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俺達は道具なんかじゃない。
運命に縛られた奴隷でもない。
俺達は、俺達の意志で歩くだけだ。
◆◆◆◆
冬が始まり、町に吹く空気も冷え込み出した。
ブラインドの隙間から外を覗くと、服を着込み始めた住民達が行き交う様が視界に入る。
誰もが安穏とした日常を過ごし、ごく当たり前のように平穏を享受している。
大戦を経て復興しつつある『あの町』とは、余りにも違う。
ここにはかの大企業も、復興に尽力する組織も無い。
それはつまり、異形の銃頭を持つ『彼』にとっての常識が存在しないことを意味する。
慣れぬ日常を少しばかり眺め、現状の異常性を改めて認識する。
やはり、落ち着かないものだ。
得体の知れない場所に放り出されれば、百戦錬磨の彼とて少しは動揺を覚える。
ポケットをガサガサと漁り、煙草の箱を取り出す。
愛用の煙草は数箱程『持ち込めている』。
そのことに幾許かの安心感を覚えつつ、同時に僅かな不安を抱く。
この煙草は手放せない。
嗜好品としても、己の肉体を制御する為の道具としても。
しかし、数に限りがあることも確かだ。
世界の常識が根本から異なる以上、この世界で『この煙草』の補充は出来ないだろう。
詰まる所、節約を強いられている。
(煙草はお控えなさいってか、神サマよ)
それでも、喫煙そのものは止められない。
酒と女は男を狂わせるが、煙草は男の頭を冴え渡らせる。
彼は一本の煙草に火をつけ、無骨な口に銜える。
ほろ苦い煙の味が喉を通り、身体中の神経を駆け巡る。
やはり、この味が自分の性に合っている。
口から硝煙を思わせる白煙を吐きながら、彼は思う。
戦争を経験した。
数多の出会いと別れを体験した。
戦争を終えてからも、様々な厄介事に首を突っ込んだ。
それでも、これほどの案件に巡り会ったことは無い。
聖杯戦争――――――――あらゆる願いを叶える願望器を巡る争いに、巻き込まれるなど。
奇跡に縋るだけの祈りなど、とうの昔に捨てている。
神様にお祈りする程の無垢な心は持ち合わせていない。
そんなものは硝煙の記憶と共に消え失せた。
頼れるのは、己の意志と力だ。
そうして生きてきた彼に、聖杯に託す願いなど無い。
此処に召還されたのも偶然に過ぎない。
とある依頼をこなした際に、依頼人から金銭と共に報酬として受け取った『白紙のトランプ』。
普段ならばすぐに捨てていたであろう物品を、彼は保管し続けた。
それに何かを感じたのか。あるいは、単なる気まぐれか。
今となっては思い出せない。
ただ一つ確かなことは、あのトランプに導かれる形でスノーフィールドへと召還されたと言うことだけだ。
「マスターと同じく、サーヴァントは願いを叶える為にこの聖杯戦争に参戦する」
煙草を片手に、彼は独りでに言葉を紡ぎ出す。
聖杯戦争の
ルールを確認するかのように。
彼の視線は、小さな事務所の隅で壁に寄り掛かる『男』の方へと向けられる。
「それで合ってるんだろうな、『アーチャー』」
「……ああ」
彼の問い掛けに、『男』は静かに頷いた。
男は、彼によって召還されたサーヴァント。
クラスはアーチャー。弓兵の英霊。
「奇跡に縋れるほど俺は夢を見ちゃいない。
だが、あんたは違う。サーヴァントとして現れた以上、聖杯に用があるんだろう」
どこか斜に構えた態度で、彼はそう呟く。
その言葉の意味する所を、アーチャーは理解した。
彼は、問うているのだ。
己のサーヴァントとして召還された男の意志を。
何を願い、この聖杯戦争に現れたのかを問おうとしているのだ。
アーチャーは暫し、言葉を噤む。
彼はアーチャーの経緯を求めている。
戦う動機を、生の意志を欲している。
話す必要があることは、解っていた。
これから己の主人として共に戦う相手なのだから。
故にアーチャーは、覚悟を決めて口を開く。
「俺は『運命の奴隷』だった」
己の中での『納得』を得ても尚、理不尽な運命に屈することしか出来なかった奴隷。
それが、己の生前に対するアーチャーの評価だった。
「……少し、長い話になる」
アーチャーは静かにそう呟く。
マスターである『彼』は何も言わず、アーチャーの話を聞き届ける。
生前のアーチャーは、王族護衛官だった。
国家に尽くし、王に尽くす誇り高き戦士だった。
そんな彼には妹がいた。
妹の幸せを願った彼は、己の友人である男との見合いを勧めた。
国家の財務官僚の息子であり、将来的な地位を約束されている御曹司だ。
彼と結ばれれば妹は幸せになれると、その頃は信じていた。
しかし、違った。
男の本性に気付かなかった彼の行動が、妹を不幸にした。
男は暴力的な性格の持ち主であり、婚約した妹へ日常的に暴行を加えていたのだ。
彼がそのことに気付いた時には、妹は既に左目の視力を失っていた。
己の行いを後悔した彼は、法皇への直訴によって婚約を無効とし。
そして、妹の夫の逆恨みによって決闘を挑まれ。
決闘に勝利した末に、「国家の重要人物の息子を殺した罪人」として国外追放に処された。
地位も、誇りも、家族も、帰る場所も失った。
全てを亡くした彼は合衆国へと亡命し、居場所と地位を求めて汚れ仕事を請け負った。
敗北する方には付かない。自分はあくまで勝たねばならない。
そう信じて、戦った。
それでも、最後はたった一人の少女の為に戦う道を選んだ。
何故そうしてしまったのかは、自分でも解らなかった。
自分には初めから帰る場所など無いということを受け入れられたからかもしれない。
あの時の彼は、確かに己の選択に『納得』していた。
だが。
それすらも踏み躙られ。
彼は、命を落とした。
自分の身の上をここまで他人に話すことは、初めてだった。
サーヴァントとなり、己の過去に対する区切りをつけられたからか。
大きな力に従い、それを守ることこそが己の生きる道だとかつてのアーチャーは思っていた。
しかし、それは違った。
過去の地位と誇りにしがみつき、虚勢を張っているに過ぎなかった。
己が敗残者であることを受け入れられず、足掻き続けていた。
権力の道具として戦い、最後に地位を手に入れることに己の安息を見出さんとしていたのだ。
「『道具』として生きることはもう止めた。
それが幸せだと思うことも、俺はもうしない」
そんな生き方は、合衆国に歯向かった際に捨てた。
たった一人の少女を守ることで得たものは、清らかな意志だった。
しかし、何も成し得る事無く、全ては裏目に出た。
家族の幸福を願った行為は不幸を齎し、己が最後に見つけた納得は実を結ぶことも無く。
結局の所、アーチャーは理不尽な運命の奴隷でしかなかった。
死の間際、己が何を思ったのかは思い出せない。
全てに対する諦観だったのか。あるいは、理不尽な運命に対する呪いの感情だったのか。
己自身でさえ、真相は解らない。
だが、今の彼は認めていた。
己が運命の奴隷であったことを。
運命と言う枷から抜け出せぬ無様な敗北者であったということを。
故に彼は運命を憎むことはしない。
己に降り掛かった理不尽を覆そうとも思わない。
それでも尚、彼には聖杯に託さねばならぬ願いがあった。
「……故郷に一人、家族を残した。
俺のせいで不幸になった、たった一人の妹だ
俺は……彼女の幸せを取り戻したい」
故郷に残した妹。
己が勧めた婚約のせいで視力を失い、人並みの幸福を喪った家族。
己が辿った運命の犠牲となった彼女だけは、救いたい。
「それが俺の償いであり、唯一の祈りだ」
確固たる意志を宿した瞳が、マスターを見据えた。
アーチャーは己の運命を受け入れ、されどたった一度だけ『運命に抗う』ことを選んだ。
己の行為によって不幸に巻き込まれた妹の運命を覆したい。
彼女の幸せを取り戻したい。
それが、アーチャーの願いだった。
マスターである銃頭の男は、彼の意志を無言で聞き届けた。
何も言わず、何も答えず。
アーチャーはそんなマスターをじっと見つめる。
彼に願いが無いことは、解っている。
偶然トランプを手にし、この地に召還されてしまった者だということをは解っている。
ふざけるな、お前の願いなどどうでもいい―――――そう拒絶されることも有り得る。
故に覚悟はしている。
己の身勝手な願いが叶えられないことを、受け入れる準備はしている。
その時はその時だ。
結局、自分に運命に抗う資格は無かったということだけだ。
アーチャーは思う。心の奥底の願望を抑え込みつつ。
息を飲むように、男を見据える。
そして男はアーチャーの想いを咀嚼するように、煙草の煙を吐き。
暫しの思案の後、口を開いた。
「……此処から抜け出す方法を探すついでだ。
あんたの船に乗りかかってやる」
マスターが、ぶっきらぼうにそう答えた。
それはつまり、アーチャーの意志を受け止めたということを意味していた。
アーチャーは目を丸くし、そして頭を下げた。
「……感謝する、マスター」
己の願いに付き合うことを了承してくれたマスターに、感謝をした。
マスターに願いが無いことは理解していた。
それ故に断られたとしても詮無きことだと受け入れる覚悟はあった。
だが、マスターは応えてくれた。
感無量の極みであり、己の話を聞き届けてくれたマスターに頭を下げることも辞さなかった。
「別に」
頭を下げるアーチャーの礼に、目を向けず。
男は窓の外を眺めながら、一言呟く。
「あんたが、放っておけないだけさ」
アーチャーは、妹を救う為に『運命の奴隷』であることに抗う道を選んだ。
秩序の『道具』である生き様と決別し、己の意志で戦うことを選択した。
その在り方は、男を―――――――乾 十三(いぬい じゅうぞう)を動かすに足るものだった。
かつて戦う為の『道具』として利用されてきた銃頭の男は、何よりも『意志』を重んじる。
そして今、アーチャーの意志を受け止めた。
俺達は、何かの道具じゃない。
かつて『誰か』が言った言葉だった。
『道具』や『奴隷』としての己に抗うという姿に見せたアーチャーに、十三が手を貸さぬ筈が無い。
アーチャーが納得を求めるというのならば、己はそれに応えるのみだ。
この地より脱出する手段を探す為にも、十三はアーチャーと戦うことを選ぶ。
―――――弾丸(ねがい)は、込められた。
【クラス】
アーチャー
【真名】
ウェカピポ@ジョジョの奇妙な冒険 第7部「スティール・ボール・ラン」
【属性】
秩序・中庸
【ステータス】
筋力D 耐久C 敏捷C 魔力D 幸運E 宝具C+
【クラススキル】
対魔力:D
一工程(シングルアクション)の魔術を無効化する。
魔力除けのアミュレット程度の効果。
単独行動:C
マスター不在・魔力供給無しでも現界できる能力。
Cランクならばマスターを失っても一日程度の現界が可能。
【保有スキル】
投擲(鉄球):A
祖先より代々受け継がれし投球の技術。
精密かつ強力な鉄球の投擲が可能な他、ツェペリ家の技術である肉体の硬質化を行うことも出来る。
戦術眼:C
様々な戦況における洞察力。
他人の能力・技術を分析し、対象の強味を的確に潰す戦術を編み出すことを得意とする。
更に窮地においても自身の状況と敵の能力を冷静に把握し対処することが可能。
守護の衛兵:C
何かを守ることに己の価値を見出した生き様がスキル化したもの。
マスター等の他者を守護する際に自身の筋力・敏捷値にプラス補正が掛かる。
無詮の意志:A
生前、アーチャーの意志は最期まで報われなかった。
その呪いはサーヴァントとなった今も尚、スキルとして彼に纏わりつく。
アーチャーの強い意志や祈りから出た行動は高い確率で裏目に出、時としてそれは無惨な結果を齎す。
マスターにもアーチャーにも認識できない特殊なスキル。
ただしアーチャーは己の報われぬ在り方に感付いている。
【宝具】
『壊れゆく鉄球(レッキング・ボール)』
ランク:C+ 種別:対人宝具 レンジ:2~30 最大補足:100
ネアポリスの王族護衛官が操る『鉄球』。
アーチャーが祖先より代々受け継ぎし誇り高き武器である。
小型の衛星を複数備えており、衛星は本体である鉄球を投擲した際に時間差で周囲に放たれる。
衛星が少しでも掠った者は十数秒間左半身のあらゆる感覚を失う『左半身失調』の状態に陥ってしまう。
鉄球や衛星そのものも物理的に高い殺傷能力を備える。
『光輝は白銀に簒奪され(ストレイツ・オブ・マキナック)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:-
ツェペリ一族の技術にして最大の強味である『黄金の回転』を封じた戦いの逸話が宝具へと昇華されたもの。
戦場を異界化し、空間内に存在するサーヴァントの宝具を封印する。
異界化した戦場は凍り付いた海峡を思わせる凍土へと変貌する。
武器の形状を取る宝具を封印した場合はその特殊効果を全て無効化して単なる『神秘を帯びているだけの武器』へと貶め、
何らかの異能力や技術を発揮する宝具を封印すれば行使そのものが不可能となる。
ただし改造を施した肉体そのものが宝具、魂そのものが宝具である等の「肉体や生命と直接関連する宝具」は封印できず、効果を劣化させるのみに留まる。
相手サーヴァントは幸運値判定によって封印の回避が可能だが、一度封印が発動した場合戦闘が終了するかこの宝具が解除されるまで効果が持続する。
固有結界に類似しているが、既存の空間の上に異界を出現させるという似て非なる空間魔術である。
また本来は魔術師ではないアーチャーが宝具という形で擬似的に魔術を行使している為、長時間の維持は相応の魔力消費を齎す。
【武器】
『壊れゆく鉄球』、剣
【人物背景】
ネアポリス王国の元王族護衛官にして鉄球使い。
妹の幸福を願った行動をきっかけに転落し、国を追われる身となった男。
己の居場所を求めて合衆国へと亡命し、永住権と地位を報酬に大統領の配下となる。
その後大統領の命に従い自身と同じ鉄球使いであるジャイロ・ツェペリ、その相棒ジョニィ・ジョースターと交戦。
相棒マジェント・マジェントとの連携によって追い詰めるも敗北し、その後ジャイロの依頼によってルーシー・スティールの護衛を請け負う。
当初は「敗北する側につかない」として合衆国への叛逆を拒んでいたが、最終的に大統領へと立ち向かい彼は『帰る場所』を完全に失う。
しかしルーシーというたった一人の少女のために戦うことを選んだウェカピポは己の運命を受け入れた。
最期は手を組んだ男に利用され、失意の死を遂げる。
己の行動が裏目に出て全てを失い、最期には己が見出した『納得』さえも踏み躙られた。
決して報われることの無い人生だった。
そんな己を救おうとは思わない。
運命は受け入れた。
だが、それでも救いたい者がいる。
己が不幸にしてしまった妹を幸福にする為に、彼は聖杯戦争へと挑む。
【サーヴァントとしての願い】
自分のせいで不幸になった妹の幸せを取り戻す。
【方針】
情報収集を行いつつ敵主従に対処する。
【マスター】
乾 十三(いぬい じゅうぞう)@ノー・ガンズ・ライフ
【ロール】
様々な荒事を解決する便利屋。
銃頭を隠す為、仕事の際は常に覆面を被っていたという。
【武器】
拡張者としての施術を受けた十三は肉体そのものが武器と化している。
【能力】
『拡張者(エクステンド)』
過去の大戦時の技術によって肉体の部位を機械化した者。
十三は全身に機械化を施し、更に頭部を拳銃化した『過剰拡張者(オーバーエクステンド)』である。
機械化による高い身体能力を備える他、手の甲に仕込まれた弾倉からの射撃が可能。
更に弾倉から放たれるエネルギーを利用した拳撃『ヒュンケ・ファウスト』は列車をも正面から食い止める威力を持つ。
しかし拡張者は機械化の影響による神経の負荷も大きく、全身を拡張した十三は常に鎮静剤入りの煙草を手放せない状態となっている。
鎮静剤を長時間服用せずにいると自身の肉体を思うように制御出来なくなり、最終的に暴走状態へと陥る。
『ガンスレイブユニット』
大戦時における大鑑巨砲主義の産物。
巨大なリボルバー拳銃と化した十三の頭部そのもの。
一撃で戦局を左右するとされる程の破壊力と貫通力を持つが、構造上相棒となる射手がいなければ射撃そのものが出来ない。
十三の引き金を引けるのは彼が認めた者のみ。
しかし今の彼は、この引き金を誰にも預けようとはしない。
【道具】
『種子島』
十三愛用の煙草。
拡張者の神経の摩耗を和らげる鎮静剤が含まれている。
味も十三の好みであるらしく、純粋な嗜好品としての役割も果たしている模様。
スノーフィールドには元々所有していた種子島とその複製品を数箱ほど持ち込んでいる。
【人物背景】
拡張者絡みの事件の処理を生業とする『処理屋』。
彼自身も大戦時に全身を機械化した拡張者であり、リボルバーの頭部を持つ異形と化している。
冷静沈着な現実主義者だが、仕事の際には依頼人の純粋な願いや意志を何よりも重んじる。
常にハードボイルドに振る舞う一方、女性の素肌を苦手とするウブな一面も。
ある依頼で拡張者の技術を独占するベリューレン社から実験体の少年・鉄郎を奪還し、以降彼らと敵対関係になる。
参戦時期は3巻15話終了時点。
【マスターとしての願い】
元の場所へと帰るために、そしてアーチャーの願いに応える為に戦う。
【方針】
情報収集を行いつつ敵主従に対処する。
ただし必要以上の殺戮は絶対に行わず、あくまで己の納得を優先する。
最終更新:2017年01月14日 10:12