女の体から赤い血の花が咲いた。自分になにが起こっているのかを理解する余裕もなく、女は膝を地について、その場に倒れ伏した。
あとにのこったのは、アスファルトに盛大に広がった血だまりだった。
「帰るわよ、アサシン」
「えっ、……う、うんっ」
一瞬遅れて、アサシンは咲夜による殺人を認識した。小走りで咲夜の隣まで駆け寄って、そのままふたり、帰路につく。朝を迎える前に屋敷に戻って、この世界での仮初めの「お嬢様」のため、食事の用意をしなければならない。咲夜の足は自然と早まる。
咲夜がバラ撒いたナイフは、スペルの宣言終了と同時に、すべて跡形もなく消滅していた。女を仕留めてから、アサシンの元に戻るまでの間に、もう一度時間を停止して、散らばったすべてのナイフをせっせと回収したのだ。アサシンはその事実を知らない。咲夜が魔法でも使ってナイフを消したとでも思っているに違いない。そう思っていて欲しかった。
【出展】Fate/Grand Order.
【CLASS】アサシン
【真名】ジャック・ザ・リッパー
【属性】混沌・悪
【ステータス】
筋力C 耐久C 敏捷A 魔力C 幸運E 宝具C
【クラススキル】
気配遮断:A+
自身の気配を消す能力。隠密行動に適している。完全に気配を断てばほぼ発見は不可能となるが、攻撃態勢に移るとランクが大きく下がる。
ジャックの場合、この欠点は「霧夜の殺人」によって補われ、「完璧な奇襲」が可能になる。
【保有スキル】
夜霧の殺人:A
暗殺者ではなく殺人鬼という特性上、加害者の彼女は被害者の相手に対して常に先手を取れる。ただし、無条件で先手を取れるのは夜のみ。昼の場合は幸運判定が必要。
情報抹消:C
対戦が終了した瞬間に目撃者と対戦相手の記憶から彼女の能力・真名・外見特徴などの情報が消失する。
外科手術:E
血まみれのメスを使用してマスターおよび自己の治療が可能。見た目は保証されないが、とりあえずなんとかなる。
精神汚染:C
精神干渉系の魔術を中確率で遮断する。
【宝具】
『暗黒霧都(ザ・ミスト)』
ランク:C 種別:結界宝具 レンジ:1~10 最大補足:50人
ロンドンを襲った膨大な煤煙によって引き起こされた硫酸の霧による大災害を再現する結界宝具。
魔術師ならばダメージを受け続け、一般人ならば数ターン以内に死亡する。英霊ならばダメージを受けないが、敏捷がワンランク低下する。
『解体聖母(マリア・ザ・リッパー)』
ランク:D~B 種別:対人宝具 レンジ:1~10 最大補足:1人
通常はDランクのナイフだが、「時間帯が夜」「対象が女性(または雌)」「霧が出ている」の三つの条件を満たすと対象を問答無用で解体された死体にする。この内、霧に関してはもう一つの宝具『暗黒霧都(ザ・ミスト)』によるものでも可能なため、実質無いに等しい。
使えば相手を確実に絶命させるため「一撃必殺」。
標的がどれだけ逃げようとも霧の中にいれば確実に命中するため「回避不能」。
守りを固め耐えようとしても物理攻撃ではなく極大の呪いであるため「防御不能」。
更に「情報抹消」によって事前に対策を立てることが出来ないため「対処不能」。
と、女性限定ながら最高性能の暗殺宝具である。
この効果を防ぐには物理的な防御力ではなく、最高ランクの「呪い」への耐性が必要となる。
【人物背景】
まさに幼子そのものといったあどけない少女。一人称は「わたしたち」。
生まれる前に堕胎された存在であるため、無邪気で正悪の倫理観に乏しい。ただし彼女たちの殺人行為は、生きるための糧であり手段であり回帰衝動であるだけで、嗜好ではない。
女だろうが男だろうが、人の形を成していればマスターを「おかあさん」と呼ぶ。
これには理由があり、彼女たちが初めて外に出るときは「堕胎」によるものなので、出産する「おかあさん」という概念はあるが、「おとうさん」と言う概念は存在しない。なので、彼女たちにとってはマスターの性別など関係はなく、自分を甘やかし、愛してくれる人こそが「おかあさん」なのだ。
【サーヴァントとしての願い】
おかあさんの胎内に還る。
【基本戦術、方針、運用法】
マスターである十六夜咲夜の持つ時間停止能力と合わせて、極めて協力な暗殺チーム。
アサシンの宝具によって奇襲を仕掛け、サーヴァントをアサシンが狩り、同時にマスターを咲夜が狩る、というのが主な戦術となるだろう。
問題は、アサシンの宝具が封じられた場合である。咲夜の時間停止能力は、アサシンと一緒に発動することはできない。両者それぞれ敵に奇襲をかける上では優秀といえるが、両者のチームワークが要求される局面では、互いに咬み合わない能力でどう切り抜けるかが肝である。
【出店】東方Project(東方輝針城)
【マスター】十六夜咲夜
【参加方法】
天邪鬼異変の最中、付喪神化したトランプのカードを拾った。
正確には東方輝針城Aルートからの参戦。
【人物背景】
銀髪のメイド。
紅魔館の主であるレミリア・スカーレットに仕えるメイドで、紅魔館唯一の人間。
実質的に紅魔館の一切を取り仕切っているので、咲夜がいなければ今の紅魔館は成り立たない。
その仕事の内容は危険な事柄まで含まれており、地下へ幽閉されているフランドールにもケーキと紅茶を届けたりしている。また、吸血鬼の紅茶とケーキの素材は主に人間らしい。
また、十九世紀のロンドンを震撼させたジャック・ザ・リッパーとはなんらかの関係があるとされている。
スペルカード名にジャック・ザ・リッパーを連想させるものがやたらと多い点や、ナイフを使った技を多用する点、また、左の太腿にナイフのホルスターを装着している。ジャック・ザ・リッパーは被害者の切創から、左利きとされている。
いずれにせよ、キャラクター造形にジャック・ザ・リッパーが深く関わっていることは間違いない。
【能力・技能】
『時間を操る程度の能力』
字面通りの能力である。
また、ナイフの扱いにも長けており、主に戦闘はナイフを用いて行われる。
時間停止能力をふんだんに利用した手品も得意。
【マスターとしての願い】
聖杯戦争に優勝し、レミリアの待つ幻想郷へ帰る。
咲夜がいなければ紅魔館は回らないし、レミリアは今頃食事にも困っているはずだ。
【ロール】
昼の顔は富豪の家に住み込みで働くメイド長。
夜の顔は、夜霧の連続殺人鬼、ジャック・ザ・リッパー。
【方針】
奇襲を仕掛けて勝利する。
それを繰り返して優勝する。
最終更新:2017年01月26日 23:29